名古屋も三年目。もうそろそろお役目御免なので、会社の朝礼では好き勝手な話しをさせてもらってます。
その都度、想いのこもった映画の話を毎月語っています。マイナーな作品が多いので、聞いている人には何の共感もないだろうけれど、その時々誰にも訪れた思い出にはある程度共感出来るものがあるのじゃないかな?
4月の頃 「小さな恋のメロディ」
ボーイ・ミーツ・ガール ってやつです。
少年の頃、メロディ(トレイシー・ハイド)に夢中でした。
長い栗色の髪がスローモーションに揺れるシーン、恋をせずにはいられませんでしょ!
故郷の文化会館で上映された時は、毎日通ったものです。
ラスト、トロッコに乗ったふたりが光の草原を駆け抜けてゆく、赤文字でタイトル melody ××× と映し出される。
淡い恋心は、ほんのり幸せな気持ちと寂しさが綯い交ぜになって、失恋にも似た複雑な喪失感を味わうのです。
ビージーズとCSN&Yがいいですよね。
イン・ザ・モーニング、若葉の頃、メロディ・フェア、ラブ・サムバディ、ティーチ・ユアー・チルドレン
どれもがキラキラ光る宝物です。
もう一度、あの頃のような無垢な気持ちで楽しんでみたいです。
その都度、想いのこもった映画の話を毎月語っています。マイナーな作品が多いので、聞いている人には何の共感もないだろうけれど、その時々誰にも訪れた思い出にはある程度共感出来るものがあるのじゃないかな?
4月の頃 「小さな恋のメロディ」
ボーイ・ミーツ・ガール ってやつです。
少年の頃、メロディ(トレイシー・ハイド)に夢中でした。
長い栗色の髪がスローモーションに揺れるシーン、恋をせずにはいられませんでしょ!
故郷の文化会館で上映された時は、毎日通ったものです。
ラスト、トロッコに乗ったふたりが光の草原を駆け抜けてゆく、赤文字でタイトル melody ××× と映し出される。
淡い恋心は、ほんのり幸せな気持ちと寂しさが綯い交ぜになって、失恋にも似た複雑な喪失感を味わうのです。
ビージーズとCSN&Yがいいですよね。
イン・ザ・モーニング、若葉の頃、メロディ・フェア、ラブ・サムバディ、ティーチ・ユアー・チルドレン
どれもがキラキラ光る宝物です。
もう一度、あの頃のような無垢な気持ちで楽しんでみたいです。
わたくしの十五歳は古の彼方
原作の瑞々しさを損なうことなく映像化できていたと思います。
長崎五島列島の美しき自然も映像的な優位性を遺憾なく発揮しておりました。
小芝居をする少年少女が多い昨今ですが、嫌らしい劇団ひまわり系の子供はおらず、大変微笑ましかった.
合唱や合奏(演奏)を題材にした映画は観ていて楽しいです。
視覚だけではなく聴覚も喜ばせてくれるからだしょうか。ミュージカルのように異次元へ飛ばなくてもいいから、ハリウッド製じゃなくとも安心できるのも良いですね。
特に少年少女たちが目的に向かって一生懸命努力する姿は胸が締め付けられる思いです。
新垣結衣も大人の女性になって、生徒役では無く先生役なのですね。美しすぎて浮いてしまわないか心配してましたが、地味な服装で田舎の風景に溶け込めば無難にそれらしく見えるものです。ドレスアップしたピアノ演奏会で魅せた真紅の衣装とにギャップがあって、真実味を醸し出す事に成功しております。ピアノが弾けなくなってしまった理由がワザとらしく描かれてしまい残念でしたが、生徒との距離感はあのくらい離れていて温度が低めなほうが返って良かったと思います。
十五歳の自分と向き合えたなら、今わたくしは何を話してあげられるのでしょう?
あの頃五十歳を過ぎたオジサンをどの様に思っていたか忘れてしまっているので、気持ちを分かってあげることなぞできません。「大丈夫。そのままで良いよ」と、言ってあげたいのですが、あの時こうすればという後悔が無いわけではないので、ちょっと自信がありません。
原作の瑞々しさを損なうことなく映像化できていたと思います。
長崎五島列島の美しき自然も映像的な優位性を遺憾なく発揮しておりました。
小芝居をする少年少女が多い昨今ですが、嫌らしい劇団ひまわり系の子供はおらず、大変微笑ましかった.
合唱や合奏(演奏)を題材にした映画は観ていて楽しいです。
視覚だけではなく聴覚も喜ばせてくれるからだしょうか。ミュージカルのように異次元へ飛ばなくてもいいから、ハリウッド製じゃなくとも安心できるのも良いですね。
特に少年少女たちが目的に向かって一生懸命努力する姿は胸が締め付けられる思いです。
新垣結衣も大人の女性になって、生徒役では無く先生役なのですね。美しすぎて浮いてしまわないか心配してましたが、地味な服装で田舎の風景に溶け込めば無難にそれらしく見えるものです。ドレスアップしたピアノ演奏会で魅せた真紅の衣装とにギャップがあって、真実味を醸し出す事に成功しております。ピアノが弾けなくなってしまった理由がワザとらしく描かれてしまい残念でしたが、生徒との距離感はあのくらい離れていて温度が低めなほうが返って良かったと思います。
十五歳の自分と向き合えたなら、今わたくしは何を話してあげられるのでしょう?
あの頃五十歳を過ぎたオジサンをどの様に思っていたか忘れてしまっているので、気持ちを分かってあげることなぞできません。「大丈夫。そのままで良いよ」と、言ってあげたいのですが、あの時こうすればという後悔が無いわけではないので、ちょっと自信がありません。