2013年のウィンブルドンが終わった。
テニスファンのみならず、世界中の注目を集めた決勝戦。
結果は既報の通り、地元イギリスのアンディー・マレーが、第1シードで世界第1位のノバク・ジョコビッチを6ー4・7ー5・6ー4のストレートで破って、初優勝を果たした。
イギリス人としては、1936年のフレッド・ペリー以来、77年ぶりの地元優勝。
一時期はイギリスの賭け屋から、
「イギリス人がウィンブルドンで勝つよりも、ロンドン上空に宇宙人の乗ったUFOが現れる方が確率が高い」
という自虐ギャグのネタにすらされていたものだが、長い長い時を経て、とうとうアンディー・マレーがその呪縛を解き放った。
マッチポイントが決まった瞬間、センターコートは爆発したような歓喜にわいたものだった。
語るべきところも多い試合だったので、どこを取り上げるか迷うところであるが、印象に残ったのは、やはりこのシーン。
第2セットの第11ゲーム。
5ー5からマレーがジョコビッチのサービスゲームを破ったところだ。
ブレークポイントを取ってガッツポーズをするマレーを受け、カメラは彼の家族やスタッフが陣取るファミリーボックスを映した。
そこでイワン・レンドルが、立ち上がっていた、あの場面だ。
元世界ナンバーワンのプレーヤーであったレンドルは、2012年の1月から、マレーのコーチをつとめている。
もともと実力はあったマレーだったが、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、そしてジョコビッチという上位陣の壁をなかなかつき崩せず、ビッグタイトルに縁のない日が、長く続いていた。
そこで投入されたレンドルは、もちろんのこと元世界チャンピオンの経験もさることながら、教え子との相性もよかったのであろう。
マレーはそこからテニスのレベルを一段あげて、昨年度のウィンブルドンでは決勝に進出。
フェデラーに惜しくも敗れたものの、同じくウィンブルドンを会場に行われたロンドン・オリンピックでは、フェデラーに決勝で借りを返し金メダルを獲得。
その勢いに乗って、見事にUSオープンでも優勝し、ついに悲願のグランドスラム・タイトルを手にすることとなったのだ。
こうなると、マレーとレンドルのコンビが次に照準を定めるのは、当然ウィンブルドンのトロフィーしかない。
なんといっても、この二人にはこの大会に、少なからぬ因縁がある。
地元の期待、歴史的瞬間を見たいというテニスファン視線、よくわからんけど祭にのっかりたい野次馬などが、聖地でのアンディーに注目することとなる。
そんな熱気をはらんだ空気の中、マレーは今年も決勝戦まで勝ち進んだ。
フェデラーやナダルの早期敗退に助けられたかと思いきや、準々決勝では伏兵フェルナンド・ベルダスコに2セットダウンからの大逆転。
という薄氷を踏んだりと、イギリス人をハラハラさせながらの進軍であったが、ともかくも、あと一歩のところまでこぎつけることとなる。
そういったマレーの試合で、なにかと話題に上るのがファミリー・ボックスの面々だった。
アンディーにテニスを仕込み、今でもフェドカップのイギリスチームの監督を務めるお母さんのジュディさん。
テニスプレーヤーの彼女のご多分にもれず、すごい美人であるキム・シアーズさんが注目を集める中、私が、いやテニスファンなら皆いつだって目を引かれたのが、イワン・レンドルの姿だった。
レンドルは、いつもどういう気持ちで弟子の試合を見ているんだろうか。
レンドルは現役時代から、あまり派手なところがない男だった。
同時代のライバルであるボリス・ベッカーやステファン・エドバーグ。
仲の悪かったジョン・マッケンローなどとくらべると、華の部分で明らかに劣るところがあり、ずいぶんと損をしていた印象がある。
マスコミは彼のことを「退屈なチャンピオン」と呼んだ。
そんな彼は、コーチになっても相変わらずクールだった。
愛弟子のマレーがどんなスーパーショットを放とうが、ピンチに追いこまれようが、勝とうが負けようが、いっかな表情を変えようとしない。
ジュディさんが吠え、キムさんが心配そうに拳を握りしめる横で、イワンはいつも微動だにせず、すわっていた。
たいていサングラスをかけていて、その表情は読みとれないが、それにしたって頬ひとつピクリとも動かさない。
他のコーチがよくやるように、興奮して独り言を言ったり、ポイントを取ると「カモン!」と声を上げたりもしない。
ただ腕を組んで、石のようにじっとしている。目が隠れているので、うっかりすると居眠りしてるんじゃないかという気にすらさせられる。
口を真一文字に引き結んで、その様子は、教え子を見守るコーチと言うよりは、どちらかといえば、
「定食屋で注文したメニューが全然来なくて、不機嫌に黙りこんでしまったお父さん」
といったところであった。
そのレンドルが、はじめて沈黙を破り動きを見せたのが、この決勝戦の第2セット第11ゲームだった。
これまで、畳針で尻をつついても何の反応してくれなさそうだったレンドルが、イスから立ち上がって弟子のガッツポーズに視線を送っていた。
昨年度の決勝戦で敗れ、試合後のインタビューでマレーが涙を流したときも、ただじっとしていたこの男が。
声こそ出さないものの、ボックス前の仕切に手を置いて、前のめりになってセンターコートを見下ろしていたのだ。
これを見て私は、レンドルは決して、ただクールなだけのコーチではなかったのだなということに、ようやっと気がついたのだった。
これまで、どっしりとかまえていたように見せていたのは、すべて彼の「意志の力」によるものだったのだ。
どんな状況であれ、コーチである自分が取り乱すのは決してマレーに対していい影響を与えない。
勝とうが負けようが、あたかも何事もなかったかのように振る舞う。
それが、レンドルのコーチとしてのスタイルだった。
おそらくは、その泰然とした姿勢が、幾度もアンディー・マレーの危機を救ってきたのだろう。
その鉄の男レンドルが、ついに立ち上がった。
歴史的偉業をついに目前にして、弟子のためにクールを装い続けた師が、束の間見せた本当の姿。
私はこの場面を見て、不覚にも目頭が熱くなってしまった。
ああそうか、やっぱりレンドルもマレーに勝ってほしいと心から思っているんだな。
そういうと、
「そりゃコーチなんだから当たり前じゃん!」
と、つっこまれそうだけど、それにしたって今まであまりにも静かだから、どうにもそのことが伝わりにくくて。
その姿を見て、多くのテニスファンは
「やはり、そうか」
という気持ちを新たにしたものだった。
その「やはり」は二つの意味があり、ひとつは今言った、口には出さねどな師の愛。
そしてもうひとつは、アンディー・マレーだけでなく、イワン・レンドルもまた大きな何かを背負って、このウィンブルドンのセンターコートで戦っていたということだ。
(次回【→こちら】に続く)