HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

Jブランドで勝つ。

2024-07-24 06:40:32 | Weblog
 いよいよパリオリンピックが開幕する。毎回、アパレル業界でオリンピックの話題となるのは、日本代表の公式ウエアやユニフォームだ。さる6月21日、サッカー日本代表2024のユニフォームがヨウジヤマモトとアディダスのコラボブランド「Y-3」に決まったと、発表された。サッカー日本代表がブランドとコラボするのは今回が初めてで、パリオリンピックでも着用される予定という。



 デザインのコンセプトは炎で、男女両チームのシャツやパンツにグラフィック化された炎をあしらうことで、日本代表が持つゆるぎない力強さ、火出る国日本の神秘性を表現する。また、一つ一つの炎は選手やサポーターを表し、それぞれの熱い思いが炎の目となり、そのパワーがサッカー日本代表の力として高く舞い上がる様子を表したという。ホーム用はダークネイビー、アウェイ用は白を基調とする。シャツの胸元、パンツの左前、ストッキングの左右脛中央には、それぞれ国際標準のサイズにそってY-3のロゴがレイアウトされている。

 ゴールキーパー用はホームユニホームと同じ炎のグラフィックを採用し、身体の動きに合わせたカッティングとシルエットを採用することで、素早い動作とより長いリーチをサポートする仕様。ユニフォームは選手用のオーセンティック(半袖18,700円、長袖19,900円)、レプリカ(半袖男女13,200円、キッズ10,450円)で販売される。併せて、サッカーからインスピレーションを受けたストリート&ライフスタイルウエアをそろえた「サッカー日本代表2024 カルチャーウェア コレクション」も企画されている。

 こちらはスカジャンからTシャツ、フーディ、長袖シャツ、ショートパンツ、マフラー、キャップ、トートバック、ロングパンツまでがラインナップされ、サッカーのユニフォームと同様の炎のグラフィック、八咫烏の代表マークやY-3のロゴが配置されたアイテムもある。サッカー日本代表を応援する商品は、これまでレプリカ版のシャツが主力で、それにタオルなどの応援グッズが加わる程度だった。そのため、購入者はコアなサッカーファン、日本代表のサポーターに限られていた。



 今回のユニフォームはともかくとして、カルチャーウエアコレクションを見るとヨウジヤマモト、ワイズの延長線上にいるY-3ファンがどう動くかも注目される。市販されるアイテムは豊富にラインナップされ、サッカーファンや日本代表のサポーター以外の目をひく可能性は非常に高い。ヨウジヤマモトにしても、アディダスにしても「サッカー日本代表応援のスタイリングはY-3で」と、サポーターに呼びかけるのはもちろん、新たなY-3ファンを開拓する上でカルチャーコレクションはカギになる。

 ヨウジヤマモトはファンドのインテグラルが経営再建に携わって以降、ブランド戦略の一環からか、S’YTEやGround Y、power of the WHITE shirt、RAGNE KIKASといった派生ブランドを増やしている。Y-3はその戦略以前の2002年にデビューしたが、ストリートファッションの全盛期にアディダスとコラボしたクリエーションは、スポーティながらもエッジが効いてすごくスタイリッシュに見えた。汗臭いジャージのイメージを一新させただけでなく、カジュアルウエア選びに窮していたガタイがデカい人間にとっては、これなら普段着にしてもおしゃれに見えると思わせたはずだ。




 ただ、Y-3はデザイナーズブランドという性格から、一般のアディダより割高で、機能性を持つスポーツウエアとは乖離し、地方ではECでしか買えないといった立ち位置にある。デビューからすでに20年以上経過しているが、こうしたコラボブランドの特徴が逆に作用し、ファッション、スポーツの両面でメジャーになったとは言い難い。まあ、それはヨウジヤマモトが手がけることである程度予想されたことだが、経営サイドとしてはもっと知名度を上げて、売上げを伸長させたいと考えているはずだ。

 もっとも、ヨウジヤマモトがスポーツチームのユニフォームに参画するのは、今回が初めてではない。2014年にはスペイン・プロサッカーリーグのトップチーム、「レアル・マドリード」のサードユニフォーム、2019年のラグビーW杯では「オールブラックス」のジャージをデザインしている。また、2022年にはヨウジヤマモトと読売ジャイアンツのコラボ企画として、9月6日~8日の東京ドームでのDeNA戦で監督、コーチ、選手がコラボユニホームを着用。各ユニフォームはレプリカを含め市販もされている。

 Y-3も2022年にはレアル・マドリードの創立120周年と同ブランドの創立20周年を記念して、コラボレーションを行なっている。ユニフォームをはじめ、アパレルとアクセサリーは、Y-3表参道ヒルズ店やギンザ シックス店、アディダス直営の一部店舗などで発売された。Y-3は2024秋冬シーズンにもレアル・マドリード・メンズチームの4thユニフォームをアップデート。併せてウォームアップ用のトップス、ライトシェル アンセムジャケット&パンツ、Tシャツやスカーフやウォッシュバッグなどもラインナップしている。

 こうしたコラボアイテムの売上げがどの程度かはわからないが、ヨウジヤマモトはスポーツチームと手を組む新たなビジネスモデルを作り上げたのは確か。知名度やブランド力を持つ球団やスポーツチームとコラボレートするのは、デザイナーズブランドの新たなマーケティング手法の一つにはなり得るはずだ。


後に続くアパレルブランドはあるか



 一方、スポーツのユニフォームには、機能性が要求される。多くのチームが大手スポーツメーカーと契約するのも、そうした理由もあると思う。サッカー日本代表は1999年からアディダスと契約してきたが、2010年のサッカーW杯南アフリカ大会では、同社によって「軽量で吸汗性が高い素材を使ったタイプ(フォーモーション)」と「体にフィットし運動性能を高めるタイプ(テックフィット)」の2種類のユニフォームが企画された。選手のプレースタイルや状態で選べるようにしたものだ。

 フォーモーションは、従来のユニフォームに比べ15%軽量化され、吸水性が高い素材を使用。三次元で設計、縫製し、動きやすさを向上させた。テックフィットは背中にタスキがかかったようなデザインで、肩甲骨を矯正して姿勢を正す。血液の循環を促進し、疲労軽減に繋げられるようにした。ともに日本代表選手が試合で最高のパフォーマンスを上げられるのを目的にしたものだが、チームがベスト16以上に勝ち進めなかったことを見た時、ユニフォームに全面的な責任があるとは言えないまでも、効果をどう検証したのかである。

 大会後、アディダスは各選手にモニタリング調査をしたとは思うが、その詳細は発表されていないのでわからない。というか、同社と日本サッカー協会(JFA)は、2015年に新たに2023年まで8年間契約を結んだ。21年6月には契約を延長することで基本合意している。2024年の代表チームのユニフォームがY-3に決まったとは言え、そこにはアディダスとの契約があるのは言うまでもない。それはプロモ用の写真にオフィシャルサプライヤーのクレジットがあるのを見てもわかる。

 ただ、今回のユニフォームはY-3のブランドやデザインモチーフが全面に出ているものの、機能性については2010年のサッカーW杯の時ほど深く追求した様子は見られない。ゴールキーパー用では多少の説明があるが、選手用はフォワードもミッドフィルダーもバックスも同じ仕様だと思われる。企画開発の段階で選手側の要望を取り入れたのか。それとも、選手は契約するシューズほど機能性にこだわっていないのか。その辺の詳細は定かではない。

 仮にユニフォームが一般に公開された段階で、JAF側から機能面で手直しの声が上がっても、パリオリンピック開幕まで1ヶ月しかなかったことを考えると、修正は不可能だ。JFAとしてもアディダスがオフィシャルサプライヤーで、ユニフォームの提供以外に資金面でのサポートも受けているはずだから、それは承知の上だったと思う。

 大手スポーツメーカーは、各国の代表チームやプロリーグの球団と契約している。選手が試合で最高のパフォーマンスを上げるには、機能性や仕様面での要求も受け入れていると思われるが、それには素材開発から緻密に行なっていく必要がある。4年に一度のオリンピックやサッカーW杯はそのまたとない機会で、市場のリーダーシップを取る絶好のチャンスになる。そのため、一般向けのレプリカを拡販して開発コストを回収していかなければならない。日本のスポーツメーカーではこれまでもそうした手法をとってきた。

 過去のサッカー日本代表のユニフォームではこんな話もあった。それまでアディダスに素材を提供してきたのは日本の繊維メーカーだったが、ある大会から中国のメーカーに変わったという。理由ははっきりと聞かされなかったが、多分コストが影響しているとのことだった。ただ、大手スポーツメーカーも各スポーツ団体に巨額な契約料を支払っている以上、どこかでコスト削減を行う必要に迫られる。それが素材の調達コストだったわけだ。

 これを日本のアパレルブランドに置き換えるとどうか。日本オリンピック委員会(JOC)は公益財団法人ではあるが、収入はがんばれニッポンキャンペーンなどに限られる。日本サッカー協会にしても同様の法人格を有するが、やはり日本代表の活動資金はスポンサーに頼っているのが現状だ。日本のアパレルがウエアやユニフォームをデザインするには、そうした団体と契約しなければならず巨額なスポンサー料を払った上で、企画し提供することになる。だが、わずか3週間ほどのイベントでは、とても投資対効果は望めないだろう。

 2020オリンピック東京大会では、紳士服大手のアオキが選手団の公式ウエアを提供した。水面下では大会組織委員会元理事に計2800万円の賄賂を渡したとして、親会社AOKIホールディングスの青木拡憲前会長が贈賄罪に問われ、懲役2年6月、執行猶予4年の東京地裁判決が確定した。法的な問題を抜きにしても、オリンピックへの企業参画で巨額な金が動いているのは事実だ。こうした根深い背景がある以上、「コムデギャルソンに日本代表のウエアやユニフォームをデザインしてほしい」と、容易く言うことはできないのである。




 それでも、Y-3はサッカー日本代表のユニフォームをデザインした。素人目にはデザイナーの山本耀司氏が1981年からパリコレに参加しているからとか、Y-3ではバックにアディダスがついているからできたことと考えがちだ。しかし、日本のデザイナーブランドが世界的なスポーツイベントの日本代表ユニフォーム参画で先鞭をつけた点は、もっと評価されてもいい。なおさら、日本代表にはユニフォームに記された炎をパワーにして是非ともメダルを獲ってほしいのは、サポーターのみならずY-3関係者の総意でもあると思う。

 オリンピックを契機として日本代表ユニフォームへのY-3の採用は、ブランドバリュウの向上、世界市場に向けたマーケティング、開発ノウハウの蓄積と汎用品へのフィードバックなど、いろいろな効果が期待できる。参画の仕方もスポーツメーカーを通じれば、ハードルが下がるかもしれない、Y-3に続く日本のアパレル、デザイナーの登場を願う。

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感覚でジャストフット。

2024-07-17 06:54:13 | Weblog
 パリオリンピックの開幕まで10日をきった。今回の大会も競技の熱戦、選手の活躍、メダル獲得と話題は尽きないだろうが、ビジネスの面でも国家代表、チーム、選手が着用するウエアやシューズは、大会後にエントリーモデルとして量産される可能性は高い。中心となるのはやはりシューズだ。特にマラソンシューズは日進月歩で進化しており、今大会で最高のパフォーマンスを上げた選手の履くシューズが市民ランナー向けにも影響を与えるのは間違いない。

 ランニングシューズはアスファルトで舗装されたコースを走ると、ソールの踵部分の摩耗が激しい。ジム用のシューズはランニングマシーンで走ったり、筋トレするくらいだから、ソールが耗ることはほとんどない。大事に扱えば、10年くらいは履き続けることはできる。ただ、こちらも知らず知らずの間に靴の表面がマシーンの台座やフロアに擦れているようで、5年も履くとアッパー全体が傷み、7〜8年目にはタンの端が破れてくる。

 スニーカー全般に言えるのは、ミッドソールやクッショニングパーツは、上下からかかる力を緩衝する働きに過ぎないこと。むしろアッパーの方が表面に何かが触れることが多く、細かな傷ができるとそこから劣化が始まる。レザースニーカーはクリーナーで汚れを落とし補修クリームを塗るなど、こまめにケアすれば長持ちする。だが、キャンバススニーカーは専用洗剤とブラシで洗浄することはできても、「バルカナイズド製法」で密着された生地とゴムとの境目から徐々に亀裂が入るので、長期の耐用には限りがある。

 足の形は人によってそれぞれ異なるので、靴はしばらく履いた方がフィット感がわかりやすい。お気に入りのブランドやデザインがあっても、こればかりは自分の足に合うとは限らない。ブランドではナイキが絶対的な人気を誇るが、最近ではセレクトショップが注力するせいか、ニューバランスを履いた人を見かけることが多い。筆者もナイキではコルテッツを一度履いたこともあるが、以降は買っていない。ニューバランスも試着をしてみたものの、自分の足にはフィット感がイマイチで購入には至らなかった。



 自分の足形にはアディダスがしっくり来る。多分、同社の木型がいちばん足に合っているのだと思う。過去20年を振り返ると、街履きはGlenhavenやGAZELLE RSTStan Smith PrimeknitTech Super2.0、ジム用はHockey、ランニング用はクラシックタイプのDragon、予備にはSUPERNOVA CUSHION 7 IRAKと、すべてアディダスになった。日常でフィットしたものが寿命に達すると、もう1足買っておけば良かったと思うことがある。流行より履き心地がいいと、移動や運動がとても楽だからだ。足には健康を左右する「ツボ」があると言われるが、まさにそのせいだろう。




 そこで、10数年ほど前から自分の足型に合うアディダスのシリーズは、一度に2足購入するようになった。Dragon、GAZELLE RST、Stan Smith Primeknitがそうだ。Dragonは週2回程度のランニングでしか着用しなかったので、1足目は購入から13年も耐用した。インドア・ジム用のHockeyが購入17年目で限界に達したため、とりあえず2足目のDragonを代用した。新しいランニングシューズを探してはみたが、なかなか自分に合ったものが見つからないので、自分の足に合うDragonをランニング用に戻し、ジム用にはSUPERNOVA CUSHION 7 IRAKを当てた。これで当分は持つだろう。

 GAZELLE RSTは日本未発売だったため、フランスから2足まとめて輸入した。販売元の粋な計らいでシューレースを好みのオレンジ色に変えてもらった自分仕様だ。こちらはアッパーに生地が使われているにも関わらず、ローテーションを組み適度に休ませながら履いてきた。ただ、11年目にして2足ともアッパーとゴムの境目が破れてきて、1足はソールが剥がれ落ちてしまった。着用期間は1足にすると5.5年。十分な耐用年数を経過したと判断し、廃棄することにした。家族からは「十分元は取れているよね」と言われている。



 Stan Smith Primeknitは夏場だけの着用で保存もきちんとしているせいか、8年目でも2足とも劣化はない。ただ、年々猛暑がエスカレートしてきており、靴下を履いても汗で足がべっとりする。Glenhavenは素足で履けて快適だったが、現在は廃盤で製造されていない。それに変わるものを探しているが、アディダスではキャンバスシューズがほとんどない。コンバースか、ムーンスターか。これもネットでは決められないので、1店舗に行って足に合うものを探してはみたが、なかなか見つからないまま盛夏に入ってしまった。


海外ブランドの高価格帯にも注目



 スニーカーは有名ブランドの寡占状態が続く。各社はファブレスな生産体制を確立しており、ブランド力にデザイン、機能性を併せ持つものが売れている。アパレルも製造コストを下げた低価格のものが売れる傾向にあるが、スニーカーに関しては高価格帯に人気が集まる逆転現象になっている。さらに定価の5倍、10倍の価格で売り捌く転売ヤーもいる。ニーズがあれば価格は上がるというダイナミックプライシングの理屈はあるにしても、意図的に価格を釣り上げて販売する行為は、民法が定める公序良俗の暴利行為に触れなくもない。
 
 スニーカー市場はアパレルのように気候によって売上げが左右されることは少ない。そのため、新規に参入を目指すところもあるが、うまくいったケースはない。ファーストリテイリングも参入しているが、有名ブランドの牙城を切り崩すまでの商品にはなり得ていない。現在はワークマンも980円、1900円、2900円という格安で、ランニングシューズを販売している。実際に市民ランナーが試履きして大会にも出場してモニタリングルポをネットで公開しているが、「改良の余地あり」という意見が大半だ。

 スポーツで履く靴は、やはり靴擦れや捻挫、足の各部への負担軽減を図る上で、専門のノウハウを持つメーカーのものを選んだ方が間違いない。自分の足を守るにはやはりコストをかけた方がいいということだ。そうした意味で、アディダスは兄ルドルフ、弟アドルフのダスラー兄弟が設立した靴製造会社がルーツなのでノウハウの蓄積は申し分ない。第二次大戦中はドイツ国防軍の靴を製造していたが、戦後はルドルフがプーマ、アドルフがアディダスを創業し、共にサッカーシューズの製造販売で鎬を削った。終戦後、日本に駐留した米兵が履いていたスニーカーがアディダスだったという話もある。それほど長い歴史を持つブランドなのだ。

 ナイキはアディダスよりだいぶ遅れて誕生した。1957年、米国オレゴン大学で陸上コーチを勤めたビル・バウワーマンは、のちに共同創立者となるフィリップ・ナイトと出会う。ナイトはスタンフォード大学で経営学を学ぶ一方、バウワーマンの陸上チームのランナーでもあった。バウワーマンは陸上シューズの製作に試行錯誤する中で、彼の手作りシューズを履いた選手が新記録を出し始めたことで注目が集まる。ナイトはバウワーマンとブルーリボンスポーツ社を設立し、多くのシューズを開発に着手。ランニングシューズのマラソンやフレレングス・ミッドソールを採用したボストンが今日のナイキの礎を作り上げた。

 アディダスもナイキも足の構造を熟知した上で、どうすれば負担を軽減して高いパフォーマンスを発揮できるか。飽くなき探究心がシューズ開発の源流にあり、ブランド醸成に繋がった。さらに昨今のスニーカーは普段履き、ファッション、アーバンスポーツと、ライフスタイルに浸透し、いろんな要素で開発競争が展開されている。一方、ファッションの一部としては、デザインやカラーリングを優先するものも増えている。欧米も日本も各メーカーはそれぞれの個性を打ち出し、ショップやネットの力を借りながらブランドの浸透に挑んでいる。

 インポートのスニーカーではデザイン面でナイキやニューバランスをしのぐものは、完売している。インポーターが百貨店などを通じて展示即売会を実施するため、実際に触れて試着できて販売に繋がっているようだ。最近では、スイス生まれの「オン」もランニングシューズの注目株だ。ただ、こればかりは実際に履いてみないとわからない。店舗でオンを試着してみたが、自分の足にはアディダスほどしっくりこなかった。ナイキ人気は依然として圧倒的だが、新モデルが発売されると転売ヤーが暗躍し、買い占められることに辟易しているお客も少なくない。ならば、被らないブランドに向くのは自然の流れだろう。



 筆者が数年前から注目しているブランドは、オランダの「HUB」、イタリアの「D.A.T.E」のほか、フランスのブランドが一つ。これらもデザインがいいものは、SOLD OUTしたものもある。スニーカーがそれだけ世界中のファッションシーンで欠かせないアイテムになったということだ。盛夏の今は、キャンバスのスニーカーに目が向く。ホワイトベースはどうしても汚れが目立つので一般には敬遠されがちだが、専用の中性洗剤や炭酸水、酢を使って洗えば見違えるほど綺麗になるとの動画も公開されている。

 まあ、服もそうだが、デザインのみならず着るシチュエーションに応じた機能も重要だ。スポーツシューズがルーツのアディダスやナイキ、ニューバランスは、通気性を良くするためアッパーのクォーター部分に小さな穴を開けたサスティナブル素材を用いる。ただ、汗かきにとってはやはりコットン素材のキャンバスの方が快適だ。そして、歩くたびに足が素材に触れると足のツボが刺激され、心地いい。感性も大事だが、足にフィットするのがシューズ選びの条件かと。感覚でジャストフットとでも言おうか。アディダスの次に来るものを何とか探し出したい。

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上流を学び、人権を知る。

2024-07-10 06:47:22 | Weblog
 毎年、繊研新聞が学生向けに実施するアンケートがある。その一つ、《学生のいま》アンケート㊥ ファッション業界の環境対応 「大量生産・大量廃棄」を問題視(https://b161.hm-f.jp/cc.php?t=M23727&c=42499&d=fc08)を取り上げる。

 タイトルにある通り、学生はファッション業界の大量生産、大量廃棄を問題視しているようだ。最近では、小学校から授業で環境問題を学んでいる。中学校、高校では問題の本質や対処法にまで踏み込んでいく。さらに大学や専門学校に入ると環境・人権面についても学ぶことから、自分の考えをしっかり持ちサークル活動などを通じて課題解決に取り組む学生もいる。繊研新聞もアンケートでは、その辺の意見をしっかりと掘り起こしている。アンケートの質問と回答例は以下になる。

 Q:「ファッション業界も環境に配慮すべきだと思うか」
 A:「強くそう思う」「どちらかと言えばそう思う」 約86%
 Q:「ファッション業界で問題だと思うこと」」
 A:「大量生産・大量廃棄」 33件 
 A:「労働環境などの人権問題」 27件
 A:「トレンドの短サイクル化による廃棄衣料の増加」 19件
 A:「水の使用量」 17件
 A:「二酸化炭素の排出量」14件
 A:「マイクロプラスチックなど海洋汚染」 14件

 個別の意見ではこんなものもあった。
 「何年も前からファッション業界の環境問題は注目されていたにもかかわらず、いまだに解決されていないのが本当に悔しい」「格安ECサイトを利用する人が多く、服が消耗品のような扱いになっている」「今一度、現在のファッション業界が抱える環境問題について考え直す必要がある」(立教大生)

 日本ではバブルが崩壊した後、「安い」アパレルが消費の主流になり、ファストファッションが流入すると、各社が競い合うように格安商品を投入した。そこでは価格、コストパフォーマンスのみが価値となり、背景にあるコストダウン、労働問題、環境負荷がなおざりにされた感は否めない。ところが、今は安い商品が市場に溢れすぎ、若者の関心も薄れている。並行して世界中でSDGsへの意識が高まり、アパレルの大量生産、大量廃棄が問題提起されるようになったことで、若者の意識も変わってきたと思われる。

 別の大学生からは、日本の環境問題に対する姿勢の遅れを指摘する意見も出された。
 「フランスなど欧州では法規制も強化され企業の意識も高いが、日本はまだまだ進んでおらず、企業の自主的な取り組みにとどまっており、さらなる進展とグリーンウォッシュへの対策が必要」「リサイクルを盛んにすべき」「企業内で完結できる循環システムが必要」「大量生産をやめる」「廃棄する梱包(こんぽう)材やハンガーなどを減らす」(ICU生)

 確かに日本は海外に比べると、環境問題への国家ぐるみでの取り組みが緒についたとは言い難い。そこで、経済産業省は対応策を盛り込んだ報告書を近く発表するようで、柱の一つは衣料品のリサイクルになる。廃棄された衣料品の繊維を新たな繊維に再生する際の規格について、合成繊維、天然繊維で質量に対するリサイクル材料の割合や算出・表示方法を決定する。ようやくお上が腰を上げた感じだが、これから浸透していくのを待つしかない。



 また、グリーンウォッシュも消費者は企業の取り組みをメディアを通して知るが、それがごまかしや上辺だけかどうかを判断する術を持たない。企業が発信する情報には透明性があるのか、一貫した情報を発信しているかなど、第三者機関がきちんと見極め、消費者はそうした客観的な評価に目を向けていくことが大切だ。こんなことが言える。某グローバルSPAの売場を見ると、山のような在庫が積み上げられている。これがワンシーズンで全て消化できるとは思えない。小学生でもイメージできることだ。

 だから、経営者が声高に情報小売業だの、適時・適正の在庫投入だのと叫んだところで、じゃあ、「期末の在庫消化はどうなのよ」と突っ込んでみたくなる。大量廃棄を抑えるには、生産から調整していくべきで、売れ残ったものをいかにリサイクルするかは、生産する企業ごとで考えなければならない。フランスのようにルールを侵した企業にペナリティが与えられることも、深刻に受け止めるべきではないかと思う。だから、そうした取り組みについて、きちんと情報開示していない企業が言うグリーンウォッシュは疑った方がいいかもしれない。


大量生産、大量廃棄の背景にメスを入れないと



 欧州連合(EU)では、ナイロンは20%、ポリエステルは50%以上使えばリサイクル繊維を使っているという表示が可能になった。ユーロブランドの通販サイトを見ても、リサイクル繊維の表示をよく見かける。日本でも、2026年度にも日本産業規格(JIS)を策定し、27年には国際標準化機構(ISO)への提案を目指すという。規格に強制力はないが、環境に配慮した製品の流通拡大につなげる考えからだ。

 ただ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、新しく繊維製品へとリサイクルされる割合は、世界全体でも1%未満とされる。日本ではさらに低いと考えられる。繊研新聞のアンケートで若者が意見を発したことを見ると、若者の意識の方が高いかもしれない。まあ、自活しているわけではないので、勤労者と環境意識の温度差があるのは仕方ない。「働くようになったら、変わってくるよ」と言ってしまえばそれまでだが、大量生産、大量廃棄のままでは業界の未来は先が見えているのも事実。生産者、流通事業者、消費者の全てが環境問題を意識するのは決して間違いではない。

 2024年3月、政府は外国人材が最長5年まで就労できる「特定技能1号」の対象に繊維業を加えた。これによりアパレルの縫製工場などは、外国人材を特定技能1号の対象としてが受け入れることになる。経産省は「国際的な人権基準に適合しているか」や、「勤怠管理の電子化」「月給の給与制度」などを追加要件として求める。また、国際的な人権基準への適合は第三者による認証・監査で確かめる。経産省は強制労働や児童労働、安全衛生など9分野84項目の監査要求事項を定めて、第三者監査を実施する方向という。

 つまり、これまでアパレル工場で働く外国人は、コストダウンを図るためでしかなかった面は否めない。表には出てこないが、過酷な労働環境で働いていた外国人も多いと思う。逆にもっと好条件の働き口が見つかれば平気で移っていくものもいたようで、不法就労や不法滞在などの温床になっていたこともあるだろう。それもコストを下げて「安い」商品を作るため、また川下の小売業者が少しでも利益を上げるために納入掛け率を下げさせたことも要因だ。

 最近は為替が円安傾向にあるため、国内生産に回帰している面はある。だが、販売価格が上がらなければ、国内工場も低価格商品の製造を余儀なくされ、抜本的な改革には結びつかない。川下の小売業が低価格商品の販売、納入掛け率の切り下げを要求する限り、川上の糸、繊維の製造や川中のアパレルメーカー、卸にしわ寄せが行き、コストダウンのために苦肉の策を取らざるを得なくなる。とどのつまりが大量生産による大量廃棄なのだ。

 しかも、労働問題は移民問題とも連結する。EUでは移民を排斥する極右政権が誕生する国もある。アパレル工場が移民で成り立っているとは言えないが、日本の場合は外国人労働者を雇用しているところもあり、やがて移民問題は避けて通れなくなる。そのためにも日本人、外国人を問わず適正な賃金を支払うことで、彼らのモチベーションも上げて行くことも必要だ。労働環境を整備するにも工賃のアップは不可欠であり、川上や川中の価格体系の改善にも踏み込んでいかなければならない。



 消費者も使い捨ての商品ばかりを購入していては、商品本来の価値を見出せるはずもない。まずはコストをかけて価格対価値をしっかり際立たせた商品を生み出すこと。それには川上の糸、繊維作りにも目を向けること。産地の環境を守り、確かな技術の元、質のいいものが生まれるには適正な利益配分が不可欠だとの啓蒙だ。以前、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区で、繊維業での強制労働が問題になった。米欧のアパレル企業は20年以降に同地区の工場と取引を停止するなどして、人権問題を重視した経営にシフトしている。

 2021年1月、ユニクロも同社が製造販売する綿シャツが米国ロサンゼルス港で米国税関によって差し止められ、米国へ輸入できない状態になった。 理由は、生産の一部、あるいは全てにおいて強制労働が問題視される新疆ウイグル自治区が関わっているのではないかと、疑われたからだ。同社は即刻全面否定したが、商社が提出した書類しかチェックしていないわけで、信憑性は藪の中と言えなくもない。やはり第三者機関によるチェックやブロックチェーン化を広く浸透していくことがカギになるが、企業側の努力も必要になる。

 廃棄衣料の繊維をリサイクルすることについては先日、大阪大学の研究チームが電子レンジのマイクロ波で綿とポリエステルが混ざった繊維を分離して再生する技術を開発したとの報道があった。原理は混紡繊維とアルコールの一種であるエチレングリコール、触媒を混ぜてマイクロ波で数分加熱するだけと至って単純だ。ポリエステルだけがエチレングリコール中に溶け出し、残った綿は回収してそのまま再利用できる。溶液を結晶化すればポリエステルの原料も取り出せる。

 廃棄衣料の運搬やプラントの建設などコストが課題だが、SDGs(持続可能な開発目標)の浸透で、資源を大量廃棄するアパレルには厳しい目が向けられ、価格が高騰する資源を再利用することにも注目が集まる。大阪大学だけでなく、全国の大学でも同様の研究は行われているだろうし、再生繊維を使ったクリエーション作りになると今度は専門学校生の出番になる。単に安いものを作るだけがビジネスではないことを多くが認識する日も近いだろう。

 まずは、売れ残り商品から中古衣料までを再利用する取り組みがもっと必要だ。量販店はもとより専門店でも衣料品を回収し、集めた古着を仕分けして古着店に卸したり、リサイクルに回すフローを業界全体、全国レベルで行っていく必要がある。大学生や専門学校生が業界と一緒になってリサイクル活動に取り組めば、川上や川中を知ることができる。そして、業者への圧力や人権問題を知ることに繋がり、業界に対する違った知見をもつこともできる。単に作る、売るだけではない、新しい仕事を作り出す人材になってくれるかもしれない。そんな若者の業界進出に期待したい。

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結局、マンパワー頼み。

2024-07-03 06:41:51 | Weblog

 ニッセイ基礎研究所とメルカリの共同調査によると、国内の家庭に眠る隠れ資産は66兆円6772億円にも達するという。50代、60代の夫婦2人世帯に限っても約132万円と、平均の約111万円を上回る。つまり、これらの眠った資産を市場に出して取引機会を増やせば、新たなビジネスになるわけだ。若年層にはすっかり定着した不用品を気軽に販売できるメルカリだが、フリマアプリの成長率は2023年9月期が対21年同期比で15%程度下落しており、24年も横ばいの見通し。明らかに成長が鈍化しているのがわかる。

 6月5日、メルカリは乳酸飲料ヤクルトの宅配員に家庭の不用品回収を委託する実証実験を広島で始めた。ヤクルト山陽(広島市)の宅配員が家庭を個別に訪問し、不用品を発掘して回収し、フリマアプリのメルカリShopsで販売する。商品が売れると、メルカリ側は売上金の1割の手数料を受け取る仕組みだ。今回の実証実験では、不用品を提供する側は売れても対価はない。ヤクルト側がメルカリに手数料を支払って残った売上金は、自治体や福祉団体と提供した社会貢献活動に使われるという。

 実証実験の段階では、不用品を提供する家庭では概ね好評のようだ。例えば、ある高齢者は、陶器販売店を閉店し売れ残り品の処分に困っていたところ、ヤクルトの販売員から不用品回収の提案を受け、話に乗った。また、不用品回収をパンフレットで知り、わざわざ衣類をトラックに積んで営業所に持ち込んだケースがある。メルカリは全国の自治体とも連携し、35の自治体がメルカリShopsに出店し、住民から集めた粗大ゴミや備品を販売している。若年層ならスマホを使って不用品を気軽にメルカリで販売できるが、高齢者になるとそうはいかない。そこで、自治体が出店の代行や販売などの支援に乗り出したわけだ。



 ただ、自治体もマンパワーには限りがある。高齢者家庭に対し、不用品回収の趣旨を広報することはできても、回収要請が多くなればとても対応できない。また、昨今は業者が「何でも買い取る」と電話をかけて高齢者宅を訪れ、玄関先で言葉巧みに誘いかけて不用品を無理やり回収したり、高いものを安く買い叩くケースがある。挙句の果てに「貴金属はないか」としつこく居座り、難癖をつけて代金を払わないトラブルも発生している。そこで白羽の矢が立ったのがヤクルトの宅配員だ。飲料配達の契約している家庭を定期的に訪問をするのだから、不用品回収の話を持ちかけやすい。顔見知りなら、高齢者も安心できる。

 法律ではどうなっているのか。特定商取引法は、「買取業者が突然訪問し勧誘する」ことや「事前に承諾した物品以外のものを売るように迫る」ことを禁止している。「契約時は書面の交付が必要で、8日間は無条件でクーリングオフできる」。自治体や消費者センターは、「勧誘電話には安易に応じず、不審や不安を感じたら身近の窓口に相談してほしい」と話す。ただ、高齢者がこうした悪徳買取業者の存在を学習すれば、かえって疑心暗鬼になるかもしれない。そうなると、真っ当な買取業者まで受け付けなくなる可能性も出てくる。

 仮にメルカリがマンパワーを駆使して高齢者家庭に回収に出向いたところで、同社が悪徳な買取業者と違う点を周知、浸透させ、高齢者に認識させるのは容易ではない。だからと言って、高齢者がスマホアプリを使って不用品を出品し販売するのは、まだまだハードルが高い。それはメルカリも成長が鈍化しているデータから把握できているはず。ならば、買取業者ではないヤクルトの宅配員に代行してもらった方が手っ取り早いと、考えたわけだ。

 メルカリは2024年5月から「価格なしの出品」機能の提供も始めている。これにより購入希望者側が「購入したい価格」を提案し、出品者がOKすれば、取引に移れるようになった。同社がアンケートを実施した結果、ユーザーでさえ値段決めや価格交渉が煩わしいとの回答が多かったことからとった対応だ。つまり、家庭に眠っている不用品をさらに流通させるには、これまで以上に出品をし易くするなど、環境づくりを進めなくてはならない。それにはネット環境だけでなく、マンパワーという人的な役割も不可欠ということなのだ。


ビジネスにならないと、代行は難しくなる?



 メルカリとすれば、各自治体と連携して66兆円もの隠れ資産を流通させる思惑だろうが、実験が好結果を生んで社会に浸透するかは未知数だ。自治体から地域の事業者に対し、不用品回収の代行要請があったにしても、業者が次々と名乗り出てくるかと言えば、それは考えにくい。ヤクルトの販売会社でも同じだろう。考えられる課題を挙げてみよう。

 1.回収するマンパワーや車両が必要
 2.回収品を置くスペースの確保
 3.回収品の整理、管理が必要
 4.フリマアプリへの出品作業、詳細な情報提示
 5.販売商品の発送手配


 不用品の回収代行をするには、これだけの人、モノ、手間、時間が必要となる。社会貢献という命題を掲げたにしても、すんなり応じられる事業者がどれほどいるのかである。メルカリは1割とは言え手数料収入がある。それはシステム運営の経費で、利益ではないと言い訳するかもしれないが、その先には隠れ資産66兆円を目据えているのだから、中長期的にはビジネスにしたいのは言うまでもない。逆に回収を代行する事業者の中には、不用品の回収からメルカリShopsでの出品、管理、発送を無償で行うのは、やはり不公平さを感じるところも出てくるのではないか。

 結局、中長期的に見て不用品の回収代行が収益になるのであれば、参入するところが出てくるのではないか。その場合、売上げの配分をどうするかである。メリカリ、代行業者、社会貢献(自治体)がそれぞれ3分の1で公平に配分するのが理想だが、不用品だから1点単価はそれほどの高額は望めない。価格の設定を購入希望者側に任せると、なおさら売上げは下げ止まることも考えられる。資産の総額は66兆円あっても、それを流動させるコストがあまりに膨大なら、民間事業者は参入に二の足を踏む。

 そもそもメルカリで販売するのは、不用品と言ってもリユースできる=繰り返し使うことができるものになる。一度使用されたものの中でも「廃棄すべきものではない」という条件がメルカリビジネスの拠り所だ。また、古物という点では古物営業法で13品目に区切られており、この区分に当てはまるかを確認しなければならない。それは回収を代行する事業者が行うことになる。さらに回収する段階では、どんな商品なのか、本物か偽物かなどを判断することも必要だ。おそらく回収を代行する人間にそこまでの知見や経験はないから、まずは回収を優先すると、その先の仕分けや管理に負担がかかってしまう。



 仮に回収代行に名乗り出る事業者がビジネスを想定するとどうか。というか、ビジネスになるのなら、参入してもいいという事業者もあるだろう。当然、収益を上げるには高値をつけて販売した方がいいから、回収する段階で商品の価値を見極めていくはずだ。さらに回収した不用品の適正な在庫管理をしないと、回収するだけでは在庫が膨れ上がってしまう。だから、金になるものは回収するが、そうでないものは回収しないということも考えられる。自治体が不用品のリユースや社会貢献を目的とするなら、そうした回収代行業者の参入は許してはならないはずだが。その線引きをどうするかである。

 不用品の在庫を迅速に消化することを念頭におけば、閲覧者が限られるメルカリだけの出品では限界と考える代行業者が出てくるかもしれない。複数販売チャネルでの「併売」である。お客の目につく機会が多くなれば販売機会が向上するし、ユーザビリティが高まってお客はまた購入しようという気になる。しかし、併売するとなるとさらに出品作業に手間がかかり、在庫管理にも支障が出てくる。

 プラットフォームによっては、商品撮影や商品コードの入力などを条件とするから、ささげ業務に時間と手間がかかる。不用品は傷や汚れの状態など1点ずつ異なる情報の記載を求めるところもある。不用品を回収して流通させるのが前提なのか。地域の活性化かや社会貢献が目的か。こうしたルール作りや啓蒙活動も不可欠だ。

 テレビや家庭用エアコン、洗濯機、冷蔵庫といった家電リサイクル法の対象となるものは、今回の回収の対象からは外れると思う。ただ、業務用エアコンや農機具はどうなのだろうか。まだまだ利用できるものなら、廃棄物ではなく有価物として捉えられ、販売できなくもない。非常に曖昧な部分が出てくるのだ。メリカリ自体が隠れ資産の66兆円に目をつけているのだから、ビジネスとして捉えているのは否定できない。今後はその辺のマニュアル作りや指導、自治体との調整が必要になってくる。メルカリの企業姿勢が問われることになる。
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器を作り、人を集める。

2024-06-26 06:36:11 | Weblog
 1976年、米国ロサンゼルス・ハリウッドに誕生したロンハーマン。フレッドシーガルでバイヤーを務めたロン・ハーマンがお客に心地よい刺激を与えたいとのコンセプトで、ファミリー対応のウエアから雑貨までを揃えてオープンした専門店だ。2009年、ロンハーマンはサザビーリーグと日本における独占ライセンス契約を締結。同年8月に東京・千駄ヶ谷に日本1号店を出店した後、東京、神戸、大阪、愛知などに出店し、14年には福岡にも進出した。




 ロンハーマン福岡店でスタッフを採用し販売代行にもあたったのは、岡山に本社を置くカイタックホールディングスの子会社で、福岡で不動産事業を手掛けるアキアゴーラカンパニー。同社はアパレルメーカーのジュングループが展開する「ビオトープ福岡」の誘致にも携わった。6年後の2020年には、ロンハーマン西隣りの会社跡地に「カイタックスクエアガーデン(以下、スクエアガーデン)」を開業。こちらは道路から少し奥に入った4層、吹き抜けのモール型施設で、それまでの福岡にはない斬新なランドマークを予感させた。

 施設開発のきっかけは都心部の天神や隣接する大名での家賃高騰があった。1980年代後半の地上げに始まり、90年代にはファンドが進出。現在はオフィスビルの建て替えが進行中だ。新たな商業プロジェクトを展開するにも用地はなく、両エリアから外れるしかなかった。だが、離れすぎると回遊性が悪くなる。アキアゴーラカンパニーはそうした環境下でも、用地を探して施設を開発しテナントを誘致。スタッフを採用し販売体制を整え、新たな商業の芽を吹かせる。それがスクエアガーデンが立つ「警固エリア」だった。

 スクエアガーデンには多種多彩な業態が並ぶ。コンバースをカスタマイズできる「White atelier BY CONVERSE」。英誌・Monocle magazineの世界のレストランBEST50にも選ばれたハンバーガー店「GOLDEN BROWN」。バラエティーに富んだ作品を上映する木下グループの「キノシネマ天神」。結婚式場の他にイベントスペースやフォトスタジオとして利用が可能な「WEEKEND HOUSE」等など。日々の生活に潤いを与えてくれる業態で、実際に店舗を訪れないとその良さが体験できないものばかりだ。



 しかし、アキアゴーラカンパニーの開発プロジェクトはこれだけに止まらない。2027年春には、スクエアガーデンに隣接して新たな複合施設「カイタック・リビンコート」がオープンする。こちらは地上22階建てのA棟と2階建てのB棟で構成。A棟は1~3階が商業ゾーンで、4階以上がマンション(62戸)。1階と2階に高感度なファッションやライフスタイルなど、3階はメディカルやヘアサロンで構成する予定。B棟は1、2階のメゾネットタイプのテナントを導入する。着工は24年秋になるという。



 プロジェクトは、カイタックグループの貝畑雅二CEOの「グループの西日本の新しい拠点にしたい」との意向から始まった。スクエアガーデンが新型コロナウィルスの感染拡大で、開業が当初の2020年4月28日から6月11日にずれ込み、コロナ禍の2年間は苦戦を強いられたものの、23年度の売上高は前年度比約20%増と伸長。売上げの堅調さが開発への自信に繋がったようだ。ロンハーマン、スクエアガーデンと3施設が並べば、誘客のポテンシャルはぐんと上がり、人が集い楽しめるエリアになるとの思惑も見える。




 また、福岡市の中心部には自治体が進める「セントラルパーク構想」がある。これは中央区にある大濠と舞鶴の公園一帯を活用し県民・市民の憩いの場、また歴史、芸術文化、観光の発信拠点に整備するもの。アキアゴーラカンパニーの中原伸広社長は、スクエアガーデンの開発時にこんなことを語っていた。「天神や大名の西通り沿いには海外ブランドなども進出するが、賃料の割に売上げが上がらず撤退してしまうケースが少なくない」「(スクエアガーデンの用地が)天神・大名エリアとセントラルパーク構想が進む大濠公園・舞鶴公園エリアを結ぶ国体道路~けやき通り沿いであったことは、決断するにあたっての大きな理由だった」。

 つまり、自治体の整備計画とうまくシンクロさせ、中心部の商業開発を進めていくという狙いと見て取れる。ロンハーマン、スクエアガーデン、ビオトープの単独では「点」でしかないが、それぞれが有機的に結びつけば「線」になり、さらに住宅を加えることで回遊性が生まれて「面」になる。繁華街エリアがぐんと広がるということだ。東京渋谷駅の周辺が開発され、さらに宮下公園が商業施設に生まれ変わると、明治通りや宮益坂を通って表参道に続く人の流れがさらに増えた。それの福岡版とでも言うか。


売上げ至上主義からの発想転換か

 では、開発計画の課題は何か。やはりいかに誘客するかだろう。天神エリアは西鉄福岡駅を核にして、南側に岩田屋や福岡三越、福岡大丸、ソラリアプラザなどが並ぶ。ここにはアパレルから飲食、サービスまでが充実するため、老弱男女の消費がほぼ完結する。その西側には天神西通り、大名エリアがあり、南側には国体道路が走る。人通りが一番集中する天神西通りと国体道路の交差点から一番近いロンハーマン福岡店まで、徒歩で5~6分はかかる。客の流れは東側の警固神社、福岡三越方面では大きいものの、ロンハーマンがある西側ではどうしても細ってしまう。

 ロンハーマン手前にはかつてブックオフがあり、漫画を立ち読みする若者で溢れていた。だが、ドラッグストアに変わると若者の流れが切れたように感じる。大名エリアも中央区役所横の通り、紺屋町商店街を軸に東の天神側には買い物客が回遊するが、西側にはほとんど流れない。まして、大名を訪れる若年層が国体道路を渡ってロンハーマンやカイタックスクエアガーデンまで行くかといえば、それも難しい。客層がファミリーターゲットで高級路線のロンハーマン、映画館やブライダルサロンといった目的消費のスクエアガーデンとは異なるからだ。まだまだ回遊性を生んでいるとは言い難い。






 一方、ビオトープ福岡はロンハーマンから西に1.2km行った国体道路沿いに位置する。バスに乗ると店舗前の警固町から3つ目の赤坂三丁目で下車し、徒歩で5分ほどだ。その先の大濠公園一帯は市民のランニングコース、外国人旅行者の観光コースになっているが、天神、大名、警固のエリアと買い物で回遊するにはやはり距離がある。城南区方面からの通勤客を含めて自転車利用者が大半を占める。また、ビオトープ福岡では、福岡城址や護国神社の緑に囲まれるロケーションから、当初はナーセリー(園芸商材)も扱っていたが、現在では休止している。環境に品揃えを合わせても、誘客には結び付かなかったようだ。



 スクエアガーデンは、23年度の売上高が対前年比で約20%増収したが、同施設が特別なわけではない。新型コロナウィルスが5類感染症に移行したことで、人流が回復したのだから数値が伸びるのは当然だ。ただ、テナントを見るとフランフランが展開する「モダンワークス」は、すでに閉店し空きスペースは埋まっていない。家具を中心にファブリック、アート、グリーンなどの関連アイテムを揃えたものの、スペースが広いほど売上げ効率は悪く、家賃負担が重くのしかかったようだ。同業態は東京青山店も閉店しており、都心部では厳しい状況と言える。筆者もYOYデザインのSCRIBBLEシリーズのコースターを購入しただけだった。

 現状、ロンハーマン、ビオトープ福岡、スクエアガーデンは、爆発的な売上げを誇るまでには至っていないと思う。テナント各店が集客力を発揮するにも、個店にできることは限られている。デベロッパーとしては現状の売上げ状況を承知の上で、改善することにチャレンジしている状況ではないか。「天神西鉄福岡駅から離れたエリア」「わざわざ買い物に来てもらう」「目的&時間消費の業態集積」「同業種を集めないテナント配置」等など。天神や大名の商業施設に慣れてしまえば、つい「厳しいんじゃないの」と見てしまう。開発思想が業態成立のセオリーから外れた異端に思えるからだ。

 もっとも、スクエアガーデンではエントランスのスロープ脇に一坪型のショップスペースも確保されており、イベントや仮店舗などの短期出店を想定し、定期借家とは別契約で出店できるようにしたと思われる。こうした部分は天神のビルインや大名の路面店にはない試みだ。やはり、若者が気軽に店を出して商売をできる環境を作る。デベロッパーがそうした役割を果たしているとすれば、個店も最大限の誘客努力をするべきだと思う。人の往来が多い天神西通りで店の存在をアピールしつつ、ライブコマースなどを手がけて情報を発信するなど、リアル、バーチャル双方での誘客が必要になるだろう。

 ファッションライターを自認するあるお方は、「カイタックは金持っとるなあ」とだけで済ませていらっしゃる。しかし、一連のプロジェクトを資金力だけで捉えても意味はない。アキアゴーラカンパニーも多くの課題があるのは承知の上で取り組んでいるのだ。2023年6月9日から11日には、「こだわりのFOOD・SWEETSが楽しめる2日間」と銘打って3周年の記念イベントを開催。誘客や賑わい創出のきっかけが掴めたのかなど、課題を掘り起こしているはずだ。国体道路の警固~赤坂の呼称「けやき通り」では、住民や店舗が共同で、フリーマーケットを開催している。次のステージはそうした街ぐるみの連携に移っていく。

 ファイブフォックスの創業者で、先日お亡くなりになった上田稔夫さんの言葉を借りると、「日本ではテイスト、オケージョンにそっていろんなファッションがある。しかし、それを捨てたところにもマーケットが出現する。人間にとってファッションの楽しみって何なのか。それにはレボリューションが必要だ」という考え方もできる。ファッションビジネスでは常に革命を起こすような発想が不可欠。それは売上げ至上主義とは別の考え方から生まれる。今は異端であっても、やがて正当になる時が来るからだ。

 幸い福岡市はそれほど広くないエリアに交通網、公共サービス、商業施設、住居などの生活機能が集中し、非常に暮らしやすい街を形成している。いわゆるコンパクトシティだ。それでも天神を取り巻く渡辺通りや国体道路では朝夕の交通渋滞が激しい。こうしたクルマ社会を少しでも脱していくには、徒歩で移動できる範囲に都市機能を充実させていかなければならない。器を作って、そこに店を誘い、人を集める。それがヒューマンスケールの街づくりのスキームとなる。アキアゴーラカンパニーの開発事業がその一助になることに期待して、今後を見守っていきたい。

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レストア勝負になる。

2024-06-19 06:38:48 | Weblog
 今日のコラムは本来なら先週投稿する予定だった。だが、4月初めに書いたものが投稿を伸び伸びにしていたため急遽、先週に差し込んだ。すると、6月12日の繊研PLUS「めてみみ」に「スニーカーのリペア」(https://b161.hm-f.jp/cc.php?t=M23445&c=42499&d=fc08)という記事が掲載された。偶然とはいえ、筆者を含め業界関係者がそれだけ注目していることだ。では、本題に入ろう。

 スニーカーをできる限り長く履くための工夫、それがビジネスになることについてだ。日々の移動では電車や地下鉄、徒歩が多いので、お気に入りのスニーカーを履き続けると、消耗が激しくなるというのは前にも書いた。アッパーやタンの劣化が激しくなると、そろそろ買い替えのシグナルで新しいものを探さないといけない。ただ、スポーツブランドからセレクトショップ、専門店までで、気に入った1足を見つけるのは容易ではない。そこで、お気に入りはできるだけ長く履けるようにケアも考えるようになった。



 ゴールデンウィークが明けて急に暑くなり好天が続いたので、ホワイトのキャンバススニーカーを履き始めた。毎度のことだが、白地はすぐに汚れが目立ってくる。洗い替えに1、2足用意してシーズンをローテーションで履き替えるのが理想なのだが、1足しかないとこまめに洗って履き続けるしかない。一応、専用洗剤やブラシを使って洗ってはいるが、よくすすいだつもりでも、洗剤がアッパー部分に残ると、乾いた時に廻しテープとの境目が黄色に変色することがある。同じ経験をした方も多いのではないだろうか。




 原因を調べると、スニーカー用の洗剤は「弱アルカリ性」が多いので、成分が少しでも繊維に付着すると変色するのだそうだ。防ぐには「よくすすぐこと」、そしてアルカリ成分を中和する「」に漬けるのが良いとあった。なるほどである。念には念を入れると、洗う段階から「中性洗剤」を使い、すすいだ後に酢を入れた水に漬ければいいだろう。そうすれば黄ばむのを抑えられ、元のような白さが蘇るかもしれない。早速、やってみた。すると、弱アルカリ性の洗剤で洗うよりも、黄ばみが抑えられた。今後はこの方法を使っていくことにする。

 ところで、海外のスニーカーマニアはセコハンのブランドスニーカーを購入し、綺麗に洗浄して補修を施す=レストア(原状を復元する)動画を公開している。おそらく、丁寧に原状を復元した後は、再販しているのではないか。外国人が公開する早送り映像だから、レストア作業はイージーなのかと思いきや、実際はスニーカーの各部分を洗浄するのに、使用する道具や手法を変えるなど、隅々まで時間をかけている。再販を目的とするなら当然だが。工程を分けてみると、ざっと以下のようになる。





 1.紐を外し、専用のブラシを使用し表面の汚れを軽く落とす。
 2.アウトソールの溝に入りんだ土などの汚れはピックでかき出す
 3.容器に入れた液体洗剤を念入りに撹拌
 4.汚れ落とし用のブラシでミッドソールの側面から汚れを落とす
 5.アウトソールは汚れをとした後、スチームクリーナーで洗浄
 6.内側もブラシで汚れを落とし、毛羽立ちは毛玉取りで落とす
 7.スチームリーナーを使い、洗浄と除菌を行う
 8.中敷きは毛先を変えたブラシで両面を丁寧に洗浄する
 9.アッパーやタンなどは回転ブラシで洗浄
 10.臭いを取るためネットに入れ、芳香洗剤を使用し洗濯機で洗う
 11.スエード面は色落ちを染料で着色
 12.何回かブラシをかけ、さらにスエードスプレーを噴霧
 13.黄ばんだ箇所に漂白剤を塗りラップしてUVライトに当てる
 14.乾燥させた後、内側に芳香スプレーを噴霧





 ある動画制作者は、高級ブランド「クリスチャン・ルブタン」のスエード、「ルイ・ヴィトン」のコラボでも怯むことなく、洗剤をつけたブラシで汚れを落としている。ただ、スエード部分は洗剤で洗うと乾燥後に色落ちが目立つからだろう。染料を上塗りし、できる限り元の色に近づけようとしている。表面の毛羽立ちもスエードスプレー(ミンクオイル配合)を噴霧し、丁寧にブラッシングする。最後は芳香スプレーで香りづけまで行って仕上がりだ。ここまで手をかければ、相当の価格をつけても再販は可能だと思う。


単なる中古販売から手間暇かけたリセールに

 このところ、中古販売の人気が鰻登りだ。販売チャネルも路面のリサイクルショップからフリマアプリのメルカリ、さらに新興の買取事業者までと増えている。ただ、これらの業態で売られている商品は、ブランドであるかないか。また、状態の程度の違いこそあれ、使い古して不要になったものが大半。中でもメルカリのような仲介サービスが支持されるのは、誰でも簡単に出品でき、買い手がつく可能性があるからだ。ただ、そうした商品でもマニアが好むレアなものを除き、ほとんどが量産品のため、それほど高値で取引されることはない。

 商品単価を上げることが難しい中、中古品の売買事業者はスムーズに取引を進められる方向に軸足を移している。主にブランド品が対象になるが、買取希望者が店舗に直接持ち込んだり、自分で店舗まで送付する手間を省くため、買取業者の間では宅配買取の「梱包キット」を用意するのが当たり前になった。各社が中古品の売買に参入している状況では、他社よりも買取の利便性を向上させることが差別化につながると考えたわけだ。

 メルカリは2024年5月22日から出品者の「値段決め」や「価格交渉」の煩わしさを解消するために、「価格なしの出品」機能の提供を始めた。これにより、購入希望者側が「購入したい価格」を提案し、出品者がその提案をOKすれば、取引に移るというものだ。このサービスもできる限り簡単に出品してもらうことで、売買機会を増やす=メルカリ側の手数料収入増を図る狙いと見て取れる。さらにヤクルトの宅配員に家庭に眠る不用品の回収を委託する実験も始めた。不用品はメルカリで販売するというが、営業所で不用品が管理できるのか、発送業務の手間が生じるなど課題も少なくない。

 ただ、出品者は商品ができる限り高く売れて欲しいし、購入者はできる限り安く買いたい。そうした心理は程度の差こそあれ、一様に同じと見られる。つまり、中古品売買のハードルが下がると、売買機会を増やすために売れる環境を整える様々なサービスが登場する。一方で、出品者側は売りたい商品について何らかの差別化、競争力を持たせる必要に迫られる。もちろん、それが面倒な人間の方が大半だと思うが、市場がここまで大きくなると、少しでも高く売るには中古品の質を上げるなど何らかの工夫が必要になるということだ。






 海外のセコハンスニーカーでは、人気アイテムを手間暇をかけてレストアし、新品と見まごうレベルに仕上げるようになっている。こちらも最初は価格が安い中古のブランドスニーカーを見つけて自分で履くために洗浄、補修していたのだと思う。それをネット動画で公開すると、あまりに反響が高かったために「これはビジネスになる」と踏んだのではないか。数をこなしながら試行錯誤を繰り返すことで、洗浄や補修の技術を高められたこともあるだろう。あえてSDGsに結びつけるまでもなく、セコハン先進国の欧米だからこそ、生まれたビジネスではないか。日本に浸透していくのも時間の問題だと思う。

 中古品はニーズが増え、マス市場を形成するまでになった。中古品の買取業者の中には、「何でも買い取ります」を謳い文句に、「破れ(衣類)」「壊れ(携帯電話・家電)」「傷物(楽器・工具類)」「カビ(カメラレンズ)」などがあっても引き取ってくれるところがある。ただ、これら「瑕疵のある商品」を綺麗に洗浄、補修して、実際に再販しているかはわからない。洗浄、補修するにはスタッフが必要になり、コストがかかる。仮に0円で引き取っても、割に合わない。おそらく廃家電やパソコンからは金属を取り出し、それ以外のものは様々な素材やパーツ用として海外に輸出しているのではないか。

 国内の中古品市場に目を向けると、実店舗やネットなどでは様々な企業が参入し、競争が激しくなっている。これまでのように店やサイトに商品を並べたからといって、簡単に買い手がつくとは限らない。つまり、中古品売買は次のステージに移りつつあるということだ。その意味で売り手ができる限り高値で売りたいのなら、商品の状態を良くすることが不可欠になる。なおさらブランドスニーカーのような人気アイテムは、使用時からケアを欠かさないのはもちろん、きちんとクリーニング&補修を施す=手間暇とコストをかけて原状を復元したものなら、高値で売れるという理屈である。

 一方で、国内の買取業者ではユーズドスニーカーを洗浄や補修し、付加価値を上げてまで再販するには至っていない。買取業者は中古品の状態のままで金額を査定するノウハウしか持っていないから、それは仕方ない。エルメスのバッグやロレックスの時計などの中古品は、多少の劣化があるものでも売りやすい。また、宝石・貴金属は分解して石と地金に分けることができるので、再加工のための原材料として流通できる。つまり、革製品や高級時計、宝石・金地金なら中古品でも高値が付くから、それほど手をかけなくてもいいわけだ。

 だが、スニーカーは違う。履くほどに汚損や劣化が進み、足臭が付くわけで、「まだ十分に履けるから」の価値感だけでは、競争激化に飲み込まれて販売は難しくなる。売る側が中古品だから状態の低下は許容範囲のはずだとしても、買う側とすればより状態の良いものを欲するわけで、売買成立のギャップは無くならない。つまり、売るためには買う側の気持ちになることも重要なのだ。今後は日本でも中古のブランドスニーカーを売るには、欧米のように洗浄や補修を施すことが差別化、競争力になり、売れる条件になっていくだろう。あとはそこまでして売りたいか、そのままで売れるのを待つかだけの違いだ。

 欧米では日本よりもはるか前からセコハン文化が根付いている。それはSDGsとは別の次元でビジネスとして浸透し成熟の領域に入ったことから、何らかの活性化策が必要になってきたわけだ。クリーニング&補修を施して原状を復元するのは、必然というべきかもしれない。メルカリが米国でうまくいっていない理由もその辺に隠れているのか。日本のリサイクル業者やプラットフォーマーにとっては、商品が売れるに越したことはない。ブランド品の買取業者は高く売るための条件を指南するが、今後はリサイクル業者やプラットフォーマーが原状復元のための手法について周知啓蒙したり、レクチャーすることが必要になるのかもしれない。

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夢を語る是非。

2024-06-12 06:59:48 | Weblog
 今回はアパレル業界とは違うことを書く。上場企業の収益が増し、株価も値上がり基調にある。日本企業による海外での買収案件も目立ってきた。企業の収益が安定し社員の賃金が上がると、経営者は夢を語り始める。日本経済は失われた30年からようやく脱却の時を迎えたのだから、社員を引っ張って行く上で夢を語るのが必要であることは理解する。でも、どんな時代でも経営が立ち行かない企業は、倒産の憂き目に遭うのも事実だ。

 平成に入って2年目の1990年。バブル景気が崩壊する1年ほど前、ある企業の倒産に遭遇した。もちろん、勤務していた会社が損害を被ったわけではない。倒産した企業とは事務機器の中堅販社。社長が一代で築き上げた会社で、有名メーカーの商品をリース販売して業績を上げていた。年に一度、取り扱う商品が改変されるため、営業用の総合カタログやパンフレット、展示会のDMなどが広告代理店や印刷会社に発注される。これらは同社の営業マンにとってセールスツールでもあり、取引先にも提案しやすいなどデザイン面での注文が多かった。

 1989年秋、同社が翌年春から新たに外国製の機器を扱うことで、日本語版のカタログやパンフレット、ポスターなどの案件が発生した。元請けの金額にすると、全部で2000万円は下らない。業者としては是が非でも獲得したい仕事だ。発注先は企画プレゼンによるコンペで決まる。大手代理店から印刷会社まで十数社が事前のオリエンテーションに出席するとの話だった。ただ、元請けとして仕事を得られるのは1社のみ。オリエン出席業者のすべてがコンペに参加すれば、受注できる確率は10数分の1だった。

 ところが、この企業と長年取引していた大手代理店が今回は参加しないとの情報が入ってきた。うちの会社にも参加を打診されたが、バブルの真っ只中でもあり、制作の人間は皆、抱えるクライアントだけで手一杯。全て外注すればできなくはなかったが、利益が薄い割にリスクは高い。それ以上に「あの代理店が参加しないのは何か裏がある」との予感から、辞退することになった。この段階では単なる懸念に過ぎず、その後の状況は予測もつかなかった。

 この企業については、プレゼン経験があるデザイナーから、以下のような話を聞いていた。同社の社長は業者を前にしたオリエンで、毎回「企業は社会の根幹を支えている。だから、経営者は事業で勝つか負けるかというより、社員に対して夢を語り、己の信念、哲学に従って会社を経営していかなければ…」とのニュアンスの訓示をしていたそうだ。当時、クリエイティブワークを行う上でそれほど重要とは思わなかった。しかし、訓示の内容とは裏腹に多くが裏切られることになるのだった。

 コンペが終了し、受託業者が決定。すべての制作物が納品されたのは、半年くらい後だったと聞く。しかし、その数週間後、オフィスの入口には「株式会社〇〇〇〇は、諸般の事情により休業やむなきに至りました。お取引各社様におかれましては、多大なご迷惑を…」という倒産を告知する張り紙が貼ってあったそうだ。出社した社員は事実を受け入れられるはずもなく、右往左往するばかり。倒産の知らせを聞いて駆けつけた債権者らしい輩に絡まれる様子も目撃されている。この時、大手代理店がコンペに参加しなかった理由が何となく想像できた。

 この企業の倒産情報を銀行筋からいち早く入手していたのかもしれない。他の業者はそれまできちんと支払いがあったので、信用していたようだ。しかし、社長と娘婿で銀行出身の副社長が外部の監査役と結託して計画倒産を企て、実行に移した。常務は経営面で社長と対立し、しかも入院中で事態を知らなかった。社長派の親族が専務や平取に就いていたが、計画に加担したのかは不明だ。首謀の二人は売掛金を早めに回収し、仕入れ代金は手形で決済。現金はどこかにプールし、逃亡資金にしたとか。業界内ではそんな噂話が流布していた。

 企業が倒産する主な要因は、売上げ不振と手元資金の枯渇だ。経営陣がそうした状況に追い込まれると、私利私欲から関係者を裏切り、意図的に会社を倒産に追い込むこともある。給料を受け取れない社員、手形が不渡となる業者は、憤懣やるかたない。一方で、首謀者は経営責任を負わせるスケープゴートを用意することもある。ここからは仮定の話だが、倒産の少し前に中間管理職の社員が社長から取締役就任を告げられたとすればどうか。指示通りに誓約書に記名・捺印し、定款変更のためと言われ、実印や印鑑証明を渡す。倒産のスキームも財務状況も知らないまま、役員就任の報告を兼ねた出張を命じられる。

 ところが、会社に戻った途端に債権者に囲まれる。登記簿には役員として名前や自宅の住所が記されている。借金の連帯保証人にも名前があり、実印まで押されていると、法的には逃れられない。自分は何も知らなかった=善意だとしても、裁判で立証するには相当の労力と時間がかかる。社長が語る夢に賛同して仕事をしてきたのに、計画倒産のための捨て駒にされるとは思ってもいない。しかし、それには善意で無知の新参取締役が適任なのだ。もちろん、あくまで仮定の話である。社長が社員に語った夢がどんなものかは知る由もない。むしろ社員や取引先を丸め込む方便だった可能性もある。この時はそんなことも考えた。

形にできる人間こそが夢を語れ

 一方、別の取引先ではこんなケースにも触れた。店舗が100店にも満たない中堅の小売りチェーンは、社員にどんどん仕事を任せることが奏功し、平成不況の中でも売上げは順調に伸びていた。また、集中的なドミナント展開を行わなかったため、店長がじっくりマネジメント術を身につけることができたという。店長はあくまで黒子に撤してスタッフを育てる。そのスタッフが全国的なロールプレイングコンテストで上位を占めるなど、人材が確実に育成され、それが売上げアップにつながる好循環を生んだ。



 一口にマネジメント術といっても漠然としている。一応、スタッフのシフト決めから売上げ・商品の管理、本社への報告、本社からの指示受け、スタッフへの連絡、コミュニケーションまでがある。だが、それらがどの程度のレベルか、またショップの売上げにどこまで結びついているのかは、よくわからない。結局、数字が良ければ、うまくいっていると判断されるに過ぎない。もちろん、方法論にそったマネジメントだけでなく、店長の裁量でできることがあり、それが目に見えない効果となって、良い結果を生むこともある。

 この企業では店長が通常業務の他にいろんなことをこなしていた。ある店長は店舗の掃除を隅々まで行ってクレンリネスを徹底した。スタッフが行えばいいのだが、各自の仕事に集中してもらうため、自らは汚れ仕事も躊躇わなかった。スタッフはそんな店長をちゃんと見ていた。「私たちにもできることは何でも言ってください」と。店長は実感した。「これだけのスタッフに店は支えられている。彼らがもっと自発的に仕事に取り組めるようにすれば、店はもっと良くなる」と。

 エリアが変われば、環境もお客も異なる。ある店長は地域へのアピール力が足りないと感じ、カード会員獲得のキャンペーンを張った。大手では派遣会社の手を借り、店頭でお客に入会を勧めるが、この店ではスタッフに任せた。店長は「隣近所からも会員さんを増やしてください。多く獲った人は報奨します」と指示した。おそらく本社に掛け合って、下準備をしていたと思う。結果は一人で100人の会員を獲得した強者もいたという。だが、会員獲得が目的ではない。スタッフを一つの目標で結束させること。それもマネジメント術なのだ。

 店長をまとめる役職として、エリアマネージャーがいる。その人がこんなことを語っていた。「世の中、不景気って言われるでしょ。でも、売上げの話ばかりじゃ楽しくない。だから、店長にはスタッフに対し、もっと夢を語れよって言っているんです」。お客さんに接するのは店だからこそ、店長を中心にしてスタッフがいかに結束するか。店を成長させていくのは、売上げ目標だけでないという認識が伝わってくる言動だ。

 店長が語る夢が簡単に叶えられるわけではない。それも十分に承知の上だ。ただ、店長はスタッフからの提案があれば、いつでもすんなり聞き入れる。もちろん、大事なことは、「こんな風にしたい」「こうあれば、楽しい」「できるできないより、やってみることが大事」と、自己実現したい形を示すことだと、先のエリアマネージャーは言う。店がそうなれば、お客もきっと喜んでくれる。スタッフも誇りに感じ、働きやすくなるということだ。

 夢を叶えたからではなく目標を達成した店舗には、会社からのインセンティブがある。年間で売上げ予算を10%以上超えると、店長ほかスタッフ全員にロサンゼルス研修がプレゼントされるのだ。実際に現地に赴いた店長の話では、ビバリーヒルズからダウンタウンまでのいろんな店舗を見て回るほか、コンドミニアムの上層階を貸し切ってパーティも開いたという。



 ロスの高級スーパーでロブスターや肉、野菜、スパイスやソースなどを調達する。料理好きのスタッフがキッチンで調理をして参加者全員をもてなす。もちろん、シャンパンやワインも揃い、ゴージャスなひと時を過ごせたという。これは本社の上層部と現場の店長が折に触れて話し合い、研修と報奨を連動した企画として実現にこぎつけた。スタッフは店舗視察ができるし慰労も兼ねているので、経営陣から異論は出なかったようだ。

 店長がスタッフに語った夢とはどんなものだったのか。少し頑張れば達成できそうなものから、とても実現できそうにない壮大なものまであったと思う。夢なのだからそれでいい。大事なのは店長が夢を語ることで、スタッフのモチベーションが上がること。結果として、売上げ目標が達成されれば、スタッフへの還元もあり得る。さらに企業として次のステージに挑戦しようという意欲を生む。具体的な戦略が動き出せば、さらに資金や人材が集まっていく。

 倒産した企業の社長が社員に語った夢。小売りチェーンが店長に求めたスタッフに夢を語れ。本来ならどちらも同じ目的でなければならないが、結果は大きく違った。経営者が夢を形にするには理想が必要で、理想を持つには信念が不可欠だ。つまり、経営者が信念を持てば、必ず行動が伴うということ。夢は叶えられなくても、自己実現は不可能ではない。もちろん、それは企業、社員、取引先、そして社会にとって公正であること。目標を形にした人間こそが夢を語るべし。それも一理あると思う。

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黒子を脱する時。

2024-06-05 06:49:30 | Weblog
 少し前、下着メーカーのワコールを傘下にもつワコールホールディングス(以下、ワコールHD)の決算発表を見た。2024年3月期は連結で、売上高に当たる売上収益が前期比0.7%減の1872億800万円、純損益は86億3200万円の赤字。赤字は2年連続で、赤字幅は前期の16億4300万円から大きく拡大した。業績低迷の要因は、国内外で主力商品の下着の販売が振るわなかったこと。また、米国の女性用下着事業からの一部撤退に伴い、減損損失を計上したことなどが影響した。

 国内の下着事業では、高級ラインの「ユエ」や「サルート」が堅調に推移した一方で、中価格帯ブランドの「ワコール」や「ウイング」は苦戦した。これは前期から続く傾向で、実店舗で新規顧客の獲得ができていないのが大きな要因だ。傘下のピーチ・ジョンもタレントの藤田ニコルを起用したプロモーションやコラボ企画も効果は出ずに、全てにおいて営業赤字。米国事業でも一部の取引先で仕入れ抑制が継続して低調だった。

 ワコールHDはワコールの業績が好転しない中、構造改革の一環からグループ会社の見直しに手をつけた。同社が所有するマネキン製造・内装施工の(株)七彩の株式544万株のうち、463万株を物流会社のセンコーグループホールディングス(以下、センコーグループ)に譲渡する。これにより、同社が所有する七彩の株式は議決権所有割合で15%弱となり、同社の子会社から外れることになる。ワコールが七彩を子会社化したのは1987年だから、協働効果を発揮した時期もあったと思うが、近年はそれも薄れているようだ。



 そもそも七彩とはどんな企業か。アパレル業界、特に店作りやディスプレイなどに携わった経験がある方はご存知のと思う。ただ、黒子的な会社なので一般にはあまり知られていない。筆者も業界に入った1980年代の初め、取引先の専門店でよく同社の営業の方と一緒になった。社名はすでに七彩となっていたが、店舗のマネージャーやスタッフの間では「七彩工芸」という旧名で呼ばれていた。それだけ長きにわたって御用達にされていた証左だろう。総じて同社のマネキンに対する専門家の評価は高く、あるディスプレイヤーは「マネキンは七彩、什器はアルス」と語っていたほどだ。

 ワコールHDは、2期前の19年3月期から21年3月期の中期計画において、七彩の戦略について言及。そこでは、「この3ヵ年で利益重視の経営を高めて、営業利益率4%水準の実現に取り組む」としていた。「人手不足やAI(人工知能)の普及を背景に事業環境が変化する中、マネキン事業の需要増加」を見込んだ。「飲食業界や空港、学校といった公共施設のハイセンスな内装工事の需要も高まっていることから、これらを好機と捉え百貨店、アパレルメーカーだけでなく、新しい業種の工事事業の顧客開拓を進めていく」との目標も掲げていた。

 ワコールHDが22年6月に策定した「VISION 2030(23年3月期~25年3月期の中期計画)」にも、七彩の数値目標が掲げられている。25年3月期で、売上収益が83億1500万円、増減率(対23/3期)が29.5%増、事業利益が2億8000万円、売上比が3.4%。21年3月期が営業利益率で4%を目標に掲げていたから、やや下方修正している。それでも、計画から1年で七彩を子会社から外したのは、目標通りにいきそうにないからだろう。決算発表では経営陣は「シナジー効果がない」と語っている。

 まあ、ワコールHDとすれば、本業の下着事業が苦戦を強いられる中、七彩がそれをカバーして余りある営業収益を上げていれば別だ。だが、中期計画に掲げた営業利益率4%すら難しく、低空飛行が続いている状態では、シナジー効果がないとの判断に至っても仕方ない。ただ、アパレル業界の人材不足に対応すべくデジタルコンパニオンやアバターを超え、AIを駆使したロボット開発などに投資をできなかったことはあるだろう。また、内装工事の需要は東京などの大都市では活発だが、地方は百貨店が不振でSC開発に絞られている。飲食店や空港、学校などの新規開拓にしても、あまり進んでいなかったと考えられる。


物流会社傘下で七彩はブラッシュアップできるか



 マネキン製造会社の事業モデルとはどんなものか。マネキンは製造しても販売は一部に限られ、多くは取引先との「リース契約」になる。アパレルメーカーにしても、ショップにしても、マネキンは商品をディスプレイするツールになる。商品にはトレンドがあり、シーズンごとで変わる。トレンドが変われば、それに合わせてマネキンも変えた方がいいかなとなる。だから、マネキンにも人間のような目鼻立ちや体つきのもの。完全に塗りつぶしたもの。デフォルメして形状を留めないものなど、いろんなデザインや仕様がある。

 ディスプレイに携わる人間なら、ブランドイメージやウエアのテイストで、使用するマネキンを変えたくなる。フェミニンでコンサバな商品なら、より人間に近いマネキンの方が見た人は服を着用した時をイメージしやすい。逆にミニマルなデザインの服であれば、デフォルメされたものやコーディネートスタンドの方がウエアは訴求される。同じマネキンを何年も使い続けないなら買い取る必要もなく、一定の期間だけリースをすればいいわけだ。それに買い取れば資産となり、償却まで課税の対象となるが、リースなら経費で落とすことができる。



 また、製造会社はマネキンを販売すれば1体分の売上げしか立たないが、リース契約するとリース料は1体分の価格より高く設定できる。契約が終了すると、マネキンを回収してリサイクルに回すことになるが、新しいもののリース契約が結ばれれば継続して売上げが立つ。販売するよりリースの方が収益に貢献してくれるわけだ。もちろん、仮縫い用の人台(ボディ/トルソー)のように、デザイナーのアトリエや専門学校などに販売されるものもある。こちらは歴史がある海外ブランドの人気が高く、国内のマネキン製造業者が販売代理店になっているケースが多い。

 1867年に創業したフランスのマネキンメーカー、STOCKMAN(ストックマン)がそうだ。人間の理想的なポロポーションというか、バスト、ウエスト、ヒップの美しい黄金比率を表すボディは、創業からずっとハンドメイドで製造されている。衣服をデザインする上で欠かせないツールとして世界中で愛用され、有名デザイナーのアトリエから生み出される服は、ストックマンのボディ上で作られていると言われるほどだ。七彩は2007年からストックマンのボディを製造販売するSIEGEL & STOCKMAN社の日本総代理店となっており、親会社が変わっても販売は継続されると思われる。

 一方、内装施工については、店舗の出店や改装の動向が売上げに影響する。一般にショップが新規出店したり売場が改装されるのは、春と秋が多い。つまり、施工はそれに合わせて集中するため、一年を通じて見ると売上げに波がある。それを解消するには店舗以外の取引先を開拓しなければならない。ただ、皇室の御所や迎賓館、各国の大使館、各種舞台、高級ホテルなどの内装施工を受注するとなると、営業力や設計ノウハウ、技術の蓄積や実績がものを言う。七彩がワコールHD傘下入りした後、そうした分野に参入するため、どこまで人材に投資し育成してきたかと言えば、疑問だ。



 七彩は長年、マネキンのリースで百貨店や路面の専門店のみを相手にしてきた面は否めない。それはルーティンワーク=御用聞営業に満足してしまう企業風土を生み、新規の顧客開拓へのチャレンジ精神を育てていなかったのではないか。ワールドHDの傘下入りし親会社から経営陣が来たところで、急に企業風土や社員の気質が変わるとは思えない。経営陣はそれを時間をかけて変えていこうとしたと思うが、大手百貨店の本店改装プロジェクトを請け負えば、売上げもポンと上がる。会社全体がそれに甘んじれば、中期的な戦略を立てても実効性を欠く。なおさら、下着事業との協働効果は出にくい。

 では、七彩にとってセンコーグループ入りはどんなメリットがあるのか。マネキンの搬入や入れ替えはトラックを使う。かつては七彩の各支店には取引先に出向く営業マンとは別にトラックのドライバーがいて、搬入や入れ替えに当たっていた。百貨店のような大型店舗では専用駐車場にトラックを停めることができるが、路面の専門店は路駐して搬入していた。その後、道路交通法が改正され、駐車違反が厳しくなったことを考えると、トラック輸送のノウハウをもつところが搬入や入れ替えを行った方が無難かもしれない。それだけがセンコーグループが親会社になった理由とは思えないが、マネキンや什器のストックでは物流倉庫を活用できるわけだから、物流会社との親和性はなくもない。

 2025年には大阪・関西万博が開催される。開催まで1年を切ったが、建設費の高騰や人手不足の影響で、工事は計画通りに進んでいない。万博は内装業者にかなりの好影響を及ぼすと言われる。万博工事があった年には乃村工藝社などの売上げがぐんと伸びているからだ。七彩が万博に参画しているかはわからないが、今回はいつものとはかなり事情が異なるようで、各事業者ともそれほど期待していないのかもしれない。七彩が本流の店舗関連に資源を集中させながら新規開拓にも挑むのであれば、そちらの方が賢明な判断と言えるだろう。

 業界に入った頃、取引先の専門店に行くと、七彩の営業マンの商談が長引いて待たされることがあった。彼が商談を終えて去った後、バイヤーさんがポツリと語った話が今でも記憶に残る。「売場作りには定数や定量のルールがあるんだよ。定数とは什器一台を置くのに必要なスペースを決め、それあたりの適正な什器の数をはじき出すこと」「什器一台あたりの適正な商品量を決めるのが定量。さっきの営業マン、その辺をちゃんと提案してくれるんだよ。さすが七彩というか、彼が優れているんだけどね

 七彩のマネキンは業界でもファンは多く、ディスプレイツールや什器も定評がある。リサイクル品を一般にリセールするだけでなく、賃貸の住宅やマンションのリノベーションに活用してもいいのではないか。SDGsには賛否両論が渦巻いているが、マネキンのリサイクルを積極的にビジネスにしていくことは重要だと思う。加えてバーチャル向けのイノベーションは引く手あまたで、ネット通販対応のデジタルマネキンの需要も高まっている。アパレル業界の黒子として御用聞営業に甘んじてきた部分から抜け出し、自らをブラッシュアップして新たなビジネスモデルを確立できるか。今後の七彩を期待をもって見ていきたい。

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足元を見られたい。

2024-05-29 06:43:49 | Weblog
 円安基調は当面続く見通しだ。政府と日銀は4月末に5兆円規模の協調介入に踏み切ったと言われる。この日は1ドル154円前半まで下げ幅を広げたが、翌30日には157円台に回復。ニューヨーク外国為替市場では5月1日に153円台に急騰した。だが、ゴールデンウィーク明けは154~156円の小幅な動きが続くだけで、円安が収まる様子は一向に見られない。日米金利差が縮まらない限り、今後も円安で推移すると思われる。為替変調のカギは、秋に実施される米国大統領選挙の結果次第とも言われるが、どうなのだろうか。

 一方、訪日の外国旅行者にとって円安は追い風で、インバウンド消費は好調を続けている。大手百貨店ではラグジュアリーブランドをはじめ、かばん、時計・宝飾品など高額品の需要が伸び、2024年4月免税売上高が過去最高に達した。訪日客は中国が減ったものの、台湾、香港、韓国が増えたという。もっとも、今年のショッピング傾向としては新品だけでなく、中古のブランド品を購入する旅行者が増えているという。その中心となるのは中国をはじめとしたアジアの富裕層だ。中国人は不動産バブルが弾けたことで堅実消費に向かい、東南アジアの人々は値ごろなブランドを求めることから、中古品にも目を向けていると見られる。



 一方、日本人ではブランド品を買取店に持ち込むお客が増えている。日本人は使わなくなったブランド品でもぞんざいに扱うことはなく、自宅に保管しているケースが多い。有名ブランドのバッグや財布が綺麗なまま家に眠っている人にとっては、「円安で買取金額が上がっているかも」「今が一番高いようだから売り時か」との心理が働き、買取店に持ち込んでいるようだ。実際、買取価格は2ヶ月前より平均で約3割アップし、長期的に見ても20年前より確実に買取価格はアップしているという。

 買取価格が上がっているのは、円安が直接の影響ではない。訪日の外国人旅行者が品質が良い中古ブランドを求めることで、需要が高まっているのだ。買取店によっては在庫の回転がよく、すぐに品薄になるため、買取を強化しなければならない。当然、他店に買い取られたくないため、持ち込まれたブランド品の査定額は値上がりする。お客も換金するなら、より高額で買い取ってくれるところに持ち込む。買取店同士で取り合いが始まっているのだ。買取価格を業者同士で競わせる「買取りフェア」を開催する百貨店もある。知り合いのカメラマンによると、中古の一眼レフカメラやレンズも高額査定の傾向にあるとか。



 ネット上では、中古品をメルカリやヤフーオークションで売買するのが一般化した。ただ、メルカリの場合、転売を含め売り手が提示した価格で、購入するかしないかは買い手が決める。オークションは開始価格は出品者(売り手)が決めるが、落札したい入札者が複数いた場合にしか価格は上がらない。そうでなければ、買い手がつかないケースもある。つまり、どちらも現金化できるかは不明確なのだ。また、商品の真贋については、あくまで売り手の申告によるもので、偽造やコピー商品もあり得る可能性も排除できない。

 その点、「有名」「高級」なブランドという条件付きだが、買取店に持ち込めば専門ノウハウを持つスタッフが査定してくれるので、真贋はもちろん査定額も妥当だ。しかも、中古ブランドに対する需要が旺盛なことから、買取額が押し上げられる傾向にある。Z世代の間ではすでに新品購入は中古品でも高値がつくかが前提になっているという。つまり、中古ブランドを持ち込むお客は高額で買い取ってもらえると、それを原資に別の商品やサービスに投資しようとする。キャッシュフローがいろんな市場に波及し、消費が活性化するのは間違いない。

 中古品買取大手のコメ兵はブランドのバッグや衣類の他、スニーカーも買い取りも強化。銀座には「GINZA SNEAKER HILLS SNEAKER MARKET BY KOMEHYO」が出店しており、日本人だけでなく、外国人の若者を集めている。KOMEHYO ONLINEにも、ナイキやアディダスのほか、フィンランドのKARHU、イタリアのDATEといったマニア好みのスニーカーがラインナップする。

 KOMEHYO ONLINEでは、掲載商品の中で欲しいものが見つかると、近くの店舗に取り寄せて、現物を実際に確認したり、試着することもできる。もちろん、送料・手数料等は一切かからず、イメージと違った場合にはキャンセルも可能だ。特にスニーカーの場合はサイズも購入の決め手になるから、こうしたサービスが若者を惹きつけるわけだ。


高くても売れるは、スニーカーで顕著

 一方、アパレル各社は2023年は暖冬の影響で、秋冬物が売上げ不振に陥った。通販大手のZOZOTOWNでも、24年1~3月の平均単価は約4000円で、23年10~12月の4360円に続き低調だった。ZOZOTOWNは全国に顧客基盤を持つため、アパレル側は冬物衣料を消化できると、在庫を仕向けたと見られる。しかし、店頭だろうとネットだろうと、売れないものは売れない。消費者にとってオンラインサイトは試着ができないし、セール品は返品・交換の対象外になる。だから、どうしても購入に二の足を踏んでしまう。

 しかも、アパレル側はZOZOTOWNに出店すれば、自らの粗利率を超える受託手数料(ブランドにより20%後半から30%半ば。平均28%)を取られ、利益を出すのは容易ではない。それでも委託するのは現金化ができると考えるからだろうが、2024年冬のZOZOセールでは思ったほど消化ができなかった。ネットと言えどお客に欲しいと思わせる商品がなければ、実店舗の店頭と変わらない。これが現実なのである。




 アパレルは気象で売上げが左右される。特にコートなどの重衣料は顕著だ。メーカー側もAIを駆使し気象による需要予測を探るなど、何とか売上げ不振に陥るのを避けようとしている。また、気候に左右されない商品の開発に着手するところも出ている。だが、答えを導き出すのは難しく、商品まで作り出すのは容易ではない。気候に関係なく、価格が高くても売れている商品と言えば、スニーカーだ。著名ブランドによる寡占状態が続いている。

 有名ブランドから新品のスニーカーが発売されると、投資目的で購入する輩もいる。また、人気モデルを定価で購入し、5倍、10倍、それ以上の価格で売る転売ヤーも増えている。メーカーは欲しいお客に公平に販売するために「抽選」を実施しているが、転売ヤーは大学生や主婦などを雇って「キャパ」と呼ばれる並び屋を抽選に当たらせる。そこで、メーカーが抽選参加を自社ブランドのスニーカーを履いていることを条件とすると、今度は転売ヤー側も並び屋にそのメーカーのスニーカーを履かせるなどイタチごっこが続く。

 こうした中、ナイキは先着抽選販売や完全抽選販売、ランダムで発売予定日より前に予約・購入できる限定オファーを用意するなど、転売対策に取り組む。だが、転売ヤーはそれにも対応していくだろう。昨今はNのタイプフェイスが目立つニューバランスを履いた人も多くなった。ナイキやアディダスと被りたくない層だとも見られるが、ボリューム化を避けるためにミッドソールを厚くしイボイボのアウトソールを重ねた街履きデザインも登場している。海外のメーカーが販売する希少性のあるスニーカーは、4万円代でも完売している。デザインやカラリングがいいものは高くても売れる傾向にあるということだ。





 だいぶ前から、市販のスニーカーで物足りない層の間では、ラインストーンやビーズなどで彩る「デコ」が流行っていた。さらに最近ネット動画で見かけるのが、新品スニーカーを高度な職人の技術でカスタマイズするものだ。例えば、定番のバスケットタイプで先ゴムや廻しテープ、ミッドソールを革に張り替え、アウトソールをビブラム仕上げにしてワークブーツ風にするなどだ。量販のスニーカーでもカスタムリメイクによりオリジナリティが発揮でき、なおさらレア価値が生まれる。リメイクするには靴職人の専門的なノウハウが必要だが、スニーカー人気を考えると技術を身に付けたい若者は少なくないと思う。





 さらに生産中止になった人気モデルやデザイン性が高いもののユーズド、履かずに加水分解したものをリペアするマニアもいる。彼らは作業風景をネット動画で公開しているが、ブランドスニーカーの中でもレアなモデルにプレミア価値がつくのを考えると、リペアまでして履きたくなるのも納得いく。リペアではないが、アシックスが4月12日に販売を開始した「ニンバス ミライ」は、アウトソールは通常の合成ゴムだが、ミッドソールのフォーム材の約24%はサトウキビ由来。環境に配慮して近い将来は単一素材で実現する目標を持つ。

 18世紀には永久機関という概念が科学者を夢中にさせた。21世紀の今日、広島の業務用洗濯機メーカーが修理部品を永久に提供するサービスを始め、海外から注文が来ているという。昭和時代に人気を博したクルマのレストアにも通じる。ならば、人気スニーカーの修理・再生など遥かに簡単なはず。パーツが手に入らないといった課題はあるが、3Dプリンターを活用すれば、製造も不可能ではない。リペアノウハウが確立されている点を考えると、人気スニーカーの修理販売が拡大していくのも時間の問題だろう。

 革靴全盛の時代は「靴にはお金をかけるべき」と言われた。人の視線が先端に導かれること。トレンドがほとんどないこと。経年によって表情が良くなること。これらが理由であり、靴には人格が現れるとも言われている。いくら仕立ての良いスーツを着ていても、靴が良くないとその良さを十分に発揮することができないのは確かだ。スニーカーが必ずしも革靴と同じとは言えないが、いいスニーカーも履いていると、人の視線が集まるのは共通する。足元を見られたい。気候に関係なく売れるようにするには、そんなアイテムの開発がカギになる。

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揺らぐ薩摩の矜持。

2024-05-22 06:59:37 | Weblog
 先週の熊本に次いで、今回は鹿児島について書く。地元百貨店「山形屋(やまかたや)」が経営破綻の危機にあることだ。同社の百貨店や傘下スーパーを含めた総売上高は、2023年2月期時点で約740億円。それに対し、有利子負債の合計は約360億円にも上る。いわゆる借金が売上げの半分近くを占めるのだ。そのため、私的整理に入るようで、同年5月にはメーンバンクの鹿児島銀行が主導したバンクミーティングが開催され、「事業再生ADR手続き」に入るスキームが示されたという。

 その後、2023年12月には、事業再生ADR手続きを経済産業省認可の事業再生実務家協会に申請し受理された。申請したのは、山形屋だけでなく、グループ傘下の百貨店「川内山形屋」や「国分山形屋」、食品スーパーの「山形屋ストア」、飲食店子会社の「ベルグ」など計17社。債権者は鹿児島銀行をはじめ、南日本銀行、鹿児島相互信用金庫、鹿児島信用金庫などのほか、メガバンクや他県の地銀を含めた金融機関20行に及ぶ。
 
 2024年4月に開催された債権者会議では5ヵ年の「事業再生計画案」が示され、5月28日の会議で決議される見通しという。この計画案では有利子負債360億円のうち、借入金を株式に転換することで債務を減らすDES(デット・エクイティ・スワップ)で40億円、借入金を劣後ローンに交換するDDS(デット・デット・スワップ)で70億円を調達し、残り250億円については返済を5年間猶予することになっている。本来なら経営者責任を負うべき岩元修士社長と純吉会長は留任する見込みという。

 事業再生計画案は鹿児島銀行の主導で作成された。だが、DESで銀行団に発行する優先株式は、買い入れ消却予定が示されておらず、DDSによる劣後ローンの返済計画も未定のまま。残る債務250億円についても、返済を猶予する5年の間に山形屋はじめグループ各社が収益を好転させ、6年目から返済していけるかどうかは不透明だ。それでなくても、地方百貨店を取り巻く環境は年を追うごとに厳しさを増し、小売業全体でも熾烈な競争が繰り広げられている。計画案を額面通り受け入れられても、再建できるかは全く別の話になる。

 鹿児島銀行は熊本の肥後銀行など23社で構成する九州ファイナンシャルグループの一員だ。同グループの笠原慶久社長は5月13日の決算発表で、「山形屋は鹿児島の中核企業であり、鹿児島銀行がメーンバンクとして、これまでもこれからもしっかり支援していく」と述べた。また、鹿児島経済界では2021年には南日本銀行が第三者割当増資で85億円を調達した際、鹿児島銀行、鹿児島相信、鹿児島信金などに加え、南国殖産やMisumなど地元企業が割当先になった。山形屋のケースも県外の金融機関までが加わり、地元経済界と一丸になって支えていくと言えば聞こえはいいが、裏を返せば持たれあいの構図と言えなくもない。

 

 百貨店の再建事例では福岡の岩田屋がある。同社は福岡三越の進出や博多大丸の増床に対抗するため、1996年に新館Zサイドを開業し買取自主編集売場を拡大。だが、売上げ伸長どころか投資や施策が裏目に出て、1999年2月期には連結で309億円にも及ぶ債務超過に陥った。2002年には保有資産の低下で債務超過は約320億円まで膨らみ、全国銀行協会がまとめた「私的整理ガイドライン」を受け入れる形で経営破綻した。再建は伊勢丹がスポンサーとなって進められ、06年には同社が株式の過半数を取得して完全子会社化。スーパーのサニーやコンビニのアイファミリーマートも、岩田屋グループから切り離された。

 では、山形屋はどうか。有利子負債の合計はグループ全体で360億円にも及び、岩田屋が経営破綻した時よりも多い。ところが、市場規模のベースとなる足元人口は、山形屋が地盤とする鹿児島市は令和6年現在58万4000人ほどしかなく、前年より1600人以上減っている。一方、岩田屋がある福岡市は同社が破綻した2002年でも約133万人で、前年より増加傾向にあった。単純に考えて人口が減少すれば、百貨店のメーンの顧客である中高年はもちろん、ファミリーや若者といった顧客予備群も減っていく。




 さらに九州新幹線が部分開業した翌年の2004年にJR鹿児島中央駅にアミュプラザ、07年には鹿児島市初のイオンモールが開業。若者から中高年までがこれらに吸収されるようになった。昨今はインターネット通販が普及し、書籍から衣料や雑貨、家電、食品までが繁華街に出かけなくて購入できる。この傾向は実店舗や品揃えが限られる鹿児島では、顕著のはずだ。22年4月、中心部の賑わい創出を目的に開業した「センテラス天文館」も、2年目で23店にも及ぶ業態転換や改装を余儀なくされ、相乗効果をもたらすにはほど遠い。こうした状況を見ると、山形屋が再び成長軌道に乗る素地は全く見当たらない。



 当の山形屋も手をこまねいていたわけではない。減り続ける収益に対し、経費節減などで対応してきた。販売管理費は2014年2月期から23年同期までの9年間で30%近くを削減。社員数も14年2月期から22年同期に530人以上減らした。にもかかわらず粗利益は14年の25.46%に対し、22年には22.68%で、2.78ポイントも低下している。それはなぜか。社員数をカットした分、自主販売は減ったが、逆にインショップ=委託販売が増えて納入掛け率や返品経費などがアップし、利益率を悪化させたのだ。6期連続の最終赤字がそれを物語る。


人口100万人を切り、新規顧客が細る百貨店は廃れる運命

 大都市の百貨店ですら小売業から不動産業への転換を図っている。各社は自主編集や委託販売の売場を減らす一方、スペースをテナントに貸したり、ビルごと建て替えて全フロアを賃貸に切り替えている。並行して社員の早期退職を募集するなどのリストラも厭わない。しかし、地方百貨店は地元とのつながりや雇用維持というしがらみから、ドラスティックな構造改革にはどうしても二の足を踏む。山形屋が経営を悪化させた要因もそれに他ならない。再建のスキームは銀行主導ながら経営者は責任を取らず、負債の返済計画も至って大甘では時間稼ぎに過ぎないと見る向きもある。



 実を言うと、筆者はあるグラフィックデザイナーを通じて山形屋のことを知った。彼は鹿児島の大学を卒業後、地元のデザイン会社に就職。1980年代の数年間、同社の広告制作にあたっていた。当時は西武を筆頭に伊勢丹、松屋銀座、東急などの都市型百貨店がブランド力の向上やイメージアップを目指して、莫大な広告投資をしていた。彼によると、地方百貨店の山形屋も例外ではなく、新聞広告は各種イベントから新ブランドの導入、期末のセールまで多岐にわたったという。しかも、彼が広告制作にあたっていた1984年、山形屋は「こころはいくつ」というキャッチコピーのもと、ロゴマークを若葉に改めるCIを導入している。

 新聞広告の制作方法は異例だったそうだ。当時は企画をラフスケッチに落とし込み、原稿が揃うと写植を打って版下を作るアナログな作業。同社でも宣伝部が販売スケジュールにそって企画を決め、原稿を出すフローは変わらなかったが、版下校正の段階で上層部のチェックが入ると、企画が丸ごと変更されることが頻繁にあったという。つまり、コピーから商品名や価格までの全てを変えなければならず、写植を打ち直して版下を作り替えることになる。その経費は請求する制作費の範囲内でデザイン会社が負担しなければならない。そこで、苦肉の策として生み出されたのが、「ペン書き」という手法だった。

 これは山形屋の宣伝部が出した原稿を一旦新聞広告の実物サイズで、デザイナーが写真イメージのイラストを描き、コピー、商品名、価格、仕様については写植文字のサイズで手書きするもの。宣伝部とすれば、この手法なら企画が変更になっても写植代や版下制作費は発生しないからいいだろうと考えたようだ。だが、デザイナーからすれば、こんな仕事はクリエイティブワークではなく単なる整理作業に過ぎない。それでも、会社が受注生産で成り立っている以上、断るわけにはいかない。広告デザインがデジタル化した現在、ペン書きは無くなったと思うが、当時の山形屋はそれが業者イジメになるとは思いもしなかったようだ。

 地方百貨店の閉店が相次いでいる。2024年は愛知の名鉄百貨店一宮店、島根の一畑百貨店と続き、高島屋岐阜店も7月に閉店を予定する。近鉄百貨店は地方店を業態転換すると表明した。これらに共通するのは足元人口が100万人を切ると、百貨店としての存続は難しいこと。人口が減り続ける鹿児島市の山形屋にも同じことが言える。いくら市民が廃業を許さないとしても、山形屋での買い物頻度は確実に減っているはずで、新規顧客が細る業態が廃れるのは必然なのだ。ただ、銀行団としては地域経済の状況を考えると、山形屋にいきなり引導は渡せない。とすれば、延命措置を与えたということか。そう勘ぐられても仕方ない。

 仮に銀行団がスポンサーを連れてくる場合はどうか。スポンサーは鹿児島の市場を鑑みれば百貨店のまま残すことに同意しないと思う。山形屋の名前を残すにしても、現店舗を解体して複合ビルに作り替え、上層階はオフィスや住宅、中層階はイベントスペースとし、低層階にテナントを誘致するくらいしかないだろう。さらに市外の不採算店は閉店せざるを得ず、関連会社の売却や清算もやむを得ない。となれば、さらなるリストラは不可避だ。



 銀行団や地元メディアは忘れたのだろうか。今から20年前、アミュプラザ鹿児島の開業に際し、地元ハローワークが「開設以来、最多の求人数」という衝撃的なコメントを発表したのを。鹿児島は男尊女卑の風土が根強く、「若い女性が県外に出ていく」と言われてきた。それだけ女性が学校を卒業しても地元に働ける職場がなかったことを意味する。そうした就職環境に風穴を開けたのは、外様組のJR九州だったわけだ。その後に開業したイオンモールにも同じことが言える。もはや山形屋グループが存続するにはリストラは避けられず、今度は「かつてない失業者数」という見出しがメディアに躍るのかもしれない。

 鹿児島県人には徳川幕府を倒して新政府を樹立し、新しい日本を作り上げたというプライドを感じる。それは今でも鹿児島らしさというか、薩摩気質を象徴するように思う。しかし、幕末には日本を変えたものの、今は薩摩以外の発展が著しく、じわりじわりと攻め立てられている。対抗するにも知力や資力を欠いており、八方塞がりの状態では薩摩の矜持など何の役にも立たない。山形屋の経営悪化はそれを如実に表している。
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