冬ドラマの感想を書く前に、原作物(小説であれ漫画であれ)の映像化について私見を記そう
問題になっている「セクシー田中さん」については語るつもりはない。原作漫画も読んでないし、ドラマも観ていないからだ。故にこれから書く内容は特定の場合についてではなく、全般的な考えであることを前提にして読んでほしい
映像化を許可した段階で、それはもう違う作品になることを覚悟すべきじゃないかと思う。それが嫌なら許可しなければいいし、どうしても映像化したいなら原作者自ら脚本なり演出をやればいいのだ。どんなに原作を尊重し忠実な再生を目指しても、原作者と寸分違わぬ心情で映像描写などできるわけがなく、できたとしたらそれはただの複製であるわけだから作り出す意味さえない
原作者ひとりの(たまに複数人の場合もありますけど)脳内で構築された世界は、実写映像であるなら風景も含めて多種多様な人と背景によって改ざんされる。それが効果的な面白さになることもあれば、その逆になって残念な結果で終わることも多い。原作物を映像化する以上、最低限のリスペクトは必要であるけど、原作と同じものを作る必要などないとわたくしは思っている
「セクシー田中さん」原作者と小学館・日本テレビの噛み合わせは、原作物の映像化云々の問題ではなくて、ものを作り出す出発点の行き違いによる不幸だと思う。テレビも映画も演劇もこのことで萎縮せず、優れた原作は果敢に映像化してより一層この世界に広めてほしいと願う
前置きが長くなったけど、傑作の生まれた冬ドラマを振り返ろう
「お別れホスピタル」
これこそ原作と映像化の調和がとれた素晴らしい出会いだと思う
民放局で三流の脚本家に任せていたとしたら、10話に引き伸ばされて薄味のお涙頂戴ドラマになりかねない題材。流石NHK制作、原作理解のある安達奈緒子にまとめられた脚本はたった4話しかないのに重量感は10話以上に感じる
終末医療の現場では日々入れ替わりに感動的な出来事が起こるわけじゃなく、悲しみもわずかばかりの楽しみも連続した時間単位の中で繰り広げられる日常であることがわかる。それが現実なんだよなぁ。と気付きながら観ていると、毎週1エピソード毎処理されている医療ドラマが陳腐に思えてくる
中味の濃い人間ドラマをたっぷり味わった気分だ
入院患者や患者の家族に熟練の役者を配置していたから粗末な人間描写にならなかったし、医療スタッフも医師の松山ケンイチや看護師役内田滋の存在は地味だけどいいアクセントになっていた。そして、今の日本女優で一番魅力的かつ安定的な才をみせている岸井ゆきのにとっても代表作となる作品になったと思う
「となりのナースエード」
日本テレビお得意のライトなお仕事系ラブコメだとばかり思っていたのに、終わってみればどっぷりミステリだった。揃えられた役者は川栄李奈筆頭にコメディ上手な面子だったので肩透かしも良いところ。まあミステリが面白ければなんの問題もないのだけれど、呆れるほどつまらなかったのでお話にならない
誰も成長しない身内だけのゴタゴタ話に3ヶ月も付き合ってしまった
「さよならマエストロ」
こちらも連ドラ定番のオーケストラ物。新鮮味はないけど、西島秀俊と芦田愛菜の組み合わせに期待して観続けた
もっと弾けるような感動編になるのかと思えばそうでもなく、家族の再生の物語と言えるほどのエピソードも薄く中途半端さは最後まで解消できなかった
愛菜ちゃんの濃い化粧だけが何となく印象に残ってしまい、こじれた父娘をメインに描きたかったのだろうけど失敗している。オケメンバーのキャラや疎遠になっていた妻と息子もチマチマ登場させるからテーマがブレてしまったのだろう。使い古された舞台設定だとどうしても新機軸な彩りが欲しくなるのは分かるけど、真ん中にもってくる色をボケさせてしまうような配色はうるさいだけで訴ったいかける強さを削いでしまう
當間あみちゃんの燕尾服姿が可愛かったので、プラス1配点
「厨房のアリス」
このドラマも無駄な装飾が多く、一番観たかったものがボヤけてしまっていた。レストラン物はグランドホテル形式の優れた舞台設定がなされているので、登場人物のキャラクターを面白く描ければ絶対ハズレのないドラマになるのに
自閉症の主人公アリスが作る料理で来店した人々を幸せにするド直球のお話でいいじゃないかと思うのだけど。アリス演じる門脇麦の力量は十分だし相方の前田敦子のヤンキー素地もいい組み合わせだと思う。変に色恋を持ち込まないで、渋くて上手い年配役者を脇に添えれば魅力的なアンサンブルになっただろう
病む来店者に癒しの料理を試行錯誤しながら提供するアリスの活躍が障がいを抱える人への応援歌にもなったんじゃないかな。製薬会社のゴタゴタなんか全く興味ないし、邪魔でしかないことがなぜ作り手にはわからないのだろう。最終話の伏線回収も陳腐過ぎて素人の学芸会未満の出来だった。あれじゃ役者が可哀想だ
「春になったら」
今シーズン一番感動したドラマ
序盤、木梨憲武のオーバー気味な演技が鼻について、大声での話し方とかに嫌悪感さえ抱いていたのに、あれも元気だった頃のメリハリの付け方だったのかと思えば納得がいく
父娘物だし、父親の年齢が全くわたくしと同じだったこともあるけれど、この手のドラマにありがちな感動してください演出が抑えられていて好感が持てた。なんだか往年の小津安二郎とか木下恵介の映画を観ているような王道の日本的なドラマでありながら、現代の生活感も盛り込まれていて素直に良いドラマだったと思う
わたくしも願わくば桜の散り際とともにこの世を去りたいと思っているし、残された余命が分かるのであれば痛みや息苦しさを除外してもらいながら日々を平凡に生きて終わりにしたい。好きだった人にちゃんと別れを言い、好きだった趣味や食べ物に心残りがない様にしてから旅立ちたい。このドラマの父親の若さでこの世に別れを告げるのは早すぎるけど、もう少しこの世を楽しんだらわたくしもそんな風に桜の季節にサヨナラできるといいな
そもそも大好きな女優だけど、奈緒は本当に良い女優だなと毎話思いながら観ていた
「不適切にも程がある」
宮藤官九郎の才能に唸らせてもらった3ヶ月
決して最後まで一本の太い柱が貫いた様な大傑作とはいかなかったけど、テレビドラマのセオリーを覆すような画期的な作品だった。タイムトラベル物は映画もドラマも数多くの傑作が生まれているのは周知の事。その面白さは特に過去(知り得た事実)に対処する顛末に重きが置かれることが多い
このドラマのユニークなところは、1986年(昭和61年)と2024年(令和6年)の価値観を対比させどちらかに軍配をあげることなく、それぞれの時代においてもっと寛容な生き方をしようと皮肉れたところだろう。どの時代にも面倒くさい柵があって、日常の中では看過されてしまい無頓着になりがちだ。40年近いタイムラグを飛び越えたからこそみえる矛盾やナンセンスさが、気の利いたミュージカル仕立てで笑わせてくれながらもグッと問題提起をしてくる。こんなドラマ今までにあっただろうか
チョイ役にも驚くような大御所を持ってくるのもクドカンらしくて楽しかったけれど、なんと言ってもこのドラマで名前と顔を売ったのは河合優実だった。ずいぶん前から注目していた女優がこんなにも眩い晴れ舞台に立つなんて、応援していた甲斐がある。次のステップでより大きく羽ばたくことを期待する
「ブギウギ」
一にも二にも趣里の魅力が全面的に押し出された半年間だった。ヒロインに決まった時に力不足なのではないかと危惧していたが、典型的な朝ドラヒロインもやれることを証明できた。映画のような空間での趣里は、美人女優とは言えない容姿であるからこその魅力があるのだけれど、小さなモニターの中に説得力を持たせることができるのかがポイントだったと思う。過去のいくつかのドラマでは帯に襷にという塩梅で今ひとつだったから、ここまで堂々と歌謡史に残る歌い手を演じきれたのは褒められるべきだろう
音楽とダンスはやっぱり映像との相性の良さをも再認識させてくれた
「光る君へ」
重厚な平安セットと衣装はNHKに受信料払っていて良かったと思わせる
まひろ(紫式部)と道長の恋が切なくて、逢引のシーンで思わず涙ぐんでしまう
内裏の女官として才を振るう姿が早く観たい
「沈黙の艦隊」
プライムビデオ制作のお金が沢山かかっているからこその良質なドラマだった。続きが早く観たい
唯一ダメだったのはジャーナリスト役で上戸彩が薄っぺらく絡むのが残念。絡ませるなら重みのある俳優か、正義感だけで突っ走るお嬢ちゃん女優であれば良いアクセントになっただろうに