
先々週、このコラムでシャッター商店街の課題に触れた。今回は地方都市の創生やそれにアパレルが関わり始めていることについて考えてみたい。2014年だったか。第二次安倍晋三政権は、地方創生をスタートさせた。その初代担当相だったのが石破茂現総理である。先の総裁選でも地方創生を公約に掲げるほどで、政権の看板政策と位置付けている。2025年度は対前年度比で2倍の2000億円の交付金(特別交付税)を計上する力の入れようだ。しかし、東京一極集中には歯止めがかからず、企業誘致につながっているかは疑問という声も少なくない。
折しも、米国ではトランプ政権が世界各地で人道支援事業を行うUSAID(国際開発局)を国務省と統合する計画を進めている。米国政府のデータによると、2023年に680億ドル(約10兆円)が国際援助に使われている。しかし、現地での作業の大部分は、USAIDが契約し資金提供している他の組織が請け負っている。人道支援が名ばかりで、組織の利得になっているものもありそうだ。つまり、トランプ大統領が連邦政府予算で支出を削減すべき部分を特定するように指示したのであれば、それは当たり前のこと。日本の地方創生、その交付金の使われ方にも無駄はないのか。メスを入れるのは当然だと思うのだが。

何のために地方創生を行うのか。一番は地域の人口減少を抑えるためである。地域に雇用がないから若年人口が流出する。それには地域で仕事を生み出すことが不可欠だ。並行して東京一極集中を是正し、地域に人を呼び込む必要がある。移住する人々と地域に残る人々を一体で支援する仕組みも不可欠だ。こうした目的を達成するためにどんな事業に取り組むか。政府は地域性をもつ産業の振興、観光地の再生、医療や交通、買い物などの改善、防災の強化、賃金の上昇と生産性の向上、子供達が地域の魅力を再発見する教育、文化や芸術、スポーツの活用、DXインフラの整備、都市との人材のシェアを挙げている。
政府は地域の特色を生かして持続的な社会づくりを目指す取り組みに交付金を出してきた。にも関わらず地方は過去10年、人口減少に歯止めがかからない。交付金は単年度単位で割り振られるが、目標はたった1年で達成できるはずもない。事業を進める地方自治体が「これで地方が創生しつつある」との成果を認定するのは難しい。ただ、自治体が自ら財政負担しないとなると、どうしても目標や成果の設定が甘くなる。代理店やコンサルの手を借りれば、交付金が中央に搾り取られたり、ハード整備で建設業界にカネが流れるだけで終わることもあり得る。挙げ句の果てに予算を使いきれずに年度が終わると、成果の検証どころではない。
そもそも、事業内容が繁雑かつ広範囲に広がりすぎてはいないのか。例えば、「中心市街地を活性化する」という目的に対して、「省エネ設備を導入する」という事業が立案される。省エネは時代に即したものだから、市街地に人を呼び込むには不可欠だという理屈なのだ。しかし、人は省エネ設備を目当てに街にはやってこないし、買い物したり食事をすることもない。要は省エネ設備が導入されたからと、ダイレクトに賑わいが創出されることなどあり得ない。「自治体施設の整備支援」「商業施設の改修補助」についても、地元住民には多少のメリットはあるが、だからと言って他所からその地域に移住する理由にはならない。

「テレワークによる移住促進」。そもそもテレワークはパソコンとネット環境さえあれば、どこでも可能なのだから、必ずしも地域移住という構図にはならない。しかも、コロナ禍が収束したことで、オフィス回帰で減少傾向にある。テレワークでは社員間のコミュニケーションが不足し、チームの一体感が損なわれる。しかも、事務用品などの費用を会社が負担し、社員が出社しないのにオフィスを構えていたのではコストが増大する。それでも、テレワークを続けている人々は、「バンライフ」のような非定住型でフリーランスが大半だから、一時的に地域に移住してくれてもやがて去っていく可能性が高い。
「農業労働力の確保支援」は、生産コストの高騰や後継者不足など課題山積で、農業そのものに魅力を感じ得ない人が増えている現状で非現実的だ。令和の米不足で米価が高騰したため、一時的に収入がアップした農家もあるようだが、それが若者の農業参入を促すかとは考えにくい。外国人の技能実習生を当てがうにしても、低賃金や長時間労働、労働災害といった課題ががついて回り、土着のコミュニティに馴染む難しさもある。農業より割の良い仕事が見つかれば、失踪するケースが相次ぐ。農業を地域の産業として振興するのであれば、農業そのものの抜本的な改革が必須で、高収入、機械化&自動化による効率アップ、安心&安全の作業環境など、仕事のやりがいを感じられるようにしなくてはならない。

結局、政府が予算を確保した以上、使ってもらわないと困るわけだ。補正予算で手当するとなると、災害復旧のような緊急性のあるものに限定されるはずだが、そうではない事業は「何とか、やれ」みたいになって、自治体が考える事業の設計が甘くなる。自治体が自らで立案できなければ、代理店やコンサルに丸投げする。国がお墨付きを与える「地域おこし協力隊」「地域活性化プロジェクトマネージャー」「地域力創造アドバイザー」なんて専門職のお出ましだ。自治体も肩書を見ただけで「何かやってくれそう」と安心し、どうしても仕事を依頼してしまう。だから、成果が見えないまま、カネと時間だけが費やされていくことになる。
人材支援事業の交付額は2023年度が計326億円。19年度から8割も増えている。こうした財源が地域〇〇〇〇一人当たり最大500万円もの報酬の原資となり、事業を掛け持ちすれば数千万円も稼げるという。通常の補助金なら担当省庁が交付先や成果を確認して書類化するが、地方交付税の対象外。一応、支援を受ける市町村が都道府県を通じて実績を国に提出することになるが、総務省は中身まで精算していないというから呆れるばかりだ。まさに公費天国の元で補助金ハンターが暗躍する構図が見えてくる。自治体側も学習してきているため、疑心暗鬼になって予算を使い残すケースも出てきている。
アパレルとの協働は地方の福音になるのか

アパレル企業も地方自治体から請われ、地域の課題解決に向けて取り組むところがある。こちらは国から交付金が支給される事業ではないが、自治体と一体で地域課題の解決に向けて活動するものだ。具体的には人口減少、少子高齢化、福祉、環境、防災、まちづくりなどの課題解決。農業振興、観光振興、中心市街地の活性化などへの取り組み。若者を対象とした地域資源発信や商店街の活性化がある。地方自治体との包括連携協定には税金が直接的に使われることはないので、政策立案が甘くなることも公費が無駄に使われることもない。
アパレルは若者層で認知度が高く、事業内容も知られている。一方、自治体は地元の特色を熟知しているので、連携する要素を提示しやすい。それぞれの強みを活かして課題解決に向けた取り組みを立案し、活動につなげることができる。アパレル側にとっても地域の課題を把握してそれに向けた施策を行うことは、新たなビジネスモデルの芽を育てることになる。これまでマーガレット・ハウエルやジルバイジルスチュアートなどのブランドを展開するTSIホールディングスが北海道の上川町と、フリークスストアなどを運営するデイトナ・インターナショナルが静岡市と、ユナイテッドアローズが茨城県境町と、包括連携協定を結んでいる。

上川町はTSIに町の基幹産業でもある林業の作業服の製造を依頼。町の産業をPRしながら若者の理解も促している。静岡市はフリークスストアの知名度を活用して農業や観光、中心市街地でのイベントを展開している。境町は同地と縁がある建築家、隈研吾氏が設計した観光案内所「ユナイテッドアローズ スタンド」を道の駅に開設。さらにふるさと納税の返礼品としてオリジナルフードとドリンク、ファーマーズバッグとロングスリーブTシャツを販売するほか、ユナイテッドアローズが編集した町広報紙を配布。アウトレットの出張販売や取り組みをアピールするラッピングバスの運行も企画されるなど、活動は多岐にわたる。

産地の可能性に目を向けたビジネスも生まれている。メーカーズシャツ鎌倉は国産タオルの産地、今治で収穫される綿花を利用したシャツ製造を始めた。海外から輸入する綿花は、森林伐採や農薬の大量使用など生産時の環境負荷が懸念される。そこで、今治市の農業生産法人の助けを借り、農薬を使用せずにしなやかな肌触りをもつ綿花の栽培をスタート。しまなみコットンと名付け、国内の紡績工場に委託してドレスシャツに仕上げている。瀬戸内地域には岡山のデニム製造など紡績や縫製の工場が集中しており、将来的には地域一体で綿の生産からシャツの製造までに取り組む構想をもつ。
地方に大都市圏の企業を丸ごと移転させるとなると、なかなかハードルが高い。例えば、東京都内のアパレル専門商社は2018年、法人税が優遇される地方拠点強化税制を活用し、長野県内に本社機能を移す予定だった。ところが、計画は脆くも頓挫した。2017年5月に長野県知事の認定が下りて減税を受けられることになり、社員の移住や現地採用、空き家を活用した社員寮の構想まであったにも関わらずだ。従業員の半数以上が子育てや介護のために引越しが難しく、転職せざるを得ないために反対したのである。企業の経営者は税制面の優遇があればメリットと考えるが、社員は公共料金の高さや交通の不便さといったデメリットに目がいきがちだ。地方での生活を社員がメリットだと感じなければ、移転は不可能なのだ。
地方の首長は選挙公約などで人口減少に歯止めをかける政策として口々に、企業誘致や移住促進、子育て支援、給食費や高校授業料の無償化を掲げる。しかし、税を優遇したり、補助金を支給するだけで、人や企業に地方移転してもらうには限界がある。結局、税収が増えなければ数々の公約も絵空事で終わってしまう。熊本県の菊陽町が台湾の半導体メーカーTSMCを誘致できたのは、中国による台湾侵攻というリスクに加え、半導体製造に欠かせない安定した電力や豊富な水資源を有し、九州一円に関連産業が集中するなど強靭なサプライチェーンが構築しやすいからだ。でも、そんな好条件が揃うことはそうそう無い。ただ、半導体産業の隆盛が今後も続くという保証はない。そんな産業に依存するまちづくりには、衰退のリスクもつきまとうことを考えておかなければならない。

少子化の日本で地域の活力になるのは若者だ。彼らを育てて稼げる人材にする基本は教育である。国会では高校授業料の無償化、私学への支援が決まったが、地方のFラン私大は定員割れが続き、中教審は高等教育のあり方を巡る答申で、経営難の大学に退場を促した。生き残るためには地域との連携も必要だが、それにはまず高校教育から変えることが重要ではないのか。日本の将来を考えれば大学進学向けの普通科より、専門教育を学べる学科を充実させたほうがはるかにいい。親の収入に関係なく、みんな高校に進学できるのではなく、何を勉強してどんな仕事に就くかの方が重要なのだ。そこで、地域の再生でも高校生くらいの若者が関心を持つことを教育に当てはめてみてはどうか。「あの地域ではこんな勉強ができるんだ」となれば向学心が湧くだろうし、社会人ではないから移住(留学)の障壁もない。

例えば、マンガやスポーツを公立高校に専門学科を拡充して学べるようにし、寮などを完備して留学を受け入れる。卒業後にはもっと学んでもらうために、国公立大学がマンガやスポーツの技術向上やマネジメントなどの専攻を設けて受け皿になる。産学連携を意識した取り組みだ。プレイヤーだけでなくデジタル技術者やトレーナーなど周辺職種の学習も考慮する。就職ではマンガの編集機能のサテライトオフィスを開設して雇用する。デジタルワークはクラウドでもできるから、地域在住も可能だ。スポーツはプロ野球16球団化に備えたり、サッカーやバスケットボールのクラブにスタッフとして勤務したり、五輪競技にもなったスケボーやBMX、スノボーの施設を誘致して雇用を引き受けてもらう。拠点としては空き家や廃校舎を活用し、家賃や施設建設の費用も補助すればいい。要は若者にとって学ぶにも働くにも「楽しい地域」にすることを地方が競い合えば良いのだ。
アパレルにおける学びはどうか。現在でもデザインや縫製が学べる公立高校はあるが、地域が卒業後の面倒までみているわけではない。若者が華やかなブランドに携わりたいとか、コレクションデザイナーになる夢を見れば、どうしても東京などの大都市に出て行ってしまう。かといって、雇用を受け皿として地域に縫製工場を誘致するのも難しい。その意味で、小売業のユナイテッドアローズが茨城県の境町で行なっているようなケースが契機になる。また、技術を高める教育を徹底した延長線で、ブランドやセレクトショップのネット通販で購入した商品をお直ししたり、古着のリメイクなどができる技術者を育成する拠点を整備することも一手だと考える。技術の習得なしに、クリエーションは生まれないことを気づかせるかだ。
地方創生というテーマからすれば些々たるものだが、若者に「面白そうなことをやっている」と関心を持たせるのが第一歩ではないか。町づくりの要諦はいつの時代も人(人材)、物(商品やサービス)、器(会社や施設)。これらが一体となってビジネスを生み、コミュニティを形づくっていく。だから、まずは地方でビジネスの小さな芽を育み、成長させて木にし、それを増やして林にしていくしかない。そして、都会生活に疲れた人々に、この町ならお金もかからずセカンドライフを楽しめると思ってもらえること。町を好きになる人が増えるきっかけ作りから始めるしかない。もちろん、それができない地方は終焉を迎えるしかない。