Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

∫34「東本願寺」 京都, 1602.

2016-10-10 | Architecture
 「南無阿弥陀仏」と唱え、限り無き光を司る阿弥陀の力にすがるのは、自らの覚悟をもってよこしまな考え方や他人を見くびり侮る気持ちを消し去るためなのかも知れません。

 本来なら、自らの覚悟と向き合うべきであるにも関わらず、誰かに救って貰いたいという期待に変わる瞬間には、自らが誰かの支配を受け入れ、犠牲を強いられるのやも知れません。

 浄土真宗、またの名を一向宗と呼ばれた時代において、「一向」とは「ひたすらに」という意味を含み、「南無阿弥陀仏」と唱える門徒による独立国家の様相を呈する程。

 約二六〇年に亘る徳川政権の庇護のもと、京都三大山門とも称される程の東本願寺山門の偉容さは、集合的無意識がその臨界を越え、歴史を繰り返させることなく、集合的無意識をひたすらに鎮め、抑止する暗喩のような気がします。

初稿 2016/10/10
校正 2020/12/06
写真 真宗本廟 御影堂門(浄土真宗 真宗大谷派)
撮影 2016/07/18(京都・烏丸七条)