「こないだ言うてた《かわいそうマウント》いうやつ、あれ耳が痛かったなあ」
先日、一緒に昼飯を食べているときに、そう苦笑いしたのは友人ニシワキ君であった。
唐突に出てきた《かわいそうマウント》とはなにかとここに問うならば、具体的には先日紹介した、
などがある。
このケースの場合、女子生徒は、
「本当は自分も逃げたい」
↓
「けど、それができない」
↓
「だからって、エスケープ組をうらやんだり、ねたんだりするのはカッコ悪いし筋違いだから、ここは《自分の意志で残っている》という体にして、《残らない人をかわいそうと、上から目線であわれむ》」
↓
「けど、それができない」
↓
「だからって、エスケープ組をうらやんだり、ねたんだりするのはカッコ悪いし筋違いだから、ここは《自分の意志で残っている》という体にして、《残らない人をかわいそうと、上から目線であわれむ》」
といった流れによって、自らの不満とプライドをなぐさめようという心の動きだ。
で、ニシワキ君にとって、この話のなにに耳が痛かったのかと問うならば、彼もまた「マウントを取りに」行ってしまった記憶が喚起されたから。
言葉はちがえど、似たような目的で発せられたワードが、
「ゆるす」
あー、わかるなあと、思わず声をあげた方は、私やニシワキ君と同じ「器の小さい男」だろう。
まだ学生時代のこと。友は初めて彼女ができたのだが、その子が煙草を吸うのが、たいそうイヤだったそうな。
でも、度胸も根拠もないもんで、
「おい、女が煙草とか、やめろよ」
とは言えない。けど、素直に受け入れることもできないから(まあ若造だしね)、
「いいよ。古いタイプじゃないから、おまえがオレの前で煙草を吸うことをゆるすよ」
そう宣言したのだ。
おお! なんという見事なマウンティング。彼はこういう言い方をすることによって、
「彼女の喫煙がイヤだと言い出せない、狭量かつ根性のない男」
というポジションから、
「女だてら喫煙するという蛮行を寛大に許可する、新しい、かつ器のでかい男」
への華麗なるクラスチェンジをはかろうとしたわけだ。
なんという詭弁、すばらしき欺瞞。
まさに小人物とはこうあるべき、という見本のような存在ではないか。さすがは、わがすばらしき「類友」だ
もちろんのこと、この技は、
「はあ? なに偉そうに言ってんの? あたしや女一般がなにしようと、なんであなたに『ゆるして』もらわないといけないわけ? どの立場からの意見?」
そう、あまりに正しすぎる反論を受けて、友のなけなしの誇りは、まさに雲散霧消したのであった。
そらそうだ。なに上から、ものを言おうとしてるのかと。
てゆうか、女が煙草吸っても全然ええですやん。
そもそも煙草自体に反対っていうならわかるけど、「女が」って限定したら、そらアンタ何様やいう話やで。
そう笑うと、友は
「せやねん。それに今考えたら、彼女が喫煙しようがしまいが、どっちでもよかったしなあ」
どっちでもええなら、そんなこといわなんだらええのに、
「でもなあ。そういうの、言いたなるねん。アホやったから」
あるよねえ。
「そういうことを、ちゃんと女に言わなければならない義務がある」
って思ってる男って、おるよねえ。
かくのごとく、言いたいことが言えないとき、つい使いがちなマウンティング。
たいてい見破られるし、そのときの恥ずかしさったらないので、注意が必要だ。