Sofia and Freya @goo

イギリス映画&ドラマ、英語と異文化(国際結婚の家族の話)、昔いたファッション業界のことなど雑多なほぼ日記

ミスターMの怪

2018-03-19 20:31:00 | いろいろ
日本のsakuraは今や世界的に人気で、そのせいか日本の年度末のせいか、東京のホテルはかなり混んできている。

私の職場は1ヶ月以上の長期滞在者オンリー宿泊施設だが、やはり予約が混んできているのを幸いに、何かとお騒がせゲストだったイギリス人のMさんは延泊ができず他の物件へと引っ越して行った。

実は部屋移動すれば延泊できなくもなかったが、マネージャーがNG令を出した。それくらいリスキーなゲストだったという意味だ。


Mさんはチェックインの時から実に芝居がかったほど不機嫌で、担当したスタッフの英語がなってないと文句をつけた。フロント全員に「あの人には日本語を使うこと」というマネージャーのお触れが出た。

その夜、というか翌早朝4時には夜勤スタッフにコーンフレークを部屋に持ってこさせた。原則は朝食は決まった時間に所定の場所でとってもらうのだけど、目下だと思った相手に(夜勤スタッフは若い男子)パワハラするのはおじさんにありがちなのは万国共通だ。

私の初対面は「お湯が来ない」(日本語はお達者だけど微妙に英語からの直訳が入る)コールで呼び出され、部屋に行ってみると「早く!」とお風呂の水をすごい勢いで出していて、結局給湯器のスイッチが入ってなかっただけで、それを教えたら「だったらなんで最初から・・・」と言い出したが、その時点でMさんはチェックインしてから2〜3日経っていたので絶対にスイッチは自分で切ってしまったに違いない。「早く入りたい」「もっと熱くして」と頑固ジジイ度300%で噂通りの不機嫌さだった。

次の時は、IHキッチンヒーターが使えないとまた呼ばれて部屋に行くと、不機嫌を覚悟して行ったらどうも様子が違って、元気がない。しかもその時は英語になっていて、失礼な物言いはなくIHの使い方を教えるとお礼まで言われ人が変わったように礼儀正しくなって驚いたので、オフィスに戻ってからみんなにその事を伝えてみんなで「二重人格か?!」などと盛り上がった。

その後、ゴミはどこに出せばいいとか、普通のゲストならきかない細かい事でやたらとフロントに用事を作っては来ていたので、「寂しいおじさん」「日本人の立派な奥さん(名前を検索するとヒットするのでわかってしまう。ネット社会は怖い)に捨てられて落ちぶれているのだ」と世話がやける変わったゲストとして認識されて不機嫌なのにも私たちも慣れて電話が来ても「今度はなんだ?」くらいになった頃、

部屋や朝食ラウンジのゴミ箱に空のワインボトルが入っていたり、Mさんがワインを買っているのが近所のスーパーで目撃されたりで、Mさんアル中説がスタッフの間で持ち上がり、定着した。不機嫌も人格の豹変も納得だ。

しかし、それから怪現象が起こり始めた。

Mさんの部屋ではないドアの外にMさんがいつも飲んでいる未開封のワインが放置されていた。おそらく酔って自分の部屋じゃないところに置き忘れた説でそのワインは持ち主不明とされオフィスに徴収された。

その翌日にはMさんが頭から血を流して鳥の羽だらけになって歩いていたのがスタッフに目撃された。

同じ頃、ワインがドアの前に開かれていた部屋のゲストが来て、鍵を一泊だけ泊まる人がいるので増やして欲しい、と言われた。通常住人のゲスト、つまり契約してない人が泊まる時にはIDを提出してもらうことになっているのに、この時私は忘れてしまった。一泊だし日本人のきちんとしたゲストだし、後追いしてIDもらうのは諦めた。

その翌日、そのゲストの部屋の向かいのドア前にゴミが放置されていたのをたまたま別の用事でそのフロアに行った私が見つけたので、回収してオフィスに戻り、それをお掃除の人に渡す前にふと半透明のビニールごしに見たら、どうもクッションとか枕の中身のようなものが見えた。たまに客室の備品を捨てるけしからんゲストがいるので、それかと思って中を見たら、なんと大きな血痕がついていて、ゴミ袋の底の方にはなんと羽毛も!!!Mさんが血と鳥の羽だらけになっている図が脳裏によぎった。

その後、額の傷を手当するために、絆創膏を切るハサミと鏡を借りたいとMさんがフロントに来た。自分ではうまく切れないのを見かねて私ではない女性スタッフが絆創膏を切ってあげた。ハサミは部屋に持って行っていいと言っても、何度もガーゼを取り替えるのにフロントに来たそうだ。何かと用事を作っては人と話したいのがミエミエ。もはや気の毒ではあるが、アル中だと思うとハサミを預けっぱなしなのも不安だ。

本人はマンションの入り口の階段で転んだと言っているが、入り口から彼の部屋まで床に血痕は一度も発見されてない。嘘じゃないか?

私には、ワインボトルが発見された部屋の女性と何かあったんではないか?!とミス・マープルかモースのような再現フィルムが勝手に脳内再生された。

女性と共用部分で話をするチャンスがあり、「ワインでも飲みながらお話ししましょう」ということになり、彼女の部屋に入るチャンスが訪れたが、酔った勢いで性格が豹変して口論から縺れ合い部屋で転んで家具の角とかバスタブとかに頭をぶつけ、出血をクッションで押さえながら自分の部屋へと退散したMさんではないのか?彼女が誰かが一泊すると言っていたのは用心のために誰かに泊まってもらったとか?

という筋書きを他のスタッフに話したら「テレビの見過ぎ!!」と却下されたのだが。

その後はよく言えばしおらしく、静かで冷静になったので、あの出血事件からはさすがに断酒しているようだった。

フロントに来た時に「こんにちは、Mさん。」と声をかけたら、「名前を覚えてくれて嬉しい」と言っていたが、彼の名前は来た日から要注意人物としてスタッフ全員が覚えていたのを知らないなんて幸せな人だ。

しかし部屋の定期清掃を拒否して誰も部屋に入れなかったり、電話で「ブリーチ剤はないですか?」と聞いてきたので、Mさんの部屋に何か(血痕に決まってるけど)落とさねばならないシミがあることがわかった。自分でスーパーに買いに行ったのだけど「カラー・ブリーチ」と英語訛りで言っても店員さんには通じないというので「洗濯用漂白剤」と教えてあげたのだけど。。。

結局ブリーチは成功せず、Mさんの部屋の枕4つと掛け布団は廃棄処分となった。この辺りでは、彼の可哀想度が不愉快度を上回っていたため、マネージャーも破損料金はかなりおまけしてあげていた。

チェックアウトの前の日に、「肉を焼きたいからバーベキューを10分使わせてくれ」という電話がMさんから来た。

屋上にバーベキューセットはあるが、それの貸し出し料金は8000円になるので、マネージャーはオフィスの裏にある古いバーベキューの丸いやつなら無料で貸してやると言って、自分で炭を温めてあげていた。普段口は悪いが変なところに優しくてマメなマネージャーなのだ。あれほど要注意人物なのに、Mさんは厚さ2cmはある肉を持ってオフィスを通ることを許された数少ないゲストの一人となった。「ひとりきりの最後の晩餐」のために。


来た時の不機嫌さは無くなったけど、可哀想感を全身に背負ってMさんはチェックアウトした。「無事に出てったね」とスタッフ皆安堵に胸をなでおろした。

翌日、私は早番で朝オフィスに着くと、Mさんの部屋番号が書かれた紙がつけられた本が机の上に乗っていた。前日に部屋掃除をしたスタッフが見つけて置いて行ってくれたものだ。

濃紺の布製ハードバックに金箔のタイトルが押された立派な装丁の厚い本なので、一見聖書かと思ったのだけど、タイトルを読んだら

「Alcoholic Anonymous」

>>ウィキ:飲酒問題を解決したいと願う相互援助(自助グループ)の集まりで、直訳すると「匿名のアルコール依存症者たち」の意味である。

だった。

忘れ物として本人に連絡すべきか迷うところである。