「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは」
そう言って笑ったのは、控室で検討していた佐藤康光九段であった。
舞台は先日行われた、棋聖戦第3局でのこと。
藤井聡太棋聖(竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将)が挑戦者である佐々木大地七段にお見舞いした、玉の顔面受けが話題となった。
ガツンと体当たりの後は、一転相手にゆだねる一手パスで、これで佐々木大地の暴発を誘い中押し勝ち。
これを受けて、私は
「佐藤康光九段っぽいなー」
と感じたわけだが、思うのは皆同じらしく、深浦康市九段も「苦労が多そう」という佐藤の感想に、
「でも、佐藤さんもこういう感じの将棋をよく指してませんでした?」
そこで前回は王将時代に見せた佐藤康光の顔面受けを紹介したが、今回も「そういう感じの将棋」を見てもらいたい。
2007年の第20期竜王戦。
渡辺明竜王と佐藤康光棋王・棋聖の七番勝負は渡辺の3勝1敗で第5局に突入。
相矢倉から両者穴熊にもぐるという、平成の将棋らしい陣形に組み上がったが、次の手がすごかった。
▲96歩と、ここから仕掛けて行くのが意表の手。
本譜のように△同歩なら▲95歩で香が取れるけど、後手が「スズメ刺し」をねらっているのに、そこからこじ開けていくという発想が思いつかない。
その無茶が、佐藤康光にはよく似合う。
以下、△同歩、▲95歩、△同香、▲同角に△85桂と跳ねて激しい戦いに。
そこから、端を主戦場に渡辺が猛攻をかけ、佐藤がそれを受けるという展開が続いて、この局面。
渡辺が△85銀とからんだところ。
▲同歩は△95角成と竜を取られるからダメとして、このままだと△94香やら△86銀(角成)とか△97歩とか。
このあたりをガリガリやられると、好機に△37角成の補充もあって後手の攻めは止まりそうもない。
こういう攻めをつなげることにかけては渡辺は一級品だが、こういったピンチを腕力でなんとかするのも、また佐藤康光の十八番でもある。
▲84竜、△97歩、▲87玉(!)
竜を逃げるのはわかるけど、▲84に逃げると9筋の守りがうすくなるし、8筋の歩が切れるのも後手からすれば、ありがたく感じるところ。
そこで早速△97歩とビンタをカマすが、それには▲87玉がまた強情な受け。
△86銀なら▲同竜から後手の攻め駒を全部取ってしまおうということなのだろうが、ホンマに大丈夫なんかいな。
渡辺は銀を取られないよう△86角成とするが、そこで▲88玉と落ちて、しのいでいると。
と言われても「いやいや、おたわむれを」と両手をあげたくなるが、これでダイレクトに△37角成と飛車取りの先手で桂を取られる手が消えているから、なんとかなるということか。
△98歩成、▲79玉、△59馬と突っこまれて息苦しいことこの上ないが、▲48銀と引いて、かろうじて守っていると主張。
生きた心地はしないし、後手陣が鉄の要塞なので先手はこの攻めを切らして勝つしかないが、「やったろうやん」と気合で戦う。
この人って言動は紳士でしかないんだけど、将棋の方は「ヤンキー魂」というか「喧嘩屋」稼業というか、ハッキリ言ってただの「ヤカラ」です。
もうね、こんなん見せられたら、こっちはこんな感じになるわけですね。
将棋界で一番このセリフが似合うのは、藤井聡太でも羽生善治でもなく、間違いなく佐藤康光でしょう。
▲48銀、△49馬に▲85竜と取って、△26香、▲同飛、△48馬、▲68玉、△84歩、▲同竜、△65桂、▲59香。
攻守ともにギリギリだが、佐藤はなんとかここを踏ん張って、▲57、▲66と玉の大遊泳で逃げ出す。
渡辺も懸命な追撃を続行するが、最後は佐藤が入玉を果たして大熱戦に終止符を打った。
それにしても、他に冴えた受けがないとはいえ、▲87玉と仁王立ちする姿は、いかにも佐藤らしい。
この2007年と前年の2006年の竜王戦七番勝負は、渡辺と佐藤の持ち味が出たいいシリーズなので、機会があればぜひ観賞してみてください。
(2006年竜王戦の激闘はこちら)
(2007年竜王戦の熱戦はこちらから)
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