快気分析

何か快適な気分になれるような記事にしたいです。

仕組みとアプローチ -  本能寺の変 秀吉のアリバイ工作

2018-10-29 08:57:52 | 明智光秀
 後から考えると、これは秀吉のアリバイ工作としか思えない事が他にも有ります。
 秀吉が信長の草履を懐に入れて温めて用意していた、と言う逸話ですが、これについては実際に有った話かどうか諸説有るようです。
 ただいずれにしてもその位に派手な演出をしていたのでしょう。
 ではその位に主君やその跡継ぎらを大事にしていたのか?と言うと織田信孝を自刃に追い込んだ事、そしてその後も織田家が再興する事なく秀吉が政権を乗っ取った事などから、やはり草履を懐に入れて温めていたと言うのは、「やがて織田家を裏切る気持ちが有るのを隠す為のアリバイ工作だった」としか解釈できないと思うのです。

仕組みとアプローチ -  本能寺の変 アリバイが有り過ぎるのは秀吉 そこが怪しい

2018-10-27 18:44:13 | 明智光秀
 今月16日の記事、サブタイトル「本能寺の変 明智光秀が首謀者ではないと思う理由 更にもう一つ それはアリバイ工作」で書いた通り、光秀が信長を討とうとしていなかったからこそアリバイ作りをしていなかった為、あの連歌を詠んでしまったと考えているのですが、ではこの反対にアリバイが過剰な人間が逆の怪しいとなるロジックも存在するのでその点を今回は記事にします。
 アリバイが有り過ぎる人間、それは言うまでもなく「秀吉」です。
 「毛利氏が4万と言われる兵を動員して来たので信長に援軍を要請した」、これこそサイコーの(怪しい)アリバイではないでしょうか。
 柴田勝家ら信長の重臣の中で最もアリバイの存在感が有るのは秀吉であり、そこがまた過剰で怪しいとしか思えません。
 毛利氏が4万と言われる兵を動員したのなら、備中高松城攻めの時の城主切腹程度で毛利氏が和睦するわけは無いはずとは思いませんか?
 秀吉が援軍要請して織田軍が来ると言うなら、その前に秀吉の軍をいくらかでも殲滅して総兵力を減らすと言うのが毛利氏の選択だったはずなのにそうではない。
 仮に秀吉が援軍要請をしたのを毛利氏が知らなかった、と言うのならやはり秀吉の軍を圧倒する毛利氏が4万の大軍で制圧するはずであり、城主一人の切腹などで妥協の和睦などするはずはない、と個人的には考えています。
 なので秀吉と毛利氏の和睦は両者がグルの「演出」としか考えようが有りません。
 アリバイが有り過ぎる秀吉の怪しさは、秀吉没後400年以上経った今だからこそ堂々と言えるのかも知れませんが。
 

仕組みとアプローチ -  地震活動がやや活発 地球規模でのバランス変化も有るのかどうか

2018-10-27 10:07:55 | 地震 津波
 国内でも国外でも目立つ地震がやや多いように思えます。
 まずEMSCでのデータで今月20日以降、JAPANとつくものでMw5以上は次の通りです。

引用開始(一部抜粋)

https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2018-10-27 00:08:01.9
24min ago
36.88 N 141.33 E 10 5.1 NEAR EAST COAST OF HONSHU, JAPAN
2018-10-26 03:04:54.0 44.52 N 145.55 E 10 5.6 HOKKAIDO, JAPAN REGION
2018-10-25 18:36:10.6 38.35 N 141.79 E 49 5.7 NEAR EAST COAST OF HONSHU, JAPAN
2018-10-22 10:47:19.1 37.58 N 141.37 E 52 5.0 NEAR EAST COAST OF HONSHU, JAPAN
2018-10-20 14:21:34.6 23.14 N 143.79 E 38 5.0 VOLCANO ISLANDS, JAPAN REGION

引用終了

 今月20日以降のMj4以上で、国内で有感地震となったものは次の通りです。
                        Mj 最大震度
2018年10月27日 9時08分ごろ 茨城県沖 5.1 3
2018年10月26日 12時14分ごろ 国後島付近 4.6 1
2018年10月26日 12時05分ごろ 国後島付近 5.4 3
2018年10月26日 3時36分ごろ 宮城県沖 5.7 4
2018年10月25日 18時18分ごろ 胆振地方中東部 4.1 2
2018年10月25日 5時01分ごろ 福島県沖 4.2 1
2018年10月24日 1時04分ごろ 与那国島近海 6.3 3
2018年10月23日 20時06分ごろ 宮城県沖 4.6 3
2018年10月23日 13時35分ごろ 与那国島近海 6.1 3
2018年10月22日 19時47分ごろ 福島県沖 4.9 4
2018年10月21日 20時02分ごろ 千葉県東方沖 4.4 3
2018年10月21日 5時13分ごろ 宮城県沖 4.8 2
2018年10月20日 8時21分ごろ 宮城県沖 4.1 1
2018年10月20日 2時30分ごろ 日高地方東部 4.4 2

 何か多いような気がします。
 同様に今月20日以降、世界でMw6以上のものはどうかと言うと、EMSCで次の通りです。

引用開始(一部抜粋)

https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2018-10-25 22:54:51.5 37.53 N 20.62 E 10 6.8 IONIAN SEA
2018-10-22 06:22:47.9 49.28 N 129.78 W 10 6.5 VANCOUVER ISLAND, CANADA REGION
2018-10-22 06:16:28.7 49.29 N 129.29 W 10 6.8 VANCOUVER ISLAND, CANADA REGION
2018-10-22 05:39:40.1 49.13 N 129.57 W 10 6.6 VANCOUVER ISLAND, CANADA REGION
2018-10-21 01:40:37.4 29.57 S 60.69 E 10 6.0 SOUTHWEST INDIAN RIDGE

引用終了

 震源としてはあまり聞きなれないイオニア海ですが、Mw5.5以上はEMSCデータ(2004年の途中から開始)で次の通りです。

引用開始(一部抜粋)

2018-10-25 22:54:51.5 37.53 N 20.62 E 10 6.8 IONIAN SEA
2009-11-03 05:25:08.5 37.40 N 20.44 E 10 5.7 IONIAN SEA
2009-02-16 23:16:39.8 37.21 N 20.80 E 10 5.5 IONIAN SEA
2006-04-12 16:51:59.8 37.70 N 20.93 E 10 5.6 IONIAN SEA
2006-04-11 17:29:27.0 37.71 N 20.96 E 10 5.6 IONIAN SEA
2006-04-04 22:05:02.5 37.66 N 20.91 E 10 5.5 IONIAN SEA
2005-10-18 15:26:00.1 37.73 N 20.84 E 20 5.6 IONIAN SEA
2005-01-31 01:05:31.3 37.59 N 20.20 E 30 5.7 IONIAN SEA

引用終了

 Mw5.5以上は約9年近くの空白期間を経てのもの、そして2004年の途中から以降では飛び抜けて最大のものでした。
 今月25日の満月とその前後に目立つ地震が多いと言うのが、仮に次第に大きくなりつつある満月と言うのが要因割合として多いと言うならば来年2月の年間最大満月に向けて次第に大きくなりつつある満月とその前後は今月よりも要注意と言う事になるのでしょうか。
 そして仮にその通りにならなければここ数日の地震多発は月齢による要因割合が多かったからではない、と言う事にもなります。
 果たしてどうなるでしょう。
 そして最近は数年ぶりとか、データ開始以来最大とかのものとかが目立つような気がします。
 先月6日胆振地方中東部の地震もそうでした。
 地球規模でバランスが変化して来ているのかも知れません。
 




仕組みとアプローチ -  本能寺の変 信長の不可解な思考を謎解きしてみると・・・

2018-10-25 21:26:43 | 明智光秀
 本能寺の変について、襲撃部隊側の一般兵らが「家康を討つものとばかり思っていた」と証言したとする旨が二つの古文書に書かれています。
 一つは「本城惣右衛門覚書」、もう一つはルイス・フロイスの「日本史」です。
 家康が大部隊で上洛するのならいざ知らず、精鋭部隊とは言えわずか数十名の家臣と京都へ見物に来ていた(実際には少し前に京都にはいたが本能寺の変の時は既に堺に行って更に京都へ戻る最中だった)事を何故一般の兵らが知っていたのでしょうか。
 これは少し変ですね。
 信長が家康の安全を考えていたのなら、例え多少時間差は有ったとしても僅かな護衛しか連れていなかった家康の居場所を大勢に知らせる事などしないのではないでしょうか?
 以前の記事で書きましたが、少人数の護衛と言っても実際には家康を護衛していた精鋭部隊や忍者などが変装してかなりいたと考えていますが、仮に家康の護衛が実際には数百名以上だったとしてもそれを一般の兵まで知らせるのはやはり家康には危険が大きいと思うのです。
 信長は一体何を考えていたのでしょうか?
 家康が襲撃されたらラッキーと信長が思っていたからなのか?
 それとも或いは家康には隠れ護衛部隊が相当いて襲撃されても必ず撃退する、と信長が確信していたからなのか?
 個人的な考えに過ぎませんが、上記の2通りのいずれかはどうあれ、信長の目論見は次のようなものであったと見ています。
 「家康が生き残れば家康の防御能力についてやはり考えていた通りで相当な隠れ護衛部隊がおり、今後にもし家康を討つ必要が出て来ればその時の参考データになる。そして家康がもし討たれてしまえばそれも良し。更に事のついでに家康を討ったグループを復讐と言う名目で攻略し、領地や利権を奪い取る」・・・信長にはどう転んでも美味しい話だったと思えます。
 ただそれが信長を襲撃するグループに逆に利用され、一般兵には信長ではなく家康を討つものと思わせて逃げ出さないようにしておいて、大勢の兵力を動かし信長は討たれてしまったという見方については以前の記事で書いた通りです。
 

仕組みとアプローチ -  与那国島近海でやや目立つ地震が発生

2018-10-24 20:16:20 | 地震 津波
 先日と今日、与那国島近海でやや目立つ地震が発生しました。
 国内の発表では、次の通りです。
                        Mj 最大震度
2018年10月24日 1時04分ごろ 与那国島近海 6.3 3
2018年10月23日 13時35分ごろ 与那国島近海 6.1 3

 該当する地震はEMSCで次の通りです。(マグニチュードはMw)

引用開始(一部抜粋)

https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2018-10-23 16:04:05.2 24.05 N 122.71 E 40 5.7 TAIWAN REGION

2018-10-23 04:34:58.1 24.07 N 122.71 E 30 5.7 TAIWAN REGION

引用終了

 それでは沖縄県エリア、台湾エリア全体についてM6.5以上の地震がEMSCでどうなっているか、となるとこうです。

引用開始 2件(一部抜粋)

https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2014-03-02 20:11:22.0 27.47 N 127.32 E 110 6.5 RYUKYU ISLANDS, JAPAN
2010-02-26 20:31:24.1 25.93 N 128.50 E 2 7.2 RYUKYU ISLANDS, JAPAN
2009-10-30 07:03:40.4 29.23 N 129.94 E 40 6.9 RYUKYU ISLANDS, JAPAN


https://www.emsc-csem.org/Earthquake/?filter=yes

2011-11-08 02:59:07.0 27.35 N 125.76 E 220 6.9 NORTHEAST OF TAIWAN
2010-04-26 02:59:49.3 22.27 N 123.79 E 2 2007-09-06 17:51:25.8 24.34 N 122.38 E 60 6.5 TAIWAN REGION
2006-12-26 12:34:11.5 22.01 N 120.53 E 2 6.9 TAIWAN
2006-12-26 12:26:18.9 21.80 N 120.52 E 2 7.2 TAIWAN REGION
2005-10-15 15:51:07.1 25.29 N 123.24 E 190 6.6 NORTHEAST OF TAIWAN
2004-10-15 04:08:49.8 24.83 N 122.73 E 90 6.7 TAIWAN REGION

引用終了

 沖縄県エリアは2010年2月を最後にM7以上の地震が既に8年7ヶ月以上発生しておらず、台湾エリアは2006年12月を最後にM7以上の地震が既に11年9ヶ月以上発生していません。
 この空白期間がどれだけ続くかについても注目点かと思ってはいます。