巨人伝説vol.10 グランド・フィナーレ 大山康晴vs高橋道雄 1992年 第50期A級順位戦 プレーオフ

2022年01月14日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 

 「A級から降級したら引退」

 

 をかかげていながらも、その不屈の精神でなんどもピンチをしのいできた、69歳(!)の大山康晴十五世名人(第1回は→こちらから)。

 それどころか、1992年の第50期A級順位戦では、5勝3敗と勝ち越し、降級どころか、名人挑戦をねらえる位置につけていたのだ。

 最終戦も、当時四冠(竜王・棋聖・王位・王将)を保持していた谷川浩司相手に、ほとんど完封ペースで戦いを進める。

 このまま押し切るかに思われたところで、最後にすごい場面が飛び出した。

 

 

 先手の大山が▲53歩成としたところだが、これが波乱を呼びこんだかもしれない手。

 控室の検討陣から大盤解説場のお客さんたちまでが、一斉に悲鳴を上げた、すごい踏みこみだったのだ。

 ここが後手にとって、最後のチャンスだった。

 この手自体は、と金を作って、

 

 「▲53のと金に負けなし」

 

 の格言通りな上、角取りにもなって、きびしい手である。

 ただし穴熊相手だと、まだターゲットが遠い。

 それどころか、ここでもう1手▲52と、とを取ったとて、やはり後手の穴熊はまったく傷んでいない。

 後手はこの2手の間に、命懸けの特攻を見せられるわけで、事実△77角成という、破壊力バツグンな手がある。

 さあ、「光速の寄せ」谷川浩司の美技がみられるぞと、期待は高まり、一方の大山ファンは祈ることしかできないが、あにはからんや。

 なんとここで、後手は△41角と逃げたのだ。

 これでは、先手の▲53歩成が、まるまる通ってしまうことになり、しかない形だ。

 最終盤で、こんな勢いのない手を指しては、いかな谷川といえども勝てるわけがない。

 桐山清澄戦に続いて、またも一流棋士に

 

 「将棋にない手」

 

 を指させた大山は▲67金と打って、とどめを刺した。

 

 

 これこそが、まさに大山流の受けつぶしであり、相手に何もさせませんよと宣言した、冷たい指し方。

 将棋には伝説的な手というのがたくさんあって、

 


 「升田の△35銀」(→こちら

 「中原の▲57銀」(→こちら

 「羽生の▲52銀」

 「谷川の△77桂」(→こちら

 


 今なら藤井聡太四冠の「▲44桂」「△77同飛成」「▲41銀」とか、これは書き切れないが、この

 

 「大山の▲67金

 

 もまた、そのひとつであり、まさに「大山伝説」の最終章を飾るに、ふさわしい1手だ。

 この手で、戦意を完全に喪失した谷川は、この後すぐに投了

 

 


 「はじめて大山先生に本気を出してもらった気がします」


 

 という言葉を残し、その余韻も冷めやらぬまま、高橋も塚田泰明八段に敗れる(塚田は6連敗からの3連勝で奇跡的な残留)。

 3敗の南芳一九段が勝ったことから、これで谷川、南、高橋、大山の4者プレーオフに突入。

 「伝説」はまだまだ続くどころか、信じられないような

 「70歳名人

 の可能性すら出てきた。もう、笑うしかないよ。

 パラマス方式による4者プレーオフは、まず大山と高橋から。

 戦型は後手の大山が、今ではなつかしいツノ銀中飛車にすると、高橋はやはり居飛車穴熊

 

 

 

 当時の感覚では、バランスはいいものの玉のうすい後手が「勝ちにくい」形に見えたが、大山は軽快にさばいて優位を築く。

 

 

 

 

 

 

 △86歩▲同歩△87歩と急所にタタくのが、気持ちいい攻め。

 ▲同銀と取らせて、△79が浮いたところで、△46角と軽快に飛び出す。

 ▲78金と逃げるしかないが、△55金と中央を制圧して、見事な振り飛車さばけ形。

 

 

 困った高橋は▲84角と飛び出し、△73金▲同角成と切り飛ばす、苦肉の策。

 とにかく、後手のカナ駒をけずって、陣形の差でなんとかしようということだが、手を尽くして▲23飛成とつっこんだところで、△22歩▲同竜△33角の受けがピッタリ。

 

 

 竜を逃げては△45歩と角筋を通すのが絶品で、勝負どころがなくなる。

 困った高橋は▲33同竜と切り飛ばして、捨て身の特攻にかけるが、これでは苦しい。

 

 

 図ではすでに、後手が勝勢

 ここで大山に、決め手があった。

 そう、ここまで△81の地点で受けに効かしていた飛車を、ぐるりと△21に回る妙手があったのだ。

 

 

 これで次の△29飛成が受からない。

 後手はもう1枚飛車があるから、駒を埋めて守っても、手が伸びない形だ。

 こうなれば大山必勝で、

 


 「大山先生は、今が全盛期だ!」


 

 控室の棋士たちも脱帽だったが、なにか錯覚があったか、大山は△88歩と飛車の転換を逃してしまう。

 以下、▲同金に△28飛は自然な攻めだが、これだと▲78金打と補強する筋があって、先手もがんばれる。

 

 

 これでも後手優勢だろうが、体力に不安のある大山にとって、少しイヤな流れになったことは否めない。

 自然なのは△29飛成として、△77桂打のような手をねらうところだが、桂を取ったときに▲58桂と打つ手が気になる。

 手が見えなくなった大山は、苦悶に沈む。フィニッシュホールドをのがし、明らかに雰囲気がおかしい。

 そして、ここで敗着を指してしまった。

 

 

 

 △85歩と打つのが、暴発となった。

 ▲同歩△同飛▲86歩△75飛▲76歩△同金▲84銀と、たたきつけるのが痛打。

 

 

 

 △同玉▲85銀や、一回▲76銀と取ってから、△同飛▲85銀などで、飛車を取られてしまう。

 バランス型の後手陣は、こうなると弱い。

 将棋は完全に逆転したが、大山はまだあきらめず、玉を中段に泳ぎだして入玉にすべてをかける。

 その迫力に、高橋もあせらされたかもしれないが、最後まで逆転の目はなかったようだ。

 

 

 次の手を指すとき、大山は力強い手つきだったそうだが……。

 

 

 

 

 △37角成が、この手の形の手筋。

 ▲同桂と、根元を除去すれば、△同玉でも△36玉でも、逃げ切りが見えてくる。

 だが、この将棋は、高橋が勝つようにできていた。

 

 

 

 

 

 

 ▲16飛と打つのがピッタリの手で、後手玉は見事につかまっている。

 さしもの大山も、ここで投了するしかなかった。

 こうして、昭和から平成をまたぐ時期のA級順位戦を、盛り上げに盛り上げた「大山伝説」は幕を閉じた。

 その次の年、A級順位戦を一局だけ指したところで、69歳の大山はガンの再発のため入院し、「70歳」A級を目前にしながら、そのまま帰らぬ人となった。

 

 

 

 (羽生善治と佐藤康光の熱闘編に続く→こちら

 

 


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2 コメント

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Unknown (soborut)
2022-04-08 14:10:16
>>先手の大山が▲53歩成としたところだが、これが波乱を呼びこんだかもしれない手。

水匠2ではこの手が最善手とのことです(先手約+700点)。次の後手は、ご存知の通り△77角成が最善でした。その後は▲同龍⇒△同龍⇒▲5二と、で先手良いと。

>>▲67金と打って、とどめを刺した。
ここは▲4二金打が最善で、約+1200点まで行きました。本譜の▲6七金打でも優勢のままですが、約+900点でした。まあ、大勢には影響無いかもですが。
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Unknown (シャロン)
2022-04-08 20:32:55
soborutさん、お世話になっております。

▲53歩成、△77角成でも先手優勢で、▲67金では▲42金の方が勝ちが早かったのは、当時の記事でも書かれていましたね。

よく「優勢なときや、不利なときのねばり方に【棋風】が出る」といいますが、その典型例かもしれません。
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