メディアは連日、米価の高騰を報道する。昨秋には新米が売り出されると、価格は下がると楽観視されたが、今年に入っても価格上昇は続いている。農水省は備蓄米の入札をスタートしたが、それが価格を安定させられるかは見通せない。野菜ではキャベツや白菜も値上がりし、その他の食材も原材料価格や輸送コストの上昇で、5割くらい割高だ。新年度からは公共料金も値上がりする。平成不況、失われた30年のデフレ禍で、ものの値段は安くないと売れないというのが染みついた中、賃金以上の物価高に気持ちの切り替えは追いつかない。
為替が円安に触れ、人口減少による人手不足が重なり、CO2の排出抑制のコストも嵩む。時代や環境は刻々と変わり、物価が上昇してインフレ局面に移行する。個々の消費者がそうした意識を持つ必要があるのだが、その前提には経済成長による賃金アップが不可欠になる。政府は子育て支援の一環で、高校の授業料を所得制限なしで支援する方向に舵を切った。自治体によっては公立の小中学校などの給食費を無償化するところもある。子育て世帯の負担軽減には効果があるが、どこまで教育や食育の質を向上させるかは不透明だ。
もっとも、国を背負っていくのは若者だから、経済成長の一翼を担うのも間違いない。そのため、国家が子供の頃から一定の支援をしていくのは理解できる。一方で、彼らが社会に巣立った以上、消費を牽引して貰わなければならないのも事実だ。その点はどうなのだろう。企業は人手不足が深刻なことから、新卒社員の賃金を上げている。転勤を受け入れることを条件に40万円以上を出す損保会社まである。もう「給料に見合う仕事をしろ」なんて言っている時代ではない。とにかく優秀な人間を確保しないことには、企業自体が立ち行かないのである。
当然、Z世代の若者が高額な給料を貰うと、ライフスタイルも従来とは変わっていく。スマホで生活情報を入手し、賢いお金の使い方の術を知る。だから、「これはセーブするが、こちらには投資する」という消費スタイルを好む。それは必ずしも生活の基本である衣・食・住とは限らない。好きなアイドルやミュージシャンを応援する「推し活」がそうだ。そのためにあえて倹約しているものもいるほどで、「現場」が近くても遠くても仕事帰りに必ず直行する。だから、チケット代と並行して現場への交通費や宿泊代、携行するグッズやバッグなどに消費が回り、波及効果が増すという構図だ。

K-POPやコスメといった韓国ブームも、若い女性の旅行増につながっている。もともと日本から近いことや韓流ドラマ、エステやグルメの影響で、韓国を訪れる旅行者は少なくなかった。だが、中高年が円安の影響で海外旅行を控えているのに対し、Z世代の若者は好きな音楽や化粧品には投資を惜しまない。現に20代が海外旅行にかける額は、2024年が19年比で3割も増えているという。トータルで見ると1割下がっているので、目的があれば海外でも気軽に出向くのは、Z世代特有の現象と言えそうだ。

アパレルでも推し活にテーマにしたキャンペーンを展開するところがある。アダストリアのハレは、アイドルなどを好むZ世代を新規の客に取り込むため、推しのイメージカラーを選べる限定商品を販売し、スタッフが推しコーデの情報発信を行う。同ブランドはモードテイストが売りだが、その定番アイテムからメンズ、レディスでそれぞれ3型を選び、赤、青、緑、黒、紫の5色で、Tシャツなどを企画した。また、推し活に欠かせないバッグでは前出の同じ色のショッパーを企画し、18000円以上購入すればノベルティとしてプレゼントされる。“痛バアレンジ”はできないものの、モードカラーのバッグは新鮮に映る。
他のアパレル消費はどうか。肝心な服の動きに変化は見られるのだろうか。一例を挙げると、ユニクロが2010年代に販売してたアイテムの中心価格は3980円、4980円だった。それが今では1000円程度値上がりしている。数年前にプロパーで1000円、週末のセールで900円に割引されていた綿100%の長袖タートルのカットソーが、今年の初売りでは1250円で値引きなし。オンライン販売ではすでに掲載はないが、プロパーで売り切れたとすれば、着用期間が長く年明けの気温低下が消化に貢献したのか。購入者はZ世代だけに限らないと思うが、値上げ許容の賢い消費が進んでいるのも確かなようだ。
こうした点を含めて、小売り側もZ世代へのアプローチを変えている。高価格帯の商品を積極的に提案し、販売していく手法だ。セレクトショップのユナイテッドアローズもその一つ。もともと、メーン業態のユナイテッドアローズ、ファッション感度が高いビューティー&ユースは、好きなアイテムがあればカネに糸目をつけないと客層の御用達だった。ここでも、Z世代の賃金が上がっていることから、2業態では価格を十分に受け入れてもらえると、値上げを進めていくという。もちろん、商品の質が高いことが前提にはなるのだが。
前出のように若者はセーブと投資を使い分け、メリハリのある消費をする。1980年代のバブル期のように横並びで服にお金をかけるとは限らない。だから、アパレル業界としては若者の中で洋服好きをしっかり捕捉していくことが必要になる。単にコスト増を転嫁しただけの商品では、受け入れられない。高価格帯でも彼らにとって価値のある物を生み出していくこと。メーカーには商品企画と物づくり、小売りには商品開拓と編集と顧客化。そして両者にはブランディングと価格戦略が不可欠。それらがいかにZ世代に響くかだ。
無駄な業務をカットし、販売に集中させる
アパレル業界は見た目の華やかさに反して、若者から敬遠されている。理由は色々あるだろう。売上げノルマ、職種の硬直化、目標と現実の乖離、賃金や職場環境、上下関係etc.。それは業界側にも原因がある。2000年には大規模小売店法が廃止され、定期借家契約の導入もあり、郊外にショッピングセンターが次々と開業した。これによりアパレル系のテナントが増えていき、とりあえず販売員の頭数を揃えなければ、店舗を運営できなくなった。企業側は人材育成やOJT研修に力をいれるとは言うのもの、優秀な人間が簡単に育つはずもない。結果的に店舗マネジメントと販売の質が低下し、働く側も魅力を感じなくなっていった。
オーバストアと営業時間の延長で競合が激化しても売上げ増につながらなければ、パート社員で回していかなければならない。当然、賃金が低ければ、若者が集まらないのは自明の理。だが、低価格の商品ばかり売っていては利益は薄く、高い給料は貰えないという理屈もある。ユニクロのように新卒の初任給を30万円以上に上げたとしても、店舗に配属された新人が1日8時間、週休2日で働いて給料相当分の収益を上げられるとは思えない。人手不足の中でも出店計画を進めていく上では、社員の頭数を揃えなくてならないから、同社としては先行投資の意味もあるだろう。
実店舗を持たないオンライン販売はどうか。販売スタッフは必要ないが、サイト制作には人員を割かなければならない。Webデザイン、価格やスペック、詳細情報などの原稿制作、商品1点1点ディテールまで撮影するなどの「ささげ業務」が発生する。販売スタッフと違って、デジタルのスキルが付きキャリアが醸成されるという点で人気があった時期もあるが、今はどうなのだろう。アプリ開発が通販の売上げを左右する現状では、Webデザインよりもプログラミングの開発技術が身に付かなければ、将来展望も拓けないのではないかと思う。
実店舗とデジタルを融合する中で、ショールーミング化を進めているところは、店舗に商品を供給しフォローする必要もない。かつてのチェーン店で言われていたリバイヤー、最近で言えばディストリービューターという仕事を削減した企業もあるだろう。ただ、店舗を主力と位置付ける限り、店頭のスタッフが不要になることはあり得ない。サイトでは売りにくい高級品を扱えば人が接客する必要があり、販売力(スタイリング提案力を含む)を持つスタッフがほしい。人と接する仕事がしたいという高い意識の人材を確保することがカギになる。
ただ、アパレル小売りの現場ではまだまだ販売スタッフと言いながら、実際は品出しやピッキング、商品の補充や整理、レジ打ち・締め、包装、月末の棚卸し、終礼後の日報作成が全体の8割程度を占めている。それらは収益を産む業務ではないのだから徹底してカットすれば、スタッフは本来の接客業務に注力できるはずである。また、お客も店に出向いて棚から商品を探して買って帰るスタイルでは煩わしい。やはり、あの店には有能なスタイリストがいるから、出向くというお客の利便性を一番に考えるべきなのだ。

ビームスは1976年の創業から「売るのは服ではない」、お客さんとスタッフが「共にハッピーになれる」思いでやってきたと、設楽洋社長は語っていた。2027年4月末に75歳で社長を退任すると表明しているが、若々しさは健在で24年11月にはハッピーライフソリューションコミュニティーズという新しいビジョンを掲げた。洋服好きなお客が商品開発に参加したり、スタッフがプライベートで着ていた古着を販売する。経営のトップから末端のスタッフまで、服について語り合えることに幸せを感じる。それがお客さんにも通じ、洋服好きのコミュニティを生むという考え。きっとリクルーティングにもつながっているのだろう。
「おしゃれなスタイリングでお客さんを喜ばせたい」「バイヤーが仕入れてきた海外ブランドも積極的に売っていきたい」「将来は自分のお店を持ちたいのでマネジメントを学びたい」。人気が陰るアパレル小売りだが、それを目指す若者の中には高い意識を持つ人もいる。彼らは稀有な存在なのだから、やはり高給で優遇する必要がある。そのためにはお店の一部をショールームに、売場を省スペースにして、余分な在庫を持たず家賃負担を減らすことが先決ではないか。スタッフが接客に集中できるようになれば効率も上がり、報酬アップにもつなげられる。

企業も消費者もデフレ禍の中で、低価格に甘んじてきた。確かに生活必需品は高いより、安い方がいい。しかし、コスト高でそれにも限界がきている。これまで低価格だった商品の方が高価格の商品より値上げ率が高くなっている。この現象をチープ・フレーションと呼ぶのだとか。企業によってはネガティブに感じやすいが、いくら安くても売れないものは売れないし、高くても完売しているものはいくらでもある。アパレルも同じで、「お値段据え置き」とを謳っている商品の方が逆に売れていない。チープ・フレーションで、コストを削っているのが見え見えだからだ。
2024年10月~12月期の国内総生産のデフレデータは、前年同期比で2.8%も伸びている。インフレ圧力が強まっているということだ。原材料の値上がり、人件費や輸送費の上昇などもあるが、適切な利益が取れる商品は販売価格もそこそこになる。だから、お客にとって満足できる商品なら、高くても売れていく。ただ、いいものを作るにはコストがかかる。それを堂々と価格に転換できるような意識に変わりつつあるのはいいことだ。若者は賃金が上がれば、インフレでも構わないと感じる。あとはそんな商品を作り出し、いかに売っていくか。そのための人材と環境をいかに整備するか。いいものを見極める洋服好きが、いいものを売り切る洋服好きを集め、育てる。それにも一理あるような気がする。