「バードマンって、ちょっとねらいすぎやろ」
先日、友人フカエ君と一杯やっているときのこと、彼が唐突にそんなことをいい出した。
バードマンってだれのことやねん、と問うならば、はたしてそれは藤子・F・不二雄先生の漫画である『パーマン』の話なのであった。
その中に出てくる、バード星からの使者。またの名を「スーパーマン」。
パワーを増強するヘルメットや、時速119キロで空を飛ぶマントなど、「パーマンセット」を人類にあたえて、「パーマン」として地球の平和のために働くよう指示するのが仕事である。
そんな、バードマンであるが、なにをしてフカエ君に「ねらいすぎ」と言わしめるのかと問うならば、
「あいつのパーマン選出の基準がイカれてる」。
はて、なにかおかしなところがあるのか検討してみると、
「1号から順に考えてみい」。
パーマン1号といえば、言わずと知れた、ミツ夫君という男の子だった。須羽ミツ夫。
まあ、どこにでもいそうな、ごく普通の少年である。
これに、フカエ君は疑問を抱く。
「変やろ」
なるほど、少年といえば聞こえは良いが、和文和訳すれば「ただのガキ」。
あらためて検討するまでもなく、パーマンセットというスーパーアイテムをあたえるには、若干信用がおけない相手である。
地球をたくすのだ、もっと責任感があり、能力的にもすぐれた大人にするべきではないのか。
それこそ、優秀な警官とか、自衛隊のレンジャー部隊とか。
もし子供が、そんな大きな力を手に入れたら、とんでもないことをするのではないか。
ムカつく先生をなぐりつけたり、イジメや万引きに使用したり、放課後に好きな女子の笛を、こっそり吹いたりするのではないか。
もちろん私は、子供のころから正義とモラルを重んじる紳士であったため、そんなことはしないが、フカエ君ならやるだろう。
そういわれると、たしかに判断基準が不明だ。そこで納得すると、フカエ君は「さもあろう」と大きくうなずき、
「2号が、またおかしい」。
2号といえば、サルである。
なぜエテ公にパーマンセット。我々は『2001年宇宙の旅』のオープニングのごとく、がんばって進化して、地球を何度も木っ端みじんにできる人類になったというのに、あえて逆走してブービーとは。
進化の価値はいずこ。
サルで有名な大阪府箕面市では、ただでさえ野ザルが大暴れして問題になっているというのに、そこにパーマンセットをあたえてどうするのか。
そんな超モンキーがいたら、街一個くらいなら壊滅させられてしまうのではないか。
リアル『猿の惑星』である。このチョイスには、ダーウィン先生も砂を噛む思いであろう。
うーむ、いわれてみれば。なんであえてガキとサルなんだ。わざとやってるとしか思えない。
彼はこの選択から、我々になにを伝えたいというのか。
そのことを解明すべく、フカエ君との深夜に及ぶ、侃々諤々の討論の末に出た結論。
すなわちバード星の使者が、地球に残したかったメッセージとは、愛と正義と地球の平和と、
「見てくれオレのギャグセンス」
という、中2病的自己顕示欲なのであった。
(パーマン3号編に続く→こちら)