所帯を持って、子供まで成した夫が事故で死んだ
でも、その夫が語っていた名前や生い立ちは全然違う人のものだった
いったい誰とこの生活を育んできたのだろう
妻は以前世話になった弁護士に、亡くなった夫の本当の姿を調べてもらう
まあ、この筋書きで最後まで貫いてもそれなりに面白いドラマになりそうだけど、テレビの2時間サスペンスで終わっちゃうような気もする。優れた原作をしっかりと映像に作り変えればこんなにも奥深い作品になるんだ。上手い役者達が要所を抑えた演技で彩り、見応えのある映画に仕上がった
亡くなった夫は、伊香保温泉の老舗旅館で生まれ育ったと言っていた。でも本当は、殺人で死刑になった父親の息子で、自分を痛めつけるためにボクサーをやっていたことがわかる。自分の履歴を塗り替えたくて、2度も他人の人生を上書きしてすり替えてた
妻はそれでも、一緒に生きていたことは本当のことだったと、死んだ夫を悼むのだ
名前という記号
過去という履歴
わたくしたちはそんなものをただ漠然と信じて生きている。時として、知らなくて良いことも知りながら
隣に住む人の真実なんて気にしていないのと同じくらいの無関心さで、今生活を共にしている連れ合いのことを見ているのかもしれない。そうだとして、ある日Aだと思っていたものがBであっても、そこにあった感情や思い出が書き換わることはない。そんな事をこの映画は描いてた
人権派の優秀な弁護士が、バーのカウンターで隣に座った人に言う
僕は伊香保温泉の旅館の息子なんですよ。家族と折り合いが悪くて飛び出しちゃいましたけど・・・
弁護士は在日三世である事を、そうやってすり替えた
ある男はわたくしの隣にいる貴方かもしれないし、わたくしかもしれない
安藤サクラは久し振りに観たけど、良い女優になって一層進化している
窪田正孝のストイックさとナイーブな優しさがこの映画を愛おしくさせている
柄本明は「うなぎ」で魅せた不気味さを遺憾なく発揮していた
清野菜名も美味しい役どころ
仲野太賀と河合優実はもうちょっと使って欲しかったかな。上手い若手役者なので
妻夫木聡はもうひと越えしていたらと残念な感想が先立つ。ダークな裏面を持った主人公の方が魅力的だから
石川監督「蜜蜂と遠雷」よりも感情が溢れていて、断然こっちの方が好きだ
向井脚本、安定の仕事でこれからも楽しみ