「キミ、アイドルとつきあってるんか?」
そんなことを訊いてきたのは、友人ヤマモト君であった。
「今年のイブって、どうしてんの?」
というのは、12月に入るころから、ちょいちょい周囲で聞かれるようになる質問である。
今は知らねど、私がヤングのころは、はじけたとは言え、まだバブルの残り香が濃く残っていた時代であったので、
クリスマスに恋人がいて予定がある=人生の勝利者
クリスマスなのに独り身で、なんの予定も入ってない=ミジンコ以下の下等生物
という、厳然としたヒエラルキーが存在した。
ために、ときにおずおずと、ときに栄光に目を輝かせながら、皆そっと探りを入れてきたわけなのだ。
今思えばというか、当時からでも「なんじゃそりゃ」とバカバカしい感じもするが、それが「時代性」というやつ。
そんな疑問を感じる者は、
「モテないからだ」
と決めつけられ、高級スーツやブランド物を身にまとった人々が、阿呆みたいに高いディナーを食し、よろしくやっていたのだから、まあ景気がいい時代だったのは間違いない。
ただ、人の価値観は様々であり、私自身はそういう文化に興味がなかったので、クリスマスだろうが、ふつうに家でうどんとか食ってたわけだが、これがどうも周囲には変に見えていたよう。
当初は、
「あいつは女に相手にされないミジメな男だ」
という評価だったが、こちらがあまりに太平楽なので、
「ヤツは世間の流行などに流されない、【信念の人】ではないか」
などと、評価が変わったりもしたが、もちろん私にそんな強い思想などあるわけもない。
あまつさえ、これは今でもどういう思考過程か謎だが、どうにも疑心暗鬼におちいったらしい、大学時代の友人ヤマモト君が、
「シャロン君、オレら友達やんな。だから、絶対に友達にはウソをつかへんと、ここで誓ってくれ」
なんだか妙に真剣な表情で言うのだった。
私はホラは吹くが、ウソはつけないタイプだけど(記憶力が悪いので、ついたウソをすぐ忘れてバレるのだ)、いったいなんのこっちゃと問うならば、それが冒頭のセリフ。
「オレだけには教えてくれ。キミ、隠れて裏で、モデルかアイドルと、つきあってるんやろ?」
これには思わず、スココーンとコケそうになった。
話が、どっからどうやって、そうなったんや。
ワシがそんな、モデルかアイドルなんて言うシロモノと、つき合えるかどうかなんて、それこそ「友達」やったらわかろうもんやろ。
あきれてそう返すと、
「たしかに、そらこっちもキミが、まともな神経持った女の子には相手にされへん、底抜けなんは知ってるけどな」
いや、自分も、そこまでは言ってないッスけど……。
いろんな意味で言葉もないこちらに、ヤマモト君はブツブツと、
「でもなあ、おかしいもん。ふつうに考えたら、いっつもクリスマスになっても、あせりもせんと平常運転やん」
まあ、12月24日言うても、特別なことはないわねえ。
「てことはや、そんな余裕をかましてられるんは、実はコッソリ彼女を作ってるんちゃうかと」
違うけど、まあそういう人も、おるかもしれへんね。
「でや、これもふつうなら、周囲に自慢くらいはするはずやのに、そこを黙ってる。てことは、これは内緒でつきあわなあかんような女の子やろうと」
はあ……なんか、筋が通ってるような、通ってないような……。
「そうなると、もう相手は禁断の恋やないけど、有名人と言うことになるやん! じゃあ、モデルかアイドルやと」
そこで、友は目をむくと、
「頼む、絶対にだれにも言わんから、だれとつきあってるか教えてくれ! どこで出会ったんや?」
そう土下座までされては、こっちも笑うしかないわけだが、どうも友は本気の本気で、私が口外できないような有名人と恋仲だと、思いこんでいるようなのだ。
どんな妄想や。
そりゃ、私が福士蒼汰君のようなスーパーイケメンか、IT社長のような金持ちならわかるが、こっちはただの、どこにでもいる量産型大学生だ。
それがモデルかアイドルなど、発想が飛びすぎや。
仮に、人に言えない恋をしてても、それは不倫とか、あとは仲間内でつきあってるのを秘密にしてるとか、それくらいのが自然ではないのか。
だが、友には
「クリスマスなのに、恋人もいないヤツが平気な顔をしている」
というのが、どうしても理解できず、あまつさえ、
「不倫とかやったら、オレなら普通に自慢するもん」
などと、サラッと、とんでもないことをおっしゃる。
「いや、オレはそういう文化圏の人間と、ちゃうだけやねん。クリスマスに高い金払ってデートするより、家で『怪傑ズバット』観てるほうが、気楽で楽しいんや」
何度説明しても、
「頼む、教えてくれ。友達やないか!」
額を地面にすりつけて懇願するわけで、もうええっちゅうねん!
まったくもって、わけのわからない誤解だったが、どうも高校を卒業して、すぐに家業を継いだ彼には、「大学生」という存在は、
「全員、色魔と色情狂」
という思いこみがあったらしい。
お前ら、キャンパスライフと称して、毎夜毎夜、秘密の地下室とかで、すごいことやっとるんやろ。オレは『ホットドッグ・プレス』とか読んで、知ってるねんぞ。
まったくもって、とんだ誤解であり、まあたしかに○○○○○の連中とかは学祭のとき、似たようなことして噂はあったけど、ワシには無縁やっちゅうねん。
その後、私が相変わらず茫洋としたクリスマスやバレンタインを過ごしているのを見て、ようやっとヤマモト君も、
「こいつはタダのスカタンか」
納得していただいたが、この話をすると仲間内では大いにウケるだけでなく、
「でも、ヤマモトなら、言いそうやな」
納得までしていただいて、友はふだん、どういう人生を生きているのかと、心配になったものだ。
これを読んだ方の中には、
「そんなこと考えるヤツ、ホンマにおるんかいな」
「その人、よっぽど阿呆なんやな」
なんて、あきれる向きはあるかもしれないが、要するにそれくらい、当時のクリスマスは皆、どうかしてたわけなのである。