HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

好きが好きを育む。

2025-03-19 07:10:26 | Weblog
 メディアは連日、米価の高騰を報道する。昨秋には新米が売り出されると、価格は下がると楽観視されたが、今年に入っても価格上昇は続いている。農水省は備蓄米の入札をスタートしたが、それが価格を安定させられるかは見通せない。野菜ではキャベツや白菜も値上がりし、その他の食材も原材料価格や輸送コストの上昇で、5割くらい割高だ。新年度からは公共料金も値上がりする。平成不況、失われた30年のデフレ禍で、ものの値段は安くないと売れないというのが染みついた中、賃金以上の物価高に気持ちの切り替えは追いつかない。

 為替が円安に触れ、人口減少による人手不足が重なり、CO2の排出抑制のコストも嵩む。時代や環境は刻々と変わり、物価が上昇してインフレ局面に移行する。個々の消費者がそうした意識を持つ必要があるのだが、その前提には経済成長による賃金アップが不可欠になる。政府は子育て支援の一環で、高校の授業料を所得制限なしで支援する方向に舵を切った。自治体によっては公立の小中学校などの給食費を無償化するところもある。子育て世帯の負担軽減には効果があるが、どこまで教育や食育の質を向上させるかは不透明だ。

 もっとも、国を背負っていくのは若者だから、経済成長の一翼を担うのも間違いない。そのため、国家が子供の頃から一定の支援をしていくのは理解できる。一方で、彼らが社会に巣立った以上、消費を牽引して貰わなければならないのも事実だ。その点はどうなのだろう。企業は人手不足が深刻なことから、新卒社員の賃金を上げている。転勤を受け入れることを条件に40万円以上を出す損保会社まである。もう「給料に見合う仕事をしろ」なんて言っている時代ではない。とにかく優秀な人間を確保しないことには、企業自体が立ち行かないのである。

 当然、Z世代の若者が高額な給料を貰うと、ライフスタイルも従来とは変わっていく。スマホで生活情報を入手し、賢いお金の使い方の術を知る。だから、「これはセーブするが、こちらには投資する」という消費スタイルを好む。それは必ずしも生活の基本である衣・食・住とは限らない。好きなアイドルやミュージシャンを応援する「推し活」がそうだ。そのためにあえて倹約しているものもいるほどで、「現場」が近くても遠くても仕事帰りに必ず直行する。だから、チケット代と並行して現場への交通費や宿泊代、携行するグッズやバッグなどに消費が回り、波及効果が増すという構図だ。



 K-POPやコスメといった韓国ブームも、若い女性の旅行増につながっている。もともと日本から近いことや韓流ドラマ、エステやグルメの影響で、韓国を訪れる旅行者は少なくなかった。だが、中高年が円安の影響で海外旅行を控えているのに対し、Z世代の若者は好きな音楽や化粧品には投資を惜しまない。現に20代が海外旅行にかける額は、2024年が19年比で3割も増えているという。トータルで見ると1割下がっているので、目的があれば海外でも気軽に出向くのは、Z世代特有の現象と言えそうだ。



 アパレルでも推し活にテーマにしたキャンペーンを展開するところがある。アダストリアのハレは、アイドルなどを好むZ世代を新規の客に取り込むため、推しのイメージカラーを選べる限定商品を販売し、スタッフが推しコーデの情報発信を行う。同ブランドはモードテイストが売りだが、その定番アイテムからメンズ、レディスでそれぞれ3型を選び、赤、青、緑、黒、紫の5色で、Tシャツなどを企画した。また、推し活に欠かせないバッグでは前出の同じ色のショッパーを企画し、18000円以上購入すればノベルティとしてプレゼントされる。“痛バアレンジ”はできないものの、モードカラーのバッグは新鮮に映る。

 他のアパレル消費はどうか。肝心な服の動きに変化は見られるのだろうか。一例を挙げると、ユニクロが2010年代に販売してたアイテムの中心価格は3980円、4980円だった。それが今では1000円程度値上がりしている。数年前にプロパーで1000円、週末のセールで900円に割引されていた綿100%の長袖タートルのカットソーが、今年の初売りでは1250円で値引きなし。オンライン販売ではすでに掲載はないが、プロパーで売り切れたとすれば、着用期間が長く年明けの気温低下が消化に貢献したのか。購入者はZ世代だけに限らないと思うが、値上げ許容の賢い消費が進んでいるのも確かなようだ。

 こうした点を含めて、小売り側もZ世代へのアプローチを変えている。高価格帯の商品を積極的に提案し、販売していく手法だ。セレクトショップのユナイテッドアローズもその一つ。もともと、メーン業態のユナイテッドアローズ、ファッション感度が高いビューティー&ユースは、好きなアイテムがあればカネに糸目をつけないと客層の御用達だった。ここでも、Z世代の賃金が上がっていることから、2業態では価格を十分に受け入れてもらえると、値上げを進めていくという。もちろん、商品の質が高いことが前提にはなるのだが。

 前出のように若者はセーブと投資を使い分け、メリハリのある消費をする。1980年代のバブル期のように横並びで服にお金をかけるとは限らない。だから、アパレル業界としては若者の中で洋服好きをしっかり捕捉していくことが必要になる。単にコスト増を転嫁しただけの商品では、受け入れられない。高価格帯でも彼らにとって価値のある物を生み出していくこと。メーカーには商品企画と物づくり、小売りには商品開拓と編集と顧客化。そして両者にはブランディングと価格戦略が不可欠。それらがいかにZ世代に響くかだ。


無駄な業務をカットし、販売に集中させる

 アパレル業界は見た目の華やかさに反して、若者から敬遠されている。理由は色々あるだろう。売上げノルマ、職種の硬直化、目標と現実の乖離、賃金や職場環境、上下関係etc.。それは業界側にも原因がある。2000年には大規模小売店法が廃止され、定期借家契約の導入もあり、郊外にショッピングセンターが次々と開業した。これによりアパレル系のテナントが増えていき、とりあえず販売員の頭数を揃えなければ、店舗を運営できなくなった。企業側は人材育成やOJT研修に力をいれるとは言うのもの、優秀な人間が簡単に育つはずもない。結果的に店舗マネジメントと販売の質が低下し、働く側も魅力を感じなくなっていった。

 オーバストアと営業時間の延長で競合が激化しても売上げ増につながらなければ、パート社員で回していかなければならない。当然、賃金が低ければ、若者が集まらないのは自明の理。だが、低価格の商品ばかり売っていては利益は薄く、高い給料は貰えないという理屈もある。ユニクロのように新卒の初任給を30万円以上に上げたとしても、店舗に配属された新人が1日8時間、週休2日で働いて給料相当分の収益を上げられるとは思えない。人手不足の中でも出店計画を進めていく上では、社員の頭数を揃えなくてならないから、同社としては先行投資の意味もあるだろう。

 実店舗を持たないオンライン販売はどうか。販売スタッフは必要ないが、サイト制作には人員を割かなければならない。Webデザイン、価格やスペック、詳細情報などの原稿制作、商品1点1点ディテールまで撮影するなどの「ささげ業務」が発生する。販売スタッフと違って、デジタルのスキルが付きキャリアが醸成されるという点で人気があった時期もあるが、今はどうなのだろう。アプリ開発が通販の売上げを左右する現状では、Webデザインよりもプログラミングの開発技術が身に付かなければ、将来展望も拓けないのではないかと思う。

 実店舗とデジタルを融合する中で、ショールーミング化を進めているところは、店舗に商品を供給しフォローする必要もない。かつてのチェーン店で言われていたリバイヤー、最近で言えばディストリービューターという仕事を削減した企業もあるだろう。ただ、店舗を主力と位置付ける限り、店頭のスタッフが不要になることはあり得ない。サイトでは売りにくい高級品を扱えば人が接客する必要があり、販売力(スタイリング提案力を含む)を持つスタッフがほしい。人と接する仕事がしたいという高い意識の人材を確保することがカギになる。

 ただ、アパレル小売りの現場ではまだまだ販売スタッフと言いながら、実際は品出しやピッキング、商品の補充や整理、レジ打ち・締め、包装、月末の棚卸し、終礼後の日報作成が全体の8割程度を占めている。それらは収益を産む業務ではないのだから徹底してカットすれば、スタッフは本来の接客業務に注力できるはずである。また、お客も店に出向いて棚から商品を探して買って帰るスタイルでは煩わしい。やはり、あの店には有能なスタイリストがいるから、出向くというお客の利便性を一番に考えるべきなのだ。



 ビームスは1976年の創業から「売るのは服ではない」、お客さんとスタッフが「共にハッピーになれる」思いでやってきたと、設楽洋社長は語っていた。2027年4月末に75歳で社長を退任すると表明しているが、若々しさは健在で24年11月にはハッピーライフソリューションコミュニティーズという新しいビジョンを掲げた。洋服好きなお客が商品開発に参加したり、スタッフがプライベートで着ていた古着を販売する。経営のトップから末端のスタッフまで、服について語り合えることに幸せを感じる。それがお客さんにも通じ、洋服好きのコミュニティを生むという考え。きっとリクルーティングにもつながっているのだろう。

 「おしゃれなスタイリングでお客さんを喜ばせたい」「バイヤーが仕入れてきた海外ブランドも積極的に売っていきたい」「将来は自分のお店を持ちたいのでマネジメントを学びたい」。人気が陰るアパレル小売りだが、それを目指す若者の中には高い意識を持つ人もいる。彼らは稀有な存在なのだから、やはり高給で優遇する必要がある。そのためにはお店の一部をショールームに、売場を省スペースにして、余分な在庫を持たず家賃負担を減らすことが先決ではないか。スタッフが接客に集中できるようになれば効率も上がり、報酬アップにもつなげられる。



 企業も消費者もデフレ禍の中で、低価格に甘んじてきた。確かに生活必需品は高いより、安い方がいい。しかし、コスト高でそれにも限界がきている。これまで低価格だった商品の方が高価格の商品より値上げ率が高くなっている。この現象をチープ・フレーションと呼ぶのだとか。企業によってはネガティブに感じやすいが、いくら安くても売れないものは売れないし、高くても完売しているものはいくらでもある。アパレルも同じで、「お値段据え置き」とを謳っている商品の方が逆に売れていない。チープ・フレーションで、コストを削っているのが見え見えだからだ。

 2024年10月~12月期の国内総生産のデフレデータは、前年同期比で2.8%も伸びている。インフレ圧力が強まっているということだ。原材料の値上がり、人件費や輸送費の上昇などもあるが、適切な利益が取れる商品は販売価格もそこそこになる。だから、お客にとって満足できる商品なら、高くても売れていく。ただ、いいものを作るにはコストがかかる。それを堂々と価格に転換できるような意識に変わりつつあるのはいいことだ。若者は賃金が上がれば、インフレでも構わないと感じる。あとはそんな商品を作り出し、いかに売っていくか。そのための人材と環境をいかに整備するか。いいものを見極める洋服好きが、いいものを売り切る洋服好きを集め、育てる。それにも一理あるような気がする。

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一貨を百店もつ。

2025-03-12 07:00:27 | Weblog
 地方百貨店が次々と閉店や廃業していく一方、都市型百貨店も老朽化した店舗の解体後に再出店しないところが出始めている。百貨店という業態、その経営スタイルを根本から見直す時代に突入したということだろう。ただ、米国ではさらにエスカレートしている。有名百貨店の旗艦店であっても閉店は避けられず、親会社の戦略によっては統廃合や店舗のリストラが断行されている。現在の消費マーケットに百貨店という業態が必要とされなくなっているのか。少なくとも従来のスタイルでは生き残りが難しいというのは確かだ。米国のドラスティックな事例はやがて日本にも押し寄せるに違いない。



 今年2月の半ば、米国の百貨店ブルーミングデールズは、サンフランシスコにある旗艦店をこの春に閉店すると発表した。米国ではショッピングセンターに百貨店が核店舗として出店することは珍しくない。ブルーミングデールズのサンフランシスコ旗艦店も、市の中心部にあるショッピングセンター、ウェストフィールド・サンフランシスコ・センターに出店している。階層は5フロア、売場面積は約3万m2とそれほど大きくはなかったが、ニューヨーク・3番街とレキシントンアベニューの間、59、60丁目間に挟まれたマンハッタン旗艦店に次ぐ規模。サンフランシスコ旗艦店はまさにマンハッタンのそれを模範にした店舗だった。

 ブルーミングデールズのマンハッタン旗艦店は、1970年代から80年代半ばにかけて新しいライフスタイルを提供する美術館というコンセプトのもと、見せ物のような商品を主体に揃えることで、新しもの好きのニューヨーカーを惹きつけていた。確かに筆者が初めてニューヨークを訪れた1980年当時も、ブルーミングデールズの売場に並ぶのはオブジェのようなものが多く、「こんな商品、誰が買うの」という印象は否めなかった。ニューヨークを代表するもう一つの百貨店、メーシーズが保守的で中間層をターゲットとする大衆店だったのとは対照的だ。そのため、ブルーミングデールズはお客を飽きさせないように短サイクルでマーチャンダイジングを変化させることを徹底していた。



 1990年代に入ると、ブルーミングデールズは魅力ある、他店にない商品こそ、店づくりの基本という考えにシフトした。95年ニューヨークに在住していた時は定期的に訪れて商品も購入したが、デザイナーやメーカーと組んで実用的でありながらスタイリッシュな商品を揃える手法が光っていた。売場のVMDも編集にそって、商品の見せ方を工夫。効率よく買い物できるように、わかりやすく買いやすいフロアづくりが進められた。また、セルフサービスでの買い物を促すために個々の売場も見直され、入店客のコートやバッグを預かるカウンターやトイレがあるフロアのレストコーナーではソファが配置された。顧客により満足いく買い物をしてもらうために各分野の専門家と組んで、すべての売場で商品についての情報サービスを強化するプログラムも構築された。

 国土が広大な米国は車社会で、ルーラル立地にショッピングモールが展開され、百貨店はその核店舗として大量集客を図るビジネスモデルだった。ニューヨークやロサンゼルスといった大都市には旗艦店を展開しても、それはブランドロイヤルティを維持するためで、稼ぎの中心はルーラル立地の店舗に他ならなかった。ところが、2000年代に入るとデジタル技術が産業の主役になり、消費行動が変わった。Eコマースの台頭である。代表格のAmazonは、自社に限らず他の小売業やメーカーが商品を販売できるマーケットプレイスを擁した。そこでは百貨店とは比べ物にならない種類、品数の商品が揃うため、わざわざ車に乗って店舗まで買い物に出かける必要はない。郊外に展開する百貨店は次第に駆逐され始めていった。

 さらに米国の景気は2000年後半から減速し、01年に後退局面に入った。主な要因は企業収益の悪化や設備投資の鈍化、ITバブルの崩壊だが、01年9月には同時多発テロが発生し、消費マインドまで冷え込ませた。08年には住宅市場の悪化によるサブプライムローン危機がきっかけで、投資銀行のリーマン・ブラザーズHDが経営破綻する。いわゆるリーマンショックが発生し、低迷していた個人消費に輪をかけて雇用情勢が悪化し、米国経済の減速は世界中に波及した。10年代に入ると、米国はリーマンショック後の世界的な景気後退から幾分は回復基調に転じたものの、数%の富裕層と大多数の低所得者層という格差はより先鋭化し、百貨店がターゲットとしてきた中間層は完全に没落してしまった。



 メーシーズをはじめ傘下のブルーミングデールズなどは、生き残りをかけてラグジュアリーブランドや宝飾品を充実させたり、服飾に注力して購買意欲を喚起しようとした。しかし、大多数を占める低所得者層はディスカウントストアやアウトレットで十分で、百貨店での買い物に回帰することはなかった。多店舗化した百貨店は規模を維持することが難しくなり、店舗のリストラに追われるようになる。サンフランシスコに限って見ると、百貨店不況だけの問題ではなさそうだ。この街には2000年代初頭からクリエーターが集まり、独創的な作品を発表。ファッション業界からも注目されるようになった。一方で、ゲイが集まる街という側面をもち、LGBTへの理解を求めるムーブメントが全米に広がっていった。

 もっとも、街で生まれるディープなカルチャーは、消費にも影響する。アンダーグラウンドではドラッグや犯罪と表裏一体だ。サンフランシスコは近年、治安が悪化してショッピングセンターは集客が減少し、ブランドの撤退が相次いでいる。2023年には高級百貨店のノードストロムが同市から撤退。アディダスやザ・ノース・フェイスなども後に続いた。明確な根拠があるわけではないが、街の変化は住民の購買力も左右しかねない。治安の悪化は百貨店の売上げを押し下げたのではないかとの見方が支配的だ。消費行動の変化、格差社会、そして治安悪化。米国が抱える構造的な問題は、百貨店の経営にストレートに響いているのは間違いない。存続するにしても、富裕層が多く訪れる大都市の旗艦店に限られるだろう。

専門店化やFC、投資で生き残る

 では、日本はどうか。日本百貨店協会によると、2024年の全国百貨店売上高は前年比6.8%増の5兆7722億円だった。コロナ禍以前の19年が5兆7547億円だったから、5年ぶりに上回ったことになる。だが、売上げの回復を下支えしているのはインバウンド消費に他ならない。24年の訪日客による免税売上高は、19年比87.7%増の6487億円と急伸。これは全国百貨店売上高の11%を占めるほどだ。伊勢丹新宿店や日本橋高島屋が創業以来の最高益を挙げるのは、日本の富裕層やインバウンド需要が貢献している面が大きい。主に宝石・貴金属、高級時計、ラグジュアリーブランド、化粧品が売れているわけで、とても庶民の買い物ではない。その証拠に地方百貨店は廃業や閉店が続く。

 言い換えれば、百貨店はもう大衆向けの存在ではいられなくなったということ。米国以上に百貨店経営は厳しくなっているのかもしれない。そうした状況を如実に表すのが2023年1月末に55年の幕を閉じた東急百貨店本店だ。本店の跡地では、Shibuya Upper West Projectと銘打った再開発プロジェクトが進行中で、2027年には地上36階建ての複合施設が建設される。施設は商業や外資系ホテル、住宅などで構成される計画だが、東急百貨店は再出店しない見通しという。それは都心の旗艦店に高級ブランドから食品までをフルで揃えるスタイルからの決別を意味する。ただ、酒類や化粧品、服飾雑貨など一定数の顧客を抱え、今後も売上げが見込める商品については、渋谷の街中で専門店として運営を継続している。



 すでに東急百貨店本店の各売場でコーナー展開されていたものが、渋谷の商業施設に移転している。惣菜や菓子などを揃えたShinQsは渋谷ヒカリエに、菓子や弁当を扱っていた東急フードエッジ、雑貨や靴の+Qグッズ、化粧品の+Qビューティーは渋谷スクランブルスクエアに、菓子や惣菜などの渋谷東急フードショーは渋谷マークシティに、それぞれテナントで出店し営業を続けている。同本店が自ら運営するワイン専門店のTHE WINEは、旧本店裏手のオーチャードロード沿いに路面展開されている。こちらは後背の高級住宅街、松濤を意識したもの。百貨店の中で勢いを失ったアパレルはカットし、顧客がついて売上げが底堅い食品や化粧品、服飾雑貨は百貨店から退店するが系列の商業施設などで受け入れるという形だ。

 大家としてテナントを集めるモデルから脱皮し、バイイングや編集に長けた売場を専門店として独立させて運営する。電鉄グループの有力コンテンツ=「」として、人流という資源と接点を作っていく。東急グループにとっては渋谷という街が「」という位置付けなのかもしれない。あとは売り手という「」をいかに育成していけるかだ。同じ東京の電鉄系では、2022年に新宿店本館を閉店した小田急百貨店跡地に小田急電鉄が地上48階建ての高層ビルを建設する計画を進めるが、百貨店としての出店は未定だ。京王電鉄もJR東日本と共同で新宿駅の西南口地区の再開発を進めており、京王百貨店新宿店とルミネ新宿1が入るビルを建て替える計画がある。だが、百貨店が継続されるかは明らかではない。

 一方、同じ電鉄系百貨店でも関西の近鉄百貨店は、フランチャイズチェーン(FC)への加盟で生き残ろうとしている。業種はスーパーやコンビニエンスストアからベーカリー、カフェ、グロサリー、眼鏡、生活雑貨、ドラッグストアまでと多岐にわたる。顔ぶれも奈良市に本拠を置くレストラン、ベビーフェイスの「ベビーフェイススカイテラス」。ピッツァ、エスプレッソ、グロッサリーの3通りが味わえるイタリアンレストラン「トウキョウメルカート」。東京神田に本店を構える松阪牛専門焼肉店「洋食屋伊勢十」。洋菓子の不二家が新規開発した業態「ペコリシャス」と多彩だ。HCのカインズともFC契約を結んでいる。



 滋賀県に唯一残る近鉄百貨店草津店は、1階で高級スーパーの成城石井を運営する。こちらも2018年にFC契約を結んだもの。成城石井は物価高で消費者が価格にシビアになる中でも、売上げを伸ばす優良企業。スーパーの格付けでは、クィーンズ伊勢丹やビオセボンと並んで富裕層向けに位置する。客単価が高いことが売上げにも影響していると思われがちだが、必ずしもそうとは言い切れない。日本の消費者は年収の高低だけでは捉えられない。「ここでしか買えないから」という商品は、収入の多寡に関係なくお客を惹きつける。成城石井の看板商品であるチーズケーキなどがそうだ。それは年収がそれほど高くなくても、推し活には積極投資する行動に似ている。選択肢は価格よりも価値だからだ。

 滋賀県という地方、近鉄というブランドも関係ない。首都圏からの転勤族を含め、成城石井を知っているお客なら、ここでしか買えないからという消費行動をとる。それが一定数の市場を形成すれば、経営は成り立つ。しかも、フランチャイズでノウハウが確立されているので、加盟店側は売場作りから売価変更まで本部の指導通りに行えば済む。だから、「(FCを)ぜひ、うちでやらせてください」との熱意が優った面もあるだろう。そして、運営する以上は自社の有能な社員を割り当て、売上げ伸長に弛まない努力を続ける。それで見事に結果を出したわけだ。FC運営で培ったノウハウは、独自で開発する小売りや外食の店づくりや人材育成にも活かせるのだから、なおさらである。



 Jフロントリテイリングは、2024年に日本政策投資銀行などと設立した事業継承ファンドを通じて九州宮崎の老舗菓子舗「昭栄堂」の株式の過半数を取得した。同店が製造販売する九州産のバターと小麦粉を使った「九州純バタークッキー」は、卸売りを中心に年間約90万個を売る大ヒット商品。Jフロントは九州純バタークッキーを傘下の大丸松坂屋やパルコで販売したり、昭栄堂のノウハウを生かして新商品の開発にも挑むという。大丸東京店で行列が続くN.Y.キャラメルサンドに続く商品を自社でも持ちたいという狙いだろうか。東急百貨店のように専門店を運営するわけではないが、看板商品をもつ老舗への投資を通じて売上げと販路を拡大する。それが百貨店グループの次の一手と踏んだようだ。

 売上げの底堅い商品はそれほど多くないように思える。だが、全国、世界に目を向ければ、埋もれている商品はまだまだある。それらを開拓することはできるはずだ。販売力があるスタッフを抱えていれば、まだまだ売っていける。富裕層やインバウンドで売れている商品を見ると、至って高感度で専門性の高いものも少なくない。それらは旗艦店の一部に組み込むより、独立させて個性を前面に出した方がお客の目に留まりやすい。洋の東西を問わず、百貨店はもう巨艦大砲主義では通用しない。一店に百貨を揃えるのではなく、一貨をできるだけ多く育てて売っていく。それが生き残りのカギになるのかもしれない。

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この町を好きになる。

2025-03-05 07:06:04 | Weblog
 先々週、このコラムでシャッター商店街の課題に触れた。今回は地方都市の創生やそれにアパレルが関わり始めていることについて考えてみたい。2014年だったか。第二次安倍晋三政権は、地方創生をスタートさせた。その初代担当相だったのが石破茂現総理である。先の総裁選でも地方創生を公約に掲げるほどで、政権の看板政策と位置付けている。2025年度は対前年度比で2倍の2000億円の交付金(特別交付税)を計上する力の入れようだ。しかし、東京一極集中には歯止めがかからず、企業誘致につながっているかは疑問という声も少なくない。

 折しも、米国ではトランプ政権が世界各地で人道支援事業を行うUSAID(国際開発局)を国務省と統合する計画を進めている。米国政府のデータによると、2023年に680億ドル(約10兆円)が国際援助に使われている。しかし、現地での作業の大部分は、USAIDが契約し資金提供している他の組織が請け負っている。人道支援が名ばかりで、組織の利得になっているものもありそうだ。つまり、トランプ大統領が連邦政府予算で支出を削減すべき部分を特定するように指示したのであれば、それは当たり前のこと。日本の地方創生、その交付金の使われ方にも無駄はないのか。メスを入れるのは当然だと思うのだが。



 何のために地方創生を行うのか。一番は地域の人口減少を抑えるためである。地域に雇用がないから若年人口が流出する。それには地域で仕事を生み出すことが不可欠だ。並行して東京一極集中を是正し、地域に人を呼び込む必要がある。移住する人々と地域に残る人々を一体で支援する仕組みも不可欠だ。こうした目的を達成するためにどんな事業に取り組むか。政府は地域性をもつ産業の振興、観光地の再生、医療や交通、買い物などの改善、防災の強化、賃金の上昇と生産性の向上、子供達が地域の魅力を再発見する教育、文化や芸術、スポーツの活用、DXインフラの整備、都市との人材のシェアを挙げている。

 政府は地域の特色を生かして持続的な社会づくりを目指す取り組みに交付金を出してきた。にも関わらず地方は過去10年、人口減少に歯止めがかからない。交付金は単年度単位で割り振られるが、目標はたった1年で達成できるはずもない。事業を進める地方自治体が「これで地方が創生しつつある」との成果を認定するのは難しい。ただ、自治体が自ら財政負担しないとなると、どうしても目標や成果の設定が甘くなる。代理店やコンサルの手を借りれば、交付金が中央に搾り取られたり、ハード整備で建設業界にカネが流れるだけで終わることもあり得る。挙げ句の果てに予算を使いきれずに年度が終わると、成果の検証どころではない。

 そもそも、事業内容が繁雑かつ広範囲に広がりすぎてはいないのか。例えば、「中心市街地を活性化する」という目的に対して、「省エネ設備を導入する」という事業が立案される。省エネは時代に即したものだから、市街地に人を呼び込むには不可欠だという理屈なのだ。しかし、人は省エネ設備を目当てに街にはやってこないし、買い物したり食事をすることもない。要は省エネ設備が導入されたからと、ダイレクトに賑わいが創出されることなどあり得ない。「自治体施設の整備支援」「商業施設の改修補助」についても、地元住民には多少のメリットはあるが、だからと言って他所からその地域に移住する理由にはならない。



 「テレワークによる移住促進」。そもそもテレワークはパソコンとネット環境さえあれば、どこでも可能なのだから、必ずしも地域移住という構図にはならない。しかも、コロナ禍が収束したことで、オフィス回帰で減少傾向にある。テレワークでは社員間のコミュニケーションが不足し、チームの一体感が損なわれる。しかも、事務用品などの費用を会社が負担し、社員が出社しないのにオフィスを構えていたのではコストが増大する。それでも、テレワークを続けている人々は、「バンライフ」のような非定住型でフリーランスが大半だから、一時的に地域に移住してくれてもやがて去っていく可能性が高い。

 「農業労働力の確保支援」は、生産コストの高騰や後継者不足など課題山積で、農業そのものに魅力を感じ得ない人が増えている現状で非現実的だ。令和の米不足で米価が高騰したため、一時的に収入がアップした農家もあるようだが、それが若者の農業参入を促すかとは考えにくい。外国人の技能実習生を当てがうにしても、低賃金や長時間労働、労働災害といった課題ががついて回り、土着のコミュニティに馴染む難しさもある。農業より割の良い仕事が見つかれば、失踪するケースが相次ぐ。農業を地域の産業として振興するのであれば、農業そのものの抜本的な改革が必須で、高収入、機械化&自動化による効率アップ、安心&安全の作業環境など、仕事のやりがいを感じられるようにしなくてはならない。



 結局、政府が予算を確保した以上、使ってもらわないと困るわけだ。補正予算で手当するとなると、災害復旧のような緊急性のあるものに限定されるはずだが、そうではない事業は「何とか、やれ」みたいになって、自治体が考える事業の設計が甘くなる。自治体が自らで立案できなければ、代理店やコンサルに丸投げする。国がお墨付きを与える「地域おこし協力隊」「地域活性化プロジェクトマネージャー」「地域力創造アドバイザー」なんて専門職のお出ましだ。自治体も肩書を見ただけで「何かやってくれそう」と安心し、どうしても仕事を依頼してしまう。だから、成果が見えないまま、カネと時間だけが費やされていくことになる。

 人材支援事業の交付額は2023年度が計326億円。19年度から8割も増えている。こうした財源が地域〇〇〇〇一人当たり最大500万円もの報酬の原資となり、事業を掛け持ちすれば数千万円も稼げるという。通常の補助金なら担当省庁が交付先や成果を確認して書類化するが、地方交付税の対象外。一応、支援を受ける市町村が都道府県を通じて実績を国に提出することになるが、総務省は中身まで精算していないというから呆れるばかりだ。まさに公費天国の元で補助金ハンターが暗躍する構図が見えてくる。自治体側も学習してきているため、疑心暗鬼になって予算を使い残すケースも出てきている。

アパレルとの協働は地方の福音になるのか



 アパレル企業も地方自治体から請われ、地域の課題解決に向けて取り組むところがある。こちらは国から交付金が支給される事業ではないが、自治体と一体で地域課題の解決に向けて活動するものだ。具体的には人口減少、少子高齢化、福祉、環境、防災、まちづくりなどの課題解決。農業振興、観光振興、中心市街地の活性化などへの取り組み。若者を対象とした地域資源発信や商店街の活性化がある。地方自治体との包括連携協定には税金が直接的に使われることはないので、政策立案が甘くなることも公費が無駄に使われることもない。

 アパレルは若者層で認知度が高く、事業内容も知られている。一方、自治体は地元の特色を熟知しているので、連携する要素を提示しやすい。それぞれの強みを活かして課題解決に向けた取り組みを立案し、活動につなげることができる。アパレル側にとっても地域の課題を把握してそれに向けた施策を行うことは、新たなビジネスモデルの芽を育てることになる。これまでマーガレット・ハウエルやジルバイジルスチュアートなどのブランドを展開するTSIホールディングスが北海道の上川町と、フリークスストアなどを運営するデイトナ・インターナショナルが静岡市と、ユナイテッドアローズが茨城県境町と、包括連携協定を結んでいる。



 上川町はTSIに町の基幹産業でもある林業の作業服の製造を依頼。町の産業をPRしながら若者の理解も促している。静岡市はフリークスストアの知名度を活用して農業や観光、中心市街地でのイベントを展開している。境町は同地と縁がある建築家、隈研吾氏が設計した観光案内所「ユナイテッドアローズ スタンド」を道の駅に開設。さらにふるさと納税の返礼品としてオリジナルフードとドリンク、ファーマーズバッグとロングスリーブTシャツを販売するほか、ユナイテッドアローズが編集した町広報紙を配布。アウトレットの出張販売や取り組みをアピールするラッピングバスの運行も企画されるなど、活動は多岐にわたる。



 産地の可能性に目を向けたビジネスも生まれている。メーカーズシャツ鎌倉は国産タオルの産地、今治で収穫される綿花を利用したシャツ製造を始めた。海外から輸入する綿花は、森林伐採や農薬の大量使用など生産時の環境負荷が懸念される。そこで、今治市の農業生産法人の助けを借り、農薬を使用せずにしなやかな肌触りをもつ綿花の栽培をスタート。しまなみコットンと名付け、国内の紡績工場に委託してドレスシャツに仕上げている。瀬戸内地域には岡山のデニム製造など紡績や縫製の工場が集中しており、将来的には地域一体で綿の生産からシャツの製造までに取り組む構想をもつ。

 地方に大都市圏の企業を丸ごと移転させるとなると、なかなかハードルが高い。例えば、東京都内のアパレル専門商社は2018年、法人税が優遇される地方拠点強化税制を活用し、長野県内に本社機能を移す予定だった。ところが、計画は脆くも頓挫した。2017年5月に長野県知事の認定が下りて減税を受けられることになり、社員の移住や現地採用、空き家を活用した社員寮の構想まであったにも関わらずだ。従業員の半数以上が子育てや介護のために引越しが難しく、転職せざるを得ないために反対したのである。企業の経営者は税制面の優遇があればメリットと考えるが、社員は公共料金の高さや交通の不便さといったデメリットに目がいきがちだ。地方での生活を社員がメリットだと感じなければ、移転は不可能なのだ。

 地方の首長は選挙公約などで人口減少に歯止めをかける政策として口々に、企業誘致や移住促進、子育て支援、給食費や高校授業料の無償化を掲げる。しかし、税を優遇したり、補助金を支給するだけで、人や企業に地方移転してもらうには限界がある。結局、税収が増えなければ数々の公約も絵空事で終わってしまう。熊本県の菊陽町が台湾の半導体メーカーTSMCを誘致できたのは、中国による台湾侵攻というリスクに加え、半導体製造に欠かせない安定した電力や豊富な水資源を有し、九州一円に関連産業が集中するなど強靭なサプライチェーンが構築しやすいからだ。でも、そんな好条件が揃うことはそうそう無い。ただ、半導体産業の隆盛が今後も続くという保証はない。そんな産業に依存するまちづくりには、衰退のリスクもつきまとうことを考えておかなければならない。



 少子化の日本で地域の活力になるのは若者だ。彼らを育てて稼げる人材にする基本は教育である。国会では高校授業料の無償化、私学への支援が決まったが、地方のFラン私大は定員割れが続き、中教審は高等教育のあり方を巡る答申で、経営難の大学に退場を促した。生き残るためには地域との連携も必要だが、それにはまず高校教育から変えることが重要ではないのか。日本の将来を考えれば大学進学向けの普通科より、専門教育を学べる学科を充実させたほうがはるかにいい。親の収入に関係なく、みんな高校に進学できるのではなく、何を勉強してどんな仕事に就くかの方が重要なのだ。そこで、地域の再生でも高校生くらいの若者が関心を持つことを教育に当てはめてみてはどうか。「あの地域ではこんな勉強ができるんだ」となれば向学心が湧くだろうし、社会人ではないから移住(留学)の障壁もない。



 例えば、マンガやスポーツを公立高校に専門学科を拡充して学べるようにし、寮などを完備して留学を受け入れる。卒業後にはもっと学んでもらうために、国公立大学がマンガやスポーツの技術向上やマネジメントなどの専攻を設けて受け皿になる。産学連携を意識した取り組みだ。プレイヤーだけでなくデジタル技術者やトレーナーなど周辺職種の学習も考慮する。就職ではマンガの編集機能のサテライトオフィスを開設して雇用する。デジタルワークはクラウドでもできるから、地域在住も可能だ。スポーツはプロ野球16球団化に備えたり、サッカーやバスケットボールのクラブにスタッフとして勤務したり、五輪競技にもなったスケボーやBMX、スノボーの施設を誘致して雇用を引き受けてもらう。拠点としては空き家や廃校舎を活用し、家賃や施設建設の費用も補助すればいい。要は若者にとって学ぶにも働くにも「楽しい地域」にすることを地方が競い合えば良いのだ。

 アパレルにおける学びはどうか。現在でもデザインや縫製が学べる公立高校はあるが、地域が卒業後の面倒までみているわけではない。若者が華やかなブランドに携わりたいとか、コレクションデザイナーになる夢を見れば、どうしても東京などの大都市に出て行ってしまう。かといって、雇用を受け皿として地域に縫製工場を誘致するのも難しい。その意味で、小売業のユナイテッドアローズが茨城県の境町で行なっているようなケースが契機になる。また、技術を高める教育を徹底した延長線で、ブランドやセレクトショップのネット通販で購入した商品をお直ししたり、古着のリメイクなどができる技術者を育成する拠点を整備することも一手だと考える。技術の習得なしに、クリエーションは生まれないことを気づかせるかだ。

 地方創生というテーマからすれば些々たるものだが、若者に「面白そうなことをやっている」と関心を持たせるのが第一歩ではないか。町づくりの要諦はいつの時代も(人材)、(商品やサービス)、(会社や施設)。これらが一体となってビジネスを生み、コミュニティを形づくっていく。だから、まずは地方でビジネスの小さな芽を育み、成長させて木にし、それを増やして林にしていくしかない。そして、都会生活に疲れた人々に、この町ならお金もかからずセカンドライフを楽しめると思ってもらえること。町を好きになる人が増えるきっかけ作りから始めるしかない。もちろん、それができない地方は終焉を迎えるしかない。

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投資されるクリエーション。

2025-02-26 07:07:42 | Weblog
 元タレント中居正広氏の女性トラブルをめぐる問題は、フジメディアHDおよびフジテレビで取締役相談役を務める日枝久の辞任問題に発展し、6月に開催される株主総会では新たな取締役選任が焦点になる。同HDの大株主、米投資ファンドのダルトン・インベストメンツが同社に送った書簡で、「取締役会のメンバーの過半数を独立社外取締役にする」ように求めた点を見ても、企業と株主の対立がより先鋭化する様相だ。



 フジメディアHDの株価は1月27日の会見翌日から高騰を続けたが、直近2月25日の終値は2613.5円で、前日比62.5円安で引けた。市場関係者は海外ファンドというより株主になりたい個人投資家が買いに走っていると見るが、株主総会が近づくと状況が変わるのか。予断を許さない。堀江貴文氏がSNS上でフジHD株を買ったことを公表し、6月の株主総会に出席して経営責任を追及しようと呼びかけたことで、同調する動きがあるようだ。総会では株主から日枝取締役相談役の解任や取締役会の過半数を独立社外取締役にする案が提起されるのは間違いない。しかし、物言う株主(アクティビスト)であるダルトンが人権問題を追及するのは、株主価値を高める上では総会の俎上に載せやすいからとも言われる。



 どちらにしても、テレビをほとんど見なくなって久しく、またステークホルダーでもない人間にとっては、フジテレビがどうなろうとどうでもいい。むしろ、気になるのは、株主と企業の関係やそれぞれの立場が少しずつ変わってきていることだ。かつては株主の地位を利用して企業から不当な利益を得ようとする総会屋なるものがいた。それは総会を短時間で終わらせるための調整・根回しを行い、企業から利益を得る与党総会屋と、総会の妨害を予告して会社から利益を得ようとする野党総会屋に分かれた。某自動車メーカーの子会社であるサッカークラブの関係者が体育会系という頑健な資質を見込まれ、総会屋への利益供与に関わっていたという話もあるくらいだ。

 そんな株主総会も次第に企業の方針を株主に非難されない工夫をするようになっていった。与党総会屋が総会の前面に陣取り、経営陣の説明に賛成、議事進行と大声で叫び、他の株主に意見させないしゃんしゃん総会への移行である。さらに1981年の商法改正で株主への株主権の行使・不行使に基づく利益供与の禁止が法制化されると、総会屋は影を潜めていった。筆者も企業年史の制作で記念パーティの取材に行った際、いかにも総会屋らしきお方がフルコースディナーを召し上がる光景に遭遇した。だが、ウエイターに難癖をつけるそぶりは微塵もなく、カメラマンがレンズを向けても目線を合わせてくれるなど至って穏やかな雰囲気だった。

 上場企業の場合、株主が保有する持ち株比率が高いほど、株主総会などでより多くの権利を行使することができる。だから、経営陣は経営への影響を安定させるために発行数の2/3となる66.7%以上の持ち株比率を維持しようとする。特に企業の経営方針や構造を大きく変えるような重大な決定、例えば、会社の合併や分割、会社の解散、定款の変更などの特別決議は、単独で可決することができる。だが、企業の業績アップとそれによる配当増を望む株主にとって、それを実現できない経営手法に問題があると感じた場合に、株主総会で経営陣の責任やカバナンスの欠如を指摘するのは当然のことだ。

 株主からの動議が成立するには、出席株主の議決権の過半数以上の賛成が必要になる。それでも近年の株主総会を見ると、株主の意見が100%通ったわけではないものの、物言う株主のアクティビストの要求から企業の方針が修正されているケースはある。代表的なところでは、セブン&アイHDだ。アクティビストの米バリューアクト・キャピタルは、不採算事業として祖業イトーヨーカ堂の分離、伸び代のあるコンビニエンスストアへの集中、井坂隆一社長らに退陣を求めたことがあった。この株主提案は反対多数で否決されたが、HDはGMSのイトーヨーカ堂を次々と閉店し、コンビニ事業に集中するようになった。

 だが、今度はカナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受ける事態に発展した。ビジネスがグローバル化した現在では、外国資本や投資ファンドなどからも合併や買収の案件が持ちかけられる。それは上場企業の宿命とも言える。セブン&アイHD側は買収の防衛策として、クシュタールが提案した総額7兆円を上回る9兆円規模のMBO提案をセブン&アイの伊藤順朗副社長ら創業一族らで行なっている。上場すればマーケットから資金調達ができて事業の拡大に舵を切れる一方、株主からいろんな要求を突きつけられ、挙句には経営陣が追い出されたり、企業が乗っ取られたりするケースに発展する可能性もある。

 もっとも、投資家やファンドが株を買い占めるのは、短期で株主価値を向上させ多くのリターンを得る目的がほとんどだ。また、特殊なノウハウは持つものの、経営が立ち行かない企業に目をつけ、経営陣を送り込んで再生した後に高値で売却する=ハイエナのケースもある。株式会社は機関という意味で株式(資本)を所有する株主と、企業をマネジメントする経営者を分けるのが原則だ。そこでは代表取締役が企業の具体的な業務を行い、取締役会が業務を行う上で意思決定をする。株主は企業の基本的なこと、取締役(経営陣)の選任などについて決議することができるに過ぎない。ただ、企業の運営が適性を欠き株主の権利が侵害された場合には、取締役の解任など各種訴訟を提起できる。その点はうまくできた仕組みとも言える。


買収されて資本と経営が分離するブランド

 ファッション業界ではどうなのか。アパレルがブランドに成長し上場すると、投資家およびそのグループが潤沢な資金力に物を言わせ、ブランド企業を次々と買収して傘下に収めていくケースがある。それがファッションコングロマリットだ。コングロマリットとは、直接の関係を持たない複数の業種、業務が参入する複合企業を指す。業務内容の異なる企業を買収することで、相乗効果を期待しブランド価値を高めることを主眼としたものだ。そうした意味で、投資家やファンドに発行済み株式の過半数を取得されただけでも、ブランド企業は株主から経営陣やデザイナーの選解任、MDの修正、出店戦略など重要な事項を要求されることがある。



 ファッション界では、LVMH、ケリング、リシュモンがある。最大はLVMHでルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、セリーヌ、ロエベ、マーク・ジェイコブス、ケンゾー等の他に酒類、香水&化粧品、時計・宝飾、文化芸術団体など約70ブランドを従える。ケリングはグッチやアレキサンダー・マックイーン、ボッテガ・ヴェネタ、サンローラン、ステラ・マッカートニー等、スポーツのプーマ、時計・宝飾を持つ。リシュモンは時計ボーム&メルシー、宝飾のカルティエやヴァンクリーフ&アーペル、ピアジェ、アパレルではクロエ、ダンヒル等、筆記具のモンブランを傘下に入れている。当然、収益が伸びなかったり業績が悪化するブランドでは、ディレクターやデザイナーの解任が繰り返される。

 2000年頃までは、英国や米国のラグジュアリーブランドはビジネスを重視する傾向が強いことから、デザイナーの人選でもクリエイティビティだけでなく、マーケティングに強いアングロサクソンやユダヤ系の人物を起用する傾向があった。アレキサンダー・マックイーンやマーク・ジェイコブスがそうだ。彼らは比較的長くブランドを率いていた。近年はコングロマリットがフランスやイタリアの老舗メゾンまで傘下に収めたことで、ディレクターやデザイナーの解任はここでも例外ではない。ケリング傘下のグッチは先日、ディレクターのサバト・デ・サルノとの契約終了を発表した。中国事業の不振が影響したと言われるが、投資家やファンドが絡めば、どうしても投機的な側面が否めないからだ。



 一方、すべてのラグジュアリーブランドがコングロマリットに属しているかと言えば、そんなことはない。ジョルジオ・アルマーニなどを運営するイタリアのジョルジオ・アルマーニS.p.A.は、未上場企業だ。あくまで私見として言わせてもらえば、コングロマリット傘下のアパレルは色合いや素材感、テイストが何となく似通ってくる。コングロマリットの経営トップが収益を上げるために売れ筋右に倣え=全天候型の経営スタイルをとると、どうしても企画から素資材の調達、縫製までを効率化させてしまうからだ。それに対し、アルマーニは1975年の創業からクリエーションも派生ブランドや旗艦店の展開も独自性を保ってきた。それは株式市場からの資金調達によらない経営を続けてきたからこそ、可能だったのである。

 ただ、創業者のジョルジオ・アルマーニ氏が90歳を超えたことで、2024年には「より大きなグループに加わる」「証券取引所に上場することを除外しない」と、ブルームバーグの取材にコメントしている。世界のモード界でキングオブミラノと呼ばれ、クリエイティビティでもビジネスでも類稀なる才能を発揮してきたアルマーニ氏を引き継げる人材は、そうそういないということだろう。むしろ、同氏がブランドの存続や会社の経営を重視すれば、資本と経営を分離し、クリエイティビティとビジネスを別個にして考えていくべきだと決断してもおかしくない。ただ、23年に開催されたアルマーニS.p.A.社の臨時総会では法令の改正に関する決議の中で、「議決権のない株式の26のカテゴリー。その合計額が株式資本の半分を超えてはいけない」という内容が記されている。その意味するところは、アルマーニ氏の死後に明らかにされるとも。今後の動向に目が離せない。



 上場企業でなくても、銀行筋などからアパレルブランドへの参画や買収の案件がもたらされることはある。アパレルビジネスでは素資材の調達、海外生産やネットワーク、輸出入、ライセンスの獲得などが必要なため、商社がメーカーの株式を持って経営に参画するケースがある。また、2009年に民事再生法の適用を申請したヨウジヤマモトのように、未上場企業でもファンド運用会社のインテグラルが再生させる価値ありと投資をして、ブランド事業を譲り受けたケースもある。デザイナーの山本耀司氏は経営の一線から退き、デザインワークに専念するなど、ここでも資本と経営の分離が明確になっている。



 最近も親会社がデザインに当たる新規人材を起用したり、全株式を取得してブランドを完全子会社化する事例があった。2025年2月6日から11日に開催されたニューヨークコレクションでは、ヴェロニカ・レオーニがカルバン・クラインのコレクションラインで、クリエイティブディレクターとしてデビューを飾った。02年にカルバン・クライン社の株式を4億3000万ドルで取得して傘下に収めたフィリップス・バン・ヒューゼンは、21年にヴァン ヒューゼンなど4ブランドを売却し、売上げの90%を占めるカルバン・クラインとトミー ヒルフィガーに経営資源を集中させている。今回のディレクター人事もそうした戦略が色濃く反映されたものと言える。

 ビギホールディングス傘下のビギは2025年4月1日、同社の完全子会社であるメンズ・ビギを吸収合併する。ビギはメンズ、レディースの垣根が低くなっている状況から、ジェンダーレスのシナジーを追求する新規ブランド事業を展開するわけだ。合併により管理業務などの効率化も進めるという。ビギHDはジョンスメドレーなどの輸入販売、ライセンス展開を行っているリーミルズエージェンシーも完全子会社化する。ビギホールディングスの株式は24年に三井物産が株式66.6%を取得し、持株比率100%として完全子会社化した。ここでもブランド事業を展開する上で、素資材の調達から生産、輸出入までを効率化したい商社の支配があると見て取れる。

 アパレルが巨大なブランドに成長すると、商品販売で入ってくるキャッシュ(お金)やロイヤリティや店舗、工場など(資産)を管理してブランドビジネスを支える役割が求められる。それはある意味、金融業の側面も持つ。だからこそ、投資家やファンドは、世界のコレクションで作品を発表するデザイナーに注目する。デザイナー側も自分の思い通りの作品を作り、それが世界に受け入れられて名声を博す夢をみる。それには莫大な資金が必要だから、「自分のクリエーションにどこまで投資してもらえるか」が頭をもたげる。投資家は「このデザイナーは投資に値するか」を見極めようとする。人々の喝采を浴びたいデザイナーと株主価値を高める野望を抱く投資家。ブランドビジネスの背景では、利害関係にある者たちの飽くなき株式の争奪戦が繰り広げられている。それもまた現実なのだ。

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歩いて行ける店。

2025-02-19 07:20:41 | Weblog
 今更言うまでもないが、商店街衰退のニュースが定期的に報道される。先日もAMEMA TIMESが「シャッター、シャッター…商店街衰退他人事じゃない!?コンサルに振り回される“残念な再生”も」というヘッドラインで、ネットニュースを配信した。(https://news.yahoo.co.jp/articles/fd3527b9b4400253d0df1e2a6f11047202078591

 記事の論調は、以下のような流れになる。

◯長野県佐久市の十二町商店街 1997年新幹線の開業で、客足は駅前の商業施設へ
◯営業店はわずか5軒ほど シャッターを下ろした建物が並ぶ
◯中小企業庁の調査 2021年全国の商店街数12535 1994年から1700以上減
◯関西地方の商店街理事長 30~40年経ち後継不在で閉店している
◯外圧による大型店の進出、郊外SCの台頭で商店街が衰退
◯ネット通販や車社会も要因
◯若手や女性等 新たな挑戦や来街者の増加や魅力向上に取り組む
◯住居兼店舗 店だけの賃貸は不可能 家主は不動産賃貸という別収入で安泰
◯地域の高齢化 郊外大型店の閉店すれば買い物難民が増える
◯中小企業庁 コミュニティ機能 雇用・地域サービスの拠点化へ取り組む
◯何のために商店街があるのか 個性や魅力を発信する
◯商店街 商売のインキュベーション(孵化)の役割
◯再生キーマンの存在 空き店舗と大家と開業希望者のマッチング
◯コンサルタントの言いなり 補助金が都市部に還流するリスク
◯活性化の意味 何をどうするかが重要

 記事は商店街が衰退する理由や事例、活性化への取り組み、その課題などを取り上げながら展開している。だが、これが商店街を再生する特効薬というのは見えてこない。商店街が衰退した背景には複雑な事情が絡み合うし、活性化するにも家主それぞれに温度差があってすんなりとはいかない。地元自治体が商店街の衰退は街の存続にも関わると憂いても、当事者たちが真剣にならなければ、前には進むことはないだろう。ただ、流通業界全体を見ると、少子高齢化が進む中で今の業態が10年先に安泰ということはあり得ない。



 すでに米国では郊外のショッピングモールは廃墟になり始めている。ネット通販が浸透したライフスタイルでは、わざわざ車に乗って郊外店を訪れる必要がないのだ。日本も人ごとではない。高齢化で免許を返納する人が増えていることを考えれば、今後はマイカー利用客は確実に減っていき、郊外店は集客できなくなる段階に移る。モータリゼーションの変化と郊外店衰退のリンクはすぐそこまで迫っているわけだ。となると、高齢者はどう生活していけばいいのか。コンビニがあっても生活必需品の全ては揃わない。やはり自宅から歩いていける範囲に少なくとも生鮮品や日配、グロサリー、日用品、書籍(趣味)が購入できる店があるに越したことはない。

 2009年に米ウォルマートが買収した西友は、21年には米投資ファンドのKKRと楽天に売却された。この時、楽天の参入でネットスーパーが一気に浸透すると礼賛した識者がいたが、それも虚しく西友は北海道と九州の店舗を切り売りした後、KKRは本州の事業まですべて売却する意向を示している。大久保恒夫社長の大胆な再建策が奏功し、23年には営業利益が315億円まで回復したことで、ファンドは今が売り時だと判断した模様だ。楽天が参入したネットスーパーは緒につくどころか、事業終了に追い込まれることもあり得る。

 ネットスーパーは多忙で買い物時間が取れないなど、現代のライフスタイルには合っているように見えるが、物流倉庫を設けて一括配送するにしても、注文者が住む近隣店舗で在庫を引き当てるにしても、新たにピッキングや配送の作業が発生する。注文者は配送料を保有するポイントで賄えても、スーパー側は配送コストが発生する。ネットスーパーのマーケットを全国一円に広げれば、どれほどの需要が発生するか予測を立てるのが難しく、生鮮品や日販は在庫を増やした分だけロスが発生する。物流を外部委託にしても、自前で行うにしても、ペイする体制の構築は容易ではない。

 西友の買収を希望する企業としてイオンやドンキホーテ、トライアルといった名前が上がっている。西友は240あまりの既存店があるので、買収額は数千億円になると見られている。買収したい3社の狙いは、既存の物流網が活用でき店舗増による仕入れの価格交渉力が増すことがあるが、何より西友は駅前立地が多いことで、黙っていても「お客に買い物に来てもらえる」ことだ。スーパーは実店舗を構え、需要予測を立ててMDを構築。そして、来店客があることが一番収益につながるのだ。また、西友を買収したい企業にとって店舗が立地する東京都内の駅前立地は、高齢社会が進む中では適地だとの経営判断もあるだろう。



 やはり高齢者を含めて地元民は、歩いて行動できる範囲内に生活必需品を販売する実店舗があるに越したことはない。本来なら地元商店街が再生すべきなのだが、前出の3社は西友の総合スーパーをそのまま維持することは難しい。衣料品についても独自開発したところで、量販店テイストからの脱却は難しく、市場を開拓できるかは未知数だ。まずは食品と生活必需品の品揃えを強化しながら、あとは高齢化する市場に即したテナントを導入するなど新業態の開発を進める考えではないか。それがいつまで通用するかはわからないが、当面はそうするしか方法はないと思う。


若手の事業者が商売できる家賃相場に

 1980年代までは都市部では商業集積が高く、専門店が中心商店街に出店するケースが多かった。アパレルではワールドのリザやレナウンのレリアンを筆頭に、チェーン店や地域一番店がこぞって出店していた。ただ、家主によっては出店企業の足元を見て、賃貸契約の更新時に家賃をふっかけてくるところもあった。取引先のアパレル専門店がある地方都市の商店街に出店していたが、中規模チェーンだったことで家主から月家賃100万円がいきなり500万円に値上げ要求された。本社の常務、副社長が立て続けに交渉に当たった結果、何とか300%増の400万円で妥結したが、集客につながることはなく採算割れを起こして2年後に撤退した。

 1990年代になると、郊外にSCが次々と開業したため、大手や中堅の専門店は郊外型の業態を開発して移転。商店街に残ったのは地元店という構図が鮮明になった。その時は店主がまだ若かったこともあり、商店会などと一体でいろんな集客策を打ち出す余裕もあった。しかし、店主が歳をとると自ら商売をするより、他店に貸して賃料を取った方が楽だと考えるようになる。商圏人口が多く集客力がある商店街ならまだしも、クルマ社会の地方ではどうしても郊外店にお客を奪われてしまう。同じ家賃を払うにしても、郊外なら駐車場を含め広いスペースを確保できる。そちらの方が大量集客が可能で、競争力もアップする。

 知り合いのアパレル専門店は、地方都市の商店街に構えていた店舗を郊外SCではなく、中心部から少し離れた場所に移転した。店舗面積は同じ家賃で5倍以上を確保でき、アパレルの他にインテリアコーナー、店内カフェも併設。近隣の住民は散歩がてらに気軽に訪れることができ、駐車場を完備しているのでマイカーでもアクセスできる。家賃効率は商店街より格段にアップした。店舗前の通りはけやき並木の瀟洒なロケーションで、隣にもおしゃれなカフェがある。そこでは、映画「踊る大捜査線」のスピンオフ版に出演した女優が無名時代に上京用のプロモーション写真を撮影したほどと、店主は教えてくれた。

 商店街衰退の根本原因は、集客がない割に家賃が高止まりしている点にある。家賃が下がらなければ、シャッター通りは今後も増えていくだろう。それでなくても地方は人口が減少しているのだから、市場の縮小は避けられない。お客を呼べない、買いたい商品がない、採算が合わないという商店街は、ビジネスモデルとしてはすでに終焉を迎えている。余分な投資をせずに今のままで家賃収入を得たいという2代目、3代目の家主がいる限り、活性化が進むとは考えにくい。そんな家主も歳をとるわけで、そのツケは次の世代に回る。借り手どころか買い手もなく、シャッターどころか更地商店街になるところが増えていくのは、時間の問題だ。

 先日、「東京の一極集中続く」とのニュースを目にした。2024年の都の人口は、転入が転出を上回る転入超過が7万9000人余り。23年よりも1万人余り増え、調査した総務省は若い世代の転入超過が目立つという。一方で、新型コロナで注目された地方への移住の動きも増加傾向にある。移住を希望する約7割が子育て世帯の40代以下で、背景には東京都内では転勤や住み替えが活発化して賃貸マンションの家賃が高騰。分譲についても建築資材の値上がりで価格が急騰していることがある。ならば、この世代を地方に呼ぶ政策が国、地方の双方に求められる。それには衰退する商店街も、当事者意識を持たなければならないはずだ。



 高齢化が進む中では、いろんなライフスタイルがある。商店街は地方でも比較的中心部に多いため、週末だけ居住するとか、趣味や副業に活用するとか、いろんな選択肢もあって良い。商店街ではないが、神奈川県横須賀市の旧横須賀市営田浦月見台住宅の再生では、まちづくり会社が住みながら家の一部を利用した小商いなどが可能な兼用住宅への再開発=なりわい住宅を提案したところ、入居希望者が殺到している。東京に近いという利点もあるが、高い保証金が必要なく礼金、敷金1カ月ずつから。家賃は6万~7万5000円(税別)、管理費は5000円(税別)と手頃なところも人気の要因。まずは大都市に近い場所から手をつけていくこと。衰退した商店街でも、再生のヒントになるのではないか。



 一方、東京都心から少し離れた小田急線の狛江駅周辺。吉祥寺や下北沢に比べると、若者の関心が低い比較的地味な街だった。しかし、周辺商業地の家賃が上昇していることなどから、若手の店主らが経営する店舗が集まり始め、地元民とのつながりも生まれて新たなコミュニティに成長しつつある。古着とリメイクが主体のあるショップは、お客との交流を重視し店内でクラフトビールが飲めるようにした。単なる物販・サービスだけでなく、より来店動機につながる新たな価値創造が不可欠という事例だ。商店街でそれらの個性がシンクロすれば魅力になる。もちろん、若手が商売したいと思える家賃相場だからこそ、事業者は集まるのだ。

 まずは公的機関が衰退する商店街周辺の地価から、客観的な家賃相場を割り出せるようにする。それらのデータを全国的に登録・公開する「空き店舗バンク」のような仕組みが必要だ。コンサルがあの手この手でシャッター商店街にテコ入れをしても所詮、新たなビジネスのシーズが生まれるわけではない。やはり、それを考えるのは拠点を構えてチャレンジしようという若手の事業者である。彼らがビジネスをしやすい環境を整えることが商店街の再生の第一歩になるのではないか。その大前提が家賃なのだ。ただ、都会から地方に移る側も傲慢であってはならないし、受け入れる商店街も移住者に対し排他的ではコミュニティは生まれない。



 都心の再開発は高額な賃料を取るビジネスモデルだ。新築マンションも1億円以上に跳ね上がっている。これは福岡も同じだ。となると、超高齢化社会の中で、暮らし方も考えていかなければならない。前にも述べたが、これから郊外店が閉店していくのを想定すれば、徒歩圏内で不便なく暮らしていけるヒューマンスケールの街づくりも重要になってくる。2024年、セレクトショップのユナイテッドアローズは、茨城県境町と包括協定を締結した。日本の人口が減少する中で、同社のセンスが地方の町に活力を与えられるのではないかという実験を進めるためだ。こうした取り組みは地方で高齢者が増えている時代を反映する。

 従来は出店など考えられもしなかった地域に有名セレクトショップが何らかの形で関わるようになった。歩いて行けるところにそんなお店があるのは高齢者にとって有益になる。老人は若者よりトレンドファッションへの関心は薄れるのは確かだが、気軽に覗けるお洒落なお店が町内にあると若者との会話が生まれるはずだ。これからの重要な街づくりのテーマでもある。高齢社会の一翼を担うのが「将来の商店街」というのも、あながち絵空事ではないような気もする。
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ビルが潤す街。

2025-02-12 07:07:44 | Weblog
 再開発事業の天神ビッグバンで、西日本鉄道(以下、西鉄)が本社ビルを建て替えた「ワン・フクオカ・ビルディング(通称ワンビル)」が竣工し、4月24日のグランドオープンを待つばかりとなった。地上19階、地下4階、延べ床面積は約14万7000m2。地下2階から地上5階までに飲食やオーガニック食材を揃えるスーパービオララ、シャネルやナイキの旗艦店、メンズ・レディスの最新コレクションを揃えたメゾンキツネ、アートを軸にカフェ、ギャラリーなどを備えたSPIRAL GARDEN、蔦屋書店やスノーピーク、中川政七商店、伊東屋などの全126店が入居。6~7階はワーキングスペースやスタートアップ支援拠点、8~17階が西鉄本社などのオフィス、18~19階がホテルという構成だ。

 従来の福岡・天神エリアは、1960年代に建てられたビル群が老朽化していたにも関わらず、空港が至近距離にあることから航空法の規制により高層ビルへの建て替えができなかった。しかし、2014年に政府の国家戦略特区に指定されたことで、100mまでだった建物の高さ制限が緩和され、容積率の上限も1400%となった。これにより20階以上のビルが建てられるようになったのである。また、天神ビッグバンでは、高さ制限以外に沿道の緑化や広場の整備、周辺との調和したデザイン、植樹や植栽、パブリックアートの設置、ユニバーサルデザインへの配慮といった運用基準を満たすと、決められた容積率が基準に上乗せされる。天神の新しい街づくりを調和のとれたものにするためだ。



 ワンビル前の旧福ビルには、仕事で何度か訪れたことがある。賃貸オフィスやテナントの内装、西鉄の受付カウンターこそ綺麗に体裁が整えられていたが、西鉄オフィス内の天井や柱は明らかに経年劣化が見られた。まあ、福ビルは1961年に建てられた古いビルの部類に入る。2005年の福岡西方沖地震では窓ガラスを固定するグレチャンが経年劣化していたため、ビルの揺れを吸収できずに割れたガラスが地上に落下して、通行人の頭部を直撃する事故も起きている。西鉄は商業開発のソラリア計画を優先して、本社ビルの建て替えは後回しにしていた。それが天神ビッグバンで一気に動き出したわけだ。

 ワンビルではフロアの6カ所に合計1000m2ほどの広場が整備され、天神地下街や地下鉄天神駅への地下通路も設けられた。ビルの外観は黒を基調としているものの、夜間は暖色の灯りで照らされる。また、ビル内の随所にアートやモニュメントが配置され、来館者がくつろげる憩いの場作りにも注力されている。無機質な高層ビルが立ち並ぶと、えてしてコンクリートジャングルと揶揄されるが、照明やアートなどがあることでビルが街並みを潤してくれる。ニューヨーク・マンハッタンのような光景が福岡でも見られるようになるのだ。

 都市開発はそれぞれの開発事業者が独自でハードを作ると、外観デザインを優先した気を衒ったようなビルばかりが生まれ、街として調和が置き去りにされかねない。そのため、天神ビッグバンでは事業者同士が足並みを揃え、統一した街づくりを目指している。また、天神明治通りの地権者で作る協議会は街づくりのグランドデザインを取りまとめた。「アジアで最も創造的なビジネス街」という将来像に向け機能更新を進めていくもので、構想には地権者間および行政、We Love天神協議会等との調整・連携、街づくりに関する調査・研究、公的施設の整備・管理計画の作成などがもり込まれている。



 グランドデザインで注目すべきは、ビルの低層部に人や企業を惹きつける施設を配置して都市機能を高め、それぞれの建物が連続感を持つような作りにすることで、沿道の景観を作り出すこと。また、駐車場の出入り口を集約したり、利用しやすい駐輪場を整備して、天神への交通体系をまとめながら歩行者が歩きやすい街にする。それら全てをシンクロさせることが「街の共用部」になるという発想だ。ここ数年に再開発されたビルでも低層界がガラス張りに統一され、内部が見える構造になっている。歩道整備においても隣接ビルの事業者と計画段階から街並みを揃える目的で調整を図っているため、統一感が生まれている。

 こうした都市の再開発、高層ビルの整備はすでに東京では一般化している。東京メトロ銀座線と東西線、都営浅草線が乗り入れる日本橋駅上に立つビル群。東京メトロ南北線と銀座線が交差する溜池山王駅両側に建つ赤坂グリーンクロスや赤坂インターシティなど。東京メトロ南北線六本木1丁目駅上のアークヒルズサウスタワーや泉ガーデンタワーなどがそうだ。これらの高層ビルはビル地下が地下鉄駅に直結し、ビル同士も地下通路で繋がっている。オフィスビルでありながら物販や飲食、コンビニなど複数の店舗が出店し、地下トイレは外部の人間も利用できるなど、利便性が増して非常に回遊しやすい。



 ワンビル東隣には2021年に開業した「天神ビジネスセンター」がある。天神交差点を挟んで、西側の「ヒューリックスクエア福岡天神」も1月31日に開業した。その先には「天神住友生命FJビジネスセンター」が建設中で、こちらも5月に開業予定だ。真向かいの天神センタービルも仮囲いがしてあり、解体工事が進捗中だ。さらに天神西の交差点先、大名小学校跡地には「福岡大名ガーデンシティー・タワー」が23年に完成している。天神交差点の南西角に位置する福岡パルコが西鉄福岡駅や新天町と一体で再開発されると、天神は東の中洲側から西の赤坂門側まで約1.2kmほどに高層ビルが立ち並ぶ。





 他にも「天神ビジネスセンター2」、「天神1-7」(天神イムズ建て替え)、「天神ブリッククロス」が建設中で、今後は「天神二丁目南ブロック駅前東西街区(福岡パルコや新天町など)」の再開発、「福岡中央郵便局およびイオンショッパーズ福岡の段階連鎖建替えプロジェクト」も控えている。数年後には天神は完全にリトル東京と化し、新たな空間と雇⽤を創り出すのは間違いないだろう。支店都市の経済と言われてきた福岡市は、流通から金融サービス、ITまでの企業の受け入れが可能な新たな拠点都市へ変貌中だ。


商業集積中心だった再開発の歴史が変わる

 福岡・天神における開発、発展の歴史を振りかえると、時代ごとに特徴がある。まず、第一期は1970年代。天神北にあった松屋百貨店のビルが都市型SCの「マツヤレディス」に生まれ変わり、北側のダイエーショッパーズビルと結ぶセンタービルに「ショッパーズプラザ」が誕生。マツヤレディス地下からは南に伸びる「天神地下街」が整備され、西日本新聞会館ビルには博多大丸が移転し、「大丸福岡天神店」と改称。都市型SCの「天神コア」や「天神ビブレ」も開業した。この時は、東京からアパレルブランドが大挙して出店し、天神のファッション集積は一気に高まった。同時に「第一次天神流通戦争」という呼称も生まれた。

 第二期は、1989年の「天神イムズ」「ソラリアプラザ」「ユーテクプラザ」の開業である。天神イムズは明治生命(現明治安田生命)と三菱地所の頭文字をとった天神MMビル(仮称)として、福岡市の公共施設「天神ファイブ」の跡地を再開発するものだった。大手企業による事業ではあったが、公共用地であったため福岡市の情報発信機能も求められた。イムズの正式名称がInter media Stationという所以である。開発にあたり敷地角にあった「眼鏡の愛眼」は立ち退きを求められたが、ガンとして譲らず外装タイルをイムズと同じものにすることで、現地に居座ったという。イムズの建て替えでその話はどうなるのかとという疑問も残る。

 ソラリアプラザは西鉄運営の福岡スポーツセンターを再開発するもので、こちらは物販・飲食テナントのほか、ホテルやシネマコンプレックス、スポーツジムなどを誘致した複合施設となった。ユーテクプラザは地元のベスト電器が九州の秋葉原を目指して開業した大型電器専門ビルで、国体道路を挟んだ渡辺通り側に開業した。時はバブルの絶頂期で、福岡市はアジアの玄関口を標榜したアジア太平洋博覧会を開催した。この時は現在ほど訪日外国人が増加したわけではないが、天神は九州各地から買い物客を集めた。来福客は利用するJR九州の特急の名を用い、かもめ族、つばめ族などと呼ばれた。

 第三期は1996年10月、岩田屋の新館「Zサイド(ジーサイド)」開業に始まる。翌97年春には大丸福岡天神店が増床し、「東館エルガーラ」を開店。西鉄は福岡駅を南進させる第二期のソラリア計画でソラリアターミナルビルを開発し、核店舗に「福岡三越」が出店したのが同年秋だ。これら三店舗の新築・増床により、天神にある百貨店の売場面積は従来の2.7倍に膨れ上がり、人の流れは南下して天神の重心は南に移動した。その後もソラリアステージの開業、地下鉄七隈線開通に伴う天神地下街の延伸などが続いた。福岡・天神はオーバーストアが指摘されたものの、高速道路網の整備で九州全域から集客を果たし、円安による訪日外国人も加わって、消費への追い風は現在も続いている。



 福岡・天神の再開発は1990年代までは商業開発による流通戦争を引き起こしてきたが、これからはオフィスビル建設によるアジアの拠点都市として他都市との競争が始まろうとしている。そこで指標となるのがオフィスの空室率だ。企業の進出が進めば、空室率は下がるが、思うように進まなければその率は上がる。天神のポテンシャルを占う上でも重要な指標と言える。民間予測では福岡市全体のオフィスの空室率は2026年に9.8%へと上昇。それが30年には入居が進んで供給過剰と言われる5%を下回るという。

 ただ、オフィスの供給は予断を許さない。米国の不動産サービス大手が行ったオフィス用フロアの面積が600m2以上の大型物件とそれ以下の中規模物件の需給予測の試算では、23年は6.4%、24年は7.0%となり、22年の2.3%から急上昇している。福岡大名ガーデンシティーやワンビルが竣工したことが理由と見られるが、25年はさらにビルの開業が続くことから、9.6%まで上昇すると言われる。



 今後は空室率の適正値(約3~5%を維持)=企業進出を促進することが不可欠になる。これから26年にかけて大型ビルの竣工が相次ぐが、27年から29年は一段落することで空室率は低下し、30年には4.5%という適正値内に収まると見られている。一方、中規模物件は供給が少ないことから、空室率は24年が3.0%、26年でも3.5%と供給過剰とまではいかない。賃料相場はワンビルが1坪あたり3万2000円だが、東京でも日本橋が同3万2986円、六本木1丁目が同2万3503円、溜池山王が同1万8,693円だから、それらと比べてもかなり高額と言える。路面店の家賃も24年10~12月期は、天神エリアは東京・銀座に次ぐ6%高で、1坪あたり6万1800円と最高値を更新している。

 家主が高額の賃料収入を得ていく上では、アパレルを主体とした物販よりもオフィスの方が確実という結論に至ったと考えられる。オフィス自体は収益を産まないが、家主として長期的な賃料は物販より安定する。福岡市は今後も人口が増加すると言われ、不動産の投資家からは熱い視線が注がれている。ただ、オフィスとて供給過剰で賃料が低下するようなことがあれば、投資を呼び込むことはできない。また、2008年のリーマンショック時に業務停止に追い込まれたIT企業の中には、賃貸オフィスを解約するところもあった。今後も世界的な恐慌が発生すれば、スタートアップ企業などへの影響は避けられないだろう。これからは不動産リスクとの戦いも始まるのだ。



 もっとも、企業側がオフィスに高額な賃料を支払っているのに、社員は1年契約の非正規雇用でランチの出費すら節約せざるを得ないのはどうなのか。それは天神が不動産ビジネスで舵を切る上で、発生するかもしれない新たな課題とも言える。高層ビルを整備しても所詮、ハードに過ぎない。天神のポテンシャルが富を生み、そこで仕事をする人に還元されてこそ、意味があるのではないか。大名地区には日単位でオフィスがシェアできるweworkも進出している。それらがシンクロして新たなソフトの芽が息吹き、街を活性化できるか。まったく赤の他人同士が仕事以外の趣味や嗜好を共有できるように行動し、それがコミュニティとして機能するようになれば、別の意味で都市の活力が生まれるかもしれない。

 オーバーストアの状況下では、アパレルはもうその媒介役くらいでいいのではないかと思う。言い換えれば、ものではなく、人がビジネスの主役になるべきなのだ。とにかく天神に人とビジネスを呼び込み、人々のつながりによって都市生活に潤いが生まれる。その一助にビルがなれるかということである。毎朝、電車の車窓から眺める高層ビルの壮大さ。昼間、出かける時に高層ビル街を歩く時の高揚感。夕方、帰宅する道すがらビルの外壁に灯る仄あかり。ニューヨークから戻って30年近く、空に向かって発展し続ける街と新たに生まれる佇まいは、改めてここで暮らして良かったと思わせてくれる。

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金は若いうちに使え!?

2025-02-05 07:12:03 | Weblog
 1月の半ばくらいだったか、日経新聞のある記事が目に止まった。ヘッドラインには「20代、消費けん引役に」「賃上げ、海外旅行も旺盛」「11月、全体は4ヶ月連続減」とあった。総務省が1月10日に発表した2024年11月の家計調査をもとに作成した記事のようだ。それによると、実質の消費支出が4ヶ月連続のマイナスになる一方、若者層は海外旅行や家電の購入に積極的という。背景には若年層で賃上げが先行している恩恵もあるようだ。本当にそうなら、若者の消費を持続させることがアパレル業界にも好影響をもたらすと思うのだが。実際にはどうなのだろう。

 2024年11月の家計調査では、消費支出は実質で前年同期比0.4%減だったが、名目では3.0%増となり、年代別では25歳~34歳の働く若者層が前年同期比3.8%増と全世代を上回っている。データ分析会社のナウキャストがクレジットカードのJCBがカードの決済額を元に算出したデータでも、11月の20~24歳の消費額は前年同期比で24%も増加。25~29歳も9%増といたって堅調に推移している。ナウキャストは20代前半は家電などの機械器具、宿泊や旅行などへの消費が強いと分析する。

 観光庁も海外旅行の消費額を発表した。こちらは2024年1~9月が19年同期比で20代が15%増と、年代別で唯一19年を上回っている。それに対し、全体の海外旅行消費額は15%減というから、若年層の旅行需要が突出しているということか。ただ、これらのデータを見て、20代が個人消費のけん引役になっていると、本当に判断していいのか。以下のような20代の消費マインドと実需の傾向には因果関係がある。



20代の消費マインドと実需の傾向
●家電購入に積極的 → ガジェット(デジタル家電)などの消費が堅調
●アイドルやアニメの人気 → 若者は推し活には惜しみない投資をする
●旺盛な海外旅行 → 人気の韓国は近場で旅行に行きやすい
●クレジット消費額の増加 → スマホ決済の普及で与信力が必要

 つまり、20代が何にお金を使っているかの因果関係を考えると、消費額が増えるという必然ではないかということだ。



 例えば、「家電の購入に積極的」のは、若者にはデジタル家電無しの生活はありえないのだから、消費が堅調なのは当然である。「アイドルやアニメなどの推し」は、若者にとって生きがいや活力を得るものだ。他を削っても惜しみない投資をすれば、消費が上向くのは言うまでもない。「K-POPやコスメ、グルメなどの韓国ブーム」は若者の間では根強い。しかも、韓国は距離的に日本から近く、LCCといった格安の交通手段も旅行を後押しする。クレジット消費額は、若者層の間で買い物などをスマートフォンで済ませる行動(キャリア決済は利用額に限界があるので、与信力の高いクレジットも利用)が定着した以上、こちらも増加するのは当たり前だ。

 さらに人手不足で賃上げしていることもある。若者の場合、独身であれば可処分所得は比較的自由に使うことができる。食費や家賃、教育費、貯蓄などを考えなければ、収入が増えるとその分を自分の趣味などに費やすことができるわけだ。円安の影響で原材料費や物流費が値上がりし、物価が高騰している。その分、賃上げが追いついていないことで、実質所得は低下していると言われる。これは全世帯に言えることだが、若者層はガジェットにしても、アイドルやアニメにしても、韓国旅行にしても、自分の趣味嗜好に合致すれば値上がりも気にせず、お金を注ぎ込む。インフレ消費が生み出した結果とも言えるだろう。

 ただ、課題がないわけではない。デジタル家電やアイドル、アニメ、韓国旅行で、若者の消費が増えているのは、商品やサービスの価格が比較的手頃だということ。安くて数千円から高くても十数万円でしかない。だから、自分の収入を考えてもお金をかけやすいのである。消費増のデータは相対的なものだから、ファミリーや高齢者と比べ需要が多ければ、若者層が消費する額は増えることになる。ただ、少子化で若者の人口は高齢者層に比べると少ないから、消費額が増えても全体の個人消費を押し上げるまでには及ばない。今後、マイカーや欧米旅行などより単価が高いものへの消費が進むかがカギを握ることになる。

古着人気を上質品販売の追い風に



 では、若者層の消費増がアパレルにも波及するのだろうか。日経新聞の記事には、アパレル関連の消費が増加しているとの記述はない。衣料品については、デジタル家電や推し活、韓国ブームほどの消費意欲は起きていないと見られる。ただ、唯一の光明は古着市場の拡大が起きていることだ。Z世代を中心に若者の環境意識が高まり、新品より古着に目をむける傾向が顕著になっている。あるシンクタンクによると、中古ファッションの市場は2025年に1兆4900億円と24年比で16%も増える見通しという。

 また、デフレの長期化で格安の衣料品が浸透したが、すでに飽和状態になっている。しかも、アパレルメーカーや商社などが価格を抑えるために、素材の調達から企画デザイン、製造までにおいてコストダウンを図り生産を効率化させた。これにより、市場には同じようなデザイン、カラー、素材の商品が溢れてしまった。そうした商品に対し、若者層の間では没個性を感じ始めているのも確かだろう。その反動として、元がデザイナーブランドやインポートものの古着はデザインや色、柄などが個性的で、クオリティが高い。ヴィンテージの商品はなおさらだ。ファッションに関心がある若者層を惹きつけるわけだ。

 アパレル市場は新品が1991年までは拡大していたが、以降は年率で2%ずつの縮小に転じている。このペースでいけば、2050年代には現在の半分の4兆6000億円まで縮小する見通しというから、アパレル業界にとってはまさに危機的な状況がすぐそこまで来ている。ただ、見方を変えれば、古着がアパレル市場の半分を占めるわけだから、前出のように着古してもデザインが個性的だとか、クオリティが高いもの、ヴィンテージのニュアンスを感じるものでなければ、古着になってもすんなり売れるとまではいかない。つまり、新品でそうした魅力的な商品が一定程度売れないと、古着市場にも売れる商品が流通しないと、考えることもできる。

 2024年8月、ある広告代理店が生活者調査を公表した。それによると、10~20代の2人に一人が買い物の際に「新品を買わず中古品を意識している」との結果を得たという。しかし、これも突き詰めれば、ファッションに敏感な若者は、単に安いだけでデザイン性や素材感、クオリティなどに価値(再販価値=リセールバリュ)を感じなければ、購入しないということではないか。逆に中古品でもブランド価値が高ければ、進んで購入するのだ。国内ブランドではコムデ・ギャルソンやエンフォルド、サカイなど。海外ブランドではジルサンダー、ヴィヴィアンウエストウッド、マルニ、メゾン・マルジェラ、マッキントッシュなどが中古品でも爆発的な人気を誇るのがそうだ。

 当然、これらの人気ブランドは再販価値が高いわけだから、新品も一定程度は売れていく。今はネットオークションやメルカリなど、古着店以外でも中古品売買のチャンネルがいくらでもある。だから、新品を購入する際に「中古品になるといくらで売れるか」を考えて服を選ぶお客も増えている。メルカリの調査によると、中には値札を外さずに服を着る人もいるというから、新品の価格やブランド価値が中古品の流通を決める裏返しであるのは間違いない。

 デザインや素材感が良く、クオリティが高いブランドが中古品でも売れるのは、新品よりも価格が安いからだ。若者層はいくら可処分所得が多いといっても、年齢的には年収がそれほど高いわけではないから、消費する額も限られてくる。ガジェットや押し活、韓国旅行で消費が進むのは、自分の懐を考えた時、数千円から十数万円の範囲で収まるからだ。とすれば、若者の収入が欧米並みになれば、どうだろうか。少なくとも、デザインや素材感が良く、クオリティが高いブランドは新品でも売れていくのではないだろうか。つまりは若者を含めて全世代の年収をアップさせることがカギになる。



 そして、アパレルが復権するには低価格、大量生産のモデルを改め、中古品になっても売れるような商品開発を進めていくべきではないか。大量生産、低価格、大量消費。そんな時代に逆行するアパレルビジネスも登場している。創業からメイドインTOKYOを旗印に国産100%のウエアを手がける「Re made in tokyo japan」がそうだ。代表はコムデギャルソンやイッセイミヤケなどのブランド向けに国産品を提供する繊維会社の出身。東京都内に残るボタン加工、生地の裁断など工場を活用しサプライチェーンを生かしてカットソーなどを製造したところ、全国の衣料品店から百貨店までに販路が広がった。東京都中央区製の服を銀座のお店に卸す。出来立てを売るベーカリーのようなビジネスモデルが若者を中心に受けているのだ。

 全国どこでも買える安い服より、歴史やストーリーをもつ逸品へウォンツが若者の間にでも拡大。それには工場より工房、量販店より個店という事業者の方が相応しい。今後、全国的に若者の収入が高まり、金銭的な余裕が生まれれば、割高な商品でも購入できるようになる。一方、そこまではできなくても、中古品なら手を出せる。そんな消費意識に変わりつつある。2024年10月の国政選挙で国民民主党は、「基礎控除等を103万円から178万円に引き上げる」政策を掲げ、議席を4倍に増やした。若者層を中心に多くの消費者が103万円の壁が撤廃=減税されれば、手取り額が増えてその分を消費に回せると考えたからだ。

 この政策は先の臨時国会で、自民党税調のラスボス、宮沢洋一氏に国民民主党はうまく丸め込まれ、2025年中には123万円にとどまることになった。財務省は減税に反対するわけだから、国民民主党の政策を呑めるわけではないのは理解できる。ならば、若者層を含めて働く全世代の年収をアップさせていくことを優先的に考えなくてはならないのではないか。でないと、消費マインドは改善しないし、個人消費も増えてはいかない。若者だから自由に消費できることも、景気の回復には欠かせない。

 若いうちは使える金があれば、使う。それは何も無駄遣いをしろという意味ではない。使うべきものを絞り込んで、大いに投資しようということだ。これもありだと思う。ただ、こればかりはアパレル業界単独ではどうすることもできない。若者層を含め、全勤労世帯の年収を増やすことが不可欠になる。その政策が実現することを期待して、それに対する商品開発などを準備しておくしか、今のところは手がないようだ。

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お得意様はエトランゼ。

2025-01-29 06:53:29 | Weblog
 1月20日、米国でトランプ大統領が就任し、第二次政権がスタートした。就任前から米国第一主義を唱える政権が世界、そして日本にとってはどんな影響を及ぼすのか。業界各界では識者諸氏が様々な持論を展開している。その中で、アパレル&小売業にとっては日米の金利差が縮まらない限りは円安基調が維持され、インバウンド効果が持続するとの見方が主流だ。

 2024年、訪日客数は3686万9900人と、前年を47%上回り過去最高となった。全国百貨店(70社、178店)の24年1~12月売上高は、前年比6.8%増の5兆7722億円。コロナ禍前の19年比では3.6%増で4年連続のプラス。国内客売り上げは1.4%増の5兆1234億円と、19年比では2%減となったが、札幌、京都、大阪、福岡が2ケタ増を確保した。インバウンドは売上高、買い上げ客数ともに過去最高となった。東京や大阪など大都市の百貨店で、ラグジュアリーブランドや化粧品などの高額品が好調だったことによるものだ。客層はコロナウィルスが感染拡大する19年までは中国の富裕層が8割を占めたが、コロナ禍明けの23年からは台湾、香港、欧米が増加している。

 福岡のインバウンドは韓国からが主流で、中国、台湾、香港が続く。博多と釜山を結ぶ高速船のクイーンビートルが運航休止に追い込まれたものの、LCCがその穴を埋めている。彼らは若者を中心に急速に成熟しているようで、高額なブランドにはほとんど目もくれない。買い物のメーンは地元セレクトショップや古着、雑貨などで日本、福岡ならではのアイテムを購入する。ショップの中には、品揃えを韓国人の好みに合わせるより、日本人向けの商品をいかに韓国人にアピールするかに主眼を置くところが目立つ。地理的な利点を生かしてリピーターや顧客化に力を入れる狙いだ。また、福岡では半導体産業の隆盛から台湾人の訪日客も増えてはいるが、円安基調が続く当面は、韓国人が主力のお客になりそうだ。



 東京や大阪の百貨店で高額品の人気が高いのは、免税売上げを見てもわかる。2024年度は2年連続で過去最高を上回る見通しだ。免税売上高は三越伊勢丹が1800億円に迫る勢いで、大丸松坂屋も1300億円を超える見込み。阪急阪神は目標の1000億円から1200億円超に上方修正した。中でも、高島屋は24年9月~11月期は最高益を更新した。ただ、すでにインバウンドの売上げは高止まりしており、今後の伸びは限定的との見方もある。そのため、百貨店全体ではインバウンド効果を俄景気で終わらせてはダメとの意識が醸成されつつある。外国人客も日本人と同じく顧客管理をしっかりしていかなければならないのは確かなようだ。

 懸念される点はトランプ新政権がとる経済政策が為替変動にどう影響するかである。米国はドル高基調が続けばいいが、トランプ大統領には米国の輸出を促進したい思惑もある。ドル安を進めて円が10円、20円と高騰すればインバウンドも左右されかねない。為替は変動するものという前提で捉えれば、それでも外国人の富裕層にもっと買い物してもらえるように各業態がどう魅力を打ち出すか。要は日本人のお客と同様に「買い物するならあの店、接客してもらうならあのスタッフ」という感じで、リピートしてもらうことが重要になる。滞在中または再来日のたびに何度も買い物してもらえるようにいかに顧客化していくか。各社の戦略が訪日外国人の購買拡大には欠かせないと言える。



 百貨店のトップが述べた2025年の年頭所感で目立ったのは、外国人向けのアプリとスマートフォンによる決済サービス。アプリは店舗での利用客を識別できるため、購入者に商品やサービスの情報を提供することで顧客化につなげることができる。スマートフォン決済もいろんなブランドが登場しているため、バリエーションを揃えることが顧客の利便性向上や顧客満足度のアップに貢献する。さらに大手百貨店では海外のVIP客に対応するために外国語が話せるアテンドスタッフを配置するようになった。地方百貨店でも主力の中国や台湾、香港からの旅行者に対応するために、北京語や広東語が喋れる社員の採用が始まっている。



 ただ、外国人を顧客化するカギは、商品(ブランド)やデジタル(アプリや決済手段)の次の段階に移行していると思う。例えば、各地の名産品をブランド化したよりプレミア感を持つ商品の開発である。商品そのもののレベルアップを図ることはもちろんだが、日本では失われつつあるパッケージや包装紙などをグレードをアップすること。各地の名店と百貨店がコラボすれば、不可能ではないだろう。外国人に対しても自ら購入するだけでなく、ギフトにした時のホスピタリティまで意識したモノづくりが不可欠になる。心から歓待されることを自らのステイタスと位置付けるのは、万国共通のはずだからだ。


お客が求める商品は1点から取り寄せるか!?

 資本力のある大手百貨店は、日本人客もインバウンドも多面的な施策で捕捉することができる。だが、地方百貨店は足元の市場が少子高齢化で縮小し、インバウンドも大都市の百貨店ほど恩恵はない。テナントビルに業態転換して生き残りを図れるところは少数派で、八方手詰まりの店舗は営業終了や閉店せざるを得ないのが実情だ。熊本のようにTSMC(台湾積体電路製造)の工場進出で旅行から居住へ切り替える訪日外国人が増え、地元の百貨店がタナボタ需要に恵まれているところもある。地方百貨店としてはこれを追い風にMDを充実させ、サービスも拡充して一気呵成に出たいところだろう。

 ただ、熊本に台湾の富裕層が居住しているなら、むしろ福岡の百貨店にとって顧客化のチャンスではないか。優しい言い方をすれば、熊本の百貨店は地方型の品揃えに過ぎないから、それに富裕層が満足するとは限らないからだ。厳しく言えば、小売業界は弱肉強食。富裕層のマーケットが隣県にあるのに、上級百貨店が指を咥えて眺める必要はないことになる。関東圏に例えるなら、千葉に住む外国人の富裕層が欲しい商品を求めて東京・新宿の伊勢丹まで買い物に行くことはあり得る。福岡と熊本の距離もこれとほぼ同じだから、買い物に出かけるケースはあるだろう。ならば、掴まえない手はない。



 福岡・天神には三越伊勢丹系列の岩田屋、Jフロントリテイリング系列の福岡大丸がある。これらの品揃えは県境を超えた富裕層の争奪にも有利なはずだから、積極的に開拓してもいいのだ。福岡の百貨店にも外国人の富裕層を呼び込む戦略があって当たり前だ。

 では、ハンディがある地方百貨店はどうすればいいか。三越伊勢丹、高島屋、大丸松坂屋などの系列ではあっても、リーシングできるブランドは限られる。外国人の富裕層を顧客化する上で、そうした問題にどう対応していくのか。例えば、こういうケースが考えられる。外国人の顧客がネットでは販売されていない「あのブランドが欲しいんだけど」とのウォンツを示した時。外商スタッフは「あいすいません。そのブランドは当店では扱いがないんですよ」と答えるのか。それとも「扱いはないのですが、入手できるように手を尽くしてみます」と答えるのとは外国人の印象も違ってくるだろう。

 ブランドの入手ができる、できないは別にして、日本の流通事情を知らない外国人を顧客化していくには、そういう姿勢を示すことも必要ではないか。もちろん、購入額など顧客のレベルで、対応できる内容も変わってくると思うが、お客のわがままに真摯に応える姿勢を見せるのも、顧客化の第一歩になる。単なるブランド販売ならテナントビルでも可能だが、百貨店の独自性は顧客の思いに寄り添うところにもある。海外店舗などの相互送客に乗り出すところも出てきているが、究極は利益が折半になっても、系列を超えてブランド(商品)を融通し合えること。もう百貨店の敵は百貨店ではなく、ネットなど他のチャンネルなのだ。地方百貨店にとっても生き残るヒントの一つになるかもしれない。



 外国人の富裕層を顧客化するブランドやサービス。だが、その先にどんな施策があるのか。局面は大手百貨店と同じ過程に移行しつつあると思う。日本人と同じで外国人もブランドだろうが高級食材だろうが、メジャーなものが手に入るようになると、やがては飽きてくる。そう考えると、日本の埋もれた名品を知ってもらうのはもちろん、そこでしか体験できない「コト消費」にも目を向ける。さらにモノやコンテンツの新たな運用や組み合わせを行う「トキ消費」も注目される。体験型の消費に外国人も積極的に参加してもらうことだ。別に難しく考え、ハードルを上げることはない。要は「日本でどんなことを楽しみたいですか」と聞けばいいのだ。

 すでに東京などでは、インバウンド向けに日本の伝統芸能や文化を体験したり、自然や四季を満喫したりするなどの活動が行われている。例えば、レンタルした着物での街歩き、茶道や日本舞踊、和菓子作りなどの体験、伝統的な祭事への参加などだ。さらに訪日外国人が日本に定住するようになると、地域とのつながりは欠かせない。当然、コト消費が促進されていく。従来は旅行企画の一部だった娯楽や余暇を日々のライフスタイルに組み込んでいけばいいのだ。日本の各地にはいろんな「コト」がある。日本人には当たり前でもあっても、外国人にとっては未体験。それを掘り起こして消費に結びつけることも顧客化の一つになる。



 一地方百貨店では難しいだろうから、自治体や商工会議所などと組んで実施していくことが必要になる。もちろん、外国人のウォンツを引き出すには、百貨店の外商スタッフが御用聞き的な形で、積極的にコミュニケーションをとっていくことが不可欠だ。これは大都市、地方を問わず、百貨店が外国人の需要を喚起する上では重要なはず。そうして声を集めて精査し、できるかどうかの検討を進める。全てが実現可能ではないと思うが、外国人を顧客化する上では各自に対するマーケティングが不可欠になる。地方百貨店が生き残る上でも重要だ。

 地方百貨店が外国人を顧客化できれば、地域の専門店や個店も続いていけるのではないか。アプリやスマートフォン決済などインフラ整備には限界があるが、QR決済くらいのサービスは地方でも進んでいる。あとは個店レベルで訪日外国人にどうアピールしていくか。韓国人のように自らいろんな店舗や業態を探し歩く外国人もいるが、中国や台湾、香港などの人々はそこまで成熟してはいない。だから、百貨店ほどの知名度がなければ、業種、業態ごとの店舗情報を網羅したアプリの開発が必要だろう。「こんなテイストの商品を扱っているお店は」「このブランドが買いたいけど、どこに行けばいい」「外国人にも気軽に対応してくれるところは」「この街らしいカルチャーは」等などと、検索機能を充実させていく。

 個店レベルでのアプリ制作は厳しいから、自治体や商工会議所などが支援していくことも必要だ。ブランド購入、サービス拡充、モノからコト消費へ。さらにコト消費からトキ消費へ。モノやコンテンツを買って、どうやって生かすか。モノを使っていく背景・過程を楽しむストーリーを消費することに置き換わっている。なんて意見も散見されるが、居住外国人はまだそこまで成熟はしていないだろう。ただ、百貨店を利用してきた日本人と同じ道を外国人が辿るのは想像に難くない。しかも、コトやトキの消費は、思い出や記憶という資産を生む。

 つまり、何を提供すれば、顧客としてキープできるのか。地元の隠れた魅力を掘り起こし、それを外国人にも伝えていくという視点が地方の百貨店、小売業に課されたテーマだと考える。エトランゼをお得様にするためにも。

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冬なのに春が売れる。

2025-01-22 10:20:30 | Weblog
 一昨年、昨年と12月は冬らしくなった。おかげでウールのセーターやパンツを自宅の衣装ケースから引っ張り出した。暖冬で10年ほど身につけなかったので、虫干しにもちょうどいい。その中で、偶然にも見つけたのが40年前に父親へのクリスマスプレゼントで購入したCalvin Kleinの縄あみのカーディガンだ。


 父親は寒がりだったから、冬になるとずっと着ていたようだ。家人がきちんと防虫対策をしていたので、虫食いひとつなく状態はすごく良い。色はニューヨークブランドらしく微妙な色を撚って出したアースカラー。昨今のグローバルSPAには出せない絶妙な色合いだ。手持ちの衣服では、ファッション専門店のマルセルがイタリアのメーカーに別注したジップセーター、ニューヨークで購入したアルマーニAXのセーターを超える最長記録の代物。しばらく自分が着ることにするが、改めてオンワード樫山のハイレベルのものづくりには脱帽である。

 筆者が住む福岡の寒さは1月中は続くだろう。ただ、各ブランドやストアは冬のセールに入っており、ラインナップされているのは売れ残り在庫だ。また、福岡の日差しは日に日に明るくなって、黒や茶、紺といったダークな色合いでは重たく感じる。だから、どうしても購入には二の足を踏む。プロパー、セールを問わず、新規で買うならブライトカラーが良いのだが、多くのお客も同じように思っているようで、ネット通販ではMなどの売れ筋サイズは完売が多いというのが今年の印象だ。

 もちろん、寒冷地の方々は年が明けても防寒衣料は不可欠だ。九州の人間とは感覚が違いのもわかる。そこで、2024年秋冬のメンズアイテムの中で、「売れ筋サイズ」が「完売」もしくは「欠品」しているものの中から、25年1月初旬でもこれは「買いだな」と思うアイテムをピックアップしてみた。その一例が以下である。



◯セーター ウール90%、カシミヤ10%
毛の縮れを伸ばす圧延仕上げで、肌触りを良くした。
気温が上がり始める時、インナーに着やすいラウンドネック。

◯セーター コットン95%、カシミア5%
コットンにカシミアを混紡し、柔らかさ、心地よさに加え、保温性を実現。
ファンネルネックで防寒、ジップで被りやすさを追求。

◯セーター コットン100%
秋の初霜に向けた企画。ジッパーを開けて着用することも可能。
通気性、軽量性に優れるので、春向けにもいい。

 ◯シャツジャケット ウール100%
ドレスシャツとインサレーションジャケットのいいとこ取り。
防寒のために薄手のセーターの上に重ね着できるオーバーシャツ仕様。

 他にもコートやパンツを探したが、冬物の売れ残りがほとんどだ。中でも、コートはダーク系のカラー、ウールが主体なので、この時期には購入を考えてしまう。厚手のコットンギャバを使用したブライトカラーのロングコートがあればプロパーでも買いなのだが、イメージ通りのものは企画されていない。パンツもウールとコットンを半々ぐらいにしたものが理想だが、こちらもブライトカラーは定番のコーディロイか、薄手のチノ、あとはジョガーパンツばかりで、この時期にちょうどいいアイテムが見つからない。



 逆に冬場のブライトカラーは動きが鈍いのかと思いきや、価格次第では12月中にプロパーで完売したものもあった。その一つがZARAの「テクニカルフード付きジャケット」だ。色はオフホワイト。表面は撥水性をもつテクニカルキルティング素材のポリエステル100%。デザインはハイネックで、調節可能なフード付き。サイドストレッチ素材で調節可能な裾、スナップボタン付きプラケットコンシールジップアップフロントで、防寒性をもつ。これだけの機能を持ちながら、価格が2万円もしなかった。完売したのは価格が手頃だったこともあるが、カラーやデザインの面で気候に関係なく欲しいと思わせた点もあるのではないか。

 仮に本家のマッキントッシュが企画するなら、表地は厚手のコットンにゴム引きにするようなところを、ZARAはポリエステルにして価格を抑えた点もファストファッションならではで納得いく。年明けに同系のカラー、デザイン、素材でスピンオフのアイテムが発売されるかもと期待していたら、何とcoming soonの告知でほぼ同じ仕様のジャケットが再販される。昨冬にブライトカラーがプロパーで完売したくらいだから、春先ならもっと売れるだろうと踏んだのか。最速・最短でマーケットに対応し、圧倒的な価値創造をできるインダストリアルSPAのZARAだからこそできることだ。


気候激変で悩まされる冬場のMD

 昨年の末だったか、某テレビ局の情報番組が「年末セールと新春セール、どっちで買うのがお得か」というテーマで、商品カテゴリー別の購入メリットを紹介していた。そこで、衣料品は「新春セールの方がお得」だった。理由はメーカー側が「季節商材は2月中に売り切りたい」、「12月よりも1月をより安く販売するから」だった。動きの悪い商品はまずマークダウンして様子を見ながら、それでも売れなければセールにかけるのだから、当然と言えば当然だ。ただ、セールにかかる商品にはそれなりの理由があることも確かなのだ。

 消費者の立場なら何でも言える。だが、メーカーは生地の手配からデザイン、縫製まで計画しなければならない。大変なことも理解しているつもりだ。ただ、これだけ暖冬が続いているのだから、秋冬物の企画を抜本的に見直さなければならないのではないか。特に2024年の冬は12月の頭でもアウターがいらない好天、高気温の日が続いた。もちろん、秋冬物が全く必要ないというわけではない。素材、色を見直し企画を変えて年末から年明け、梅春までプロパーで引っ張れるものにシフトした方がいいのではないかということである。

 秋冬物は春夏に比べると、単価が高く収益のアップに期待できる。そのため、メーカー側も肉厚のヘビー商材に注力するのはわかる。ただ、こう気候が異常に推移してしまうと、シーズン商品が消化できなければ現金化を優先するあまりマークダウンやセールにかけざるを得ない。だが、それはプロパーでは売れていない商品だということ。お客の側も暖冬で着る機会がないから購入を控えるわけだし、12月に入ると尚更セール待ちになってしまう。それでも、年が明けて日に日に春らしくなるとダーク系の色や厚手のオーバーコートは着る機会は限られるので、プライスダウンでも購入にはなかなか結びつかないと思う。

 12月後半のセールを見ると、各メーカー、各ブランドとも割引されているのは、外した素材、色、企画がほとんどのように見える。業界でも投入時期の見直しが叫ばれ始めている。2024年の夏は猛暑だった。そのため、セール期間を短縮したり、着る期間が長い盛夏向けをプロパーで販売するなど、修正したところもあった。それでも、セール期間中にどんなプロパー企画の商品を投入するか。また、いくらで売るのかなどで、メーカー側にも迷いがあるように感じた。

 夏と違って冬のセールは、ブラックフライデーに始まりクリスマス、初売りとシーズンを通して長丁場で仕掛けが続く。言い換えると、気温が高めに推移する中では買いたくなる商品がなければ、ただダラダラしてシーズンが過ぎていくような感じさえする。1月、2月には中軽衣料の新商品を投入する必要があると言われるが、秋冬物を外したのであればその後に企画する商品はなおさら難しくなるのではないか。「また外したらどうなのか」「本当に鮮度アップできるのか」と、不安がつきまとうからだ。



 ならば、思い切って厳冬素材や冬色の比率を抑えても良いのではないか。大手アパレルで難しいなら、中小は大胆に大手がやらないようなMDにシフトするのどうか。11月から2月末までを冬季とした場合、色(ダーク系)や素材(厚手・ウール100%)のアイテムは2割、ブライト系、中厚、コットンウール混紡、カシミア、コットン100%(厚手)は8割とし、冬季シーズンを引っ張るというものだ。ある意味、ドラスティックなやり方かもしれないが、そのくらい覚悟を決めたMDに見直さなければ、市場は反応しないのではないかと思う。

 2025年1月初旬で完売したものやサイズ切れしているものから判断すると、条件はカラー、素材、アイテムである。カラーは明るめのホフホワイトや生成り、サンドベージュ、ペールブラウンなどだ。素材はウールとコットンの混紡などで、ウールのバランスを抑えたもの。それをカシミア混にするなら保温力とコストを加味して5%混紡くらいでもいい。そして、1月、2月の新商品はコットンの比率を上げていけばいい。アイテムは単品のニットやパンツ。軽めのハーフコートやフード付きのジャケット。レザーなら思い切ってホワイト系やブライトカラーもありだろう。

 アパレル業界はかつて顧客向けに12月に春夏コレクションを開催して受注を取ったり、店頭でもクリスマス明けから「梅春向け」の商材を少しずつ展開していた。ただ、これだけ冬物商戦が不発に終わり、尚且つ短くなっていることを考えると、前倒しというかシーズン一環で堂々と展開してもいいのではないか。そして、純然たる冬物より「春色、暖冬素材を長く着よう」という少し行き過ぎたくらいの売り方の方がお客には響くかもしれない。実際、筆者が見る限りでは、2025年1月初旬の段階で、春色の冬物で完売しているものは意外に多い。かなりの消費者がそう感じているという証左だ。

 夏から続く猛暑、高気温、暖冬を想定したプロパー販売に耐えうる商品企画とMD構築。そのためにはカラー、素材、アイテムがキーになるからから、価格はどんなバランスでどう設定するか。もちろん、デザインはいうまでもないのだが。シーズン商品が完全に変わったと思わせるようなものの登場に期待したい。

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身勝手は盗まれる。

2025-01-15 07:07:43 | Weblog
 ちょうど1年前だったか。政府はネット通販などで注文した商品を「置き配」で受け取る利用者へのポイントを通販事業者に与えると、発表した。トラックドライバーの時間外労働時間が年間960時間を上限に規制する「2024年問題」に備え、運送事業者の負担になる再配達を削減する狙いからだった。このコラムではその課題についても書いた。(http://blog.livedoor.jp/monpagris-hakata/archives/56002153.html



 筆者が懸念したのは置き配に指定した荷物の「盗難」だ。自宅を置き配に指定する場合、戸建住宅では玄関前に荷物が置かれると、無防備なことから盗まれる確率が高くなるからだ。ドライバーがファスナー付きの宅配BOXに収納していても、過去にはBOXごと盗まれたケースもある。オートロックのマンションでも、別の住民が入口ドアを開ける時に、窃盗犯がすれ違いで入ることはできるし、非常階段の塀を乗り越えれば侵入できるマンションもある。このことからすでに置き配の盗難被害が出ていると指摘した。

 筆者は宅配ドライバー風の窃盗犯らしき人物が事務所マンションの非常階段に潜んでいたところに鉢合わせしたことがある。名札は付けず、伝票や業務端末、小型プリンターも一切携行していなかった。窃盗犯であっても、姿形が宅配業者風なら盗んだ荷物を持っていても、すれ違った住民は荷物の受け取りか、不在または誤配かとしか思わない。という実体験をもとに盗難のリスクを取り上げた。

 最近ではマンションからオフィスや店舗、戸建住宅までに防犯カメラが設置されているが、窃盗犯が堂々と犯行に及ぶのはテレビニュースでも枚挙にいとまがない。映像は容疑者が逮捕・起訴されると裁判の証拠になるが、犯罪の抑止力としてはあまり機能していない。率直な感想を書いた。

 ところが、政府の置き配の推進からちょうど1年。筆者の懸念は現実のものになっている。11月のブラックフライデーから年末商戦にかけて、宅配便の置き配が増えるに従って盗難も増加していると、テレビ各局が報道した。その中には筆者が取り上げなかった新たなケースもあった。それが以下である。

◯ガスメーターボックス内への「置き配」を指定
→帰宅後、ガスメーターボックスを開けたが荷物は見当たらない
→宅配業者が提示した配達時の画像には確かに荷物が置かれた様子が写っていた。
→通販サイトに相談しても対応を断られた

◯30代の女性はフリマアプリを利用しネックレスを販売
→荷物を発送し、スマホの画面に配達済みと表示された
→購入者から受け取り評価のメッセージが届かない
→置き配指定で盗難に遭い、商品を受け取っていないと
→受取連絡がないと取引未完了で入金なし

 国民生活センターによると、置き配荷物の盗難相談はコロナ禍の2020年から増え始め、現在では増加傾向にあるという。だが、窃盗犯が検挙され商品が戻ってくることはほぼないとか。すでに2023年度で東京都内で置き配が盗難に遭ったケースの相談は、何と368件。このうち、盗難保険の補償によってトラブルが解決したケースはわずか5件だった。仕方ないと相談しないケースもあるだろうし、全国規模で見ると相当数が盗難に遭っていると考えられる。

 置き配荷物が盗難に遭った場合の保険も万全ではない。ヤマト運輸、佐川急便、日本郵便の宅配大手3社のうちで、盗難保険を用意しているのは日本郵便だけとなっている。ただ、1事故当たりの支払い限度額は1万円(送料、消費税および使用ポイント分を含む)というから、それを超える分は補償されない。しかも、補償を受けるには被害者が盗難の証拠を集めて、警察に被害届を提出することが前提になる。だが、警察でも盗難かどうかを判断しにくいため、被害届を受理しないケースがあるという。



 あるマンションの住人男性は玄関前の置き配が何度も盗難に遭った。そこで犯人を捕まえようと「架空の荷物」を玄関前に置き、位置情報を検索できる器具を貼り付けた。その荷物も盗まれたが、位置情報が同じマンションで、窃盗の容疑者は同じマンションの住人だったのだ。その後、男性は警察に相談し、商品は手元に戻ったそうだ。ただ、警察が窃盗事件として捜査したのか。荷物が戻ってきたのは警察が容疑者を逮捕したからか。このケースを報道したテレビ局は商品が戻った詳しい経緯には触れていない。

 大手宅配事業者が導入した置き配は、指定された場所に荷物を置いた時点で宅配完了となる。ドライバーは荷物の写真を撮って、その添付データと宅配完了の旨を荷物の受取人に送付する。だが、写真を添付しないで配達完了メールだけを送る業者もいるというから、荷物が盗まれたのか、誤配されたのか、わからないケースがある。警察は荷物が確実に配達された証明がなされないと盗難届は受理しないから、荷物の受取人としては厄介なのだ。

ポイント付与よりも法整備を急ぐべき

 そもそも置き配が導入された背景には、ネット通販などで再配達が増える中、ドライバーの残業時間を規制する2024年問題がある。本来なら宅配事業者、ドライバーにとっては救世主となるはずだったが、ここに来て盗難などのトラブルが増えていることは、制度自体に欠陥があると言わざるを得ない。問題を整理してみよう。

荷物受取人:置き配指定
宅配事業者:配達完了(写真添付メールの送付)後
フェーズ1 荷物盗難  置き配後に何者かが盗む→受取人は確認できない
フェーズ2 宅配業者  盗難保険→日本郵便(補償額最高1万円)
フェーズ3 宅配業者  ヤマト運輸・佐川急便→原則補償なし 
フェーズ4 警察    要証拠提出→盗難届→受理
フェーズ5 通販事業者 商品を再配送する場合も(盗難届が条件)

 上記のフェーズ1~5を考えると、置き配の荷物が盗難に遭うと戻ってくるケースは極めて少ないと言える。さらに警察に被害届を出しても受理されなければ捜査はされないし、通販事業者からの再配送もないのだから、利用者は泣き寝入りするしかないのである。そうなると、窃盗犯の思う壺で、置き配荷物の盗難はさらに増えることが予想される。

 また、送り状に書かれた氏名、住所、電話番号といった個人情報が流出する恐れがあり、ストーカーなどの犯罪に発展する可能性があると指摘する専門家もいる。通販事業者や宅配事業者は置き配荷物の盗難は受取人の自己責任だとすることはできても、凶悪犯罪が発生するようなことがあれば、企業としての姿勢が問われるのは間違いない。置き配を推進した政府も、制度を見直して法改正を進めなければならないのは確かだ。

 考えられる対策は盗難団体保険の強制加入である。商法の第三編第十章第三款では「運送保険」が規定されている。ただ、この保険は「運送される運送品の運送中に生じる損害(火災・盗難・破損・水ぬれ等)を補填するもの」で、置き配のように荷受人宅に到着したケースでは適用外となる。そこで、この法律に特例を設けて拡大解釈するか、新たに別の盗難保険を設けるかである。保険の場合、通販サイトの会員で置き配を選択したものを被保険者とし、保険料の支払いを義務付ける。徴収は通販事業者が購入時に商品代金と一緒に行えばいい。

 盗難被害者が位置情報を検索できる器具を貼り付けて自ら捜査し商品を取り戻したケースもあるが、器具の貼り付けを通販事業者に義務付けるのはコスト面から現実的ではない。位置情報の履歴が残るにしても、窃盗犯が器具を取り外すことも考えられる。そもそも警察が位置情報を元に捜査してくれる確証はない。できるとすれば、宅配BOXごと盗まれることを前提に器具を取り付けるくらいだ。ただ、それを義務化するには時間を要するし、どこまでの利用者が取り入れるかは未知数。警察が捜査に乗り出すにしても法改正が不可欠になる。

 2023年の国内の犯罪情勢は、刑法犯認知件数が前年比17%増の70万3351件に上り、2年連続で増加した。自転車盗や傷害などの街頭犯罪は24万3987件に上り、前年から2割も増えている。新型コロナウイルスの感染が収束し、人流が戻った影響から治安が悪化したと見られる。そんな中で、置き配荷物の盗難は事件化されないケースがほとんどだから、これらを加えると街頭犯罪は有に30万件を超えるかもしれない。置き配が犯罪を助長していると言っても、決して言い過ぎではないだろう。



 置き配で盗難に遭う荷物の大半は、通販サイトで購入した商品だという。ほとんどが未使用で、転売可能でもあるから、窃盗犯が自ら使用したり、換金目当てで犯行に及んでいると考えられる。また、通販事業者によっては、AmazonやZOZOTOWNといったロゴマークが印刷された宅配段ボールを使用している。これも中身が想像できるため、窃盗犯を犯行に駆り立てやすい。まさに「盗んでください」と言っているようなもので、ブランディングが仇になっているということだ。

 ここからは炎上も覚悟の上で私見を述べる。日本は法治国家だから、物品の売買には法律が適用される。通販も同様で配送が伴うため、運送契約が結ばれる。そこでは運送人(宅配事業者)が運送品(荷物)を移動する約束をし、荷送人(通販事業者や出店者)がこれに対し、報酬(運賃)を支払うことを約束する。運送状(送り状)には、物品の内容到達地荷受人(物品の購入者や受取人)、運送状の作成地、作成年月日を記入する。運送人はこれが運送準備の助けとなり、荷受人は到着品との照合、運賃の確認ができるのだ。



 宅配事業者は荷物の受け取り、引き渡し、保管及び運送に関し注意を怠っていないことを証明できなければ、荷物の滅失(なくなる)、毀損(傷つき壊れる)又は延着(遅れる)した場合は、損害を賠償しなければならない。言い換えると、宅配事業者は注意を怠っていないと証明できれば、損害を賠償しなくていいのだ。その他、宅配に関する細かな取り決めは、各事業者が定める運送約款に規定されていて、通販事業者や出店者が宅配事業者と運送契約を結んだ時点で、それに従わなければならない。当然、受取人も約款に縛られることになる。

 通販では受取人が置き配を承諾した以上、ドライバーが荷物の写真を撮ってそのデータと宅配完了の旨を荷受人に送付すれば、配達は完了したと看做される。宅配事業者は置き配でも荷物の受け取り、引き渡し、保管及び運送に関して注意を怠っていない=物品を受取人宅まで届けて写真を撮影しメールで送付したのなら、荷物が盗難になってもその責任は問われないと解釈される。それが法的な根拠なのだから、通販事業者は荷物が盗難にあっても運送業者に損害賠償を請求できない。つまり、物品の購入者や受取人も補償してもらえないのである。

 ヤマト運輸は2024年の10月28日から11月11日に公式LINEユーザーを対象にアンケート調査を実施した。それによると置き配を選択する理由は、「ドライバーに何度も来てもらうのは申し訳ない」が9割近くを占める。以下、「家にいなくても荷物を受け取りたい」「荷物が届くまで待たなくていい」「再配達の依頼が面倒」と続く。他にも「仕事が忙しくて、指定した時間に受け取れない」「部屋着で会いたくない」などがある。しかも、置き配利用のうち、4人に1人は在宅しているにも関わらず置き配を利用しているとの結果が出ている。



 ドライバーに何度も来てもらうのは申し訳ないというのは、おそらく建前だろう。仮にそんな気持ちでいるのなら、コンビニや営業所でも受け取ることもできるはずだ。しかし、そこまでしないところに、在宅・対面で受け取るのが面倒という本音が透けて見える。仕事が忙しいとか、部屋着で会いたくないとかも、受け取る側の都合でしかない。運送契約では荷受人が指定した時間に荷物を受け取り、本人確認のサインをすることで契約が履行される。それを自己都合、勝手な理由で行わないのなら、盗難に遭っても自己責任と言わざるを得ない。百歩譲って荷物の盗難を防ぎたいのなら、受取人が保険など応分のコストを負担すべきなのだ。

 法整備、運送約款の見直しということでは、置き配では戸建住宅では厳重な盗難防止策を施した宅配BOXの使用を義務付ける。マンションなどの集合住宅でも複数の荷物が収納できる宅配BOXで受け取ることを条件すべきだ。戸建住宅で置き配指定にも関わらずBOXがない場合、ドライバーは置き配せずに持ち帰る。マンションのBOXがフル収納の場合も同様だ。そして、置き配指定で持ち帰った場合の再配達は行わなず、受取人に営業所(PUDOなど)まで取りに来てもらう。生鮮品は期限まで保管するが、それを越えても受け取られない場合は廃棄する。通常配送における不在も再配達に要望は受けるが、再び不在の場合は同じ仕組みにする。



 運送契約、運送約款という法律を改正し、荷物の受け取りに関しては厳格化する。当然、それに違反した場合は当然ペナルティを受けるのだ。ZOZOTOWNの元社長、前澤友作氏風に言えば、「無防備で無事に届くと思うんじゃねえよ」である。大切なことは、荷物が安全に受取人のところへ届くこと。そして、できる限り効率の悪い再配達などを避けてトラックドライバーの負担を減らすこと。そのためには、通販事業者、宅配事業者、受取人の三方が負担しなければならないことがあるのだ。

 政府も置き配荷物の盗難が増えていることを注視する必要がある。通販事業者に対する上限5円分(1回あたり)の補助よりも、盗難による損失の方がはるかに多いことを考えれば、制度設計の見直しや法改正に取り組まなければならない。身勝手は盗まれるということ。2024年問題は解決していないのだから、対策が急務なのである。

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