杉元伶一はもっと評価されていい。
というのは、10代のころからずーっと思っていたことである。
1987年に『東京不動産キッズ』で、第49回小説現代新人賞を受賞しデビュー。
その後も金子修介監督により映画化された『就職戦線異状なし』(おもしろいけど、杉元さん本人は出来には不満)。
『ホットドッグプレス』に連載され大人気だったアルバイト体験記『フリーター・クロニック』など、特に私と同世代くらいの本好きには、かなり知られた作家だった。
バブル期に青春を過ごしたノリをベースに、そのシニカルでテンポの良い文体はリーダビリティが高いが、かといって軽薄というわけではなく、南米文学を好むなど随所に教養の高さを感じられるところもあって、うるさがたの読書子からも評価が高い。
そらなんといっても、小説現代新人賞だ。歴代の受賞者を見ても、五木寛之といった大御所から、志茂田景樹といった有名人。
さらには、読んだことある範囲でも『死の泉』『総統の子ら』『双頭のバビロン』など数え切れずの皆川博子とか『宇宙のウィンブルドン』の川上健一とか、『症状A』『離愁』の多島斗志之とか。
『始祖鳥記』の飯嶋和一とか、『カレーライフ』『文化祭オクロック』の竹内真とか、他にも金城一紀とか朝倉かすみなど、まさに綺羅星のごとき人材が集まるすごいところなのだから。
そんなことも知らなかった私は、『フリーター・クロニック』の文庫版をたまたま買ったところから
「すごい新人が出たな」
と感嘆し、続いて水玉螢之丞さんとの共著『ナウなヤング』でもう一発パンチをもらって、そこからすっかりファンになってしまった。
私はある本を読んで気に入ると、その作家のまとめ読みをするという癖があり、子供のころの江戸川乱歩からはじまって、最近ならJ・S・ローガンとかドン・ウィンズロウとかヘレン・マクロイとか一気読みしたけど、このときは困ってしまった記憶があった。
杉元さんの本、あんまし出てないやん、と。
まずデビュー作の『東京不動産キッズ』が読めない。
小説現代新人賞受賞作は当然『小説現代』に掲載されるわけだが、そんなことは知識になかったし、今のようにネットで簡単に買うという時代でもなかった。
他の本も全然ないというか、そもそもそれ以外が『君のベッドで見る夢は』『スリープ・ウォーカー』という長編小説が2本しか出版されてなかったのだから、物足りなすぎるし、おまけにこの2冊も探すのにすごく苦労したのだ。
なんでこんなに、著作が少ないのか。
コミュ力が高くモテ男(杉元氏はとんでもない女好きなのである)なうえに、本人が認めるところの
「行動力と順応性の高さ」
という多才さゆえ、他でもっと力を発揮できる仕事を見つけてしまったか。
それともスランプにおちいったか干されたか、それとも家庭の事情か油田でも掘り当ててバミューダにでも移住したか。
その理由は知るよしもないが、ともかくも、この事実にはなんてもったいないと、天を仰ぎたくなるほど。
そう思うのはだれしも同じなようで、「杉元怜一」で検索すると、とにかく
「こんな才能ある人が書かなくなるとは、なんてもったいない!」
という嘆き節がそこかしこに聞かれる。
それなー、ホンマやねんなー。
そんなガッカリ感もあって、杉元本とは長い長いブランクがあったのだが、数年前アマゾンのセールだったかでkindleの『フリーター・クロニック』を買って読み直したら、これがやっぱりおもしろい。
ということで『就職戦線』『君のベッドで』『スリープ・ウォーカー』も買い直してみたら、昔と変わらず一気読みしてしまい、あらためてその実力を再確認したのであった。
個人的には杉元本とのファーストコンタクトは森見登美彦『太陽の塔』を初めて読んだときの衝撃と同レベルのもの。
文才という点では、このクラスの作家にも負けてないと思うし、今からでもまたなにか書いてくれないものだろうか。