「七冠王フィーバー」があったころ 羽生善治vs谷川浩司 1995年 第44期王将戦

2020年09月22日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 1995年1月。

 将棋界は、いや日本列島は「七冠フィーバー」で湧きに湧いていた(第1回は→こちらから)。

 もうすぐ開幕する第44期王将戦谷川浩司王将羽生善治六冠が挑戦する七番勝負。

 これを羽生が制すれば、竜王名人棋聖王位王座棋王王将の七大タイトルをすべて保持する「七冠王」が誕生するからだ。

 これだけでも大変な事件だが、このころさらにすごかったのが、われわれのような将棋ファンのみならず、世間一般からも大注目されたこと。

 テレビはもとより、新聞、雑誌など各種媒体が取り上げ、対局場には大人数の取材陣がかけつける。

 ついには羽生に、人気タレントのような「おっかけギャル」がつくなど、もうてんやわんや。

 その様子はまさに、藤井聡太王位棋聖が「29連勝」を目指していたときのような熱狂だったが、ともかくも、日本中の耳目を集める世紀の大勝負が開幕だ。

 そんな風雲急を告げる中、このシリーズにさらなる大きな衝撃があたえられることとなる。

 1995年1月といえば、特に関西在住の人間には、忘れられない出来事。

 そう、17日早朝の阪神淡路大震災だ。

 七番勝負は12日に開幕して、初戦は谷川が、羽生のひねり飛車を打ち破って先勝

 後手番での勝利とあって、幸先のいいスタートを切ったところだった。

 そこにこの悲劇。神戸市の六甲アイランドに住んでいた谷川も当然、被害にあった。

 家族もふくめ無事なのは幸運だったが、これでまともに、将棋を指せるのかと心配されたもの。

 このときの谷川の心境は、いろんなところでの取材やインタビューなどで読むことができる。

 だが、当時の谷川は自身の今の状況や、将棋と震災をメディアの好む「浪花節」「お涙頂戴」的な、安易な物語としてあつかわれるのを、避けているフシがあった。

 なので私ごときが、わかったようなことを書き散らかすのは避けたいが、もちろん影響がまったくなかったなどは、ありえないことだろう。

 混乱の中、震災の6日後に行われた第2局も、第1局に続いて谷川のキレ味するどい将棋が見られる。

 相矢倉から、後手の羽生が5筋の歩を交換して、急戦調の展開に。

 

 

 

 後手が△35に攻防のを打ったところ。

 玉形に差があり、の位も大きく先手が指せる展開。

 後手のが一瞬不安定で、先手のの位置もよく、いかにもがかかりそうなところ。

 その通り、ここで谷川は一気の踏みこみを見せるのだ。
 
 

 

 

 

 ▲13桂成△同香▲44歩が、キリで急所を一突きする鋭手。

 飛車とたくさん取る手があるが、どれを選んでも▲36歩とか▲46銀とか、角交換して▲55角

 さらには好機に▲14歩▲24飛の補充もきいて、これらを組み合わせていけば、先手は攻めが切れることはない。

 手段に窮した羽生は△57銀成と特攻するが、▲43歩成から▲32と

 一直線に踏みこんで、角交換後に▲65角が、間接王手飛車で勝負あり。

 

 

 

 「前進流」「光速の寄せ」の良さが存分に出た形で、これで開幕2連勝

 羽生の勢いや、「七冠王爆誕!」を期待する世論の声に押されるのではという懸念は、ここに払拭されたと言っていいだろう。

 意外と言っては失礼だが、谷川の好スタートに

 

 「あれ? ここまで来て七冠はおあずけ?」

 

 風向きが変わりそうと見せかけて、あの羽生善治は、ここで簡単に引き下がるタマではない。

 もちろん震災の衝撃や、谷川の奮起に思うことはあったろうが、勝負となれば話は

 また羽生はこういうときに、ブレないというか、斟酌のようなことはあり得ない男だ。

 当然、ここから逆襲をねらってくるわけで、第3局相矢倉から羽生が穴熊にもぐって激しい攻め合いに。

 

 

 

 最終盤、△87と、とを取った瞬間に▲41飛と打って一手勝ち。

 以下、△31金打▲42と、で先手玉に詰みはない。

 穴熊の深さを生かしたクレバーな勝ち方で、これでひとつ星を返す。

 この結果に思わず指がパチンと鳴る。こうこなくては。

 七冠王が実現するか、谷川が意地を見せるかは時の運というか、最後は神のみぞ知るだが、われわれ見ている方の望みはどちらに肩入れしようと、

 

 「この時間を、とにかく、たくさん味わいたい」

 

 で決まっているのだから。

 

 (続く→こちら

 


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