2011年3月11日、地震発生41分後に到来した巨大津波がもたらした福島第一原子力発電所の全電源消失。
福島第一原発を「1F(イチエフ)」と呼ぶエンジニアにとっては、「1F」は自分を育ててくれた親代わりであるのと同様に、「1F」を我が子のように思い、なんとしてでも救おうとする気持ちを描いた視点はとても印象に残ります。
ごく当たり前と思っていた存在や観念なるもの、それは故郷や家族の存在だったり、故郷に立地した原発が大都市へ電力供給することで生活は豊かになるはずという固定観念が、目の前から忽然と姿を消す喪失感と不安感は想像を絶するほどの青天の霹靂。
「間違えてたのは、自然をなめてたとことだ。慢心だった」(映画のなかの台詞より)
事故から2年経った「1F」所長の追憶からは、核エネルギーそのものは理論的に制御できるものの、原発の立地条件や設計条件によっては、制御できるはずの核エネルギーは暴走しかねないことを想定すべきと示唆しているような気がします。
地上波初放送のテロップは「事実に基づく物語」と記されていましたが、事実を受け入れた在るがままの自分が「真実に迫る物語」だと思います。
初稿 2021/03/11
校正 2022/02/09
写真 東日本大震災が引き起こした津波の爪痕
撮影 2012/05/26(宮城・南三陸町の防潮堤)
福島第一原発を「1F(イチエフ)」と呼ぶエンジニアにとっては、「1F」は自分を育ててくれた親代わりであるのと同様に、「1F」を我が子のように思い、なんとしてでも救おうとする気持ちを描いた視点はとても印象に残ります。
ごく当たり前と思っていた存在や観念なるもの、それは故郷や家族の存在だったり、故郷に立地した原発が大都市へ電力供給することで生活は豊かになるはずという固定観念が、目の前から忽然と姿を消す喪失感と不安感は想像を絶するほどの青天の霹靂。
「間違えてたのは、自然をなめてたとことだ。慢心だった」(映画のなかの台詞より)
事故から2年経った「1F」所長の追憶からは、核エネルギーそのものは理論的に制御できるものの、原発の立地条件や設計条件によっては、制御できるはずの核エネルギーは暴走しかねないことを想定すべきと示唆しているような気がします。
地上波初放送のテロップは「事実に基づく物語」と記されていましたが、事実を受け入れた在るがままの自分が「真実に迫る物語」だと思います。
初稿 2021/03/11
校正 2022/02/09
写真 東日本大震災が引き起こした津波の爪痕
撮影 2012/05/26(宮城・南三陸町の防潮堤)