国上山麓の辻にある双体道祖神の前。良寛禅師(1758年〜1831年 73歳没)は弟子・遍澄(1801年〜1876年75歳没)を伴い、托鉢を終え五合庵に帰ってきた。農家の庭先では子供たちがカゴメカゴメで遊んでいる。行き交う女連れの二人の武士。
良寛さんは国上山五合庵に足掛け12年ほど住んだ。48歳から60歳頃のことである。その後乙子神社社務所に10年ほど住んだ。乙子神社に移り住んだ理由は、60歳をすぎ五合庵への上りがキツくなったからだといわれている。国上山の五合庵は何年か前に見に行ってきたが、私がイメージしたものとは程遠かった。このジオラマで作った五合庵は私のイメージで作ったものだ。一年ぶりの製作は半月ほどかかった。70歳過ぎの目にはスケールが小さすぎるのである。人間は1cmほど。既製のフィギュアを加工、カスタムしている。人形以外は全て手作りである。縮尺 1/150
田植えも終わり、整備作業に精を出す。 飛脚が忙しそうに駆け抜ける。
城中乞食了 城中に食を乞いて終わる 町中の托鉢を済ませて
得々携嚢帰 得々として嚢を携えて帰る 私は今上機嫌で頭陀袋を下げて帰るところだ
帰来知何処 帰り来るを知らず何のところぞ 今からどこに帰るのかと問われるなら
家在白雲陲 家は白雲陲にあり わしの家は白雲のほとりにあるのだ
以上 良寛の詩