ヒトに対して自分が紳士、淑女だと意識させる必要などはないと思われます。
紳士淑女とは、肩に力を入れず自然体から醸し出す雰囲気を云うのだと思うのです。
あえて意識して装ってみても本当の紳士、淑女には見えないものです。
歩く時には、足の親指に体重を載せると腰の付け根に力が入り、自然と顎が引けて、背筋がピンと張り、オジサン、オバサンでも、見た目だけは紳士、淑女に見えるモノです。
オジサン、オバサンを紳士、淑女と言えるのは、そう言える理由がありそうです。
先ずは何らかの社会的な使命を持って行動していると、自然と瞳が輝いて見えます。
必然的に普通のおじさん、おばさんの何倍も知識や情報が入って来るものです。
紳士、淑女に共通しているのは、身体全身からエネルギーを発しているように感じます。
発するエネルギーとは、努力して得た知識、情報、地権などが潜在化して「才知」となっているように思います。
知識や情報量の多い大学教授の総てからは、必ずしも「才知」を感じません。
背筋が通り、ポケットチーフが似合い、ズボンの折り目がピシッとして靴がピカピカです。何よりも清潔感があり、顎を引き、背筋が伸び、頭髪が整っており、真っ直ぐ前を見て歩く姿がとても凛々しく見えたものです。
少なくとも国政を預かる政治家は、与野党を問わず、オジサン・オバサンではなく、紳士・淑女に担って貰いたいものです。
写真は九州のファース加盟工務店・坂口組さんが建てた「#ファースの家」ですが、まさに紳士・淑女の方がお住まいになるに相応しい家でもあります。
「#空気サラサラ」真の家づくりのを知るうちに、きっと紳士淑女になって行くのでしょう。
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