飛行士たちの話 羽生善治vs南芳一 1991年 第16期棋王戦 第4局

2024年07月14日 | 将棋・好手 妙手

 「絶妙手を生む駒はが多い」

 

 というのは、なにかで読んだ記憶がある一文である。

 歴史に残る妙手と言えば、

 

 升田の△35銀

 「中原の▲57銀

 「谷川の△77桂

 「藤井聡太の(多すぎて絞れないので略)」

 

 などがパッと思い浮かぶが、実はその多くにが絡んでいるとかいないとか。

 具体的なデータまではわからないが、「天野宗歩遠見の角」や、また数多の絶妙手を生み出してきた升田幸三九段が、を好んだことからついたイメージかもしれない。

 

 

 天野宗歩による「遠見の角」。
 好手かどうかは微妙だが、宗歩はうまい手順で▲63角成と成りこむことに成功する。

  

 

 たしかに射程距離が長く、ななめのラインというのはちょっと錯覚を起こしやすいため、うまく使えば相手の意表をつく手は出現しやすいのかも。

 そこで今回は、そんな「角の妙手」が乱舞する将棋を見ていただこう。

 


 1991年の第16期棋王戦は、南芳一棋王羽生善治前竜王(昔は名人か竜王を失冠して無冠になった棋士を「前名人」「前竜王」と呼ぶマヌケな習慣があった)が挑戦。

 羽生の2連勝スタートから、南も意地を見せ1番返し、むかえた第4局

 相矢倉から、南が△24歩と自分の玉頭の歩を突く工夫を見せ、そこから激しい戦いに。

 タイトル戦にふさわしい、力のこもった将棋になったが、終盤もまたエキサイティングだった。

 

 

 


 双方が、相手玉にせまりくる形となったこの場面。
 
 先手玉はかなりの危険にさらされているが、ここは羽生がねらっていたところであった。

 この前から、漠然とではあるが「こうなったらいいなあ」と、頭の中で描いていた局面が、本当に実現してしまったからだ。

 

 

 

 


 ▲67角と打つのが、攻防の絶妙手。

 先手玉は裸だが、大駒3枚が見事な配置で遠くから援護しており、これですぐの寄りはない。

 2枚角の使い方が、羽生の好きなチェスのビショップのようで、おもしろい形だ。

 飛車が逃げると、▲31銀△同玉▲23角成で必至だから、南は△66金と、しぶとくからみつく。

 これには▲76角△同金▲72飛△32歩

 

 

 

 

 ここで▲76飛成を取り払ってしまえば良さそうだが、その瞬間△55角王手飛車を食らって、これは先手が勝てない。

 プレッシャーをかけられているが、手はあるもので、羽生はまたもひねり出す。

 

 

 

 

 

 

 ▲44角が、絶妙手の第2弾

 △55角の王手飛車を防ぎながら、△同銀なら▲34桂から詰む。

 本人も

 


 「読みの裏付けはないけれども盤上この一手という確固たる自信」


 

 は感じたようで、このギリギリの戦いで、よくいいところにが行くものである。

 南は△41銀と辛抱し、足が止まったら負けの羽生も▲42銀と追撃していく。

 まだ形勢は難解だが、妙手2発で流れは先手であろう。 

 

 

 


 少し進んだこの局面で、羽生は勝ちを確信していた。

 △42歩と受けても、かまわず▲同飛成とつっこんで、△同銀はやはり▲34桂詰むから無効。

 後手に受けがないように見えるが、ここでは南に大きなチャンスがめぐってきていたのだ。

 なんと、羽生が必勝の確信で打ったはずの▲43金は、とんでもなく危ない手だった。

 たしかにこれは、次に▲32飛成からの一手スキだが、ここで△55角王手飛車を放ち、▲77歩△28角成と取っておく手があった。

 

 

 これなら詰ましに行ったとき、▲24飛と飛び出す筋がなくなるから、後手玉への詰めろが消えて、先手が負けになるのだ。

 金打ちでは▲38飛と、詰めろで王手飛車を回避しておけば、難解ながらも先手に分がある戦いだった。

 

 

 「簡単に詰み」と思いこんでいた羽生が、まさかの精査を欠いた形だが、将棋の終盤戦は本当に怖い

 羽生にとって幸運だったのは、指している間はそのポカに気づいていなかったこと。

 本人も言うように、ポカがあったときや詰みを探しているとき、自分が気づくと、以心伝心で相手もそれを察知する。

 これは高度な世界の「将棋あるある」なのである。

 なので、ここでしれっと胸を張れたのは、結果的には良かったわけで、南は相手のウッカリを見破れず△33金と指して、以下敗れた。

 最後は幸運も手伝って、羽生が棋王位を獲得。

 ▲67角▲44角に、幻でもあったが△55角など角の乱舞が目立った派手な将棋。

 羽生のポカもあったりと、にぎやかで楽しい一局であった。

 


(羽生による遠見の角はこちら

(大内延介の遠見の角はこちら

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