映画と渓流釣り

物忘れしないための処方箋

母と娘のホラー「母性」

2022-12-04 18:25:00 | 新作映画
湊かなえの小説は何処かに不穏な空気感が含まれていて、そのニュアンスをうまく映像化できれば原作以上の作品になるだろうけど。この映画は脚本が整理されてなくて、観客をドラマの中に連れて行ってくれなかった

母親と娘の三様を見せているけど、どの話も気持ち悪いだけで衝撃的なおどろおどろしさを醸し出せていない
主人公母娘の藪の中を垣間見せたいのか、三組の母娘のお話を語りたいのか最後までよく分からなかった。小説では広げられる風呂敷を、二時間で観せ切らなければならない映画では同じようには語れない

大地真央と高畑淳子の狂気じみた怖さに食われてしまい、肝心の本筋が弱く感じてしまう

知らなくても良いことを知る「ある男」

2022-11-21 09:08:00 | 新作映画
所帯を持って、子供まで成した夫が事故で死んだ
でも、その夫が語っていた名前や生い立ちは全然違う人のものだった

いったい誰とこの生活を育んできたのだろう
妻は以前世話になった弁護士に、亡くなった夫の本当の姿を調べてもらう

まあ、この筋書きで最後まで貫いてもそれなりに面白いドラマになりそうだけど、テレビの2時間サスペンスで終わっちゃうような気もする。優れた原作をしっかりと映像に作り変えればこんなにも奥深い作品になるんだ。上手い役者達が要所を抑えた演技で彩り、見応えのある映画に仕上がった

亡くなった夫は、伊香保温泉の老舗旅館で生まれ育ったと言っていた。でも本当は、殺人で死刑になった父親の息子で、自分を痛めつけるためにボクサーをやっていたことがわかる。自分の履歴を塗り替えたくて、2度も他人の人生を上書きしてすり替えてた

妻はそれでも、一緒に生きていたことは本当のことだったと、死んだ夫を悼むのだ

名前という記号
過去という履歴

わたくしたちはそんなものをただ漠然と信じて生きている。時として、知らなくて良いことも知りながら
隣に住む人の真実なんて気にしていないのと同じくらいの無関心さで、今生活を共にしている連れ合いのことを見ているのかもしれない。そうだとして、ある日Aだと思っていたものがBであっても、そこにあった感情や思い出が書き換わることはない。そんな事をこの映画は描いてた

人権派の優秀な弁護士が、バーのカウンターで隣に座った人に言う
僕は伊香保温泉の旅館の息子なんですよ。家族と折り合いが悪くて飛び出しちゃいましたけど・・・
弁護士は在日三世である事を、そうやってすり替えた


ある男はわたくしの隣にいる貴方かもしれないし、わたくしかもしれない


安藤サクラは久し振りに観たけど、良い女優になって一層進化している
窪田正孝のストイックさとナイーブな優しさがこの映画を愛おしくさせている
柄本明は「うなぎ」で魅せた不気味さを遺憾なく発揮していた
清野菜名も美味しい役どころ

仲野太賀と河合優実はもうちょっと使って欲しかったかな。上手い若手役者なので
妻夫木聡はもうひと越えしていたらと残念な感想が先立つ。ダークな裏面を持った主人公の方が魅力的だから

石川監督「蜜蜂と遠雷」よりも感情が溢れていて、断然こっちの方が好きだ
向井脚本、安定の仕事でこれからも楽しみ

愛は地球を救う?「すずめの戸締まり」

2022-11-13 12:40:00 | 新作映画
やっぱり後半1時間は泣きっぱなしでした
すずめちゃんの強く愛する気持ちが、ドキドキしながら伝わってきます
愛することはこんなにもカッコ良いんだと、若い人を中心に伝播してほしいな



前作の感想でも書きましが、愛する貴方のためだけで良いんですよね。この世に起こる厄災を回避するために戦う必要なんて無いんです。そんなのはアベンジャーズに任せておきましょう
わたくしたちに必要なのは、一番大切な誰かを何かを思いやることなんですよね

結果、愛は地球を救う

不満はありますよ
すずめちゃんはいつ草太さんをあんなに好きになったんでしょう?後10分尺を伸ばしても良いからそこの所はもう少し丁寧に描くべきでした。猫を追いかけるわずかなカットを減らしても良いから決定的な挿話を挟めなかったのは残念です
あの坂道で出逢う刹那に惹かれる想いが描写できていたのなら、もっともっとラストのお帰りなさいはわたくしを震わせていたでしょう

でもね、そんな些細な不満も充分凌駕するほどの満足感でいっぱいです

寂寥感とか喪失感とかの余韻ある作風はかなり鳴りを潜めてしまいましたが、反比例して多幸感溢れる作家に変化してますね。新海誠監督作品をこれからもちゃんと観ていきます



窓辺にて 恋愛について考える

2022-11-06 17:49:00 | 新作映画
大人になって良かったなと思うことがこのところ増えている
20代や30代では分からなかった生きることの深みが漸く分かりかけてきている
生きることは自分以外の何かを好きになること、愛することに前向きに悩めることなんだ
窓辺でお茶する心の余裕ができた今、正直な感想は

ああなんて遠回りをして生きてきたんだろう

でも、このゆったりとした映画を観ながら、その遠回りがなくては気付くこともないまま老いて行くところだったのも事実。今泉監督はわたくしよりふた回り年下のようだけど、生きることの意味を軽やかに語ってくれた

現実の生活の中でこんなに色々な感情が交錯する事はないけど、一つくらいは見聞きしたような話だからどこかに自分を重ねてしまっている。派手な事件なんて起きない淡々とした映画なのに143分の長尺が全く気にならない。若い頃に観ていたらこの映画の素晴らしさをわからないまま過ごしてしまったかもしれない

主人公は妻の浮気を知っているのにその裏切りがショックなのではなく、ショックを受けていない自分の感情に落胆している。妻への愛情が無いとか感情の薄い冷たい人だとかの問題じゃないから悩ましい。この感覚、分かる
わたくしの実生活に置き換えたとしたらこんなに冷静にいられないだろうけど、なんだか似たような落胆をしそうだ。大人になって、とうとうその域に足を踏み入れたのかな?

物覚えが悪いから物語の中でいくつも印象的な台詞に頷いていたんだけど、忘れちゃった。そんな凄いこと言ってる訳じゃなくても、日々の生活の中でふと過ぎる感情の断片が散らばっていて、いちいち納得していた。後世に残る名台詞ってカッコ良いけどそこのフレーズだけひとり歩きしてしまいがちで本来の意味が薄れてしまう。その点こういう映画の台詞って脳味噌や心のどこかにそっと仕舞われていて、あるとき鮮明な色で露出してくるような気がする

今泉監督、昨年の傑作「街の上で」以上の傑作
今年脚本を提供した「愛なのに」の方が分かりやすい恋の映画だったけど、同じ線上に位置する恋愛映画だと思う。「寝ても覚めても」を観たとき感じたのと同じ感想になるけど、角度は違えど正直で真っ直ぐな恋愛映画だと思う

稲垣吾郎だから完成したんだな。あの無機質な白痴美は感情を表に出さない(出せない?)からピッタリだった
中村ゆりの薄幸そうな佇まいと相反するエキセントリックな感情も凄い
物語のキーポイントになっている玉城ティナって結構使われているけど、ちゃんと認識したのは初めて。冒頭のナレーションが稚拙で心配したけど、あれも味なんだろうか。彼女の登場がこの映画にリズムを与えていたことは間違いない

レビューとかには、だから何?とかのお子様感想で溢れそうだけど
いつか大人になったら分かるかもよ
そう言ってあげよう



般若心経の哲学「アフターヤン」

2022-10-28 17:29:00 | 新作映画
金曜日のお休み
お家でダラダラプライムビデオを観るのも良いけど、予定になかった映画でも観てみようかと
そんな気まぐれでキノシネマで上映されてた映画を観た

坂本龍一の音楽は本当に心地いいなと思ったけど
作品のテーマが深くなりにつれ、色即是空 空即是色 のお経に聴こえてくる
東洋哲学が根底にある映画だから、わたくしたちには肌感覚で理解できるけど
欧米人には死生観も含めて理解不能だったろう

是枝監督が良く題材にする血の繋がりのない家族をインターナショナル版に置き換えたようで興味深い
妹想いの兄(テクノロジー)、そんな兄を慕う妹(養子)、二人の両親に行き交う情愛は無条件で感動的だ
小林武史がリリーシュシュで披露した楽曲が印象的に奏でられるのも嬉しい

たまにはこんな映画も観ないと脳味噌が固定化することに気づく