前回(→こちら)の続き。
高橋秀実『弱くても勝てます 開成高校野球部のセオリー』によると、夏の都大会でベスト16の実績もある開成野球部が勝てたのは、
「下手は下手なりの戦いかたでやる」
という戦術があるから。
たとえば、開成が勝つときはコールド勝ちが多い。
というと、そんなド下手集団がと驚かれるかもしれないが、これは作戦ゆえのこと。
逆にいえば開成は「コールドでしか勝てない」チームなのだ。
「一般的な野球のセオリーは、拮抗する高いレベルのチーム同士が対戦する際に通用するもんなんです」
と語る青木秀憲監督の取る戦術は、
「大量点で、一気に持っていく」
打順で1、2番に強打者を持っていき、下位打線がたまたま出塁した回に、相手の動揺につけこんで上位打線が打つ。
「まさか、開成ごときに」と浮き足だってくれればしめたもの。
勢いさえつけば、高校生レベルなら気がついたらビッグイニングになっていたりもする。
そのドサクサに紛れて勝ってしまおう、という恐ろしいねらいがあるのだ。
高校野球にもっとも必要とされそうな「確実性」などない、ほとんどギャンブルに近い戦術だが、一発勝負のトーナメントではハマると行けるらしい。
そのためには、練習では徹底的に打撃をみがく。
それも、ビッグイニング専用の打ち方だから、すべて大振り。
高校野球の基本である「短く持ってコツコツ」はNG。開成の力では、その程度の得点力は意味がないのだ。
5点取られたらおおざっぱに10点取り返すのが開成野球。打ちまくってコールド勝ちか、ボロ負け。
接戦はすなわち負けで、それだとスクイズなどやってもムダにワンアウトをあげるだけ。
1点なんて、開成の守備力の前には焼け石に水なのだから。
ゆえに、守備練習もあまりしない。監督曰く、
「1試合で処理する打球は3から8球」
とのことなので、そこは試合が壊れない程度に止めてくれれば、多少のエラーは目をつぶる。そもそも、そんな練習時間はない。
ピッチャーも大事なのは、「投げ方が安定している」これだけ。
針穴を通すコントロールも、キレのいいストレートも七色の変化球も消える魔球も、なにもいりません。
とりあえず、ストライクが入ればいい。
しかも、そのストライクが必要な理由というのが、試合を作れるかとかではなく「礼儀の問題」だというのだ。
勝つ負ける以前に、
「ストライクが入らないと相手に失礼」
だから、安定感が大事。もう、勝負とか甲子園とか以前の問題なのであった。
ところが、こんな一見デタラメに見えるチームが5回戦まで勝ちあがったというのは、先ほど書いたとおりだ。
このやりかたで「強いチーム」を作るのは、どう考えても無理だが、少なくとも
「目指す大会で一つでも多く勝つ」
という、しかもかぎられた練習時間でという意味では、一聴の価値はある気はする。
少なくとも、なにも考えず、ノープランで強豪校のやることをそっくりそのままマネして、やたらと厳しいだけの練習したりするチームよりは、よほど意欲はそそられる。
もちろん、彼らのやり方が「正解」とは決していえない。
選手たちは「頭で考える」がゆえに肉体的反応にはどうしても後れをとるし、ハングリー精神も希薄である。
ブルース・リーの「考えるな、感じろ」やアントニオ猪木の「バカになれ!」の真逆であり、そこをつかれるともろい。
本書でも、次々と従来の野球部の常識がくつがえされて、めまぐるしい前半とちがって、中盤以降はなかなか結果が出ず、物語のテンションも中途半端になってしまったきらいもある。
スポーツの世界は、そんなに甘くはない。
だがしかし、全国の弱小チームや自らを凡人と自覚する選手たちは、参考にするしないは別にして、一回はこの本を読むべきかもしれない。
とりあえず、今まで当たり前だと思いこんで盲従してきたあれこれを、再検討してみるきっかけにはなるのではなかろうか。
それになんたって、ただ機械のようにノックを受けたり、わけのわからないまま声出しをするより、
「自分で考えて、オリジナルな戦い方で相手を倒す」
ことに挑戦する方が、ずっとエキサイティングなスポーツ体験ではないかと思うからだ。