マーケティング会社のミトリズが実施した衣替えに関する調査によると、「衣替えで不要となった服を捨てる 」と答えた世代は、50代と60代以上は8割弱。一方、古着の買い取りなど再利用にまわすと回答したのは30代が4割以上に達したという。ただ、調査データを見ただけで、中高年が不要になった服を廃棄し、若年世代がゴミそのものを減らすリデュース、ものを繰り返し使うリユースを意識していると、一概に決めつけることはできない。なぜなら、以下のような理由が考えられるからだ。
服を破棄する理由
1.シミや傷が目立ち、劣化が激しく着用不可
2.着用可能だが、流行遅れ、サイズ不適合
3.着用可能だが、リサイクル店が受け付けない
4.着用可能だが、買取価格が極端に低い
5.オークション、フリマアプリは出品が面倒
6.オークション、フリマアプリでも買い手がつかない
5を除いて上記の理由なら、30代でも廃棄に回さざるを得ないのではないか。むしろ、若年世代は着古した服の処分については学習しており、新品の時点でこの服はリユースにまわすことができるか、中古価格がどれくらいになるかを念頭に入れて購入するようになっている。買う側も中古衣料に対しほとんど抵抗がない。そのため、若者向けの服の方が買い手がつく可能性が高く、再利用されやすいのだ。こうした環境がリユース意識の醸成につながっていると言える。
しかし、購入した服を長期間にわたって着続ける中高年では、単純に服自体が劣化でもう着られないのに加え、流行遅れや体型の変化でサイズが合わない場合がある。もしくは、着用可能でも買い手がつかないことから、リサイクル店などが買い取らないケースだ。買い手がつかない場合には廃棄するしかないため、買い取り価格が極端に低くなる。これらは中高年も学習しており、他に選択肢がなければ廃棄を選択せざるを得ないのだ。
中高年は古着の着用には抵抗があるが、若年層はほとんどない。リユースや廃棄にはそうしたジェネレーションギャップも関係している。ただ、中高年だろうと若年層だろうと、服を棄てればそれだけゴミを増やすことになる。行き着く先は地球環境への負荷を増大させる。リユース意識が世代間で極端に違うとは思えないが、服を棄てるのは50代と60代以上が8割弱にも達するのだから、不要な服を棄てないで済む方法を啓発をし、周知、徹底することが不可欠になる。では、具体的にどうすればいいのだろうか。
これまでは、自治体などがゴミを減らす活動として3Rを唱えてきた。前出のリデュース(Reduce)、リユース(Reuse)に加え、資源として再生利用するリサイクル(Recycle)の頭文字をとったものだ。最近ではこれらに物を修理修繕して使うリペア(Repair) 、ゴミになるものを買ったり貰ったりしないリフューズ(Refuse) を加えた「5R」が提唱されている。無駄な消費を避け、身の回りのものを大切にしようという考え方である。
これを服に置き換えたらどうだろうか。中高年が服を棄てる6つの理由のうち、2、3、4、6で服の着用が可能ならリユースにまわしていくべきではないか。服を修理修繕して使うリペアは技術が必要になるし、リフューズもすでにある服の廃棄をなくす意味からはズレるので、ここでは言及を保留する。まずはリユースについて現状よりきめ細かな方法を提示し、フローチャートなどで啓蒙していくことが必要だと考える。それをどこがやるかと言えば、個人と自治体や地域社会、企業、学校などが共同で活動していくべきだと考える。
グリーンフライデーを浸透させていくべき
服を購入した以上、その処分についてはあくまで購入者に責任がある。ただ、リサイクル店が買い取りを受け付けないとか、オークション、フリマアプリでも買い手がつかないなど、個人ではこれ以上処分の方法が見つからない場合に限っては、第三者が手を借りる必要もある。菅義偉元総理がかつて語った自助、共助、公助というフローであり、自治体や地域社会、企業、学校が関わることも重要だと思う。目指す目標は共にゴミを出さないということだからだ。では、不要になった服を棄てないためにはどんな方法が考えられるのだろうか。
●シミや傷が目立つ(着用不可) → コットン(Tシャツなど)はウエスに
→ ウール、合繊は自治体や企業が回収
●劣化が激しい(着用不可) → 自治体や企業が回収
●流行遅れ・サイズ不適合(着用可) → 地域のフリマイベントで販売・交換
→ 学習教材として提供(専門学校含む)
→ NPOなどへの寄付
→ 自治体や企業が回収
●リサイクル店が受け付けない(着用可)→ 地域のフリマイベントで販売・交換
→ 学習教材として提供(専門学校含む)
→ NPOなどへの寄付
→ 自治体・企業が回収
●価格が低い、買い手がつかない(着用可)→ 地域のフリマイベントで販売・交換
→ 学習教材として提供(専門学校含む)
→ NPOなどへの寄付
→ 自治体・企業が回収
現状、中高年の中にはネットオークションやフリマアプリの利用に慣れていない人が一定数はいる。それが出品が面倒という気持ちにさせているわけだ。でも、不要になった服をそのまま廃棄すれば、ゴミを増やすことになるわけだから、やはりネットを利用した服の処分方法も学習しなければならない。
また、ネットオークションやフリマアプリで買い手がつかないからといって、廃棄するのは時期尚早だ。不要の服でも着用が可能なら、リアルなルートで処分することも考えるべきだ。地域などで開催されるフリマイベントなどがそうだ。ここでは販売のみならず、同程度の品物との「物々交換 」という手法もありだ。また、一般には浸透していないが、学校などへの授業の教材として寄付することも考えられる。小中学校の総合学習で「服は何からできているか 」「一枚の布をどうやって立体化しているか 」などを、解体することで学ぶことができる。
ファッションのプロを育成する専門学校ならこうしたテーマをさらに突き詰めていくべきだし、素材やリサイクルの研究を行っている大学や研究機関に対しても、教材にしてもらえるなら有益なはずだ。そして、寄付という活動がある。フランスでは「循環型経済のための廃棄物対策法 」の一環で、2022年1月から売れ残った衣料品の廃棄が禁止された。売れ残りは寄付やリサイクルにまわさなければならない。違反した場合は最大15,000ユーロ(約190万円)の罰金が科される。今後は個人の不要な服の廃棄も禁止されるかもしれない。
では、どこが服の寄付を受け付けてくれるのか。これは処分する側が調べなくてはならない。寄付を受け付けて、必要な世界中の人に届ける活動を行っている団体である。まずは、Webサイトで各団体の活動内容を調べる必要がある。そして、「ここなら寄付してもいい」と思うところを選べきなのだ。また、本当に寄付した服が必要な人に行き届いているか。どのような地域で、どのように使われるのか。活動団体がサイトなどで公開していることを寄付する前に確認しておくことも重要だ。
ここに来て、「グリーンフライデー 」という持続可能な消費を啓発する活動も注目されるようになった。具体例を挙げると、さる11月11日、フリマアプリのメルカリとアパレル11社は啓発イベントをスタートし、リユースなど長く使える品質や普遍的なデザインなどの魅力を訴えた。また、メルカリは同22日から東京・原宿で衣料品のリユースや長期活用を促すグリーンフライデープロジェクトをスタート。これにはアダストリアなどが参加し、回収した衣料品を使ったファッションショーも開催した。
また、会場では来場者が持ち込んだ不要な衣料品をアパレルなどが用意した衣料品と物々交換できる試みも実施された。これにはオンワードHD、ベイクルーズの衣料品やイオンの衣料補修店リフォームスタジオで回収したものが提供されている。メルカリでは男女の衣料品の国内取引が30.5%を占めており、これは2024年3月までの1年間に約5.2万トンの廃棄を回避する量で、日本で年間に破棄される衣料品の10%に相当するという。
グリーンフライデーという活動は日本では緒についたばかりで、認知度はそれほど高くない。というか、活動やムーブメントの趣旨は、できるだけ衣料品の廃棄をなくしていこうということだ。11月には消費を促すブラックフライデーも実施され、こちらはすっかり定着した。ただ、食品などの日用品を除けば、低価格の衣料品は最初からコストダウンを図って生産されているものが少なくない。安価ですぐに買い替えられることを前提にしているため、長期利用にはそぐわないとも言える。つまり、リユース向きとは言い難いのだ。
やはり、長く着ることができて、さらにブランド価値があれば、リユースなどの二次流通でも高値がつく。もちろん、服が割高になれば低所得者は購入できないという意見もあるだろう。だから、中古衣料など値ごろなものの二次流通を進めていくべきなのである。目先の消費喚起を狙って、格安の商品を販売するのではなく、リユースを想定して寿命の長い商品を生み出すこと。これが結果的には廃棄される服を減らすことに繋がるのである。
一ヶ月ほど前、Jフロントリテイリング(以下、Jフロント)は、宝石・貴金属や高級時計、バッグなどの買い取り専門店「コメ兵」と合弁会社を設立し、ブランド品などの買い取り事業に参入すると発表した。合弁会社は傘下の大丸やパルコに買い取り店を出店し、顧客が持ち込んだ品物を買い取る。買い取った品はコメ兵に売却し、同店が販売することはない。品物の査定など店舗運営はコメ兵から派遣されたスタッフが行うが、Jフロント側は百貨店の外商客向けにサービスの利用促進や自宅訪問買取をアピールする。百貨店などのスタッフにブランド鑑定に必要な資格取得の支援も検討している。
Jフロントでは、2024年3月から3ヶ月間、買い取りの実験店舗を大丸神戸店に出店。宝石貴金属やブランドのバッグなどを買い取る事業モデルの検証を行った。また、外商スタッフが顧客の自宅を訪れて買い取りを行ったところ、目標を超える申し出があったという。買い取った品物には状態が良いものが多かったことから、Jフロントにとって収益につながると判断。実店舗の出店にこぎつけた。1号店は2025年夏、大丸松坂屋に開業し、28年2月期までに同店やパルコの約20店に拡大する計画。また、テナントとして出店している既存の中古品買い取り店は期間が満了すれば契約を終了し、自店に入れ替えるという。
ブランド品の買い取りについては、三越伊勢丹HDがすでに買い取り専門店の「なんぼや」を運営するバリュエンスHDと協業し、買い取り店の「アイムグリーン」を運営している。さらに都市型のショッピングセンターや駅ビルもテナントで買い取り店を誘致するなど、リユース市場の広がりに伴ってブランド品の買い取りは活況を呈している。ただ、品物を持ち込む客の側も、買取額はどこが一番高いかを見極めており、買取店は厳しい選別にさらされている。そのため、各社は査定無料、即現金渡し、LINEによる見積もり、買取額アップのキャンペーンなど、様々なサービスを打ち出して競争力を発揮しようとしている。
リユース市場の規模は、2022年のデータ(リユース新聞推計)で2兆9000億円。対前年比7.4%増と13年連続で伸びている。これは同年の全国百貨店売上高(約5兆円)に比べても、6割に相当する規模だ。品目別では、衣料・服飾品が5119億円、ブランド品が3062億円、家具・家電が2747億円、玩具・模型が2119億円となっている。ブランド品を含めたファッション関連が約8000億円に達し、全リユース市場の3割近くを占めている。
リユース市場の拡大を後押しするのが、メルカリなどのCtoC、いわゆる個人間取引だ。CtoCの売上高は2022年で1兆2485億円。10年余りで4割以上を占めるまでに成長している。BtoC(企業対消費者取引)は店舗販売が1兆643億円、ネット販売が5385億円と、全体の約55%を占めるが、市場拡大の勢いはCtoCの方にある。ブランド品などプロの鑑定が必要なものはBtoC、個人の不要品処分はCtoCに、販路が分かれていると考えられる。
Jフロントが展開していく買い取り店はどうか。宝石・貴金属や高級時計、バッグなどの買い取りは、既存の買い取り店を自店と入れ替えることで継続していくという。だから、新店の業態内容はブランド品の衣料やバッグ、宝石・貴金属、高級時計の買い取りを主体にすると思われる。ただ、百貨店の大丸松坂屋と都市型ショッピングセンターのパルコでは客層が違うので、買い取る品目にも多少の差が生じるのではないか。
一概にブランドの衣料といっても、アルマーニやグッチなど海外のラグジュアリーから国内の高級品までと様々。そこで、買取対象衣料の線引きをどうするかだ。パルコの地方店には古着店が出店しているが、これらは販売のみで買取はしない。高価なブランド衣料の買い取りについては、コメ兵の買い取り基準に添っていくのではないか。また、ブランドスニーカーについてはコメ兵が買い取り専門店を運営しているため、鑑定ノウハウを持っているはずだから、大丸松坂屋では展開が無理でもパルコの店舗なら受け付けるかもしれない。
ブランド買い取り店は寡占化し、選別されていく
リユースの市場規模は2030年に4兆円規模に達する(リユース新聞予測)と言われる。百貨店が買い取りの店舗を構えるようになったのも、それだけ市場が拡大しているのならビジネスとして十分成り立つとの目論見からだ。加えて顧客が高齢化している中、百貨店としては顧客の自宅に眠る宝石・貴金属やバッグ、ブランド衣料などを現金化してもらうことで、新たな買い物を促す狙いもあるだろう。もう高級ブランドは必要ないにしても、デパ地下の食品、洋品やアクセサリー、インテリア雑貨は買いたい。ならば、その原資にしてもらえばいいわけだ。
まさに、買い取るから、買って。 百貨店の切実な願いではないだろうか。もちろん、客層がぐんと若返るパルコでも、本音は同じだろう。Z世代のお客は新品を購入する前に、中古価格を調べると言われている。つまり、中古価格が高い商品なら新品でも売れる傾向にあるということだ。自店でそうした商品を買い取れば、Z世代のお客はそれを原資にして新品を購入してくれるかもしれない。このサイクルをうまく作って行くことがビジネスになるのである。
一方、闇バイトによる強盗事件が多発している。犯罪者は高齢者宅には金目のものがあると踏んで闇バイトの実行犯をリクルートし、強盗に差し向けている。また、犯罪とは言わないまでも、不要品を買い取ると謳って高齢者宅を訪れ、ブランド品を安く買い取る押し買い などのケースも増えている。中には、不要になった衣料や靴を買い取ると電話をかけながら、自宅に来るとそれらには目もくれず貴金属はないかと居座り、見せると難癖をつけて代金を支払わないで持ち去ったり、苦情は言わないと誓約書に署名させる業者もいるという。
本来なら消費者保護の観点から、特定商取引は法律で規制されている。突然訪問し勧誘すること、事前に承諾した物品以外のものを売るように迫ることはできない。契約時には書面の交付が必要で、交付時から8日間は無条件でクーリングオフできる。にも関わらず、業者側はあの手この手で法律の隙を突き、巧妙に宝石・貴金属やブランド品を安く買い叩いていこうとする。筆者の自宅にも一度、業者が来て上記と同じような態度で迫ってきたが、たまたま当方が居たので魂胆を見透かし、法律を盾に追い返してやった。
ブランド品の買い取り店は乱立気味だ。つまり、買い取り店は寡占化しているわけで、お客の側に選別されている状況とも言える。買い取り事業者はサービスや利便性の面で差別化しようと、店舗を構えるだけでなく自宅まで買い取りに来てくれる。いわゆる、出張買取だ。Jフロントがこれから大丸松坂屋やパルコに出店していく買い取り店がどこまでサービスを展開するかはわからない。ただ、高齢者としては百貨店の外商がブランド鑑定の資格をもつスタッフを連れ立って、自宅まで来てくれるのならありがたい。何より顔馴染みなら安心だし、百貨店という信用も後押しになる。
パルコは別にして大丸松坂屋では店舗買い取りを原則としつつ、外商顧客には出張買取のサービスも有りにするのではないか。そこで、重要なのが買い取りで得た資金をいかに自店での商品の購入に繋げていくかの二次的な施策だ。せっかくの資金が他店で商品を購入されたのでは意味がない。しかも、買い取るにはキャッシュが不可欠だ。百貨店グループの信用力があるとは言え、買い取りと購買がうまくシンクロしなければ、キャッシュフローは生まれない。そこでポイントで支払うという手法も考えられる。
大丸や松坂屋、パルコは共にポイントカードを発行している。カード会員に対して買い取り額アップのキャンペーンを実施し、全額ポイントにして付与することで囲い込むこともできるだろう。当然、Jフロントとしても想定してはいると思うが。
不況の長期化で中間層が没落し、貧困層が拡大。高額な商品が売れないデフレ禍が続いてきた。しかし、安価ですぐに買い替えられる品物は、リユースされ難いことから買い取りは難しく、廃棄に回りやすい。それが環境に負荷をかけているとも考えられる。マーケティング会社のミトリズが実施した衣替えに関する調査でも、不要になった服の処分については「ごみとして捨てる」が20代以下で70.8%、30代で67%、40代で69.4%、50代で78.2%、60代以上で77.2%と、圧倒的に廃棄される傾向にある。
また、リサイクルショップなどで買い取られても低価格で販売されるため、リユース市場の拡大という点では限定的だ。特に低価格の不要衣料は実店舗で対応すれば、人件費などコスト負担が重荷になるため、買い取り価格を抑えなければならない。多くのお客はリサイクルショップでの「衣料品の買取額は何十円程度 」と学習しているから、メルカリなどで処分しようとする。個人売買でフリマアプリが主流になっているのはそうした理由もある。
ただ、ここに来てフリマアプリによる個人売買でトラブルが発生している。購入者が品物が破損していたとか、機器が作動しないなどの理由で返金を求める一方、品物を全く違うものにすり替えて送り返すケースだ。被害者がSNSに投稿したことで、同じ経験をした利用者からもコメントが寄せられ、#メルカリ詐欺 がトレンド入りした。今回のケースは、プラモデルやスマートフォンだったようだが、今後衣料品でも詐欺が起きないとは限らない。メルカリ側は最終的に出品者に対して補償を行ったようだが、当初は「個人間の取引には責任を負わない」と突っぱねている。
Yahoo!オークションもそうだが、ネットによる不要品取引では間に人間が入らないことでトラブルが発生するケースがある。宝石・貴金属やバッグ、ブランド品の買い取りにもAIを活用するところが出始めているが、多くの事業者は鑑定資格をもつ専門スタッフの手を借りている。やはり高価なブランド品の買い取りは、人間が対面で当たることで安心や安全が担保される。そうした運営には百貨店グループの方が向くだろう。また、買取額が高いことで市中に流れる資金が大きくなるから、新品の購買を促す契機にもなる。マクロ的に見ると、中古品になっても再利用に十分足り得る商品を生み出すことがリユース市場の拡大につながるわけだ。
エルメスのバッグは中古でも高額で販売され、訪日外国人が好んで購入している。そこにはブランド価値が高いこともあるが、職人による手作りでリアぺサービスが充実し、長く愛用できることもある。子供や孫へと引き継いでいけるからだ。分解掃除が可能な機械式高級時計、リメイクが可能な宝石・貴金属も同じ次元だと言える。ブランド品だから二次流通が可能になるというだけでなく、寿命が長く再利用を前提に生産された商品なら、次のユーザーにも商品価値を理解してもらえる。宝石・貴金属や高級時計、バッグの買い取りビジネスは、そうした視点を持って取り組むことも重要ではないかと思う。
今年は猛暑、残暑が続いたため、秋冬物のPOP UP STOREの開催を後ろ倒しにするメーカーがあった。お客としては通販サイトなどで先買いしても、実際に着るのは随分後になる。だから、在庫さえあれば十分なのだが、メーカーはそうはいかない。すでに抱えている在庫はできるだけ現金化しないと運転資金が枯渇する。さらに顧客の先買いで卸先で完売したものは、追加オーダーされる可能性もある。だが、バイヤー側は期末に売れ残る可能性もあるから、時期的な見極めが難しい。11月に入っても暖冬が続いている点が非常に悩ましいのだ。
だから、自らPOP UP STOREを開催して、お客に現物を試着してもらうなどして、卸先とバッティングしないエリアで新規客の発掘や購入に誘うところもある。いわゆるDtoC (ダイレクトツーコンシューマー)だ。以前ならメーカーは取引先のショップに配慮して直販することはなかったが、そうした業界の不文律も少しずつ変わってきている。メーカーが体力を無くせば商品供給が滞って、店側も売るものが無くなるリスクがある。多くのお客さんに商品を知ってもらうには、小売店に卸すだけでは限界がある。共存共栄、ウィンウィンとなるには、長年の慣行も少しずつ見直す必要があるようだ。
卸先とバッティングしないエリアのお客さんを開拓することも重要だ。先日もあるメーカーのPOP UP STOREが開催されたので行ってみた。東京、名古屋、大阪などの主要都市を巡るキャラバン型で、福岡でも2日間にわたって開催された。担当者の事前説明では、「自社の通販サイトでは、10月の末くらいに秋冬物の全ラインナップが完了します。でも、ネットでは素材感や着心地はわからないので、ぜひPOP UP STOREで現物を見て確認して欲しい 」とのことだった。
このメーカーはエッジを効かせたデザインではなく、あくまで上質な国産素材を使用したミニマルなアイテムを創り出している。POP UP STOREにラインナップした商品については、その路線を継続しているものの、生地にもう少し組織変化があってもいいのではと感じた。デザインに特徴がないので生地があまりにフラットだと、着た感じがペタとしてメリハリのない体型の人間には少し厳しい。それでも人気があるようで、多くのお客さんがつめかけていた。
福岡というエリアは地勢学的に韓国を中心にしたアジアからの旅行者も多く、その中には国内の専門店系アパレルの服、いわゆるドメスティックブランド を好んで買っていく人が増えている。今回のPOP UP STOREにも、韓国の旅行者らしき若者が数人来ていた。外国人からすれば、メジャーなブランドなら東京や大阪のファッションビルでも買うことができるが、地域のセレクトショップが好んで扱うようなアイテムは足で探さなければならない。
だから、まずはメーカーのサイトでめぼしいアイテムをピックアップし、取り扱いショップ情報を入手する。そして、旅行で来日した時に立ち寄って現物を確認し、気に入れば購入することがあるようだ。そうした商品を製造販売するメーカーがPOP UP STOREを開催してくれると、いちいちショップを巡る必要もなくダイレクトに商品を見たり、試着したりすることができる。だから、旅行ついでに効率よくウィンドウショッピングを楽しめるわけだ。そして、
気に入ったのなら、帰国した後に通販サイトで購入すればいい。
最近では訪日外国人でも若者は日本の古着を買うようになっているが、中でも洋服好きは日本人と同じように専門店系アパレルが作るアイテムに惹かれている。まあ、日本人の若い女性が比較的近い韓国を訪れ、化粧品やファッションを購入するのだから、逆に韓国の若者が地理的に近い福岡を訪れ、モード感のあるミニマルな服を買うことは当然あり得るだろう。
POP UP STOREを開催したメーカーだが、地域のセレクトショップを中心に卸してきたきたため、価格より質を追求している。そのため、海外のメジャーブランドよりは安いが、日本のSPA系に比べると割高に感じる。プライスゾーンは秋冬物のシャツで20,000円~30,000円、パンツが18,000円~23,000円、ジャケットが30,000円~40,000円、コートが50,000円~60,000円になる。海外のラグジュアリーブランドに比べると手頃なのだが、デフレが続いた日本の金銭感覚からすると、やはり割高さは否めない。
それでも、わざわざ韓国の若者がPOP UP STOREに合わせて日本を訪れているのだから、単に商品を見るだけというよりは、明らかに購入目的ではないか。日本は生活必需品の物価高騰で実質賃金が目減りしている中、政治は103万円の壁だの、税収が7億円減少だのと賑やかしい。だが、韓国の若者の中にはそんな日本とは違って、欲しい商品には惜しげもなくお金を使うものがいる。それは景気が良くて収入がアップしているのか、それとも元々富裕層なのかはわからない。ただ、単にメジャーで高額なブランドを購入するのではなく、上質な素材を使った服に惹かれるのは、洋服好きが本物志向に移っている証左と言える。
地勢学的なメリットを生かし市場を拡大
訪日外国人が日本製の服を購入する具体的な理由は、価格に対してクオリティが良いことだ。例えば、東京の銀座や表参道のメーンストリートで見かけるのは、海外のラグジュアリーブランドがほとんど。だが、商品の価格はシャツでも最低で50,000円台。パンツは同80,000円~100,000円。ジャケットになると150,000円を下らない。いくら円安とは言え、よほどの富裕層でない限り手が出せない。ブランドだからと飛びつくのは、ファッションに対し成熟していない中国人の富裕層くらいではないか。
それに訪日外国人はリピーターになってきている。福岡を訪れる韓国人もそうだ。海外旅行というより、少し遠出する感覚で買い物やグルメを楽しんでいる。リピーターになれば、ショッピングについても学習する。ブランドだからとか、高級品なら安心という条件は薄れていく。どんなアイテムが自分に相応しいか。実際に自分の目で確かめる。もちろん、予算の範囲内というか、この価値でこの価格なら買いか、買いでないかを判断する。そんな感じだろう。
だから、前出のメーカーのようなアイテムだと、商品の価格はラグジュアリーブランドの半額以下から3分の1だ。おまけに生地は上質で、デザインはミニマルだから、色んなアイテムとコーディネートしやすい。それだけお値打ち品に感じるはずだ。そう考えると、日本を何度も訪れたことがある韓国人ほど、理にかなった服の買い方に移っていると思う。韓国に近い福岡は、洋服の購入について学習し成熟してきたお客を捉えるには、絶好の立地。メーカーや小売り側にも外国人向けの対応が求められる。
福岡天神周辺は新型コロナウィルス感染が5類に移行して以降、観光客が以前にもまして増えているように感じる。天神ビッグバンの仮囲い前で立ち止まっているのは、スマホの地図アプリで目的地を探す外国人ばかり。再開発の槌音と飛び交う外国語が福岡天神の今を象徴する。大名界隈の古着ショップを訪れる若者の中に外国人が増えているというのは前にも書いた。一方で、あるセレクトショップのオーナーは、店の売上げの1割ほどを訪日観光客が占めるようになったので、来年は2割くらいまで伸ばしたいと語っていた。
そのために何をするのかと尋ねると、「店のHPを英語のほかに韓国語、中国語のバージョンも作らないといけないかもね 」と、オーナーは答えた。以前に日本のショップを紹介する韓国のHPがあったが、それを翻訳機能で変換するとぐちゃぐちゃな日本語になった。その逆のパターンもあるだろうから、正式な外国語版のHPは検討する余地があるだろう。以前、福岡アジアファッション拠点推進会議が活動していた時には、福岡におけるファッション情報の発信を目的にポータルサイトが制作されたが、全く機能することなく数年で閉鎖された。
やはりサイト制作は各個店が独自でやるべきだ。自治体などが費用を拠出すると、利害関係者が事業を目的化してしまう。地元ファッション産業の振興などどうでもよく、利権を得られればいいからだ。福岡は小売りの街である。アパレル関連では、地元に根ざした専門店やセレクトショップなどが鎬を削っている。オーナーバイヤーが市場の動向に目を光らせ、トレンドが合致すると感じたら、迅速に品揃えに反映させていく。そうしたショップやアイテムを訪日観光客の洋服好きは見逃さない。でも、仕入れた商品だけで目の肥えたお客を捉えるのは限界がある。メーカーのPOP UP STOREの定期開催は必要だろう。
福岡のファッション市場がアジアに広がっているという点は好ましい傾向だ。米国ではトランプ大統領が米国ファーストを公約に二度目の政権に就いたことで、いろんな経済対策に乗り出していくようだが、日本で一番注目されるのは為替の変動だ。就任直後は円安、ドル高のままで、大きな変化は見られなかった。今後も円安で推移していけば、訪日外国人の活発な消費は続くと見られる。ただ、アパレルについては買い方の変化が見られるだけに、自店の品揃えの中で、外国人をどう捉まえていくかが重要になる。
加えて一時的なトレンドを追いかけるだけでは、長続きしない。韓国人はともかく、中国人のブランド買いが今後も続くとは限らない。日本、福岡の市場でも、メガヒットが生まれなくなっているからこそ、先のメーカーのように卸だけでなくDtoCのチャンネル整備も必要だ。トレンドはブームが去るのも早いが、熱狂的なブランドのファンが残り続けても、市場がそれ以上広がることはない。SNSでのファンコミュニティ内で収まってしまうからだ。
日本の消費者は食品の値上げで衣料品への支出をセーブしている。2023年12月の国内消費者物価指数の被服及び履物、いわゆる服と靴は前年同月比3.0%増だった。この数値は総合指数の上昇率(同2.6%)を上回った。暖冬で秋冬衣料が苦戦する一方、薄手の夏物やスニーカーが消費を牽引したと見られる。それは消費者がどこにお金をかけるか、それだけシビアになっている証左でもある。
コアなブランドファンと一般消費者の服に対する熱量は明らかに差があるわけで、これ以上拡大することはあり得ない。もちろん、ユニクロのように万人受けするブランドはもう必要ではない。だからこそ、価格対価値に軸足を置き、マスにはならなくとも地道にファン客を掘り起こす商品や品揃えがカギになるわけだ。ミニマムなコミュニティ市場の発掘というべきか。それには日本人だけでなく、外国人のファンも捉えていく。
日本のアパレルの価値を知り始めた外国人に積極的にアプローチしていくことは、これからますます重要になる。自社のものづくり、自店のアイテムを好んで買ってくれるのなら、日本人も外国人も関係ないのだから。
すでにご存知の通り、MLBの2024年ワールドシリーズは、LAドジャーズがNYヤンキースを4勝1敗で下した。一連のポストシーズンに出場する選手は、ディビジョンシリーズやリーグチャンピオンシップの段階から、胸元に各シリーズのタイトルロゴがプリントされた「フーディ」を着ている。広大な国土をもつ米国では相手チームの球場に長距離移動を強いられるから、これらのアイテムも急激な気温変化に対応しなければならない。そのため、フーディの素材や混紡率はどうなっているのかということだ。
今年のナショナルリーグのリーグチャンピオンシップは、ドジャーズとNYメッツが対戦した。チームはそれぞれロサンゼルスとニューヨークが本拠地だから、米国の西と東約4000kmほどを行き来したわけで、試合を観戦するファンの服装を見ても両本拠地の気候の違いがはっきりと見て取れた。ワールドシリーズもドジャーズとヤンキースの対戦になり、ロサンゼルスで観戦するファンが至って軽装なのに対し、ニューヨークではしっかりアウターを着込んでいた。ファンの服装を見ると、気温差があるのが明らかだった。
ロサンゼルスの10月の平均気温は19.5℃で、11月は同16.7℃。リーグチャンピオンシップが開催される10月末は間をとって18.1℃とした場合、体感的には肌寒いとまではいかない。ファンの格好も薄着の人はTシャツ、重ね着した人でも応援用のユニフォーム程度だった。ところが、ニューヨークは10月の平均気温が18.9℃だが、試合が開催される夜間は気温が約10℃程度まで下がる。ファンがフーディの上にスタジャンなどを重ね着していたのも、それだけ寒いからだ。むしろ、選手の方が体温調整は大変ではなかったかと思う。
試合中、ピッチャーは投球で運動量が多いため、トップスは半袖のユニフォーム1枚か、その下にアンダーシャツを着る程度。野手にしてもユニフォームとアンダーシャツと軽装だ。しかし、ベンチで試合を見つめる控えの選手は、ほとんどがフーディ姿だ。これはTVカメラが時々選手の様子を映し出すため、シリーズという興行をアピールするロゴ入りのアイテムを着るレギュレーションだからというのは理解できる。だが、選手自体がアウターを着込るのは、いつでも試合に出られるよう体を冷やさないためだと思われる。
そこでフーディの素材や混紡率についてである。あくまでテレビを通じて見た印象なのだが、表面には光沢があり、素材も柔らかそうなのでコットン100%というより、ポリエステルがかなり混紡されているのではないかと感じた。厚みは10~12オンスくらいか。スポーツウェアなので裏パイルか、裏起毛の処理が施され、吸汗と保温の両方の機能を備えているはずだ。選手各自に何枚支給されているかはわからないが、着用後に洗濯し翌日の試合に備えることを考えると、速乾性も必要になる。
サプライヤーは胸元のロゴマークからナイキだとわかった。サイトで調べると、「Los Angeles Dodgers 2024 World Series Authentic Collection 」「Men’s Nike Therma MLB Pullover Hoodie 」という、選手が着ているものと同じアイテムがヒットした。価格は$85で、日本円に換算すると11月2日のレートで1万3000円程度だから、レプリカではなく選手と同じものだろう。ドジャーズ用は優勝が決まった時点でSold Out。ディテールを見ると、素材はポリエステル100%と表記されていた。
商品説明には、「フーディは汗を逃がすテクノロジーと高性能素材を組み合わせて、チームがコミッショナーズ トロフィーを目指して競い合うときに暖かく快適に過ごせるようにします 」とある。メリットには、「Nike Therma ファブリックが暖かさを保ちます。Nike Dri-FIT テクノロジーが肌から汗を逃がして蒸発を早め、ドライで快適な状態を保ちます 」と記されている。ナイキが開発した素材「Therma(therm=熱の意)」が保温性を高め、汗をかいても水分を逃がしてすぐに乾く機能を持つと謳われている。
実際にフーディを着た選手の印象はどうだったのか。多分、無償提供を受けているはずだから悪くは言えないのは割り引いても、ナイキが素材開発や機能アップに注力した以上、試合でベストパフォーマンスを上げるためのウォームアップ用としては十分だったと思う。ちなみにヤンキースバージョンも、チームのカラーとロゴが違うだけで、素材も機能も同じ。こちらは11月2日現在で、完売はしていない。優勝できなかったことも要因の一つだろう。ただ、Big Kids=年長の子供向けは、素材がコットン80%、ポリエステル20% の混紡になっている。ポリエステルの比率を2割まで下げたのは、子供を含め敏感肌には合繊オンリーは厳しいと認めているようなものだ。
かつて「米国人は冬場でも綿製品を好んで着る 」という話を聞いたことがある。確かに筆者がニューヨークにいた1990年代半ば、真冬のマンハッタンでもコットン素材で厚手のスウェットフーディの上にダウンジャケットを羽織る人々を数多く見かけた。日本のようにインナーにウールのセーターを着ることはなかったようだった。ウールを着ている人でも、それはアウターのジャケットか、コート。米国では肌に近いまたは直接触れるアイテムは、天然素材のコットンを好んで着る、そんな服飾文化が浸透していたのかもしれない。
と言っても、極寒のニューヨークではそうはいかない。真冬はマイナス20℃くらいまで気温が下がるからだ。いくら肌触りのいいコットンが好きと言っても、下着にも何らかの保温効果のあるものが必要になる。昭和世代の日本人なら誰もが知っている「ラクダのももひき」だ。実を言うと、米国にもラクダの毛を使用したものではないが、肌に優しい天然繊維のカシミア素材などを使った保温性下着があった。1990年代、このシーズンになるとニューヨークポストのようなタブロイド紙には、保温性下着の通販チラシが折り込まれていた。
チラシにはファミリー役の男性、女性、子供が下着を着た写真が掲載されていたが、下着は上に着るシャツの襟やパンツの裾から見えないよう首周りを大きく裾を短くした仕様で、デザイン的にも野暮ったくならないよう工夫されていた。保温性を保ちながら、ファッション性にも配慮する。当時はヒートテックといった合繊素材で格安かつ保温機能を持つ下着はなかった。だから、カシミアのような高級素材が使われた下着は価格も高く、購入者もマンハッタンのオフィスに勤務するホワイトカラーの家族が主体だったと思われる。
低所得のブルーカラーが高額な下着に手が届くはずもない。厚手のコットンを使ったフーディの上にダウンを着ながらも寒そうにしていたのは、米国の社会階層からわかる気もする。ただ、ビジネスとして考えると低所得者の方が圧倒的に多いのだから、素材が豊富に入手できて価格が抑えられる素材が主力になるのは当然だ。1990年代は綿糸が今ほど高騰してはいなかったため、スウェットのフーディは手頃なアイテムだった。コットン素材の裏側を起毛させた厚みのある生地にし、空気を取り込み保温性を高める裏起毛、いわゆる裏毛によって冬場でも着られるようにしていたのである。
綿100%でも保温性は高められる
あれから約30年、日本はずっと暖冬が続いている。ただ、寒冷地では重ね着せず一枚ものでも寒さを凌げる衣類が必須だ。極寒にはコットンの裏毛くらいではとても保たない。スポーツメーカーがスキーなど冬季競技のインナーウエアとして保温性のある下着を開発していたが、販売先はスポーツ店に限られたことから、メジャーにはなり得なかった。そこに目をつけたのがユニクロだった。素材メーカーと共同で機能性下着を開発し自前の店舗で売り出せば、価格も下げられきっとメジャーになるはず。思惑は的中した。それがヒートテックだ。
コットンの裏毛はアンダーウエアにはなり得ない。アイテムはスウェットのフーディやトレーナーだから、防寒にはアウターが必須になり、どうしても着膨れして見えてしまう。ヒートテックは薄手の下着にもかかわらず保温力があるため、上の厚着を抑えられる。ファッション的にもすっきり見える。それもヒットした要因だろう。もちろん、ナイキのようなスポーツメーカーも機能性ウエアを見逃すはずはない。契約選手のモニタリングを通じて様々な機能を付加するために商品開発に注力したわけだ。
2000年代はスウェット素材、コットンの裏毛に代わる保温性をもつ素材がトレンドになったと言える。特にスポーツウェアでは、選手がかいた汗をを蒸発させて、素材を素早く乾かす機能が求められる。また、冬場のウェアには汗を逃すが、熱は逃さないことも条件となった。各メーカーで素材の名称は異なるが、機能性ウェアはユニフォームの枠を外れたジャージなどにも取り入れられていった。
今年のMLBワールドシリーズで、ナイキが提供したNike Therma MLB Pullover Hoodieも、その一つと言える。選手が試合中に着るのだから、Nike Dri-FITの汗を逃がして蒸発を早め、ドライで快適な状態を保つことが最優先される。もちろん、サプライヤーとして両チームに提供した応分のコストは、一般に量販することで回収する。それが2024 World Series Authentic Collectionだったわけだ。優勝したドジャーズ版はSold Outしたのだから、十分に元は取れたと思う。
ただ、一般のファンがWorld Series Authentic Collectionのフーディを購入したのはドジャーズ優勝が理由で、機能性素材に惹かれたわけではないだろう。米国人の好みからすれば、ポリエステルよりもコットンではないのか。それとも、コットン嗜好も素材トレンドの変化とともに変わってしまったのか。一般の人々がカジュアルウェアとして着る分には、Dri-FITのような機能が必要なのか。また、Nike Thermaよりコットンスウェットの裏毛で十分な気もするが、どうなのだろう。
ここからは個人的な意見として述べてみたい。この10年ほどでスウェットのフーディやトレーナーにも、合繊の比率が高まっている。これは果たして機能性素材のトレンドをくんだものか。それとも、価格ダウンとコスト圧縮のために使用する綿糸を減らす、またはカットする目的からか。各社がこの秋冬に販売するスウェットアイテムから混紡率を比較してみよう。
ユニクロ スウェットプルパーカ 本体: 100% 綿 スウェットパンツ 本体: 88% 綿, 12% ポリエステル
無印良品 スウェットプルパーカ 本体: 52% 綿, 48% ポリエステル スウェットワイドパンツ 本体: 52% 綿, 48% ポリエステル
グローバルワーク 上品スウェットパーカー ポリエステル90% ポリウレタン10% 上品スウェットパンツ 本体:ポリエステル90% ポリウレタン10%
ギャップ Athleticロゴ パーカー コットン 77%, ポリエステル 23% GAPロゴ ジョガーパンツ コットン 77%, ポリエステル 23%
大手SPAではざっとこんな感じだ。ユニクロはスウェットのパーカこそボディは綿100%だが、パンツでは合繊の比率が12%になる。無印良品はさらに増えて綿と合繊はほぼ半々。アダストリアのグローバルワークは完全に合繊オンリーだ。逆にグローバルブランドでコットン100%はH&Mが一部で投入しているが、レビューを見ると「生地が薄い」との書き込みがあった。ファストファッションだけにこれはコスト削減が理由と見られる。
他では「ユナイテッドアスレ」や「プリントスター」がコットン100%を採用するフーディやパンツを揃えている。両ブランドはプロモーションやイベントなどのプリントに対応するため、生地の薄厚や色のバリエーションが売りになっている。一方、ファッション性を優先し、値頃感のあるブランドではコットン100%の裏毛素材は、企画するところが少なくなっているようだ。ただ、合繊混紡の方が冬場の保温性がアップするかと言えば、一概には言えないような気がする。
筆者が10年前に購入した無印良品のジップアップスウェットは、12オンスほどの肉厚で裏毛仕様。本体は綿100%である。合繊が混紡されていないにも関わらず、ポカポカして非常に保温性が高い。しかも、コットンオンリーだから心地よく、屋外のランニングから室内のトレーニング、街着、室内着とオールマイティに通用し、現在も着用している。購入したのは日本の店舗になるが、商品タグには[US]MUJI U.S.A LIMITED http:www.muji.us と表記されているから、米国企画のアイテムなのかと思う。
この頃までの無印良品では、衣料品には綿などの天然繊維が使われることが多く、質感も非常に良かった。ジップアップスウェットはその典型だ。表示されているように米国向けの商品として企画したのなら、やはり米国人のコットン好きに合わせたのかもしれない。だが、その後の無印良品では素材トレンドの変化や綿糸価格の高騰の影響からか、コットン100%のスウェットはすっかり影を潜めている。そんな変節ぶりを当の米国人はどう思っているのだろう。ポリエステル100%のMLB Pullover Hoodieが売れているところを見ると、米国人も合繊オンリーといった素材変化を許容し始めているのか。
筆者は別にアメカジ心酔派でも、アスレジャーのヘビーユーザーでもない。ただ、かつての米カジュアルに使用されていたコットンのざらっとした風合いや、洗う度に粗野になっていく感じは嫌いではない。あれこそアメリカンコットンの良さなのだ。さらにコットン100%はリサイクルもしやすく、SDGsの流れにも合致する。かたや日本は夏日が3シーズンにもわたるほどの異常気象が続いている。コットン100%のスウェットはもう通年で求められるのではないだろうか。変に機能性ウエアに固執するよりも、綿オンリーの方が受け入れられる環境になっているような気がするが。
10月の初め、繊研PLUSに以下のような記事がアップされた。愛知県岡崎市の広告制作会社の「虹男」と東京都国立市の縫製工場の「オフリヤ」がユニセックスのアパレルブランド「NOケア」(エヌオーケア)を立ち上げたというものだ。業界で有名なグラフィックデザイナーとアパレルメーカーとのコラボならありがちだが、地方拠点の広告会社と一介の縫製工場がタッグを組むという点では、異例のケースと言えるだろう。
NOケアは「人にやさしい衣服作り」をコンセプトにしたコットン100%の「血行促進ウェア」。8月にSNSを中心とした販促を始め、ECサイトで第1弾のTシャツ(税込み9900円)を発売した。Tシャツで1万円は高額と言えるが、細部へのこだわりがあるからだ。まず、シルケット加工をした綿100%の丸編みを採用し、滑らかな肌触りを追求した。サイズはS、M、L、XL、Mショートの4サイズ展開。身幅を大きめにして着たい時にだらしく見えないように、身幅はM、L、XLでもそれぞれ丈は短めにした。
エヌオーケアのロゴはTシャツの背面ネック下に刺繍されている。しかも、刺繍は別布に施し、それをTシャツ背面に縫い付けるという凝った仕様。Tシャツの生地にそのまま刺繍すると糸が首下の肌と擦れるため、そうならない配慮だとか。広告会社の発想なら、白地のTシャツを差別化するにはオリジナルロゴをつければいいとなる。そこに縫製工場が関わったことで、ロゴを刺繍した生地を縫い付ける二重構造にすれば、もっと上質感が出せるとなったわけだ。まさに協業共作による産物と言える。
そして、温泉由来のミネラル成分を使った「イフミック加工」の採用。これは大阪市のイフミックウェルネスが加工した製品を体に近づけると血中の一酸化窒素(NO)が拡散し、血管拡張による血行促進効果が期待できる機能を利用したもの。加工の対象となる製品は、化繊も天然繊維も問わず、噴霧するだけで効果を発揮するという。血行促進を謳う製品ではポリエステル製が多いが、天然繊維100%はNOケアのみということで、差別化できると考えたとか。着た人が血行促進を実感できれば、1万円は安いのかもしれない。
広告制作との協業では、もう一つ事例がある。こちらは広告制作会社に勤務するコピーライターとグラフィックデザイナーがテキスタイルプロジェクト「scale」を立ち上げ、群馬県桐生市の織物メーカー「須裁」が協力したものだ。二人は同社がもつ二重ジャガード織の技術を使用して、海中を泳ぐ魚の鱗のような織物を表現した。糸へんに門外漢のコピーライターやグラフィックデザイナーが鱗や織物に注目したのは、遠い昔、陸に上がる前の生き物が身に纏っていた(鱗)という点。それを創作活動の延長線上で、織物に表現できるのではないかということだった。
おそらく糸についても、織りについても全く知らないことばかりだろうから、メーカーからノウハウを学びながら、プロジェクトを進めていったはずだ。まず、糸を1本ずつ織り込み、美しい色を出していく。そして、ジャカード織の技術を利用することで、魚のうろこが水面の揺らぎの中で光を反射させながら輝く様を表現しようとした。2種類を開発し、あえて波状の模様がでる「モアレ 」にする二重織に。緯糸の配色と織り組織を工夫することで色合いを変化させ、1本の糸を染め分ける絣(かすり)糸を用いて、稚魚のみずみずしい鱗をイメージさせたテキスタイルとなった。
コピーライターは別にしても、グラフィックデザイナーは仕事上、紙の上ではいろんな色彩表現を行なっている。配色はアナログの時代からCMYK 4色(C:シアン=青、M:マゼンタ:赤、Y:イエロー=黄、K:黒)のパーセンテージの掛け合わせで決まる。例えば、緑色にするにはC100%、Y100%と指定し、どちらかのパーセントを下げれば、黄緑、または青緑となる。カラー印刷ではCMYK(BL)4色の「アミ点」で再現され、それぞれ4つの版が重ね刷りされることで、カラーや写真が仕上がるのである。
当然、写真やイラストの濃淡(明暗)は、アミ点の大小によって表現される。明るい部分のアミ点は小さく、暗い部分のアミ点は大きく、ほとんどつぶれかかっているという感じだ。2枚のアミ点を重ねると、角度によっては微妙な模様が浮かび上がる。これがモアレだ。人間の脳はモアレを見ると幻惑し、正しい像として認識しづらい。そこで、4つの版を重ねるカラー印刷でK75%に決めたらMを45%、Cを15%に置き、その間にYを置くなど、色別のフィルムの角度を変えてアミ点を目立たなくし、モアレが起きないようにしている。
グラフィックデザイナーならこの原理は知っていて当然だ。テキスタイルでも同じで、モアレが出る生地は服には向かないと言われる。だが、今回のテキスタイルプロジェクトでは、それにあえてチャレンジしたところは評価できる。9月に東京で開催した展示会では、来場者から「テキスタイルでこんな表現もできるのだ」との垂涎の声が上がった点を見ても、糸へんに門外漢のクリエーターが生地作りに参画するのも一つの手ではないかと思う。
クリエイティブワークは発想を変えることから
筆者はグラフィックデザイナーと仕事をすることが多かった。ただ、1990年代までのグラフィックデザインは、属人的な職人気質やアナログな手作業が得てして作品の良し悪しを決めた。イラストレーターが筆やペンを使って繊細なタッチの絵を描くように、グラフィックデザイナーも鉛筆、ペン、筆、カラス口を使用して様々な線を引き、サインペンやポスターカラー、パントーンなどでベタ面を着色していた。コピーのトナーに反応するカラーの転写シートがデビューするのは1987年頃で、デジタルの普及は90年代に入ってからだ。
だから、PCのMACやAdobeのソフトを使用するまでは、曲線を綺麗に描ける、エッジを際立たせる、隅々まで細かく着色できる、ホワイトスペースを生かせる、フラットに見えなくするなどが、デザイナーのセンスや能力を判断する指標だった。当時のグラフィックデザイナーは美術大学やデザイン専門学校の出身者はそれほど多くなかった。高卒でそのままデザイン事務所に入ったり、印刷会社の工務スタッフからの叩き上げなど、徒弟制度で技術を磨いた人が多数を占めたことも、そうした背景にはあったと思う。
筆者も大学時代にダブルスクールでグラフィックデザインやコピーライティングを学んだが、彼らの方が年齢は少し上で、仕事でははるかに経験豊富で、技術の面でも修練されていた。だから、こちらが発注側でも、打ち合わせの要領や作業の手順、スケジュール、ギャラは、彼らのペースや心情を慮りながら考えていた。彼らから得るものは非常に多かった反面、もう少し頭を使って、効率良く仕事をしてもいいのではないかと思うことも多々あった。
広告制作におけるグラフィックデザインは、最終的には新聞広告、駅貼りや中吊りのポスター、カタログやパンフレット、DM、チラシなどで、イラストレーションの発注や撮影のディレクション、版下データの制作を経て印刷入稿を行い、各媒体を創り上げる作業になる。それぞれの制作物はアパレルのように商品としての換価価値をもつのではなく、別の対象物=商品やサービスの販促ツールとして機能するに過ぎない。つまり、広告制作におけるグラフィックデザインは、あくまで商業デザインの一部だった。
一方、アパレル業界が制作するパンフレットやDMは違った。こちらはブランドバリュの向上に役立てるツールではあるが、それ自体が商品同様に高い価値を持つ。お客さんはDMをもらうだけで、商品を買わずともテンションが上がった。その意味では単なる印刷物ではなかった。ロゴデザイン、商品やモデルの写真、レイアウトや色使い、印刷する紙や封筒の質感等など。それぞれがブランドの価値を決め、イメージアップと売上げを左右する。どれも手を抜くことはできない。広告の印刷媒体もデザイン作業を行うのは同じだが、媒体の使用目的が異なることもあり、媒体の価値はアパレルとは次元が違ったのである。
アパレルでDMやカタログを制作していたため、ある時、デザイナーに話したことがある。「グラフィックデザインも、絵画や漫画と同じように商品として販売できるものが作れないか 」と。すると、彼は「考えてはいます。ビッグイベントや有名ショップのグッズとして、ブロックメモを制作して販売するのはどうかと。用紙1枚1枚の平面か、重ねた紙の側面にロゴマークを印刷すれば、アピールにもなります 」と、語った。当時、市販のブロックメモはあったが、ブランドバリュをあげるためのPBグッズはなかった。
紙を中心に活動していたグラフィックデザイナーだけに、商品企画の発想も紙からは抜けきれなかったようだ。その時、こちらが「グラフィックの発想を洋服生地のデザインに生かせないかな 」と言うと、彼は門外漢というか、異業種の領域には踏み込めないようで、キョトンとした表情を示すだけだった。ブロックメモについては、確認したわけではないが、バブル期には顧客向けのノベルティとして制作され、無償で配布したブランドなどがあったかもしれない。ただ、その後にバブル景気がはじけたこともあって、PBグッズとしてのブロックメモが広がることはなかった。
現在、ブロックメモは100円ショップにも揃い、上端に糊がついた付箋までが格安で販売されている。パッド系メモ用紙ではRHODIA(ロディア)のようなブランドもある。わざわざ企画するには紙質に凝ったりなど、よほどの仕掛けを考えないと競争力を持つ商品にはならないだろう。そんなことを考えていると、You-Tubeで、用紙1枚1枚に施されているミシン目のラインが違うため、紙を使っていくうちに中から精巧な模型が現れるブロックメモを見つけた。商品名は「OMOSHIROI BLOCK 」という。
商品は完売しているものもある。話題のきっかけになったのは、観光地の「清水寺」をはじめ、ピアノや雷門など22種類。制作したのは建築模型など様々なデザインを手がけるトライアードの川嶋さん。シンプルな形のブロックから紙を1枚ずつ引いていくことで、どんどん形が変化していく。まさかこれが出てくるのかという驚きがあるものを作れたらいいなということから開発に取り組んだとか。発想の原点は建築模型の内部を見せるため、紙を重ねて形を作る製法だった。模型製作の技術を駆使して紙を1枚ずつ機械で切り取ってから、手作業で組み上げていくものだ。
切り抜いた紙1枚1枚は切り絵のようにグラフィックになるが、それらを重ねることで立体的な造形を創るには建築の知識が必要になる。平面の2次元から空間の3次元、いわゆるスペースデザインの領域である。つまり、自分が行なっている仕事の領域から一歩抜け出して発想してみることが、新たな商品を生み出すことになるわけだ。現在はデジタル技術が普及しているので、フラットの紙1枚1枚のミシン目を少しずつずらして施すことも、パソコンでデータを作れば機械が自動的にやってくれる。そこはアナログ時代とは違うからコストも手間も下がるだろう。
その意味で、グラフィックデザイナーがテキスタイルデザインに挑戦するのは、決して無謀なことではないと思う。筆者が1980年代から思っていたことを実際にグラフィックデザイナーとコピーライターがプロジェクトにしてくれたことはリスペクトしたい。
繊維業界、特に生地作りは海外生産に押され、厳しい環境にある。だからこそ、門外漢というか、異業種の人間の発想でテキスタイルデザインの表現に新風を巻き起こすことも必要だと思う。いろんなクリエーターが業界の垣根を越えて、商品作りに取り組むことが活性化に繋がるのは間違いないと思う。
360億円もの有利子負債を抱えた鹿児島の百貨店、山形屋。5ヵ年の事業再生計画案では、負債360億円のうち、借入金を株式に転換することで債務を減らすDES (デット・エクイティ・スワップ)で40億円、借入金を劣後ローンに交換するDDS (デット・デット・スワップ)で70億円を調達。残り250億円については返済を5年間猶予することになった。
再生計画を主導したのは、山形屋のメーンバンク、鹿児島銀行。同行は熊本の肥後銀行など23社で構成する九州ファイナンシャルグループ の一員でもある。同グループの笠原慶久社長は5月の決算発表で、「山形屋は鹿児島の中核企業であり、鹿児島銀行がメーンバンクとして、これまでもこれからもしっかり支援していく」と、述べた。再生計画に打ち出された中期事業計画では、運営効率化とガバナンス強化、店舗活性化、業務改革が柱となった。あれから5ヶ月、店舗活性化の第1弾がいよいよ動き出した。
山形屋1号館西側に位置する2号館の5階部分、約400m2のスペースに家電量販店の「エディオン 」と、文具店「丸善 」をテナント誘致したのがそれだ。両店とも百貨店の客層に合わせて高級品主体のラインナップとした。エディオンは売場面積約250m2で約1500アイテムに絞り込み、高級炊飯器やブランドトースター、マッサージチェアなど全てが高価格帯とした。カウンターにはスタッフを常駐させ、来店する高齢者などにゆっくり接客できるように配慮。郊外店と一線を画す品揃え、接客サービスが売りだ。
丸善は約150m2に約15000アイテムを揃えた。こちらも万年筆や東京銀座の鳩居堂が扱う便箋など、百貨店の客層に合わせた。2号館には以前にも山形屋のグループ会社が運営する文具店があり、別フロアには家電売場もあったが、5階に集約した形だ。テナントに切り替えたのは、取り扱い商品のグレードが上がることで、集客に貢献できて収益改善につながるとの目論見。ならば、もっと早くから手をつけるべきだったはずだ。店舗活性化が緒についたというより、まだまだ手探りの状態ではないかと思う。
山形屋は2014年2月期から23年同期までに販管費を118億5,800万円から84億3,500万円まで、30%近く削った。にも関わらず、売上高はこの9年間で24%も減少し、粗利益率も14年2月期に25.46%だったものが、22年2月期は22.68%と8年前比で2.78ポイントも悪化している。粗利益率が下降し続けたのは、メーカーの派遣社員による「委託販売 」の売場が増えたためだ。今回、店舗の一部をテナントに切り替えたのは、山形屋が収益を上げるには直営や委託販売ではなく、「歩率家賃 」しかないとの結論に行き着いた結果だろう。今後もテナントが増えていくと考えられ、小売業から不動産業への脱皮が再建の軸になるのは間違いない。
また、9月には店舗の活性化と業務改革を目的に「山形屋アプリ 」を導入し、デジタル活用にも踏み込んだ。アプリ会員にお得な情報を提供しながら、会員情報を一括管理してマーケティングに生かす狙いのようだ。ただ、中高年主体の顧客がどこまで山形屋アプリを使いこなせるかは全くの未知数。また、双方向のデジタルコミュニケーションで本当に顧客ニーズを引き出し、それをテナント誘致に活用できるかはわからない。どちらにしても、デジタル部署の運用力がカギを握ると言っていいだろう。
すでに持ち株会社の山形屋ホールディングスが設立され、取締役会長には鹿児島銀行の関連会社から中元公明社長が就任している。このほか鹿児島銀行から1人、東京のファンド運営会社の1人が経営陣に名を連ねるが、代表取締役社長には山形屋の岩元純吉会長、取締役にも同岩元修士社長がスライドするなど、ガバナンス面での緩みが懸念される。経営陣にトップセールスをかけるほどの覚悟があり、地方百貨店に出店しようというテナントをどこまで開拓できるか。2022年に開業した「センテラス天文館 」は2年目で、業態転換も含め23店を入れ替えたほど。他社が苦戦する間にいかに攻め切れるか。経営陣の本気度が試されている。
もっとも、鹿児島市の中心部では再開発が進む。2021年6月にはJR鹿児島中央駅前に鹿児島中央タワーが完成し、1階から7階に大型商業施設「Li-Ka1920 」が入居。ニトリやダイソー、ヤマダ電機の他、飲食やドラッグ、コンビニなどが出店した。加治屋町1番街区では複合商業施設の建設計画があり、中央駅西口地区でも再開発が進んでいる。商業施設は増加しており、競争は激化の一途を辿る。当然、テナントの奪い合いは熾烈を極めるわけで、百貨店の顧客に合うものが残っているかは不明だ。有力テナントを誘致するにも、新たなサービスの提供するにも、山形屋を取り巻く環境を考えるとそう簡単に行くとは思えない。
メガバンク撤退が意味するもの
そんな状況下で、金融機関の間で温度差が露呈している。支援に当たるのは鹿児島銀行を含め全部で17行あるが、事業再生ADRの成立からわずか1ヶ月後の6月28日、三菱UFJ銀行が事業再生にも加わったファンドの「ルネッサンスキャピタル」に貸出債権を譲渡。7月10日には三井住友銀行も続いた。譲渡先は同じくルネッサンスキャピタルだ。さらに7月30日にはみずほ銀行が「AYH・アセット・マネジメント」なる会社に債権を譲渡した。メガバンク3行が相次ぎ事業再生から撤退したのである。
貸出債権を譲渡した理由は何か。一つはメガバンクが山形屋の経営再建に関与しないことを意味する。再生計画案は山形屋のメーンバンクである鹿児島銀行が作成し、持ち株会社にも経営陣を送り込むなど主導的立場にある。もちろん、融資、貸出債権の額はダントツだろうから、当然と言えば当然だ。つまり、そこまでの貸出規模でないメガバンクにとっては、これ以上関わっても余りあるリターンは望みにくいわけだ。また、地方百貨店に過ぎない山形屋が再建できて再び融資できる環境になるかは、未知数ということもある。
二つ目はリスクヘッジだ。メガバンクとしては山形屋の債権を保有しても資産運用の最適化からすれば、それほどのメリットはない。万が一経営再建が頓挫した場合、融資が焦げ付き不良債権化するリスクがある。ならば、早いうちに譲渡した方がそれを回避できるわけだ。むしろ、リスク承知で出資をするなら、ジリ貧の地方百貨店より最先端半導体の方が経済的な合理性がある。すでに前出の3行は出資に動いている。国もTSMCやラピダスを支援しており、メガバンクとしても政府の債務保証に期待できるとの読みもあるだろう。
山形屋の経営再建は、メガバンクの撤退で地元銀行団が担うことになる。「事業再生にはスピードが不可欠 」「悠長な地方気質ではダメだ 」「いざとなれば創業家にも去ってもらう 」など、口うるさく言うであろうメガバンクが退いた。ただ、ファンドへの債権譲渡が再生計画に迷いをもたらすとの見方もある。銀行団は内心ほっとしているだろうが、それでぬるま湯体質に陥るのなら、ドラスティックな構造改革が骨抜きになる。東京や大阪のように大手百貨店どうしが熾烈な競争を続けているのとは次元が違うからだ。
地元銀行団には信用金庫や信用組合も含まれる。これらの財務基盤は銀行ほど強固でなく、低金利の長期化と地域経済の低迷の影響で、経営は盤石な状態とは言えない。それでなくても、中小企業のコロナ倒産が増加中で、その多くが店じまいという清算型処理になっている。同処理は債務超過になると、融資はカットされて貸した金を回収できないため、金融機関の体力が削がれてしまう。信用金庫や信用組合が山形屋だけに関われない状況になれば、支援体制にも支障が出かねない。
新たな顧客開拓。歴史的店舗の再活用。地域一体開発で相乗効果。デジタルによる稼ぐ力の構築等々。専門家や大学教授は口々に事業再生の手法を列挙する。しかし、山形屋を取り巻く環境を考えると、どれをとっても実現のハードルは高い。若者など若年層を開拓するなら、とうにやっていたはず。インバウンドもブランドが充実する大手には勝てない。歴史ある建物で何を買い物するのか。地域一体開発はセンテラス天文館の惨状が暗い影を落とす。デジタルにしても買取商品でなければ、自由に売ることはできない、等からだ。
そもそも第1弾の再建策からして、高級家電や逸品文具が飛ぶように売れるかと言えば、そんなことはないだろう。当然、稼ぎ頭にはならないから収益アップは限定的だ。さらにアパレルなど新規顧客を開拓できるテナントの導入が店舗活性の第2弾になる可能性も低い。高級で高感度のブランドは出店先を選ぶ。2024年1月〜7月に訪日客が使用したクレジットカードの金額(三井住友カード調べ)は19年同月比で、鹿児島はわずか3.2%増。福岡87.6%増、佐賀88.5%増に遠く及ばない。スーベニア商材の企画やデジタル整備の遅れが考えられる。まして百貨店経営に全く素人の地方銀行が足元のマーケットを読んで、稼げるテナントを誘致できるかは甚だ疑問だ。
事業再生が計画通りに進まなければ、さらなるリストラや不採算店の閉鎖は避けられない。さらに一歩踏み込んでスポンサーを探して業務提携するとか、店舗を解体し再開発ビルを建設することも再生計画の俎上に上がることが考えられる。少なくとも地元銀行団はガバナンスを一層強化し、財務の透明性を確保しなければならないのだが、持ち株会社の経営陣に山形屋の岩元純吉会長、同岩元修士社長が居座ったのはどうなのか。これでは経営責任をとったことにはならず、創業家による支配の構図が色濃く残ることもあり得る。
山形屋は2024年6月決算(単独)で、売上高は前期比2・5%増の162億円、営業利益が1億円(前期は2億円の赤字)と4期ぶりに黒字化した。しかし、最終利益は支払利息の増加などの影響で6億円の赤字(前期は7億円の赤字)と、依然として苦しい状況には変わりない。有利子負債が360億円にも膨れ上がるまで、何ら手を打たなかった創業家の旧経営陣の責任は重い。にも関わらず、銀行団からは「山形屋は鹿児島の老舗の百貨店で、地域に無くてはならない存在」という声が上がる。
360億円もの借金漬けにしておきながら、どの口が言うのかである。さらに新聞広告やテレビスポットなど莫大な広告収入があるからといって、放漫経営を見て見ぬふりをしていた地元メディアは許されるのか。地方の老舗企業と金融機関、そしてメディア。三方が長期にわたって持ち上げ、自己満足に浸っていただけではないのか。どこの地方にも見られるもたれ合いの構図が浮かび上がる。それが山形屋を苦境に追い込んだ元凶であることは否定できない。関係を断ち切ることが再建の第一歩だと思うのだが。果たして。
今から15年くらい前だったか。カジュアルファッションは、急激なグローバル化とナチュラルモードに振れ、それまでのジーンズ主体のスタイルが急激に凋落していった。回復する兆しは一向に見えない。ジーンズカジュアル店のライトオンがワールド系の投資会社の傘下入りしたしたが、抜本的な改善策は見通せず、経営再建が容易ではないことを象徴する。代わって台頭しているのが、アップルのスティーブ・ジョブスが着こなした「ノームコア」とスウェットパンツなどをタウンに着用する「アスレジャー」だ。
中でもアスレジャーは、アーバンスポーツウェアというカテゴライズでも伸びており、スポーティーなテイストはアメカジを駆逐してすっかりマーケットを形成したように感じる。主力アイテムの一つがスウェットの「パーカ」だ。2010年代以降は、ラグジュアリーブランドがストリートファッションとの融合で高級素材を使ったものを売り出したり、カジュアルSPAからファストファッションまでが定番アイテムに仕立てたりと、市場に溢れている。
今やストリートファッションの定番アイテムとなったスウェット素材のパーカは、正しく「フード付きのスウェットシャツ 」を意味する。フランス語ではCapuche(女:カピュッシュ)、またはCapuchon(男:カピュション)と表記。最近ではフーディ(Hooded Sweatshirt、フーデッドスウェットシャツを省略したもの)とも呼ばれる方が多くなった。だから、当コラムでもフーディという表記で統一する。
暖冬が続いているので、正式には本格的な防寒着を指すパーカ(毛皮を用いるようなもの)は、九州のような南国では求められない。逆にスウェットのフーディは少し肌寒くなった日からレザージャケットを重ね着すれば真冬、コートのインナーアイテムとして春先までほぼスリーシーズン着ることができる。そのためか、生地は初夏でもいける8オンス台のものから12オンス以上のヘビータイプまでと様々だ。素材もポリエステルやポリウレタンなどの合繊、吸湿性を重視した綿混紡、裏側がパイルや起毛、ボアを貼ったものまである。
スウェットのフーディはトレンドに左右されない。身幅や着丈を伸ばして、ややオーバーサイズ化される程度だ。デザインはプルオーバーからジップアップ、ポケットは手を温めるカンガルーの他、物を入れても落とさない片玉縁のスラッシュ仕様もある。ブランド力とディテールで多少の変化をつければ売れ筋になると、各社が企画している。ただ、ユニクロがデザイナーとコラボしたUNIQLO : CやヨウジヤマモトのGround Yまで企画している点を見ると、他にアイデアはないのかと思ってしまう。もうお腹いっぱいって感じだ。
今から48年前に公開された映画「ロッキー」。主人公のボクサーを演じたシルベスター・スターローンがロードワークの時に着ていたのは、少し薄手に見えるスウェットのフーディとパンツだった。アスリートがスポーツウェアとして着ると様になるのだが、アスレジャーだと他のアイテムの組み合わせ方次第で、カッコよくもダサくもなる。例えば、米国映画に出てくるデリを襲ってカネを盗む強盗は、決まってフーディやキャップ、レザージャケットといった出たちだ。まあ、日々の生活に困って強盗をする輩がおしゃれをする余裕はないはずだが、それがなおさら陳腐に見えて同じ着こなしは嫌になってくる。
いい加減にフーディ一辺倒からモデルチェンジしてもいいのでと思うが、どのブランドともデザインを変える様子はない。今シーズンも同じ仕様のものが各ブランドでラインナップされている。ならば、自分でやるしかないと、久々にリ・デザインをしてみた。筆者の場合、フーディはタウンユースだけでなく、ジムでのトレーニングや街中でのランニングでも着ているので、10オンス以上の厚手を数着持っている。そこで、フード部分を「スタンドカラー」にしてはどうかと、一番古いものをベースに試作をしてみた。
デザインイメージはフード部分を半分程度の位置でカットし、高めの襟にするもの。加えて、フードのカットで残った生地を利用しトレンチコートのような「チンウォーマー」を作る。左右の襟にボタン留めにすれば、襟が倒れない。これならランニング時の風除けはもちろん、トレーニング時にマットに寝転がってストレッチする時にも後ろ首に負担がかからない。デザイン的には陳腐なアスレジャーを脱してミリタリー風になるので、多少はカッコよく見えるだろう。寒くなれば上にアウターを着てもいい。ボンバー、テーラー、チェスターフィールドと、いろんな上着との相性もいいのではないかと思う。
試作でイメージを固め、仮縫いで微調整する
試作のリメイク手順は以下の通りになる。
1.フード部分の半分やや下に立ち襟の出来上がり線を引く
2.出来上がり線よりやや上(見返し部分)をカット
3.フードの重ね布を開いて芯を入れ、アイロンで接着する
4.立ち襟を合わせてミシンで縫い合わせる
5.余った布でチンウォーマーを作る
6.ウォーマーの左右にボタンホールをつける
7.襟にボタンを縫い付け、チンウォーマーを固定
あくまで手持ちのフーディを利用した試作なので、正確なサイズを割り出した型紙などはない。通販で購入し20年ほど着古したもので仮縫いし、大まかなサイズを割り出すためだ。まず、襟の高さを決める。スタンドカラーで風除けを考えると、タートルネックより高い位置、顎より上の唇が隠れるくらいの高さ。それを出来上がりの線にしようと考えた。前襟は身頃の縫い合わせから14cm、後ろ襟は10cmと決めた。前襟は前に落ち開き気味になることを予測して高めの設定とした。それに見返し部分2cm程度を加えた線で、フードをカットする。
カットした状態で立ち襟の高さを仮縫いする。前後左右と見返し部分をピンで止め、立ち襟の形を組み立てた。前襟分の高さはほぼいいが、後ろ襟が多少高すぎたので7cm程度に修正する。これならトレーニングマットに転がってストレッチする時も襟がもたつくことはないだろう。フード部分は初めから生地が二重になっている。そこでカットした後の襟部分にはこしを出して立ちやすいようにするため、内側に芯を入れてアイロンで接着する仕様にした。
ただ、襟部分に芯を入れても、それだけで立ち襟状態が維持されることはない。そこで、トレンチコートに付属するチンウォーマーを取り付ける。これなら襟の倒れや開きを防止でき、防寒機能も果たせる。フード部分をカットした残布をそのまま使い、ヘキサゴン状にカットし、これにも内側に芯を入れた。トレンチコートと同じように左右のえりにボタンで留めるようにボタンホールを切り込んだ。元のフードは被った時に頭巾状に絞るための紐が入っている。チンウォーマーはその左右の穴が隠れるような位置に取り付けた。リデザイン、リメイクは前の仕様をいかに消し去るかの工夫も必要だ。
今回のリ・デザインに行き着いたのは、12オンス程度で厚手のスウェットシャツにはフーディか、プレーンなトレーナーしかないのがきっかけだった。差別化と言っても、胸元か背面のプリントくらいだから、個人的にはすっかり陳腐化している。着こなしもフーディのプルオーバーはそのまま被るので、インナーにシャツを着たところで襟元くらいしか見えない。フード部分が強調される着こなしは、やはり上に着るアウター次第となる。逆にジップアップは前空き状態ではインナーを見せることになり、それがおしゃれかどうかは、着る人間によっても変わってくる。見方によってはだらしなくもある。
厚手のスウェットシャツでフルジップが登場しないかと待っていたが、あるのはスポーツ用のジャージばかりで、しかも薄手だ。スウェットシャツで毎シーズンにローンチされるデザインものは、フーディしかない。最初はジップアップのフードをカットして、立ち襟の上部端まで新たなファスナーに切り替えることも考えた。しかし、その仕様では新たにファスナーを注文し、付け替えなければならない。元のファスナーは不要になって、SDGsの流れに逆行する。できるだけ、利用できる部分は利用し、新たな材料も手持ちのものを再利用したい。そこで、プルオーバーのフードをカットして、立ち襟にするデザインを考えた。
これならカットして残った生地は、チンウォーマーに再利用できる。芯は余っているものを使った。チンウォーマーを取り付けるボタンは、ジャケットについている予備のものがいくらでもある。過去に購入したジャケットはほとんどが黒なので、ボタンの色もほぼ黒。白系もいくつかある。袖口用は四つ穴で、デザインもほぼ似通っている。見た目で多少の色違いはわからない。リメイクなのだから十分に許容範囲内だ。完成したのは、スタンドカラースェットシャツとでも呼ぼうか。略してスタンディ。
リ・デザイン、リメイクなので、クリエイティブワークなんて声高に叫ぶつもりはない。ただ、市場にはあまりにフーディばかりが溢れているので、それに代わるものを作ってみたかっただけだ。無いものを作るのは楽しいし、試作は自分なりにはよくできたと思う。フーディは他にもトレーニング用が何着か持っている。また、モードっぽいフードブルゾンもある。
これらも同じ仕様で立ち襟にリメイクしてみた。気温はまだまだ高い状態が続いている。よほど低温にならない限り、屋外でのランニングはスウェットで十分だし、薄手のブルゾンもこれから重宝すると思う。この秋冬に活躍しそうなアイテムがまた増えた。
九州経済産業局が10月9日に発表した九州と沖縄の百貨店とスーパーの販売額(2024年8月期、515店)は、前年同期比5.6%増の1516億円で、35ヶ月連続で前年実績を上回った。そのうち、百貨店(17店合計)は3.4%増の352億円で、訪日外国人による高級ブランドの購入などインバウンド(訪日外国人)消費が牽引した。8月だから帰省によるお土産物需要もあったと思うが、11月の米国大統領選挙次第では、円高に揺り戻すことも考えられる。百貨店としてはインバウンド頼みからの脱却も考えておかなければならないだろう。
ただ、筆者の生活圏である福岡・天神界隈では、訪日外国人の若者を主体としたアパレル消費が有名ブランドから身の丈にあった物にシフトしている傾向だ。特にショップが並ぶ天神西通りから大名エリアは韓国や台湾からやってくる若者も少なくないが、コロナ禍以前とその後では大きく変化している。以前はシュプリーム、ディーゼル、チャンピオン、ポールスミス、APCなどに韓国などの若者が多数訪れて買いものする光景を見た。ショップのスタッフからも外国人の若者が多く買っていくとの話が聞かれた。
ところが、新型コロナウィルスの感染拡大で入国が制限された2020年の春以降は、福岡・天神界隈でも訪日外国人が激減。天神西通りや大名を歩いているのは仕事関係の日本人くらいしか見かけず、この傾向は23年の年明けまで続いた。一番の書き入れ時である冬物商戦、クリスマスのホリデーシーズンにも関わらず、若者の姿はまばらだった。制限が完全撤廃された23年4月末以降は訪日外国人の若者も回復傾向にはあるが、ブランドショップの売上げに占める外国人の割合はコロナ禍以前には戻っていないと、スタッフは口々に言う。
代わって外国人の若者が訪れているのが古着店だ。2021年9月、海外古着専門店のJAMが大名のまんだらけ横にオープン。22年秋にはゆとりが大分市から大名に進出。同12月には東京・下北沢などで人気のデザートスノーも出店した。他にも大名エリアにはカカヴァカ アール、西海岸、地元店など20店舗近くが立ち並ぶ。こうした古着店は外国人の若者までを集客している。彼らも古着店を巡って気に入ったアイテムが見つかると、買う傾向に変わってきている。背伸びして有名ブランドを購入するのではなく、種類が豊富で値ごろアイテムが多い古着の方が買いやすいと気づいたのか。外国人の若者の成熟度がうかがえる。
訪日外国人でもファミリーが主体の中国客は、百貨店の1階で海外のラグジュアリーブランドやアクセサリー、化粧品を購入するものの、上階のファッションフロアまで訪れる様子は見られない。週1回は覗いている西通りのZARAもレディスと子供服のフロアこそ、中国人のお客が買い物する様子が見られるが、メンズフロアではほとんど見かけない。代わって多くの中国人を見かけるのがミーナ天神1~2階のユニクロ、3階のGUだ。見た目ではほぼ半数近くが中国人らしき旅行客。こうした傾向は福岡に限ったことではなく、全国の主要都市でも同じではないだろうか。
先日、ファーストリテイリングの2024年8月期決算が発表された。売上収益は3兆1038億円で前期比12.2%増。営業利益も5009億円で、同31.4%増と絶好調だ。決算のサマリー(要旨)にはユニクロ事業は韓国、東南アジア、インド、豪州の他、北米、欧州でも大幅な増収増益と記されている。だが、国内事業でも成熟による日本人のユニクロ離れを訪日客の購買が下支えしているのではないかと感じる。円安が続く限り、ユニクロやGUの国内売上げにはインバウンドによる押し上げ効果もあると見て間違いないだろう。
中国人客が百貨店で高級ブランドや化粧品を購入しているのは、三越伊勢丹HD傘下で岩田屋三越が運営する「岩田屋」で見られる傾向だ。一方、同系列の「福岡三越 」では訪日外国人は9階にある100円ショップの「ダイソー」を訪れるだけで、他のフロアはスルーしているという。福岡三越は開業時、9階には催事場やNYメトロポリタン美術館のショップを併設した「三越ギャラリー」を設け、加えて「八重洲ブックセンター(蔵書30万冊)」を誘致。「シャワー効果 」でお客に他のフロアを回遊してもらう手法をとった。これを評価する地元小売業の幹部がいたが、筆者は懐疑的だった。
なぜなら、催事場での定期的な物産展やギャラリーでのアート催事は常に魅力あるものを連発しなければ、集客効果は発揮できないからだ。福岡三越の開業と同じ年にイムズなどから福ビルに移転した「丸善」ですら蔵書は75万冊を誇るのに、わずか30万冊の八重洲ブックセンターが集客力があるとは思えなかった。地下2階にデパ地下、地下1階にヤングブランドを集積し、1階には宝飾品とブランド化粧品などが配置されたものの、それ以上と9階をつなぐフロアにはレディスプレタ、ゴルフウェア、誂え服などありきたりで、強力な売場やテナントがなかったのだから、シャワー効果と言っても実効性を欠くのは目に見えていた。
福岡三越は筆者がニューヨークから福岡に戻った翌1997年の10月1日に開業した。96年秋には経営破綻する前の岩田屋が新館Zサイドをオープンし、97年春には大丸福岡店がエルガーラを増床。地元のみならず全国メディアまでが第3次天神流通戦争勃発へと捲し立てた。筆者の元にもファッション業界誌各誌から取材依頼が舞い込み、Zサイド、エルガーラ、福岡三越と3店舗全てについてルポをまとめた。特に福岡三越ではプレスプレビューで、出入り業者の代理店や印刷会社などにメディア各社をアテンドさせるなど、「仕事が欲しいのなら…」と大手百貨店らしい横柄さを見た感じだった。
また、日本橋本店から転勤してきたと思われる広報の女性スタッフが地方である福岡を小バカにする言動も鼻についた。だが、ニューヨークでバーグドーフ&グッドマン、ブルーミングデールズ、バーニーズ、メイシーズ、サックスの隅々まで見てきた人間からすれば、福岡三越と比較すると「すぐに化けの皮が剥がれるよ」との思いの方が強かった。三越だからと期待したアパレルも、NYブランドの「アイザック・ミズラヒ」、高感度セレクトショップの「ヴィア・バス・ストップ」くらいしかなかったからだ。ただ、どちらも売場が小さくて品揃えの奥行きがないため、お客にとっては購入の選択肢になりにくいとの印象を受けた。
マーケティング力とリーシング力の両方が不可欠
しかも、福岡三越が入居するソラリアターミナルビルは特殊な構造だ。ビルの2階部分は全てが西鉄大牟田線の福岡駅で、売場はない。3階もフロアの半分以上がバスセンター、4階にはタクシー乗り場、5階から7階には駐車場が併設されている。1階フロアは公園通り、中央通りで3つに分断され、北側のライオン広場に面するフロアには東側にエスカレーターがあるが、それは3階への上りのみ。地下2階から9階に上り下りするのは1階南フロアの中央エスカレーターか、渡辺通りに面する展望エスカレーターと同エレベーター。中央エスカレーターは2階に売場がないため、直接1階と3階をつなぐ急勾配になっている。
そのため、誘客を考えて3階にヤングやファミリー受けするGAPを誘致したと推察される。また、3階以上は売場がフロアの南側になるため、展望用のエスカレーターやエレベーターを設置し、上階にはカフェを導入するなど南の国体道路側からも誘客できるようにしたのは理解できる。だが、北側の岩田屋(開業当時)や新天町、ソラリアステージ、西側のソラリアプラザから流れるお客の方が圧倒的に多く、それらがライオン広場側の売場からそのまま上階に行けない客動線は難点と言えた。福岡三越の開業から27年が経過した今になって、ハード面の難点が訪日外国人の誘客に影響しているのではないかと考えられる。
2005年には地下鉄七隈線の開業に合わせて天神地下街が南側に約300メートル延伸した。これは福岡三越にとっても七隈線の天神南駅や地下街からのお客を南側の展望エスカレーターやエレベーターで階上に回遊させることができると、期待したと思う。だが、どこまでの集客・回遊効果を生んだかはわからない。12年には9階にコムサデモードの「コムサマチュア 」をリーシングし、中高年の集客や階下へのシャワー効果に期待したようだ。しかし、この時点ですでに力を失っていたアパレルブランドを導入しても仕方ないのではとの印象だった。案の定、このテコ入れ策は失敗に終わった。
2014年9月、福岡三越は名古屋の栄三越に隣接する「ラシック」を地階1階に導入。ノース、センター、サウスの3ゾーンで構成するラシック福岡天神は、アパレルや雑貨、レストランなど新業態17店、九州初18店、西日本初9店、日本1号店9店など58店舗で構成した。これ以降、高級時計や宝飾品、化粧品を除くと、ラシック福岡天神が福岡三越の屋台骨を支えているといっても過言ではない。ラシックは23年には9階の免税店跡にも拡張された。そのテナントがダイソー(スタンダードプロダクツ、スリーピーも併設)なのである。
ダイソーは韓国や中国などでも認知度が高く、日用品や雑貨が安く種類が豊富なことから多くの訪日外国人が購入している。天神地区ではダイソーの大型店は天神北のイオンショッパーズ店の他にはラシック福岡天神店にしかない。福岡三越は天神地下街を挟んで東側に大丸福岡店、西側にはソラリアプラザ、岩田屋、天神西通り、北側にはヴィオロ天神、ソラリアステージ、福岡パルコと買い物では回遊性がいい。にも関わらず、訪日外国人がダイソーで買い物するだけで他のフロアに回遊しないのは、福岡三越が訪日外国人の購買変化をうまく分析できていないことが考えられる。
というか、基本のマーケティング戦略は日本人が対象で、インバウンドはあくまでプラスαのはず。訪日外国人の若者では、アパレルではブランドから古着へと購買が移っている。ファミリーを主体とした中国人客もユニクロやGUで買い物し始めていることを考えると、購買行動は徐々に成熟していると見ていいだろう。アパレルを主体とした買い物から、カルチャーや体験などコト消費にシフトするのも時間の問題だ。いくら店名に三越がつくと言っても、富裕層を対象にするのは日本橋の本店に過ぎない。福岡三越はあくまで地方店なのだから、地元市場を掘り起こす戦略が第一で、その次がインバウンドではないのかと思う。
その点、同じ三越伊勢丹傘下でも岩田屋の戦略は巧みだ。福岡市は支店経済の街で東京からの転勤族が多い。そのため、伊勢丹新宿店の顧客が福岡に引っ越すとそのまま伊勢丹系の岩田屋で買い物しているという話は、前々から聞いていた。伊勢丹はそんな岩田屋が2002年に経営破綻すると、スポンサーとなって06年に完全子会社化し、販売動向をさらに細かく精査してマーケティングに磨きをかけた。その結果、新宿店のテナントの中で福岡で売れそうなものを岩田屋にリーシングし、即顧客が付くという好状況を生んでいる。
伊勢丹の顧客が東京で買っていたものを福岡の岩田屋でも買えるのが理由だろう。さらに2023年11月のデパ地下リニューアルでは、東京ブランドだけでなく、九州の老舗も導入している。一つは「紀ノ国屋 」で九州では初の展開となった。紀ノ国屋渋谷店と同じくPBやグロサリー、焼き菓子などが並んでおり、筆者もこれまで何度も購入しているが、レジにはいつもお客が行列をなしている。転勤族だけでなく、地元客も捉えたのは間違いない。
もう一つが福岡では知る人ぞ知る食のセレクトショップ「わた惣 」。2024年4月、紀ノ国屋の隣にオープンした。麻生太郎自民党最高顧問の地元飯塚市に本店を構えるが、ようやく福岡市にも進出してくれた。思い返すと、丸井が13年に福岡進出を決めた時、アンケートで「どんな品揃えのお店を集めて欲しいか」と問われ、「わた惣のような和食材をセレクトする店」と回答したが、実現しなかった。他にもそうした声はあったと思うが、丸井にそこまでのリーシング力はなかったようだ。
だが、伊勢丹はそんなノイジーマイノリティを見逃さなかった。わた惣と根強く交渉をしたようで、ようやく出店にこぎつけてくれた。筆者は紀ノ国屋とわた惣が出店したことで、岩田屋では以前にまして食材の購入数、金額が増えている。こればかりは伊勢丹の力を認めざるを得ない。というか、お客は百貨店に欲しいものがあれば買うわけで、コンスタンスに買う人間の絶対数が増えれば、店は売上げを伸ばせるのだ。これは福岡三越にも言えることである。
福岡三越は同系列の岩田屋に対しライバル意識は持ちつつも補完関係でないと、地方ではやっていけない。親会社の三越、伊勢丹が経営統合したとはいえ、企業文化の違いや派閥争いが未だに燻っているのか。ただ、それを地方店に持ち込むようでは戦略の軸がぶれるし、売上げ状況が好転するとは思えない。マーケティングに磨きをかけ、いかに地元市場を掘りこす商材を充実させるか。個人的には百貨店に高感度なアパレルは期待しない。
だから、天神にあったらいいのはまずIKEA。郊外の新宮まで行くのが面倒なので、インテリア雑貨や食品主体のサテライトストアで構わない。また、東京・合羽橋に行くと必ず立ち寄る「飯田」。調理器具が豊富なので出店してくれるとありがたい。果たして三越のリーシング力はいかに。
10月も気温が高い日が続くとの気象予報から、POP UP STOREの開催を遅らせたアパレルメーカーがある。先日、「福岡では11月の第二週末に開催する」とのメールが来た。顧客の実需、実装が暑秋暖冬で遅れると予測し、秋冬物の完全ラインナップを10月末ギリギリまで後ろ倒し。POP UP STOREで生地感やサイズを確認してもらった後、オンラインストアでの購入に誘う手法だ。また、別のアパレルはオンシーズンで商品化する全アイテムのスワッチを先行販売しているが、それではアイテムのイメージを掴むのは難しいので、POP UP STOREで現物を確認した上での購入を呼びかけている。
一方、デベロッパーは商業施設における秋冬商戦に勢いをつけようと、お客が抱えるファッションやメイクなどの悩みに寄り添うサービスに注力している。それが「あなたに一番合う服や色を診断します」と謳った骨格診断やパーソナルカラー診断 だ。三井不動産のSC、ららぽーと福岡でも先月にオープンした体験型サテライトショップ「LaLaport CLOSET 」が、「自分の骨格、体型にはどんな服が似合うのか」「肌や髪に合うパーソナルカラーは」といったお客の悩みに答える診断サービスを始めた。
診断体験は事前のWEB予約が必要で、骨格、パーソナルカラーともに有料になる。骨格診断は最新鋭の3Dボディを使って行われ、所要時間60分で料金は1000円と手頃。パーソナルカラー診断はトータルコーディネートのサービスがついて同80分で8000円とやや高め。プロのスタイリスト診断&コーディネート体験(8000円、90分)もある。また、福岡に店舗がない「STYLEMIXER」、閉店してしまった「MAYSON GREY」を含む約10ブランドの試着服が用意されている。スタッフが診断結果をもとに似合う色やフィットするスタイリングをアドバイスしてくれ、気に入れば通販サイト「&mall」で購入も可能だ。
さらに店内に設置されたAIカメラが推奨のアイテムやお客の顔に合ったパーソナルカラーを診断する。画像データはミラー型のファッション診断ディスプレイ「+PLUS MIRROR」に映し出される。こちらのサービスは無料だ。ようやくというか、すでにここまで来たということ。もう商品を作り、それを店に品揃えし、お客を迎える。とにかく四の五の言わずに売れ、という旧態依然とした手法では、お客にもスタッフにも響かない。お客の立場で「本当に自分に似合った服やメイクなのか 」という疑問に対し、スタッフはカウンセラーとして「ご安心ください。プロの私が懇切丁寧にアドバイスいたします 」と、寄り添うのだ。
ららぽーと福岡は、マンツーマンで、フェイスツーフェイスで対応する施設を開業したわけだが、ネットではアパレルやコスメの診断サイトは枚挙にいとまがない。代表的なものではセレクトショップのユナイテッドやベイクルーズ、量販SPAのユニクロが開設。服よりもごまかしが効かないアンダーウエアではピーチジョン、注文ミスや返品を防ぎたい通販のセシールやベルーナも骨格診断をセルフチェックできるようにしている。化粧品メーカーでは資生堂が30秒で完了を打ち出したパーソナルカラー診断をネット上で可能にしている。
各社の骨格診断は概ね以下のように分類される。
1)ストレート…厚みがあるメリハリボディ。似合う服はハリのある質感でシンプルなデザイン、ボディコンシャスなもの。
2)ウェーブ…体躯が薄くて華奢なカーブボディ。似合う服はソフトで華やか、フェミニンやソフトコンシャスなもの。
3)ナチュラル…フレームがしっかりしたスタイリッシュボディ。似合う服はラフで、リラ
ックス、ドライな質感、洗いざらしなど。
パーソナルカラーについてはまず肌の色みを見て、イエローベース(イエベ)なのかブルーベース(ブルベ)なのかを判断する。そこからさらに、明度や彩度、質感などを考慮し、イエベ春、ブルべ夏、イエベ秋、ブルべ冬の4パターンに分類される。詳細については専門家ではないので、詳細は割愛させていただく。
販促策か、ビジネスか
LaLaport CLOSETでの診断サービス料は骨格が60分で1000円だが、パーソナルカラーは80分で8000円、プロのスタイリスト&コーディネートは90分で8000円と、やや高め。自分で商品を選んで着こなし、自分に合ったメイクができる人にとっては、そこまでの大枚を払うなら、服やコスメに投資した方がいいと考えるだろう。しかし、商業施設のイベントでは若い女性が長蛇の列を作っている様子を見ると、「私のセンス、これでいいのか」という切実な疑問を持っている人は意外に多いのかもしれない。
筆者がニューヨークにいた1990年代半ば、現地ではすでに一流ブランドのコスメを活用したスキンケアなどのサービスは定着していた。ホテルなどに配置されたガイドブックやフリーペーパーの広告を頻繁に目にした。単に香水や化粧品を販売するのではなく、ヘア&スキンケアまで行うサロンという体裁だった。百貨店のブルーミングデールズやサックスフィフスアベニュー、メイシーズの1階には、日本と同様に著名なブランドから自然派までのコスメが乱立し、美容部員がお客へのアドバイスに余念がない。そうしたものから一歩進んだコスメのパーソナルカラー診断は90年代ですでに当たり前だったようだ。
特にニューヨークはいろんな人種、民族がひしめきあっているので、骨格はもちろん、髪や目の色が様々だ。アパレル関連の骨格診断は特には見かけなかったが、高級ブランドの顧客サロンではシークレットで同様のカウンセリングが行われていたと思う。また、一見白人でブランドヘア、ブルーアイに見えても、ゴールドのヘアダイを行ってカラーコンタクトを入れている女性も多いと聞いた。欧米では美しくなりたい、きれいに見せたいとの願望は日本人より遥かに強い。つまり髪と目の色の分だけ、いろんなパーソナルカラー診断ができるわけだ。サービス競争に熱が入るのも当たり前だろう。
ところで、日本の骨格診断はどうだろう。そもそも各アパレルは、初めからターゲットを絞ってブランド開発を行っている。だから、狙う客層でウェーブ、ストレート、ナチュラルの骨格が決められているように感じる。例えば、ワールドはもともと地方専門店への卸が主流だったこともあり、ヤングアダルトからマチュアまでコンサバ系(博多弁で、よか嫁さんになるタイプ)を対象としてきた。そのため、フェミニンなテイストがベースになったウェーブ系のデザインが主流だと感じる。
イトキンもブランドの多くがウェーブ系と言える。皇后陛下雅子さまが外務省の職員時代に着ていたことで話題となった「ジョルジュ・レッシュ」のようなキャリアウーマン向けのブランドもある。だが、それとてスタイリッシュなナチュラル系かと言えば、そうではなくてフェミニンなテイストから大きく外れることなく、あくまでコンサバキャリアを貫いていた。「ミシェル・クラン」や「シビラ」のようなキャラクターブランドも、日本人女性の骨格に合わせたウェーブ系で落ち着いている。
オンワード樫山では「ICB」のような国際ブランドがスタイリッシュなナチュラル系に振れてはいるが、多くが売れ線狙いなのか。やはりフェミニンなウェーブ系でまとめられている。一時、雑誌発のモデルにスポットが当たった時、田波涼子を起用した「ヴァニラコンフュージョン」を開発したが、上品さ、女性らしさから大きく抜け出ることはできなかった。売れることを考えれば、アングロサクソン系に多い骨格のナチュラル系は、見た目はカッコ良くても日本人の多くの女性には、似合わないという結論だったのだろう。だからこそ、骨格診断が必要になるのだが。
ブランドを見ただけで、テイストが一目でわかるのがギャル系だ。「セシル・マクビー」や「マウジー」、「マークスタイラー」は、グラマラスなストレート系になる。このテイストを好む層は30代以降、結婚、出産を経ても変わらないようでお姉ギャルとして君臨する。中には「スタイルミキサー」のようなクリエイティブでモードなテイスト、ナチュラル系をターゲットにするものもあるが、これは運営企業のバロックジャパンリミテッドが「エンフォルド」や「サカイ」を意識したと見て取れる。
ナチュラル系にはファーストリテイリング傘下の「セオリー」がある。ニューヨーク発のブランドで、アングロサクソンを対象とするから当然だろう。シンプルでスタイリッシュ、無駄な装飾を施さないカッティングは、腰骨が高い位置にあり、骨格質の体型だから似合うのだ。その意味では、ファストリがユニクロでジル・サンダーと協業した「+J」も、スタイリッシュでナチュラル系の系譜を外れてはない。
興味深いのはユナイテッドアローズの診断サイトで、ナチュラル系に「ラフ」「ドライな質感」「洗いざらしの風合い」と表現されていたこと。つまり、コットン100%の白Tや色落ちしたジーンズが似合う骨格を意味する。これを読んで、今年5月に公開された「帰ってきたあぶない刑事」に出演した女優の浅野温子さんのことを思い出した。彼女は20代の頃、「普段着はいつも洗いざらした白のTシャツとジーンズ 」と語っていた。至ってシンプルな着こなしだが、誰もが似合うわけではない。若かりし頃の浅野温子だから着こなせた。それは彼女が骨格的にナチュラルだったからである。
骨格診断やパーソナルカラー診断は単なる販促手段ではなく、もはやビジネスとしての側面を持っている。カウンセラーの育成自体を商機と見て、協会や学校が資格取得を謳い文句にして受講生を集めている。従来のヘアメイクやネイルといったイメージ&感性先行型から骨格や髪、肌の色をベースにした理論型のスキルを取得できるとなれば、若い女性やリスキリングを考えるOLなどが飛びつくことも考えられる。そのためには専門学校などもさらにカリキュラムを充実させなければならないだろう。
業界自体も専門のカウンセラーを育成していくことが求められる。そのためには販売員研修の内容を骨格診断やパーソナルカラー診断的な側面で見直していく必要がある。とにかく、売れ売れではなく、似合うを売ることが肝心なのだ。そうした社員を育成していくのであれば、業界を志望する人も増えていくのではないか。また、商品開発やマーケティングに骨格やパーソナルカラーの条件を加えることで、紋切り型のブランド構成から脱却できるヒントが生まれるかもしれない。業界にとってもプラスになるだろう。
さる9月19日、ファーストリテイリング(以下、ファストリ)は、傘下ブランドの「GU」をニューヨークにオープンした。場所はマンハッタン・ソーホー地区のブロードウェイ沿い、プリンスストリートと交差する角地。同業態の常設店としては米国初で、併せて米全土に配送するオンラインストアも開設された。
GUはこれまで日本に440店、台湾に22店、中国(香港含む)14店(2024年5月現在)と、東アジア地区のみでの展開だった。ニューヨーク出店は米国マーケット開拓の足がかりとなるわけだが、併せて同地には世界市場の攻略を加速するための「グローバル本部(GHQ)」も開設された。GUは2023年にニューヨークに商品本部を設立しているが、今後は同組織が米国における本社機能を担い、マーケティングや商品開発、売場づくりなどを立案するという。まさに米国本社がGU事業の全てを仕切ると見て間違いないだろう。
では、GUがここまで踏み出した理由は何か。あくまで私見の域を出ないが、以下のような3つがあると考える。
1.世界制覇にはグローバルブランドたる事
ファストリが日本発のユニクロを世界で通用するブランドに育て上げたのは、確かだ。創業者の柳井正CEOは世界のトップアパレルを目指す上で、自分の後任となる経営者については「ヘッドハンティングする 」「日本人でなくてもいい 」と公言してきた。結果的にユニクロの社長には店長上がりの塚越大介取締役を抜擢した。ただ、同氏が米国事業で業績を上げたのが評価されたのは間違いない。柳井CEOは近年、グループ全体で年商10兆円という目標を掲げており、そのためにはGUも世界を攻略できるブランドに仕立てなければならない。本社機能を米国に置くのはその布石と考えられる。
ユニクロがユニセックス、ノンエイジのベーシック路線を行くの対し、GUは「安くて、トレンド」を追求するファストファッションだ。GUの柚木治社長は「将来的には国内も海外もユニクロと同程度に出店したい」との考えを示す。しかし、日本は少子化でトレンドに敏感な若年層が減少しており、ファストファッションの市場は縮小する。まして中高年はGUのテイストを好むことはあり得ず、日本でユニクロと同程度の店舗が必要とは思えない。いずれ頭打ちになるのは目に見えている。一方、米国はアパレル全体で50兆円の市場規模があると言われる。加えて移民が多く99%が低所得者と言われ、ファストファッションにとっての市場性は大きい。GUが攻略できる余地は十分にあるということだ。
2.世界照準の商品開発に向けた体制作り
GUがグローバルブランドとなるには何も日本に本社機能を置き、日本人スタッフが企画にあたる必要はない。むしろ、グローバル本部が企画の主導権を握った方が世界に通用するアイテムが生まれ、ヒットする公算は高い。アシックスのオニツカタイガーが良い例だ。同ブランドの欧州向け商品では、現地化したセクションと現地のスタッフが企画したものを投入してヨーロッパ各国で高い人気を博し、日本のマニアの間でも高値で取引されている。GUにとっても世界を攻略するには、まず米国市場で認知され売上げ実績を積むこと。そのためには米国で売れる商品の開発に向けた体制をしっかり作り上げることが肝心なのだ。
GUは2022年にもニューヨークに期間限定店を開設している。多分、テストマーケティングの狙いだったと思うが、日本企画をサイズアップしたり、体型をカバーするドレスや柄物のフェミニンな商品を投入したが、あまり売れなかった。この反省から地元を知る人間が企画に当たらなければと感じたはずだ。今回の1号店では、日本でもヒットしているバレルレッグボトムスを打ち出すなど様子見のようだが、人気アイテムのヘビーウェイトスウェットではニューヨーク限定カラーも投入。アンダーカバーとのコラボアイテムのニューヨーク限定商品もあることから、売れ行きを見ながら逐次修正をしていくのではないか。
3.米国第一主義に即応したサプライチェーン構築
2021年1月5日、ユニクロのコットンシャツがロサンゼルス港で米国税関によって差し止められ、米国に上陸できない状態に陥った。これに対し、ファストリは「弊社製品の生産過程において強制労働が確認された事実はありません 」と、すぐさま反論した。だが、いくらトレーサビリティを徹底したところで、製造に米国が敵対する中国が絡めば、今後もあらゆる難癖がつけられるリスクがある。11月の大統領選でトランプ氏が返り咲けば、米国第一主義を掲げるのは間違いない。すでに大統領選の公約として、メキシコで生産しアメリカに輸入されるすべての自動車に対して100%の関税を課すと語っている。
それだけではない。シーインやテムといった低価格アパレルの「越境EC 」にも、何らかの規制が加えられる可能性はある。ファストリもそれはわかっているはずだ。現時点ではあくまで推測の域を出ないが、低価格アパレルは大幅な関税をかけても、高が知れている。ただ、トランプ氏が大統領になると、財政赤字が1100兆円も増えるとの試算がある。だから「取れるところから税金を取る」とまで踏み込むのか。それとも「米国で低価格アパレルを販売するには、米国と貿易協定を結ぶ親米諸国で製造すること」といった保護主義的な措置を取るのか。米政権は中南米からの不法移民を何とか阻止したい。そのためには、建前であっても中南米の貧国が経済的に潤うと見せかける懐柔策が必要となる。
手始めにアパレルのようなローテク産業で中南米におけるサプライチェーンを確立せよと、言い出しかねない。ギャップはすでに中米のホンジュラスなどでも製造している。それでも搾取の構図は変わらないとの意見があるが、それは別次元の問題だ。柳井正CEOがGUの柚木治社長に厳命した「(米国における)GUはファストリのすべての経験を活かすのだから、ユニクロの何倍ものスピードで黒字化して、最速で成長させるのがミッションだ 」は、米国事業における高速出店と急成長を示すもの。それを成し遂げるため、GUが新たなサプライチェーンの構築を目指すことは十分に考えられる。
米国市場を制するものが世界を制するのか
GUニューヨーク1号店はソーホー地区のブロードウェイ沿いにある。隣はノースフェイス、通り沿いでエリアの北側にはアメリカンイーグルやハーレーダビッドソン、南側にはアバクロンビー&フィッチ、ラコステ、ナイキと著名ブランドが軒を並べる。1号店の立地にはかつてはアルマーニエクスチェンジやヒューゴボスなども出店していた。まさに有名店が鎬を削るダウンタウンのブランドストリートの一角だ。
家賃相場はミッドマンハッタンに比べると安いかもしれない。だが、GUの店舗は地下一階、一階の2層で、売場面積は約290坪にもおよぶ。仮に年間家賃が500万ドル程度(1ドル143円換算で、約7億2500万円)と見積もると、坪あたりの賃料は250万円。GUは価格がユニクロより3割程度安いが、店舗のリース契約を最低5年するとその間の黒字化は不可能ではない。1号店のランニングコストを回収しながら、2号店以降の出店スピードを上げて稼いでいけばいいのだ。柳井CEOが柚木社長に発破をかけた理由はここにあると思う。
そこで次の出店先をどこにするか。考えられるのはSCなどのビルイン、都市の路面店だ。
柚木社長が語った「ユニクロと同程度に出店したい」ならば、全米で60店舗以上出店することになる。手始めにニューヨークでの展開にしても、ブランドショップの出退店は頻繁に行われているだけに、居抜きで出店できる物件はいくらでも出てくるだろう。米国本社はそうした不動産情報にも睨みを利かせながら、店舗展開を進めていくと思われる。
その先が他州での展開だ。ニューヨークから南のニュージャージー、西のペンシルベニア、北のコネチカットといったドミナント展開なのか。それともシカゴやアトランタ、マイアミ、サンフランシスコ、ロサンゼルスといった主要都市への飛び地展開になるのか。ユニクロと同じようなやり方を踏襲するにしても、物件情報を精査しながら出店していくはずだ。それにしてもスピードが必要なのは言うまでもない。
ただ、ファストファッションのH&M(へネス&マウリッツ)は、ハワイやアラスカを含め、全米にくまなく店舗網を張り巡らせ、200店舗以上を構える。GUとしてはオンラインストアがあるにしてもH&Mを超える店舗展開を進めなければ、米国での覇権を獲得できないことは承知のはず。GUはファストファッションのテイストだけでに、全米でも若者のニーズがある都市を中心に展開が進められるのは確かだと思う。
早急に構築しなければならないのが、米国市場に即応できるMDだ。元々、GUは他のグローバルSPAに比べると、型数をかなり絞り込んでコストパフォーマンスの高い商品を打ち出してきた。それらを壁面棚やハンガー陳列などで展開し、商品が見やすく整然として人的コストが抑えられる売場を作ってきた。ニューヨーク1号店でもこれらが踏襲されている。
GUの柚木社長は、ニューヨーク1号店の開店前に「トレンド、品質、価格を備える。最高のスタイルとクオリティを最低の価格で、絞り込んだコレクションを提供していく」と、大筋では日本での展開と変わらない路線を表明した。まあ、デザインやテイストの面では、米国の消費者に合わせていくと思われるが、MDの条件は変えないということ。あとは米国の消費者がどう判断するかである。
それにしても気になるのが景気だ。米国連邦準備制度理事会(FRB)が物価高騰を受けて2022年3月から23年7月にかけて計11回の利上げを実施し、政策金利を2001年以来の高水準に引き上げた。パウエル議長は「インフレ率が持続的に2%に向かっているとの確信を強めており、雇用とインフレ率の目標達成に対するリスクがほぼ均衡している 」とインフレ抑制の進展を強調。これに伴い、2024年9月17日~18日に開催した連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利を5.25%~5.5%から4.75%~5.0%へと、0.5%引き下げることを決定した。
ただ、2024年8月の米国小売業の売上高は、対前月比0.1%増と3ヶ月連続で増加した。ただ、これは食品などの生活必需品が値上がりしたからに過ぎず、衣料品については0.7%減少している。要因はこれまで市場を引っ張ってきたナイキなどスポーツアパレルが失速したことに加え、シーインなど低価格を売りにする越境ECの台頭がある。消費者の低価格志向が強まっているのは確かだ。GUとしてもそこに勝機があると踏んだのは間違いない。
一方、中国では不動産バブルが崩壊し経済の停滞感が強まっている。個人消費が冷え込んでいるからか、ユニクロのコピー商品が半額程度で出回っているほど。消費者が欺かれているのか、それとも格安コピーと知った上で購入するのか。どちらにしてもGUとしてはこうした消費性向を熟考した上で、出店拡大するなら中国よりも米国を優先したのではないか。グループ年商10兆円を達成するには、米国市場を制した先に世界制覇という命題が待ち受ける。一にも二にもGUニューヨーク1号店がロケットスタートして、成長に弾みをつけられるかにかかっている。