今週は一転、ニューヨークの話題を。一つは、本家の「バーニーズ・ニューヨーク」が経営破綻の局面にあり、様々な再建策を検討されていることについてである。
同社は具体的な内容を言及していないが、「財務の健全化と長期的なビジネス成長のための有効な方法を検討」と語った点から、投資ファンドによる出資や破産法適用申請も含まれると考えられる。
ただ、苦戦を強いられているのは、何もバーニーズに限らない。一昨年辺りからマンハッタンに旗艦店を構える有名ブランドが次々と撤退を余儀なくされている。まず「ラルフレーレン」が2017年4月に5th aveの店舗を閉鎖。今年に入ると、同38th stと39th st間の「ロード&テイラー」、グラウンドゼロ近くの「サックス・フィフス・アベニュー・ウィメンズストア」、他には「ヘンリ・ベンデル」「カルバン・クライン」など、百貨店から高級専門店、ブランドショップまでが次々と店を閉じた。
80年代初めからニューヨークを訪れている筆者にとっては、どの店舗も幾度となく立ち寄っており、サックスの本店やカルバンクラインの旗艦店では何度も買い物もしている。しかし、初渡航の当時からマンハッタンの一等地に店舗を構えるのは東京の銀座や青山よりも家賃が高く、商売を続けていくのは並大抵のことではないという見当はついた。
業界に入ると、有名ブランドが一等地に出店するのは、広告塔やブランディングを狙ったもので、その店舗の採算が合わなくても全体を通してリターンがあればいいという経営論に触れた。しかし、好景気や不況を経験した知見から、ブランド側が土地建物を所有しない単なる店子では家賃が上がりブランド力に翳りが見えると、運営は一気に厳しくなるとの危惧に変わった。図らずも、ブランドの撤退が相次いだのを見ると、予測は現実のものとなったわけだ。
俗に言うニューヨークとは、市の中心部マンハッタン区を指す。面積はわずか61.44k㎡しかなく、東京の中央区、千代田区、港区、新宿区の4区とほぼ同等の大きさ。当然、敷地がそれほど広くないため、ビルを建てると高層になる。(地層が岩盤のため高層ビルが立てやすいという説も)これが1920年代からあのスカイスクレイパー、摩天楼を生んだのである。
米国では欧州に向き合う東海岸に位置し、政治、経済において重要なエリアで、金融、文化、芸術の中心地でもある。好景気になると、限られた土地の不動産価格は上昇し、それに伴って家賃も高騰する。百貨店も高級専門店もブランドショップも、メーン通りに面した1階から低層階に店舗を構えるため、家賃負担はとてつもなく重たくなるのだ。
聞くところによると、マディソンアベニュー沿いにあるバーニーズの家賃は固定資産税を加えて年間4400万ドル(日本円で47億2500万円)。店舗の総面積は、メンズとレディスの各9フロアを合わせると2万5000㎡(7575坪)だから、坪当たりの月家賃は5万2000円。銀座や青山と比べてもそれほど高いとは思わない。しかし、ユニクロのように家賃が安いローカル店が稼いでくれるのならともかく、バーニーズは90年代の全米展開が失敗したことで、大都市にしか店舗が残っておらず、高い家賃の回収は容易ではない。(隣にあったカルバン・クラインの旗艦店は閉店)
筆者がよくバーニーズを訪れたのは、80年代の終わり頃だ。マディソンアベニューの店舗はまだ開店しておらず、7th avの111番地、いわゆるダウンタウンにあった。ちょうど店舗横に婦人館を出店し、ウィメンズの売上げが増えていた。商品はスキップフロアで展開され、万引き防止のためにチェーンにつながれてはいたが、どれもエッジの利いた商品で、ワーキングウーマンなら欲しいだろうと思ったものだ。
93年にはマディソンアベニューに新しい本店がオープンし、ダウンタウン店が40歳以下、アップタウンの本店が40歳以上とメーンターゲットの棲み分けが図られた。しかし、両店とも「バーニーズでしか買えない」デザイナーのエクスクルーシブ・コレクションを主体にしており、仕入れ原価を下げるために大量に買い上げるあまり、在庫が増え過ぎて従来のようなニュアンスを次第に失っていった。
膨れ上がる在庫を捌くために、ロスのビバリーヒルズ他、全米進出したことで有利子負債は嵩む。それでも売れないからアウトレットまで展開したが、経営悪化には歯止めがかからない。96年には会社更正法の適用を受け、97年にサックスの持ち株会社、サックスHDと伊勢丹の間で再建計画が成立。それでも経営状態は好転して行かなかった。
90年代後半から2000年代かけバーニーズのお客は、売場に並ぶ数多くの商品を見るにつけ、高級感も専門性も希少性も感じなくなってしまったと思う。しかも、本店はターゲットエージを上げたために、テイストはコンサバライクになって洗練さを失っていた。ファッションに敏感な層からすれば、「このテイストなら百貨店に並んでいる商品と何ら変わらないじゃん」と感じたはず。それが客離れを招いたのは言うまでもない。
元来、東京以上に中低所得者が多いニューヨークで、プレステージラインの商品はそれほど売れない。しかも、ニューヨークはファッションのカジュアル化、ストリート化が激しい。昨今、大挙して訪れ始めた中国人の富裕層は、ロゴマークのない商品には手を伸ばさない。不振の原因がECに食われたとの論理もあまりに乱暴すぎる。むしろ、ストアブランドにあぐらをかき、MDや編集をなおざりにしたのが根本理由だと思う。
話は前後するが、筆者がニューヨークから福岡に戻った翌年の96年。地元百貨店の岩田屋が紆余曲折の末に出店したのが「Zサイド」だった。岩田屋側は、この出店計画において社員を大挙してニューヨーク視察に派遣している。プレスプレビューでアテンドしてくれた女性管理職は、店づくりについて「バーニーズを目指したい」と豪語していたが、筆者は「コンサバで翳りの見えていたバーニーズを模してどうなのよ」との印象だった。
案の定、有名海外ブランドによるインポートセレクションは一部に限られ、あとは百貨店系アパレルの商品を突っ込んだだけで、品数が多い割に欲しい商品が見当たらない。ファッション大店を取り繕っただけのMDで、肝いりの買取・自主販売も定着できず、300億円にも及ぶ債務超過を抱えて、2002年、岩田屋は経営破綻した。バーニーズを目指すという思いが空回りし、破綻の道を選ぶことになるとは、全く皮肉な話である。
食材購入もECで十分
二つ目は、あのグルメ食品専門店の「ディーン&デルーカ」が米国内では苦境に立たされていることについてだ。
こちらは店名の通り、ジョルジオ・デルーカとジョエル・ディーンが1977年にニューヨークで創業。「洗練された味と先端をいく調理法」で評判を高め、持ち帰り惣菜に鮮魚を加えて品揃えを充実させた。料理好きの筆者はニューヨーク時代にソーホーのブロードウェイ沿いにある店舗を何度も訪れ、食材や調味料だけでなく、調理用具や食器、料理本まで購入した。
ところが、2017年、ノースカロライナ州の4店舗を閉店したのを皮切りに、メリーランド州、カンザス州からも撤退し、ニューヨークの3店舗も閉店。さる6月30日には旗艦店であったニューヨーク・マディソンアベニュー沿いの店舗、7月4日にはカリフォルニア・ナパバレーの店舗も閉店している。
ニューヨークのような大都市に展開する店舗を閉店するのは、バーニーズと同じように家賃の高騰がある。しかし、ディーン&デルーカはそれ以外の店舗、全米で40店を閉鎖しているのだから、他にも理由はあるだろう。
筆者は、洗練された味を先端をいく調理法で出す趣味的な創作料理が、すっかり成熟した米国では新鮮さを失ってしまったのだと思う。たとえ、ニューヨーカーの料理愛好家でも、仕事帰りや休日にわざわざディーン&デルーカを訪れて食材や調味料を買わなくても、必要な時にECで注文すれば十分だ。しかも、Amazonフレッシュなら青果から鮮魚、精肉、無農薬、惣菜や調理済み食品、各産地の食材までが揃っている。
また、料理のメニュー選びやレシピ探しにしても、わざわざ料理本を開くまでもなく、スマホやダブレットを使えばたちどころに検索できる。しかも、調理方法まで動画で見られ、盛り付けまで教えてくれる。食品や調理器具、すぐに食べられる惣菜や鮮魚が揃う「巨大キッチン」は、いつのまにかインターネットに取って替わったと言うことである。かつては女性ファッション誌が料理づくりのメーン媒体だったが、それが衰退していったのとリンクしているように感じる。
バーニーズはそのスタイルが時代に合わなくなり、大都市展開が家賃高騰もあって難しくなった。しかし、ディーン&デルーカは生き残ることはできるのではないかと思う。例えば、店舗のリロケートだ。家賃が高いマンハッタンを避け、ブルックリンやクイーンズに移転する方法もある。こうしたエリアにはクリエーターたちが多く住むので、新しい創作料理を発信できる土壌はある。そこでの食と調理の新しいセレクトショップを目指すのはどうだろうか。食材の卸と提携して、試食や試飲のサービスをやってもいいと思う。
また、店舗を縮小して、持ち帰り惣菜やイートインに特化する手もあるだろう。あるいはHMR(ホームミールリプレイスメント/食事作りの代行)に乗り出すという手もある。作り立ての料理は食べたいが、食材の購入や調理が面倒という人々向けに、下ごしらえや味付けまで行っておき、後は煮炊き、揚げ蒸しすればいい「ミールキット」を販売するのだ。これをディーン&デルーカのブランドで仕掛ければ、面白いと思う。
成熟したマーケットでは、最先端のファッション衣料は必要ないかもしれないが、洗練されてなくても全く食事をしないわけにはいかない。ヴィーガン(完全菜食主義)とまではいかなくても、ある程度健康を考えたミールキットなんかを販売していけば、マーケットチャンスはあると思うし、勝機をつかめるのではないか。
今の小売業では何でもかんでもECが勝るという理屈はどうなのか。実店舗で現物を見たり、買い物したりする楽しさまで必要とされない消費行動にいささか呆れている人々は、ニューヨーカーの中にも少なくないはずだ。実店舗の可能性を最大限に生かせる施策はまだまだあると思う。
日本では2002年に伊藤忠商事がディーン&デルーカとライセンス契約を結び、他2社と共同でジャパン社を設立して展開に乗り出した。今のところは、都市型SCや駅ビルの有力コンテンツとして東京、神奈川、名古屋、大阪などの大都市中心の展開に止まっているが、カフェを除き、輸入食材や調理器具が好調なのかは疑問だ。
まあ、日本のディーン&デルーカは、伊藤忠がライセンシーでもあるため、ロゴのついたエコバッグが先行した。日本人、特に若い女性からすれば、洗練された味を先端をいく調理法で出す趣味的な料理よりも、ファッションアイテムに惹かれる傾向が強い。それを伊藤忠や他二社も想定していたはずだ。だから、実店舗の展開は駅ビルや都市型SCに限られるだろうし、これ以上売上げの伸びは期待できない。
筆者が住む福岡でも、数年前にソラリアプラザが改装。地下2階を雑貨飲食のフロアにし、そのキラーコンテンツとしてリーシングされた。他にJR博多駅のアミュプラザに出店している。ニューヨークでさんざん利用したから、今さらいいかなって感じで、未だ買い物はしていない。料理好きは今も健在だし、暇があれば創作料理も作っている。そんな筆者も「ラタトゥイユ」ソースなど味を深めるスパイス、肉料理の幅を広げる「馬肉」などの高級食材は福岡の都心でも売っていないので、ネットで購入している。
ファッションについても買いたいものが全くなく、食材もネット購入する始末。どうやら自分がいちばん成熟しているのかもしれない。そんな消費者に抗う業態の登場を願うばかりである。
同社は具体的な内容を言及していないが、「財務の健全化と長期的なビジネス成長のための有効な方法を検討」と語った点から、投資ファンドによる出資や破産法適用申請も含まれると考えられる。
ただ、苦戦を強いられているのは、何もバーニーズに限らない。一昨年辺りからマンハッタンに旗艦店を構える有名ブランドが次々と撤退を余儀なくされている。まず「ラルフレーレン」が2017年4月に5th aveの店舗を閉鎖。今年に入ると、同38th stと39th st間の「ロード&テイラー」、グラウンドゼロ近くの「サックス・フィフス・アベニュー・ウィメンズストア」、他には「ヘンリ・ベンデル」「カルバン・クライン」など、百貨店から高級専門店、ブランドショップまでが次々と店を閉じた。
80年代初めからニューヨークを訪れている筆者にとっては、どの店舗も幾度となく立ち寄っており、サックスの本店やカルバンクラインの旗艦店では何度も買い物もしている。しかし、初渡航の当時からマンハッタンの一等地に店舗を構えるのは東京の銀座や青山よりも家賃が高く、商売を続けていくのは並大抵のことではないという見当はついた。
業界に入ると、有名ブランドが一等地に出店するのは、広告塔やブランディングを狙ったもので、その店舗の採算が合わなくても全体を通してリターンがあればいいという経営論に触れた。しかし、好景気や不況を経験した知見から、ブランド側が土地建物を所有しない単なる店子では家賃が上がりブランド力に翳りが見えると、運営は一気に厳しくなるとの危惧に変わった。図らずも、ブランドの撤退が相次いだのを見ると、予測は現実のものとなったわけだ。
俗に言うニューヨークとは、市の中心部マンハッタン区を指す。面積はわずか61.44k㎡しかなく、東京の中央区、千代田区、港区、新宿区の4区とほぼ同等の大きさ。当然、敷地がそれほど広くないため、ビルを建てると高層になる。(地層が岩盤のため高層ビルが立てやすいという説も)これが1920年代からあのスカイスクレイパー、摩天楼を生んだのである。
米国では欧州に向き合う東海岸に位置し、政治、経済において重要なエリアで、金融、文化、芸術の中心地でもある。好景気になると、限られた土地の不動産価格は上昇し、それに伴って家賃も高騰する。百貨店も高級専門店もブランドショップも、メーン通りに面した1階から低層階に店舗を構えるため、家賃負担はとてつもなく重たくなるのだ。
聞くところによると、マディソンアベニュー沿いにあるバーニーズの家賃は固定資産税を加えて年間4400万ドル(日本円で47億2500万円)。店舗の総面積は、メンズとレディスの各9フロアを合わせると2万5000㎡(7575坪)だから、坪当たりの月家賃は5万2000円。銀座や青山と比べてもそれほど高いとは思わない。しかし、ユニクロのように家賃が安いローカル店が稼いでくれるのならともかく、バーニーズは90年代の全米展開が失敗したことで、大都市にしか店舗が残っておらず、高い家賃の回収は容易ではない。(隣にあったカルバン・クラインの旗艦店は閉店)
筆者がよくバーニーズを訪れたのは、80年代の終わり頃だ。マディソンアベニューの店舗はまだ開店しておらず、7th avの111番地、いわゆるダウンタウンにあった。ちょうど店舗横に婦人館を出店し、ウィメンズの売上げが増えていた。商品はスキップフロアで展開され、万引き防止のためにチェーンにつながれてはいたが、どれもエッジの利いた商品で、ワーキングウーマンなら欲しいだろうと思ったものだ。
93年にはマディソンアベニューに新しい本店がオープンし、ダウンタウン店が40歳以下、アップタウンの本店が40歳以上とメーンターゲットの棲み分けが図られた。しかし、両店とも「バーニーズでしか買えない」デザイナーのエクスクルーシブ・コレクションを主体にしており、仕入れ原価を下げるために大量に買い上げるあまり、在庫が増え過ぎて従来のようなニュアンスを次第に失っていった。
膨れ上がる在庫を捌くために、ロスのビバリーヒルズ他、全米進出したことで有利子負債は嵩む。それでも売れないからアウトレットまで展開したが、経営悪化には歯止めがかからない。96年には会社更正法の適用を受け、97年にサックスの持ち株会社、サックスHDと伊勢丹の間で再建計画が成立。それでも経営状態は好転して行かなかった。
90年代後半から2000年代かけバーニーズのお客は、売場に並ぶ数多くの商品を見るにつけ、高級感も専門性も希少性も感じなくなってしまったと思う。しかも、本店はターゲットエージを上げたために、テイストはコンサバライクになって洗練さを失っていた。ファッションに敏感な層からすれば、「このテイストなら百貨店に並んでいる商品と何ら変わらないじゃん」と感じたはず。それが客離れを招いたのは言うまでもない。
元来、東京以上に中低所得者が多いニューヨークで、プレステージラインの商品はそれほど売れない。しかも、ニューヨークはファッションのカジュアル化、ストリート化が激しい。昨今、大挙して訪れ始めた中国人の富裕層は、ロゴマークのない商品には手を伸ばさない。不振の原因がECに食われたとの論理もあまりに乱暴すぎる。むしろ、ストアブランドにあぐらをかき、MDや編集をなおざりにしたのが根本理由だと思う。
話は前後するが、筆者がニューヨークから福岡に戻った翌年の96年。地元百貨店の岩田屋が紆余曲折の末に出店したのが「Zサイド」だった。岩田屋側は、この出店計画において社員を大挙してニューヨーク視察に派遣している。プレスプレビューでアテンドしてくれた女性管理職は、店づくりについて「バーニーズを目指したい」と豪語していたが、筆者は「コンサバで翳りの見えていたバーニーズを模してどうなのよ」との印象だった。
案の定、有名海外ブランドによるインポートセレクションは一部に限られ、あとは百貨店系アパレルの商品を突っ込んだだけで、品数が多い割に欲しい商品が見当たらない。ファッション大店を取り繕っただけのMDで、肝いりの買取・自主販売も定着できず、300億円にも及ぶ債務超過を抱えて、2002年、岩田屋は経営破綻した。バーニーズを目指すという思いが空回りし、破綻の道を選ぶことになるとは、全く皮肉な話である。
食材購入もECで十分
二つ目は、あのグルメ食品専門店の「ディーン&デルーカ」が米国内では苦境に立たされていることについてだ。
こちらは店名の通り、ジョルジオ・デルーカとジョエル・ディーンが1977年にニューヨークで創業。「洗練された味と先端をいく調理法」で評判を高め、持ち帰り惣菜に鮮魚を加えて品揃えを充実させた。料理好きの筆者はニューヨーク時代にソーホーのブロードウェイ沿いにある店舗を何度も訪れ、食材や調味料だけでなく、調理用具や食器、料理本まで購入した。
ところが、2017年、ノースカロライナ州の4店舗を閉店したのを皮切りに、メリーランド州、カンザス州からも撤退し、ニューヨークの3店舗も閉店。さる6月30日には旗艦店であったニューヨーク・マディソンアベニュー沿いの店舗、7月4日にはカリフォルニア・ナパバレーの店舗も閉店している。
ニューヨークのような大都市に展開する店舗を閉店するのは、バーニーズと同じように家賃の高騰がある。しかし、ディーン&デルーカはそれ以外の店舗、全米で40店を閉鎖しているのだから、他にも理由はあるだろう。
筆者は、洗練された味を先端をいく調理法で出す趣味的な創作料理が、すっかり成熟した米国では新鮮さを失ってしまったのだと思う。たとえ、ニューヨーカーの料理愛好家でも、仕事帰りや休日にわざわざディーン&デルーカを訪れて食材や調味料を買わなくても、必要な時にECで注文すれば十分だ。しかも、Amazonフレッシュなら青果から鮮魚、精肉、無農薬、惣菜や調理済み食品、各産地の食材までが揃っている。
また、料理のメニュー選びやレシピ探しにしても、わざわざ料理本を開くまでもなく、スマホやダブレットを使えばたちどころに検索できる。しかも、調理方法まで動画で見られ、盛り付けまで教えてくれる。食品や調理器具、すぐに食べられる惣菜や鮮魚が揃う「巨大キッチン」は、いつのまにかインターネットに取って替わったと言うことである。かつては女性ファッション誌が料理づくりのメーン媒体だったが、それが衰退していったのとリンクしているように感じる。
バーニーズはそのスタイルが時代に合わなくなり、大都市展開が家賃高騰もあって難しくなった。しかし、ディーン&デルーカは生き残ることはできるのではないかと思う。例えば、店舗のリロケートだ。家賃が高いマンハッタンを避け、ブルックリンやクイーンズに移転する方法もある。こうしたエリアにはクリエーターたちが多く住むので、新しい創作料理を発信できる土壌はある。そこでの食と調理の新しいセレクトショップを目指すのはどうだろうか。食材の卸と提携して、試食や試飲のサービスをやってもいいと思う。
また、店舗を縮小して、持ち帰り惣菜やイートインに特化する手もあるだろう。あるいはHMR(ホームミールリプレイスメント/食事作りの代行)に乗り出すという手もある。作り立ての料理は食べたいが、食材の購入や調理が面倒という人々向けに、下ごしらえや味付けまで行っておき、後は煮炊き、揚げ蒸しすればいい「ミールキット」を販売するのだ。これをディーン&デルーカのブランドで仕掛ければ、面白いと思う。
成熟したマーケットでは、最先端のファッション衣料は必要ないかもしれないが、洗練されてなくても全く食事をしないわけにはいかない。ヴィーガン(完全菜食主義)とまではいかなくても、ある程度健康を考えたミールキットなんかを販売していけば、マーケットチャンスはあると思うし、勝機をつかめるのではないか。
今の小売業では何でもかんでもECが勝るという理屈はどうなのか。実店舗で現物を見たり、買い物したりする楽しさまで必要とされない消費行動にいささか呆れている人々は、ニューヨーカーの中にも少なくないはずだ。実店舗の可能性を最大限に生かせる施策はまだまだあると思う。
日本では2002年に伊藤忠商事がディーン&デルーカとライセンス契約を結び、他2社と共同でジャパン社を設立して展開に乗り出した。今のところは、都市型SCや駅ビルの有力コンテンツとして東京、神奈川、名古屋、大阪などの大都市中心の展開に止まっているが、カフェを除き、輸入食材や調理器具が好調なのかは疑問だ。
まあ、日本のディーン&デルーカは、伊藤忠がライセンシーでもあるため、ロゴのついたエコバッグが先行した。日本人、特に若い女性からすれば、洗練された味を先端をいく調理法で出す趣味的な料理よりも、ファッションアイテムに惹かれる傾向が強い。それを伊藤忠や他二社も想定していたはずだ。だから、実店舗の展開は駅ビルや都市型SCに限られるだろうし、これ以上売上げの伸びは期待できない。
筆者が住む福岡でも、数年前にソラリアプラザが改装。地下2階を雑貨飲食のフロアにし、そのキラーコンテンツとしてリーシングされた。他にJR博多駅のアミュプラザに出店している。ニューヨークでさんざん利用したから、今さらいいかなって感じで、未だ買い物はしていない。料理好きは今も健在だし、暇があれば創作料理も作っている。そんな筆者も「ラタトゥイユ」ソースなど味を深めるスパイス、肉料理の幅を広げる「馬肉」などの高級食材は福岡の都心でも売っていないので、ネットで購入している。
ファッションについても買いたいものが全くなく、食材もネット購入する始末。どうやら自分がいちばん成熟しているのかもしれない。そんな消費者に抗う業態の登場を願うばかりである。