第二外国語の選択はむずかしい。
というテーマで以前少し語ったが(→こちら)、私の場合はドイツ文学科に進学したので、これに関しては泣いてもわめいても「強制ドイツ語」。
そこでここ今回も、私をそんなマイナー街道へと導いた、罪深くもすばらしい作品の数々を紹介している。
シュテファン・ツヴァイク『ジョゼフ・フーシェ』。
前回は(→こちら)同じツヴァイクの『マリー・アントワネット』を紹介したが、今回も革命フランスのお話。
ジョゼフ・フーシェとは、フランス革命時の重要人物であり、世界史的には『ベルばら』の続編に位置づけられる、『栄光のナポレオン エロイカ』においても大活躍する男。
このフーシェというのが、どういう男なのかといえば、これがもう、オットロシイくらいに冷酷で頭が切れる。
で、裏切り者。
革命勃発後、もともとは穏健なジロンド派寄りだったが、皆の予想を裏切りルイ16世処刑に票を投じてからは、ジャコバン派に転向。
血みどろの革命を避け異動したリヨンにおいて、虐殺などしながらヒマをつぶし、ほとぼりが冷めたと思ったら、今度は保身のため、それまで支持していたロベスピエールの足をひっぱることに血道をあげる。
ライバルたちが次々、ギロチン台の露と消えても、この男だけはのらりくらりと生き残る。
ときおり不遇をかこつこともあったが、基本的には政権のおいしい席に、ちゃっかりすわっている。
その後も、総裁政府、統領政府、ナポレオン独裁の帝政下、猫の目のように変わるフランスの体制を、まるで危うい綱渡りを楽しむがごとくめぐっていき、やはりどこまでも重要人物として君臨する。
常に状況を観察し、なにかのときの切り札をいくつも用意し、あらゆるトラブルを想定し、あぶないと見るや、すぐさましれっと勝利者側につく。
そこになんの、ためらいも罪悪感もない。
むしろ、そうすることに快感を感じている節すらあるのだから、なんとも嫌なヤツではないか。
ついたあだ名が、「サン・クルーの風見鶏」。
主君だったナポレオンや、ライバルであるタレーラン、ロベスピエールなどなど、とにかくかかわった人みなから嫌われていたが、それでも失脚しないしぶとさは、あきれるばかりだ。
この人の特徴は、
「敵に回すと、なにをされるかわからないが、味方としては腕利きの名参謀」
本当は口もききたくないけれど、なんせ頭脳と実務能力は一級品なもんだから、むやみと邪険にもできない。
もちろんのこと、政権をゆるがしかねない「ヤバい情報」にも事欠かない。
そのことは、本人がもっともよく理解している。だから、周囲が自分をあつかいあぐねているのを、気づかないふりをして楽しんでいる。
まさに最強の毒であり、最強の薬。
だから、どれだけうとまれても、とりあえずは時の政権に重宝されるのだ。
そんな、ひとつの失敗で首が飛ぶ激動の革命史で、どこまでも尻尾をつかませない最強の政治サバイバーであるジョゼフ・フーシェだが、おもしろいことに、この人には本当の意味での権力欲はない。
その頭脳と政治力で、フランス随一の富豪にまでのぼりつめても、この人の生活はまるで変わらない。
同じフィクサー型だが、享楽的で人生を楽しみたいタイプのタレーランとちがって、フーシェの日常は地味の一言。
酒も煙草も賭博もやらず、色恋沙汰は一切なく、決して美人とは言えない地味な妻を最後まで愛した。
じゃあ、彼は一体なんのために政治の世界で暗躍し、出世街道をかけのぼり、大金をためこみ、そしてそれを自分の人生の充実に使わないのか。
おそらく、フーシェ型の人間にとって大事なのは、金でも権力でもなく、
「俯瞰の視点」
今自分が、このゲームの盤上でどこにいるのか、だれがどう動いて、どう全体が反応するのか。
そういう、一歩下がったところから見下ろし、すべての流れを把握する。それが、フーシェ型のやりたいことなのだ。
だから、そのときの政権でトップのヤツを見つけたら、さっさとその傘下に入って2番手の位置を確保する。
あとはその下で、人々が右往左往するのを、ニヤニヤしながらながめているのだ。
そう、フーシェ型は祭りに顔を出しても「参加」しない。
みなさんの周りにもいませんか? 話をしていても、どこか一歩引いてて、フラットな口調で、
「ボクは、どちらかといえば『観察者』でありたいんですよ」。
みたいなこと言う人。
あれです。まさに、ジョゼフ・フーシェが力を発揮するのは、「当事者」ではなく、「観察者」のときなのだから。
「観察者」にはあまり我欲がなく、欲するのは「俯瞰の視点」と「ゲームのルールと自己のポジション」の把握。
だから、金も権力も、あってもいいけど、それが優先順位一位にはならない。
変な人みたいだけど、サマセット・モーム『月と六ペンス』の語り手みたいに、けっこうふつうにいますよね。
同じツヴァイクの革命ものでも、魅力あふれまくりのマリーちゃんとちがって、こっちはとにかくイヤな人。
絶対に、友だちにも同僚にもなりたくないけど、でも、その人生は抜群におもしろく、ここまで腹黒いと、いっそ逆に気持ちよくなってくる本書は、とってもおススメです。
(ケストナー編に続く→こちら)