瞽女街道をごらんの皆様に
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新・瞽女街道をいくです
5年前に始めた瞽女の歩いた道をたどる旅.このところの急激な社会の変化は,たった5年とはいえ,山村部にとっては過酷な試練なのかもしれない.行く先々で家が倒れ,次々に集落が無くなって行く.集落,つまるところ無人の集落があちこちに増えてきた.そんな案配だから瞽女宿の消滅に限らず,瞽女の通った道,峠はどんどん失われていく.3,40年前には行っていたが,この集落でももう道普請はしていないから,ぼうぼうの薮どころか,木が生えているよ!と,地元の方も苦笑する.田んぼや畑が有れば,そこへの道程は管理されているのであるが,不便で遠いところから農地は放棄され,荒れ果てていく.
そんな分けだから,耕地のすぐ裏山にあった峠道も,そこに祀ってあった石仏や,碑の存在も忘れられて,倒れ薮の中に倒れたままになっている.
峠は大抵の場合,山と山の間,鞍部にある.その左右の尾根の薮をかき分けて上っていくと,大小のピークがある.そのピークが眺めがよければ,三角点の可能性大で,もしかするとかっての,城趾あとだったりする.
忘れられた峠道のブナ林の尾根をたどると,急峻な掘り割りが出てくる,その掘り割りをやっとの思いで乗り越えると,城趾あとと見られる,削平土に立った.その頂上から木の間越しに,棚田が見えた.
薮を手で掻きむしり,雪の重みで倒れたままの碑や,石仏を起こし,撮影する.きっと高田瞽女も通ったに違いない峠の掘り割りの脇の高見にある,これらのモニュメントはやがてその使命を終えようとしている.