この自陣飛車がすごい! 森内俊之vs村山聖 1996年 第54期A級順位戦

2020年02月12日 | 将棋・好手 妙手
 「自陣飛車」というのは上級者のワザっぽい。
 
 飛車という駒は攻撃力に優れるため、ふつうは敵陣に、できれば成ってにして暴れさせたいもの。
 
 そこをあえて、自陣で生飛車のまま活用するというのは難易度が高く、いかにも玄人という感じがするではないか。
 
 前回は大山康晴十五世名人による、角を使った妙手を紹介したが(→こちら)、今回は飛車のうまい使い方を見てみたい。
 
 
 

 1996年、第54期A級順位戦の最終局で、森内俊之八段と『聖の青春』の主人公である村山聖八段が当たることとなった。
 
 村山はすでに残留を決めて、なかば消化試合だが、6勝2敗の森内は勝てば、同星の森下卓八段とのプレーオフ以上が決まる大きな勝負だ。
 
 森内が向かい飛車△32金とあがる急戦を見せ、飛車角交換後に村山が▲45歩と突いたところ。
 
 
 
 
 
 のラインを止めるのはむずかしそうで、攻め合いでも、△28△27にすぐ飛車を打つのは▲39金で、うまく桂香が取れない。
 
 となると、あの手が出てくる。
 

 「ま、森内なら、こうだよね」

 
 ぶりながら、打ちつけたい場所は……。
 
 
 
 
 
 
 

 △41飛と打つのが、森内流の腰の重い手。
 
 ダムを強力な支柱で支え、これで4筋は持ちこたえている。
 
 ▲44歩、△同銀、▲65角の攻めには△31飛打(!)が好手で、後続がない。
 
 
 
 △41飛に村山は▲23歩とたらすが、ここで△25歩と突くのが、これまた森内流の牛歩戦術。
 
 ▲58金右に、さらにじっと△26歩
 
 
 
 
 
 なんてイヤな手なのか。
 
 こんな手が間に合うのかといいたいけど、森内ほどの男に
 

 「間に合いますね」

 
 と言われては顔面蒼白になる。
 
 静かに、でも一歩ずつ確実に、ヒタヒタとせまるところは、まるでホラーめいた恐ろしさが。

 なんだか、パトリシアハイスミスの短編小説『クレイヴァリング教授の新発見』みたいではないか。
 
 こんなので負かされてはアツいということで、先手は▲44歩と取り、△同銀に勇躍▲22角と打ちこむ。
 
 △33桂と跳ね、▲42歩、△同飛、▲11角成と手をつくして攻めるも、△23金▲21馬△41飛打と再度の自陣飛車!
 
 
 
 
 
 
 これにはさしもの「西の怪童丸」こと村山聖もまいった。
 
 ▲43香△同飛▲32馬のような手にも、△34金でまったくダメージをあたえられない。
 
 ▲65馬と逃げるしかないが、これで後手玉はまったく怖いところがない。
 
 以下、△27歩成△28と△19と、と着々とせまり、△45桂から、取った△56に打って攻め切った。
 
 自陣飛車というだけでもめずらしいのに、それが2回も、それもまだ中盤戦で出るのだから、すごい作りの将棋だ。
 
 さらには、あの△25歩からの攻め。
 
 あの、なにかおそろしい圧が迫ってくる感は、今並べ直しても恐怖を感じる。
 
 まさに、森内俊之の名局といって、いいのではないだろうか。
 

 

 (先崎学と佐藤康光の竜王戦挑戦者決定戦編に続く→こちら
 
 
 

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