「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは」
そう言って笑ったのは、控室で検討していた佐藤康光九段であった。
舞台は先日行われた、棋聖戦第3局でのこと。
藤井聡太棋聖(竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将)が挑戦者である佐々木大地七段にお見舞いした、玉の顔面受けが話題となった。
ガツンと体当たりの後は、一転相手にゆだねる一手パスで、これで佐々木大地の暴発を誘い中押し勝ち。
これを受けて、私は
「佐藤康光九段っぽいなー」
と感じたわけだが、思うのは皆同じらしく、これを受けて行方尚史九段も、
「やばいっすね。これは分かるわけないっすよ。将棋史上でない手じゃないですか? 康光さんなら浮かぶのかもしれないけど」
そこで今回は佐藤康光による「康光さんなら浮かぶのかもしれない」特殊な将棋を見てもらいたい。
2013年の第62期王将戦。
佐藤康光王将と渡辺明竜王による七番勝負は、挑戦者の2連勝で第3局に突入。
苦しい出だしの佐藤王将としては、もう負けるわけにはいかないわけだが、そこは強気で渡辺得意の横歩取りを堂々受けて立つ。
むかえたこの局面。
渡辺が玉頭から襲いかかって、端を食い破ろうというところ。
後手の攻めも細いが、こういう蜘蛛の糸をなんのかのと繋げて攻め切ってしまうのは、渡辺のお家芸ともいえるワザ。
後手が2筋をガッチリとロックしているため、先手の飛車と銀がまだ使えず、攻め合いは見こめないところ。
ゆえに先手はしばらく守勢にまわらないといけないのだが、そこでひるむような佐藤康光ではないのだ。
▲87玉と大将自ら突っこんでいくのが、なにも恐れない受けっぷり。
こうやって上部に勢力を足し、後手の桂香を取っ払ってしまえば、あとは▲56の角と▲66の銀で飛車をいじめて自然に勝てるという寸法。
それはたまらんと、渡辺は△98歩成から攻めを続行。
▲同香は△同香成からバリバリ攻められそうだから、▲85歩とこちらを取り、渡辺は△94飛とかわす。
目障りな桂馬こそ除去できたものの、これで端が完全に破れている。
▲83角成が利けばいいが、その瞬間に△97香成とされて後手の攻めが早い。
うまい受けがないと一気に突破されそうだが、やはり佐藤はここで引く男ではないのだ。
▲95歩、△同飛、▲86玉がパワフルすぎる特攻。
この強情ともいえるショルダータックルで、後手にうまい攻めがない。
いやまあ、強気というかなんというか、ほとんどムリヤリ肩をぶつけて因縁をつけるヤンキーみたいである。どんだけオラオラなんや。
後手はたまらず△91飛と逃げるが、ここで押し戻されては切れ筋に陥った。
すかさず▲84歩と突きだして、△99歩成に▲92歩、△81飛に▲83歩成と、こんなところにと金ができては勝負あった。
以下、佐藤は玉をどんどん前進させて、入玉模様で不敗の体制を築き快勝。
もう見ただけで「佐藤の将棋やなー」とゴキゲンになれる、カッコイイ受けであった。
(佐藤康光の魅力的すぎる将棋はまだ続く)
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