盤上の錬金術 羽生善治vs谷川浩司 1989年 棋聖戦

2021年12月16日 | 将棋・好手 妙手

 「手はあるもんやなあ」

 というのは、強い人の将棋を見ていると、よく思うことである。

 中盤の難所で手詰まりになったり、終盤戦で追い詰められて

 「投了しかない」

 といったところから、火事場の馬鹿力的な何かでもって、手をつないでいく。

 巧みな序盤戦術や、寄せ合いで見せる、あざやかな詰みも楽しいが、次の手が見えないところから、「ひねり出す」手にもまた、将棋の醍醐味がある。

 前回は米長邦雄と大山康晴の「大雪の決戦」を紹介したが(→こちら)今回は無から有を生み出す、ひらめきについて。

 

 1989年の棋聖戦。谷川浩司名人と、羽生善治五段の一戦。

 相矢倉から、後手の谷川が玉頭から強襲をかけると、羽生も攻めこまれながらも、手に乗って上部脱出を目指していく。

 むかえたこの局面。

 

 

 先手のと金が大きく、また後手からは上部を押さえる駒がないため、これ以上に追っていく手が、ないように思える。

 私が後手なら、次に指す手がまったく思い浮かばず、秒に追われて投げてしまうかもしれないところだが、強い人はここから、もう一山あるのだ。

 

 

 


 △84角と打つのが、なるほどという手。

 王様が逃げると、△51角と飛車を取られてしまうから、▲同玉しかないが、△63竜とカナメのと金をはずされ、先手玉はにわかに危ない。

 

 

 ▲91飛成を取るが、△83竜からどんどん押し戻されて、これで入玉での安全勝ちは望めなくなった。

 

 

 

 ただ、かなりせまってはいるものの、駒が少ないのが後手の悩みどころ。

 その通り、すかさずスピード勝負に切り替えた羽生は、豊富な持ち駒を生かして、ここに豪打を放つ。

 

 

 

 

 

 ▲43角が、カッコイイ一打。

 放っておくと、▲32角成からの一手スキ

 △同金▲31角、△12玉、▲13香、△同桂、▲21銀から詰む。

 後手は戦力不足で、先手の玉も右辺が広く、△64香のような手も、ほとんど効果が期待できない。

 今度こそ投了かなーとか思いきや、またもや谷川はここで、鬼手をくり出すのだ。

 

 

 

 △55金が、「手はあるもんやなー」の第二弾。

 王様を下に逃げるのは、今度こそ、危険きわまりない。

 ▲同玉と取るが、△44金王手角取り

 ▲64玉△43金引で、見事、自玉に巻きつけられたダイナマイトを解除してしまった。

 

 

 

 この手があるなら、▲43角では▲43銀の方が良かったという声もあったが、ここは谷川の手の見え方をほめるべきか。

 ただ、羽生もここであわてず、▲61角と打ったのが、これまた感触のよさそうな手。

 

 

 

 △83竜を消しながら、▲43角成と金を取る手をねらった攻防手で、猛追されても、あわてないところが、流石である。

 今度こそ先手が勝ち切ったように見えたが、後手も△71香と打って楽にさせない(▲同竜△53角の王手飛車)。

 その後も、中段でゴチャゴチャやりあっていたが、先手が少し残していたようで、最後は▲87香と打つのが、ようやっとのトドメで勝ち。

 

 

 

 △同竜は先手玉への脅威がなくなり、そこからゆっくり攻めていけば勝ち。

 先手はなにかされても、▲73玉からスルスル入ってしまえばいい。

 こういうのを見ると、上位者相手の駒落ちで、勝勢を築きながら、そこからなかなか勝ち切れない理由がよくわかる。

 こうやって、ゴチャゴチャとイヤな手を駆使され、そのうちに間違ってしまうのだ。

 時間もないのに、よう思い浮かぶもんであるなあ。

 私にとって「将棋の強い人」は、この谷川のように、

 「なんのかの、ひねり出してくる

 という人のことなのであり、それが熱戦の醍醐味とも言えるのだ。

 

 (「受ける青春」中村修の妙技編に続く→こちら

 


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