ゆめタウンが定期的に行っている「衣料品等の引き取りサービス」。いわゆる古着を回収してクーポン券を配布するキャンペーンだ。夏のセールを直前に控えた6月20日〜25日にも実施された。ここの博多店は、筆者の生活圏である福岡の都心部から近く、筑紫野店は実家から車で気軽に出かけられる。両店とも隣にニトリがあるので年に数回は利用するが、正直、ファッション衣料は自主編集の売場でもテナントでも購入したことはない。
一応、カード会員なので、衣料品の購入実績がないお客に「古着を持ち込めば、クーポン券がもらえますよ」というメリットを告知し、セール前にプロモーションを仕掛けたのだろう。並行して母体のイズミは規模の拡大につれ、企業のCSR(社会的責任)も増大しており、リサイクルやエコに対し目を背けられない事情もあると見られる。
もっとも、個人的にはだいぶ前から気に入った既成服が見当たらないので、百貨店でもSCでも商品を購入することはなくなった。今、着ているものは着崩そうと思っているし、所有するブランドも購入から10年以上を経過したものばかりなので、リサイクルショップに持ち込んだところで、引き取ってくれても値はつかないと思う。
家族に引き取りサービスの話をすると、終活を意識している母親が乗って来た。着なくなった服を子供会の廃品回収に出す予定だったようだが、「ゆめタウンが回収するなら一部を出してもいい」と言う。もちろん、母親も新規に服を買うことはないので、クーポン券をもらえるのは理由にならない。とにかく着ない服を処分したいだけなのだ。
母親の服は専門店系アパレルの高級品なので、素材も縫製も良くまだまだ十分着れる。だが、著名なブランドではなく、如何せんマチュマ向けのコンサバテイストだ。本人は車の運転ができないし、店舗まで持って行くのは無理なので、代わって持っていった。古着はジャケットやブラウス、スカードなど受け取り上限の10枚。スタッフは袋から出して点数を確認するだけで、500円引きのクーポン券3枚をくれた。
券の有効期間は7月1日までで、ゆめタウン各店で使用できる。直営売場の衣料や靴の買い物に限られ、テナントは対象から外れている。「2000円以上の購入で500円が割り引かれる」が、特に買いたいものはないので、使うこともなく期間は過ぎてしまった。もちろん、ゆめタウンが古着を回収してくれたことについては、感謝している。
回収した古着や小物類はどうするのか。おそらく、自店やリサイクルショップで二次流通することはないだろう。リサイクル業者を通じ、海外で繊維原料に再生されるのではないか。「地方では中高年向けファッションを扱うリサイクルショップがない」との話も聞くが、ゆめタウンが再販したところでコストの関係からペイしないと思う。
イズミは2019年2月期で小売事業の営業収益が7124億1000万円(0.3%増)と、年商9000億円を見据えるまでに成長した。ただ、衣料品の売上げは対前年比で2018年が99.4%、19年が97.2%と前年割れが続いている。今後も下降はしても、上向くことはないと思う。アパレル全体が不振だから仕方ない面もあるのだが、ゆめタウンではテナントが平日でも賑わっているのに、自主編集のファッションコーナーは週末でもほとんどお客を見かけない。同じフロアなのにこれほど温度差があるのかと感じるほどだ。
博多店はともかく、筑紫野店や光の森店、佐賀店は定期的にリサーチしているが、直営売場のアダルトカジュアルからスーツ、ヤングカジュアルまで、どの店舗も集客できていない状況は同じ。イズミとしてはSCテナントから歩率家賃が入って来るから、直営売場のファッションは捨て石でいいと思っているのか。ただ、西日本を代表する流通企業に成長したのに手を拱いて何もしないのは、いかがなものか。
古着の処分については、「リサイクルショップに持ち込んでも数十円と言われたので、恥ずかしくて持っていけない」という話をあちこちから聞く。筆者の母親もそれは十分認識していたようだ。その点、ゆめタウンの引き取りキャンペーンは、端から換金する目的がなく、値踏みされたくない人にとってはありがたい。そうした人々もかなり持ち込んだのではないか。イズミ側もこうした顧客心理をくみ取り、損得抜きに古着回収を行っている側面もあると思う。
しかし、自店が仕入れるファッション衣料では集客できないのだから、思い気って「断捨離」すべきではないかと考える。これは何もゆめタウンに限ったことではなく、GMS改革でアパレル革新を叫んでいながら、何の変化も見られない大手流通企業すべてに言えることだ。正直、ほとんど売れていない量販店系アパレルをこれ以上、抱えても却ってゴミを増やすだけだと思う。
イズミには申し訳ないが、クーポン券を発行しても下着やスニーカーを除き、量販店系ファッション衣料の在庫処分には焼け石に水だと思う。逆に500円が割り引かれるのだから、クーポン券が使われると、その分の収益は下がるという理屈になる。
小売業には仕入れる責任
昨今、盛んに言われているSDGs(持続可能な開発目標)。その中に「つくる責任、つかう責任」という項目がある。限りある資源を無駄にして環境に負荷をかける責任を追及するものだ。当然、ファッション衣料を製造するアパレルも該当する。2018年の総計では、日本の消費者が購入しているであろう衣料品13億6100万枚に対し、実際に供給されているのは輸入と国内生産を合わせ28億9900万点にも及んでいる。単純計算すれば、半分以上の15億3800万点が売れ残っていることになる。
これらの中には百貨店系、SPA系、専門店系の商品もあるが、コストを下げて低価格で販売する量販店系も売れないままの在庫が相当量で含まれているのではないかと思う。それらは焼却されるか。二束三文でウエスになるか。海外で繊維原料に加工されるか。アパレルは全くつくる責任を果たしていないに等しい。もちろん、それらを仕入れるだけで売りにつなげられない大手小売業者も同罪と言える。業界をあげてSDGsへの取り組みが声高に叫ばれながら、数字を見ればそれが絵空事でしかないのがよくわかる。
なぜ、そうなるのか。アパレルは少しでも利益を出そうと考える→生産ロットを増やして大量調達する→値引きと残品のロスを計算し、原価を下げる→原価率の低さから商品価値が下がる→大手小売業はこれらの構図が顕著なアパレルを仕入れるから、売れずに大量の不良在庫を抱えてしまう。全く悪循環の繰り返しなのである。
当然、お客はそんな商品を購入しない。仮に購入しても、わずか1シーズンで着なくなるから、処分に困ってしまうという図式だ。もちろん、商品を着用するお客にもつかう責任が関わって来る。だが、そもそもの原因を生み出しているアパレルや小売りはこんなことをいつまで続けるのか。まずは企業側がスローガンだけのCSRやSDGsは置いといて、つくる責任、そして仕入れる責任に向き合い、新しい施策に踏み込まなければならない。
話はズレるが、同じ量販系でも低価格の無印良品は売れている。6月ひと月の衣料品部門の概況を見ても、売上高106.5%、客数112.6%と好調だ。商品は月を通して「太番手Tシャツ」「ムラ糸Tシャツ」といったカットソーが売上げを押し上げた。またメンズ、レディスともに人気のある「フレンチリネンオープンカラーシャツ」は、レディスはすぐに完売してしまったという。
ではなぜ、無印良品は売れるのか。一つは流行に左右されないベーシックなデザイン。二つ目は日本人が古来から親しみ良さを感じる天然素材を主体にしていること。そして、三つ目が田中一光や小池一子といった広告クリエーターが日々の暮らしに向けたデザイン(設計)コンセプトを練り上げたからだ。しかし、三つの目は除いて、二つの理由にすら取り組めない量販店系アパレルに、もはや売れる要素は見つからない。
お客が量販店に求めるのは、変に奇を衒いブランドを装うファッション衣料ではなく、ベーシックでいいから百貨店よりも価格を安くしてほしいことだ。今や都市も地方もファッション感度にそれほどの差はなくなっている。すでに核家族の時代が終焉して働く女性が増え、配偶者も家事や育児をこなさなければならない。そんな時代に量販店に並ぶ形だけのファッション衣料が求められるわけがないのである。
郊外に展開するゆめタウンが平日でもあれほどマイカー客を集客できるのは、女性が活動的になり合理的に考えるようになった証左。だからこそ、ベーシックで着回しが利く、無印良品が売れるのだ。にも関わらず、大手小売業の経営陣は未だにSPA化だの、精度アップだの、世界観を作り出すだのと、御託を並べるばかり。実行力など微塵もない。お客がいない売場を見ればそれがわかるし、決算の数値が如実に示している。
まずは大手小売業が率先して売る責任を全うすること。社会的責任を果たすことに異論はないが、姑息な販促策を絡めても効果は限定的だ。まず取り組むのは量販店系アパレルの断捨離。そうすれば、日本で売れ残っていると言われる15億3800万点のうち、2〜3割はカットできるかもしれない。平成時代、ドラスティックという言葉は盛んに使われたが、令和時代は断行の形容詞であるべき。経営判断は待ったなしである。
一応、カード会員なので、衣料品の購入実績がないお客に「古着を持ち込めば、クーポン券がもらえますよ」というメリットを告知し、セール前にプロモーションを仕掛けたのだろう。並行して母体のイズミは規模の拡大につれ、企業のCSR(社会的責任)も増大しており、リサイクルやエコに対し目を背けられない事情もあると見られる。
もっとも、個人的にはだいぶ前から気に入った既成服が見当たらないので、百貨店でもSCでも商品を購入することはなくなった。今、着ているものは着崩そうと思っているし、所有するブランドも購入から10年以上を経過したものばかりなので、リサイクルショップに持ち込んだところで、引き取ってくれても値はつかないと思う。
家族に引き取りサービスの話をすると、終活を意識している母親が乗って来た。着なくなった服を子供会の廃品回収に出す予定だったようだが、「ゆめタウンが回収するなら一部を出してもいい」と言う。もちろん、母親も新規に服を買うことはないので、クーポン券をもらえるのは理由にならない。とにかく着ない服を処分したいだけなのだ。
母親の服は専門店系アパレルの高級品なので、素材も縫製も良くまだまだ十分着れる。だが、著名なブランドではなく、如何せんマチュマ向けのコンサバテイストだ。本人は車の運転ができないし、店舗まで持って行くのは無理なので、代わって持っていった。古着はジャケットやブラウス、スカードなど受け取り上限の10枚。スタッフは袋から出して点数を確認するだけで、500円引きのクーポン券3枚をくれた。
券の有効期間は7月1日までで、ゆめタウン各店で使用できる。直営売場の衣料や靴の買い物に限られ、テナントは対象から外れている。「2000円以上の購入で500円が割り引かれる」が、特に買いたいものはないので、使うこともなく期間は過ぎてしまった。もちろん、ゆめタウンが古着を回収してくれたことについては、感謝している。
回収した古着や小物類はどうするのか。おそらく、自店やリサイクルショップで二次流通することはないだろう。リサイクル業者を通じ、海外で繊維原料に再生されるのではないか。「地方では中高年向けファッションを扱うリサイクルショップがない」との話も聞くが、ゆめタウンが再販したところでコストの関係からペイしないと思う。
イズミは2019年2月期で小売事業の営業収益が7124億1000万円(0.3%増)と、年商9000億円を見据えるまでに成長した。ただ、衣料品の売上げは対前年比で2018年が99.4%、19年が97.2%と前年割れが続いている。今後も下降はしても、上向くことはないと思う。アパレル全体が不振だから仕方ない面もあるのだが、ゆめタウンではテナントが平日でも賑わっているのに、自主編集のファッションコーナーは週末でもほとんどお客を見かけない。同じフロアなのにこれほど温度差があるのかと感じるほどだ。
博多店はともかく、筑紫野店や光の森店、佐賀店は定期的にリサーチしているが、直営売場のアダルトカジュアルからスーツ、ヤングカジュアルまで、どの店舗も集客できていない状況は同じ。イズミとしてはSCテナントから歩率家賃が入って来るから、直営売場のファッションは捨て石でいいと思っているのか。ただ、西日本を代表する流通企業に成長したのに手を拱いて何もしないのは、いかがなものか。
古着の処分については、「リサイクルショップに持ち込んでも数十円と言われたので、恥ずかしくて持っていけない」という話をあちこちから聞く。筆者の母親もそれは十分認識していたようだ。その点、ゆめタウンの引き取りキャンペーンは、端から換金する目的がなく、値踏みされたくない人にとってはありがたい。そうした人々もかなり持ち込んだのではないか。イズミ側もこうした顧客心理をくみ取り、損得抜きに古着回収を行っている側面もあると思う。
しかし、自店が仕入れるファッション衣料では集客できないのだから、思い気って「断捨離」すべきではないかと考える。これは何もゆめタウンに限ったことではなく、GMS改革でアパレル革新を叫んでいながら、何の変化も見られない大手流通企業すべてに言えることだ。正直、ほとんど売れていない量販店系アパレルをこれ以上、抱えても却ってゴミを増やすだけだと思う。
イズミには申し訳ないが、クーポン券を発行しても下着やスニーカーを除き、量販店系ファッション衣料の在庫処分には焼け石に水だと思う。逆に500円が割り引かれるのだから、クーポン券が使われると、その分の収益は下がるという理屈になる。
小売業には仕入れる責任
昨今、盛んに言われているSDGs(持続可能な開発目標)。その中に「つくる責任、つかう責任」という項目がある。限りある資源を無駄にして環境に負荷をかける責任を追及するものだ。当然、ファッション衣料を製造するアパレルも該当する。2018年の総計では、日本の消費者が購入しているであろう衣料品13億6100万枚に対し、実際に供給されているのは輸入と国内生産を合わせ28億9900万点にも及んでいる。単純計算すれば、半分以上の15億3800万点が売れ残っていることになる。
これらの中には百貨店系、SPA系、専門店系の商品もあるが、コストを下げて低価格で販売する量販店系も売れないままの在庫が相当量で含まれているのではないかと思う。それらは焼却されるか。二束三文でウエスになるか。海外で繊維原料に加工されるか。アパレルは全くつくる責任を果たしていないに等しい。もちろん、それらを仕入れるだけで売りにつなげられない大手小売業者も同罪と言える。業界をあげてSDGsへの取り組みが声高に叫ばれながら、数字を見ればそれが絵空事でしかないのがよくわかる。
なぜ、そうなるのか。アパレルは少しでも利益を出そうと考える→生産ロットを増やして大量調達する→値引きと残品のロスを計算し、原価を下げる→原価率の低さから商品価値が下がる→大手小売業はこれらの構図が顕著なアパレルを仕入れるから、売れずに大量の不良在庫を抱えてしまう。全く悪循環の繰り返しなのである。
当然、お客はそんな商品を購入しない。仮に購入しても、わずか1シーズンで着なくなるから、処分に困ってしまうという図式だ。もちろん、商品を着用するお客にもつかう責任が関わって来る。だが、そもそもの原因を生み出しているアパレルや小売りはこんなことをいつまで続けるのか。まずは企業側がスローガンだけのCSRやSDGsは置いといて、つくる責任、そして仕入れる責任に向き合い、新しい施策に踏み込まなければならない。
話はズレるが、同じ量販系でも低価格の無印良品は売れている。6月ひと月の衣料品部門の概況を見ても、売上高106.5%、客数112.6%と好調だ。商品は月を通して「太番手Tシャツ」「ムラ糸Tシャツ」といったカットソーが売上げを押し上げた。またメンズ、レディスともに人気のある「フレンチリネンオープンカラーシャツ」は、レディスはすぐに完売してしまったという。
ではなぜ、無印良品は売れるのか。一つは流行に左右されないベーシックなデザイン。二つ目は日本人が古来から親しみ良さを感じる天然素材を主体にしていること。そして、三つ目が田中一光や小池一子といった広告クリエーターが日々の暮らしに向けたデザイン(設計)コンセプトを練り上げたからだ。しかし、三つの目は除いて、二つの理由にすら取り組めない量販店系アパレルに、もはや売れる要素は見つからない。
お客が量販店に求めるのは、変に奇を衒いブランドを装うファッション衣料ではなく、ベーシックでいいから百貨店よりも価格を安くしてほしいことだ。今や都市も地方もファッション感度にそれほどの差はなくなっている。すでに核家族の時代が終焉して働く女性が増え、配偶者も家事や育児をこなさなければならない。そんな時代に量販店に並ぶ形だけのファッション衣料が求められるわけがないのである。
郊外に展開するゆめタウンが平日でもあれほどマイカー客を集客できるのは、女性が活動的になり合理的に考えるようになった証左。だからこそ、ベーシックで着回しが利く、無印良品が売れるのだ。にも関わらず、大手小売業の経営陣は未だにSPA化だの、精度アップだの、世界観を作り出すだのと、御託を並べるばかり。実行力など微塵もない。お客がいない売場を見ればそれがわかるし、決算の数値が如実に示している。
まずは大手小売業が率先して売る責任を全うすること。社会的責任を果たすことに異論はないが、姑息な販促策を絡めても効果は限定的だ。まず取り組むのは量販店系アパレルの断捨離。そうすれば、日本で売れ残っていると言われる15億3800万点のうち、2〜3割はカットできるかもしれない。平成時代、ドラスティックという言葉は盛んに使われたが、令和時代は断行の形容詞であるべき。経営判断は待ったなしである。