このドイツ文学がすごい! シュテファン・ツヴァイク『マリー・アントワネット』

2018年05月10日 | 

 第二外国語の選択は、むずかしい。

 というテーマで以前少し語ったが(→こちら)、私の場合はドイツ文学科に進学したので、これに関しては泣いてもわめいても「強制ドイツ語」。

 こないだは美しいドイツのを紹介したが(→こちら)、今回も私をそんなマイナー街道へと導いた、罪深くもすばらしい作品の数々を紹介したい。

 シュテファンツヴァイクマリーアントワネット』。

 ツヴァイクはオーストリアの作家で、日本ではややマイナーだが、戦前のヨーロッパではかなり読まれたベストセラー作家であった。

 コスモポリタンで平和主義者だったが、ユダヤ系ゆえヒトラー政権下のウィーンを追われ、亡命先のブラジル自殺するという、悲劇の人物。

 まだまだ、これからの人だったのに、歴史のうねりに飲みこまれる形となり、惜しいこととなった。

 そこに「真珠湾奇襲」というワードが、からんでいるのが、日本人として少しばかり悲しい。

 そんなツヴァイクの著作の中で、一番有名なのが『マリー・アントワネット』であろう。

 あの『ベルサイユのばら』の元ネタにもなった作品で、華やかだが、少しばかり愚かで、そして気高くもあるという、世界に広がる彼女のイメージを決定づけた一冊ともいえる。

 この本は完全に二部構成になっており、前半部は若き日の、未熟なるマリーの豪華な宮廷生活が描かれる。

 ハプスブルク家という名門、中でもマリアテレジアという最強女帝の娘という超絶サラブレッドであり、フランスというヨーロッパの大国に嫁ぐという、冗談みたいな人生を送ることとなった彼女。

 またその魅力と、勤勉よりも人生を楽しむことを重視する快楽主義的性格は、当時絶頂期だったフランスという国と、きらびやかな宮廷文化に、あつらえたようピッタリとハマった。

 おとなしい夫とは、それなりに仲が良く、またそのあふれる可憐さと、ほどよい愚かさで人気者になった彼女はオペラ鑑賞や仮面舞踏会賭博ショッピング

 まさに時は、ロココ時代の申し子。享楽の絶頂を極めんがごとく、遊びと浪費に明け暮れるのだ。
 
 いやあ、なんといっても、ここがおもしろい

 なにがいいって、本当にこの華麗なる大主役であるマリー・アントワネット様の、軽薄頭が悪くてアホほどを使いまくるバカ女っぷりが、すばらしいんですわ!

 いやマジで、ホンマに読みながらずっと、



 「コイツ、だれか行ってどついてこいや!



 って100万回くらい、つっこみたくなる。

 それくらい、豪快な遊びっぷり。男やったら「無頼派」って呼ばれるんちゃうかというほど。
 
 いや、これは私のみならず、書いてるツヴァイク自身、かなりイライラしながらも、



 悪気はないんです。いろいろとやらかしてますけど、ただのアホではない。

 要するに《世間知らず》であって、そんなポテンシャルで歴史の大役をまかされたら、そらァつらおまっせ



 そう何度も、フォローしつつ書き進める始末なんだけど、ちっとも心が動かないというか、なんかもう「焼け石に水」感がすごい。

 そら、アントワネットはん、アンタ革命も起こされますわ、と。

 ただ、読み進めてひとつ言えるのは、マリー・アントワネットは、決して世間のイメージのような「悪い女」ではないこと。

 ツヴァイクの書くものは、伝記というよりも、どちらかといえば「小説」に近いニュアンスだと思うけど、それでも彼女に「悪意」というものが、まったくなかったことは伝わってくる。

 つまるところ、革命前のマリー・アントワネットという女性は、



 メチャクチャにコケティッシュで、老若男女だれからもモテモテで、間違いなく善人。

 なんだけど、頭が軽くて、世の中の事なんにも知らない、遊び好きの女の子



 なんか、日本でいえば偏差値は低いけど名門っぽい女子高とかに、山ほどいそうな金持ちのお嬢さんなのだ。

 つまるところ、究極に無邪気で、育ちが良い女の子。

 オシャレ遊びにお金を使うなんて、年頃の娘さんには普通のこと。

 ただ、

 

 「ハプスブルク家出身で、フランス王家に嫁入りした」

 

 という状況と、革命を生んだ時代背景が異常だっただけなのだ。

 もし、彼女が今の日本に生まれてたら、自然とアイドルモデル女子アナにでもなって、空気読めず「炎上タレント」として愛されていただろう。

 神田うのさん、とかみたいな。少なくとも、ツヴァイクは、そういう評価だと思う。

 その証拠に、マリー・アントワネットが保守の王党派の言うように《聖女》なのか、それとも世間のイメージ通りの《悪女》なのかとの基本的な問いに、

 


 「たいていの場合と同じく、ここでも魂の真実は中間にある」



 序文で語っている。

 とかくこの世を「善悪二元論」にわけたがる人が多い中で、この言葉は地味でつまらないけど、知性的な態度にちがいない。

 その意味では、平凡で軽薄だが、だれからも愛されるだけの「リア充がすぎる」娘が、ひとつの王朝を終わらせ、

 

 「宮廷文化の申し子」

 「ヨーロッパの女王」

 

 のアイコンとして歴史に名を残すことになるのだから、「時代性」というのはおそろしいもの。

 その悲劇性を、ここまで浮き彫りにできる、ツヴァイクの筆さばきは見事の一言。

 女子はウットリ、男子はイライラしながら楽しめます。超おススメ。


 (『ジョゼフ・フーシェ』編に続く→こちら





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