豊かさを求める 会長日誌

家づくりと言う事業を通じ、多くの人々の人間模様を綴ります。

福地建装創業時の大家さん…北斗市・本社~函館空港~羽田空港~市川市~東京都内

2023-08-31 20:04:39 | Weblog
福地建装創業時の大家さん…北斗市・本社~函館空港~羽田空港~市川市~東京都内
福地建装は、東京にて鉄骨トビ職で独立してから50年を超えます。
お世話になった元請会社が東洋建装であり、その社長さんが亡くなった年に北海道で工務店を起業しました。
お世話になった元請の「建装」を貰い福地建装にしました。

その当時は、千葉県市川市に住んでおり、そこから東京都内の施工現場に出向いていました。
その市川市で家を貸して頂いた大家さんが山本家です。
山本家のご主人(山本良次さん)とは毎日の朝晩、顔を合わせ、挨拶を交わします。

山本良次さんとは、一緒に富士山八合目の山小屋に止まり、翌朝に登頂してご来光を眺めたこともありました。
私は高山病に罹り、四苦八苦でしたが山本良次さんは、終始元気にリードしてくれました。

仕事の内容を下請けから元請になるため、東京から北海道に居を移しました。
その引っ越しの時は、トラックに荷物を積み込む際、真剣に手伝って貰いました。
北海道に福地建装本社と自宅を移してからも、山本家とは家族付き合いを続けています。

先般は、山本家のご長男、山本敏弘さんから父が亡くなったとの連絡がありました。
いつも元気で笑顔を絶やさない人だったので信じられません。
妻(副社長)は、時間を遣り繰りしてもお通夜にだけは行くべきと促され、北海道から千葉県市川市の葬祭場に来て、ご焼香させて頂きました。

あの時代がなければ今が無かったのです。またあの時代が一番楽しい時代だったのかも。
地下足袋を履いて現場にでる時代。現在は終日スーツ姿、肩が凝る訳です。
遺影を見ながら、我福地建装の創業時が走馬灯のように浮かんできます。
故人のご冥福を祈りながら生涯、記憶に刻まれる山本良次さんであることを確信しました。

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