毎日新聞夕刊(東京都内版)2007年9月4日(火)掲載のえ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/d9/6049ca6c45ea10fb7c7e437f10925b31.jpg)
ほんのり甘いスイカの漬物。
歌手の石野真子さんの思い出の味は、スイカの漬物。外側の硬い皮を切って、白い皮のところだけ取り出すと、厚さは1cmくらい。それを、四角いのやら、三角のやら適当な大きさに切って、粗塩をふる。重しをして、昼に漬ければ、夕食には食べられる。ポイントは、ちょっとだけ実のピンクの部分を残すこと。スイカの漬物ともに、子供の頃の絵に描いたような夏休みを思いだすと語ります。
我が家でもスイカの漬物を作りました。ピンクの実の部分を残して。そうするとほんのり甘くて、なかなかいける味。ヒロク二さんもほんのりを感じて絵にしました。ヒロク二さんはピンク色が好きだね。ほんのりピンクのシャツも持っています。
ほんのりしてないスイカの漬物の話。
祖母と暮らすようになってから、夏には、スイカの漬物をよく食べた時期がある。祖母と暮らすようになったということには、訳がある。小学校の頃、両親が離婚してしまったので、父は家を出て行き、残った母と子供たちを助けるために祖母が来たのである。そして、どうも、貧乏になったようなのです。わたしの生活も変わり、下三人の兄弟の幼稚園のお迎えや世話、ご飯とぎ、洗濯物の取り入れ、食後の皿洗い等の用事をこなす生活がはじまった。一番下の弟は小さかったので、おぶい紐で弟を背中にくくりつけ、遊びに行くのも、どこに行くにも弟は一緒だった。そんな頃、よく食卓に並んだのが、「スイカの漬物」。ピンク色のかけらもなく青くガリゴリしたスイカの漬物。おいしいとはいえなかったが、キリギリスとか虫の気持ちになった。大正生まれの祖母は、一緒に暮らしだすと、優しい祖母から、厳しい祖母へと変身し、今思えば一人暮らしのおばあさんだった優しい祖母よりいきいきしだして、おおいに怒るのである。そんな環境の変化の中で、漫画家になりたいという夢を抱き、皿洗いの時はストーリーを頭に巡らせながらするようにした。なにものにもならなかったけど、「夢」を抱いて未来に向かっていた。漫画家になるために、読書や、スケッチをするようになり、今の生活スタイルに続いているのかも。子供の頃に「夢」を持たなければどうなっていたのかと思い想像するとヒヤヒヤします。「夢」が小学生のわたしを支えてくれていたことには違いないから。
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ほんのり甘いスイカの漬物。
歌手の石野真子さんの思い出の味は、スイカの漬物。外側の硬い皮を切って、白い皮のところだけ取り出すと、厚さは1cmくらい。それを、四角いのやら、三角のやら適当な大きさに切って、粗塩をふる。重しをして、昼に漬ければ、夕食には食べられる。ポイントは、ちょっとだけ実のピンクの部分を残すこと。スイカの漬物ともに、子供の頃の絵に描いたような夏休みを思いだすと語ります。
我が家でもスイカの漬物を作りました。ピンクの実の部分を残して。そうするとほんのり甘くて、なかなかいける味。ヒロク二さんもほんのりを感じて絵にしました。ヒロク二さんはピンク色が好きだね。ほんのりピンクのシャツも持っています。
ほんのりしてないスイカの漬物の話。
祖母と暮らすようになってから、夏には、スイカの漬物をよく食べた時期がある。祖母と暮らすようになったということには、訳がある。小学校の頃、両親が離婚してしまったので、父は家を出て行き、残った母と子供たちを助けるために祖母が来たのである。そして、どうも、貧乏になったようなのです。わたしの生活も変わり、下三人の兄弟の幼稚園のお迎えや世話、ご飯とぎ、洗濯物の取り入れ、食後の皿洗い等の用事をこなす生活がはじまった。一番下の弟は小さかったので、おぶい紐で弟を背中にくくりつけ、遊びに行くのも、どこに行くにも弟は一緒だった。そんな頃、よく食卓に並んだのが、「スイカの漬物」。ピンク色のかけらもなく青くガリゴリしたスイカの漬物。おいしいとはいえなかったが、キリギリスとか虫の気持ちになった。大正生まれの祖母は、一緒に暮らしだすと、優しい祖母から、厳しい祖母へと変身し、今思えば一人暮らしのおばあさんだった優しい祖母よりいきいきしだして、おおいに怒るのである。そんな環境の変化の中で、漫画家になりたいという夢を抱き、皿洗いの時はストーリーを頭に巡らせながらするようにした。なにものにもならなかったけど、「夢」を抱いて未来に向かっていた。漫画家になるために、読書や、スケッチをするようになり、今の生活スタイルに続いているのかも。子供の頃に「夢」を持たなければどうなっていたのかと思い想像するとヒヤヒヤします。「夢」が小学生のわたしを支えてくれていたことには違いないから。