心に残る名言というのは、誰しもあると思う。
ベートーベンやマザー・テレサ、映画や小説のワンフレーズなど様々だが、私が影響を受けたと言えば、岸田秀先生のそれ。
岸田秀。名著『ものぐさ精神分析』をはじめ、著作の中でくり返し語られる、
「人間とは本能の壊れた動物である」
という説からはじまる「史的唯幻論」。
これに感銘を受けた私はそこから岸田先生の本をあれこれ読んだのだが、そのせいで学説のみならず、生き様においても大きな影響を受けたものだ。
岸田先生は、ある学生集会に出席していた。
そこでは大学の学費値上げ問題をめぐって、学生たちが反対運動を行っていたそうな。
彼ら彼女らが熱く熱く語っている中、岸田先生は退屈を覚え、半分眠っていたところ、それをめざとく見とがめた、ある学生が
「岸田先生、あんたさっきから黙ったままじゃないか。なんか意見をいったらどうなんですか!」
そう詰め寄ったところ、岸田先生はあくびまじりに、
「まあまあ、そんなもん、どっちでもいいんじゃないですか」
ヒドイ応えであるが、これには当然ながら、マジメな学生さんたちが大激怒。
「それがいい大人のいうことか! あんたも立場のある人間なら、そんなフニャフニャしてないでもうちょっと毅然とした、威厳を持った態度をとったらどうなんだ!!」
そら怒るわなという話だが、それに対し、それまで静かにしていた岸田先生が、いきなりキレた。
「ふざけるな! 毅然とした態度などオレの趣味ではない! フニャフニャするのがオレの趣味だ! 他人の趣味にまでケチをつけないでくれ!」
言っていることは、ムチャクチャである。
大事な話のときにあくびをして、あまつさえ逆ギレ。
うーむ、男とはこうありたいものだ。
学生を一喝した岸田先生、それでも怒りがおさまらないのか、帰るとやおら筆をとりだし半紙に書をしたためた。
次の日、それをどーんと学生課の掲示板に貼りだしたのだが、その紙には堂々と、書かれていたそうな。
「我、無節操をつらぬく!」
無節操をつらぬく! なんと、男らしい言葉であろうか。
これこそ男子のホンネ……じゃなかった本懐。なーんてカッケーんや!
このエピソードに感動して以来、私のモットーはこれなのである。
嗚呼、富士には月見草がよく似合うが、ボンクラ男子には無節操がよく似合う。
それ以来、というかそれ以前からだけど、まわりから、
「お前みたいな節操のないヤツは見たことがない!」
常にそう言われてきたが、もちろんこれは、私がダメな男というわけではなく、かの内田樹先生のおっしゃるように
「師の言葉に学んでいる」
ことに他ならない。
一度殉じたモットーは誰に何を言われようと貫き通す。これが日本男児の生き様。
「我、無節操をつらぬく!」
何度読んでもいい言葉だ。まさにこれこそが、後世に残したい「美しい日本語」ではないか。
「人生のほとんどのことは、《どっちでもいい》ですませられる」
という真理を教えてくれた岸田先生。
私はあらゆる局面で、これに背いたことはない。常にだ。
ブレない強靱な精神力。
これぞまさに輝かしい「意志の勝利」であるといえよう。