日本人旅行者は、なめられてるなあ。
というのは、外国を旅行していると、よく感じることである。
警戒心が薄く、また温厚で押しに弱い上に語学に堪能でない日本人は、人心のよくない土地に行くと、スリ、置き引き、詐欺、強盗、美人局などなど、あの手この手の小悪党が寄ってくることがある。
要するに、鴨なんばん。
中でも多いのが、ボッタクリの被害であろう。
普通に買えば100円のみやげものを5000円で買わされた、なんて話は、旅行者の間では枚挙にいとまがない。
私自身もエジプトのアスワンで、ガラベーヤという民族衣装を値切って値切って2000円ほどで買いホクホクしていたら、別の店で400円程度で売っていてガッカリなうえ、日本に帰って洗濯したらボロボロになって、もう踏んだり蹴ったり。
しかしまあ、これは私がトンマであったわけで、後々の話のタネでもある。それもまた旅の醍醐味といえるというか、そういって自分をごまかさなければ、怒りの持って行きようがないのである。
「あとでネタになる」。あらゆるトラブルから自分をなぐさめる、魔法の言葉であるなあ。
だが人間、決して引いてはいけないときという時もある。
モロッコのマラケシュでのことだった。
マラケシュの中心部ジャマ・エル・フナ広場は、夜になると屋台が出てにぎわう。
まるでお祭りのような喧噪に誘われて、夕食はいつもそこでとることになるのだ。
その日もモロッコ料理を堪能して、いざお勘定。料金は35ディラハム(約350円)。小さいお金がなかったので100ディラハム札を出した。屋台の兄ちゃんは「サンキュー」とお釣りを差し出した。
さてここで問題です、お釣りの額はいくらでしょう。
こんなもの阿呆でもわかる。答えは65ディラハムだ。
ところが、私の手に平にのせられたのは10ディラハム札だった。
おいちょっと待て、とモロッコ兄ちゃんを見ると、彼はニヤニヤしながら「グッバイ」と手を振った。
瞬時に理解した。
こいつ、お釣りの残りをガメようとしている。
こっちがお人好しの日本人だと踏んで、ボろうという魂胆だ。いかにもなれている感じからすると、常習犯なのだろう。
どう見ても額がおかしいが、おとなしい日本人旅行者なら抗議することなく、釈然としないもののあいまいな笑みをうかべて「グッバイ」なんて去っていく人もいたにちがいない。
「こっちがおかしいのかなあ」なんて言いながら。
薄ら笑いを浮かべながらこちらを見つめているのは、モロッコ兄ちゃんだけではない。おそらくは家族経営なのだろう、よく似た顔のモロッコ母ちゃんやモロッコ姉ちゃんもニヤニヤしている。
完全に人をなめた、人の神経を逆なでするような、下卑た笑い顔だった。その顔はみな、無言でこういっていた。
「どうせ泣き寝入りするんだろ、日本人さんよ」
この瞬間、パチンとスイッチが入った。
こいつら相手に引いてはいけない。
こいつらの腐った性根に屈してはいけない。
金額の問題ではない。そんなもんどうでもいい。別に外国でボられるなんてよくある話。
被害にあっても、せいぜい数百円。それこそブログのネタにでもしてしまえば笑い話ですむ額だ。
でも、これはそういった話ではない。人としての矜持の問題だ。ふざけとったらいかんのである。
そこで私はどうしたか。もちろん、徹底抗戦あるのみ。
ここに私の「日本代表」としての戦いの火ぶたは、切って落とされたのである。
(続く→こちら)