れいわ新選組の活躍
今回の参議院選挙、数少ない注目点の一つが、れいわ新選組の「躍進」だ。結成されたのが選挙の3か月前、代表の山本太郎氏は、個人最大得票数を得て、政党要件まで獲得することとなった。
「消費税廃止」「奨学金チャラ」などを訴えるポピュリズム政党で、財源は法人税増税や国債の増発を掲げて選挙戦を戦った。
タイミングよくMMT
タイミングよく、「財政赤字は心配無用」という理論(?)が米国で注目を浴び、提唱者であるニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授が選挙直前に来日、マスコミも物珍しさかこぞってとりあげ、れいわ新選組の財源論(?)にも役立った。
現代貨幣理論と翻訳されるMMTとは、かいつまんで言うと次のようになる。
まず、政府と中央銀行は統合勘定とみなすので、政府の国債発行残高のうち日銀保有分は帳消し(プラスマイナスゼロ)と観念する。さらに、わが国のように国債が基本的に国内でファイナンスされている国では、「政府の借金の拡大は国民の資産の拡大」ということになる。
したがって、政府は緊縮財政を行う必要はなく、民間経済に貯蓄の余剰(カネ余り、需要不足)があるかぎり、赤字を出す経済政策をとることが望ましい。インフレが生じるまで継続するべきだ、という。
金融政策の有効性を否定し、すべては財政政策だということで、積極的財政政策をうたうケインズ主義と似ている。
では、インフレが生じたらどのように制御するのだろうか。彼女はインタビューで、「『インフレが深刻になった場合には増税する』というトリガー条項を決めておけばよい」と答えている(7月18日付日経朝刊)。
MMTへの疑問2つ
しかし、インフレは突然やって来るが、増税は突然には発動できない。バブル期の土地税制の経緯を見ても、土地バブルが問題になり土地基本法が制定された89年から、地価税が導入される92年まで3年以上かかっている。そもそもあらかじめ決める増税は、所得税なのか消費税なのか、あるいは法人税なのか、だれがどのように国民の合意を求めるのだろうか。
もう一つ、彼女の提唱するケインズ主義的な財政運営については、わが国は苦い経験がある。それは90年代、バブル崩壊後の財政運営で、120兆円規模の減税と公共事業の拡大が、景気対策という名目で行われた。しかし失われた20年が経過し、いまだデフレ脱却すらできていない。
公共事業が、その効果や効率を考えずに行われた結果、経済の大きな非効率を生じさせ、維持・補修コストに四苦八苦しているというのが現状だ。
わが国一般会計の歳出・歳入のギャップは「ワニの口」と呼ばれているが、これが大きく開くのは、バブル崩壊後とリーマンショック後の景気対策としての公共事業の追加(歳出の拡大)と減税(歳入の減少)が行われたためで、いまだ「ワニの口」は開いたままだ。
実験するなら米国で
MMTは、米国でも奨学金の返済をチャラにすることを公約に掲げた民主党大統領候補の財源論となっているが、ぜひ財政赤字の拡大に苦しむ米国での実験結果を見てみたいものだ。
◆東京財団政策研究所「税の交差点」:遅れてきたケインズ主義「現代貨幣理論(MMT)」は、米国で実験すべきだ
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3176
森信茂樹東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授
1950年生まれ。法学博士。1973年京都大学卒業後大蔵省(現財務省)入省。財務省では主に税制分野を経験。その間ソ連、米国、英国に勤務。大阪大学、東京大学、プリンストン大学で教鞭をとり、財務総合政策研究所長を経て退官。(一社)ジャパン・タックス・インスティチュートを運営する一方、日本有数の政策シンクタンク、東京財団政策研究所で「税・社会保障調査会」を立ち上げ、税・財政や社会保障の政策提言を行っている。著書に、『日本の税制 どこが問題か』(岩波書店)、『税で日本はよみがえる』(日経新聞出版)や、GAFAの税負担問題やデジタル経済における税のあり方を徹底追究した『デジタル経済と税』(同)など。
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>しかし、インフレは突然やって来るが、増税は突然には発動できない。バブル期の土地税制の経緯を見ても、土地バブルが問題になり土地基本法が制定された89年から、地価税が導入される92年まで3年以上かかっている。
中野氏は、財政赤字が膨大に累積してもハイパーインフレにならない理由は次のように説明している。
「憲法に定める財政民主主義では国会が決める」と極めて簡単な説明だ。
さらに「すなわち、インフレ率が目標とする上限を超えそうになったら、財政赤字を削減すればいいのである」とこれも極めて素っ気ない。
しかし、国会が決めるということは政治家が決めるということ。
筆者は政治家がハイパーインフレが起きる懸念のある「最中」に、最適な判断を下すとは到底信じることができない。
中野氏は、一番重要なポイントを「財政民主主義」と国会(政治家)に丸投げし、具体的論議を次のように曖昧にしている。
>そもそも、国家財政(歳出や課税)は、財政民主主義の原則の下、国会が決める。「財政規律」なるものもまた、財政民主主義に服するのだ。
>「政治は、財政赤字の拡大を止められない」などというのは、財政民主主義の否定に等しい。
>要するに、インフレというものは、経済政策によって止められるものなのだ。
中野氏はMMTの他の部分の解説はしつこいほど丁寧なのに、「財政民主主義」の解説が極めて素っ気ない理由は何なのか?
政治家を含めて熱気・狂乱の渦中にある人間が、正常な判断を下すことが困難だ。
バブル崩壊はある日に一瞬にして突然起こった現象ではない。
例えばバブルの象徴とされるジュリアナ東京は、バブル崩壊後に新規開店していた。
当時のテレビはバブル景気の象徴みたいにジュリアナ東京で踊り狂うボディコン女性を紹介していた。
だが、その時点で実はバブルは崩壊していたのだ。
バブル崩壊に先立ち、株価や地価が下がり始める。
下がりはじめた当初は一時的なものだと思うがさらなる下落が起き、次の問題が出る。
暴落が手に負えなくなり、バブル崩壊が社会問題化したのが1993年頃。
ジュリアナ東京が開店し、全国の話題になったのがバブル崩壊2年前の1991年5月だった。
後世から見たら「バブル崩壊に向かう最中にも関わらず浮かれていた」のが当時の社会現象として伝えられる。
つまりバブル崩壊やハイパーインフレと国民の実感にはタイムラグがある。
経済指標が国民の目に知れる時期も最低でも2カ月ほどのタイムラグがある。
それから政治家が適正な判断をして財政民主主義の訴えるには更に大きなタイムラグを要する。
デフレが20年間も続いている我が国の現状では、公債を発行し続けてもハイパーインフレになるリスクは極めて少ない。
しかし、MMTを国の経済政策として導入する場合、少ないリスクに対しても正確で丁寧な対処法が求められる。
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