テレビで、人間が虎になるという変身譚、中島敦の『山月記』の朗読をやっていた。高校時代の現国の教師が変わり者で、この小説の漢文調のリズムを感じるためと称して、暗唱することを課題とした。確かに声に出して読むと、気持ちのいい文章だった。おかげで、今でも途中まではそらんずることができる。
「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった」
さて、その中島敦が登場する面白い小説がある。辻原登の『枯葉の中の青い炎』だ。
この小説は、かつて、プロ野球チーム、トンボ・ユニオンズに在籍したミクロネシア出身の相沢進のその後を伝える実際の新聞記事(2003年)を発端に、1955年のビクトル・スタルヒンが3百勝を懸けた試合、1941年のミクロネシアでの相沢と作家・中島敦との邂逅、相沢が使う南洋の秘術…と、話が時空を超えてどんどんと飛躍していく。そして、史実とほら話を融合させ、野球小説と南洋文学を合体させたような、不思議な味わいを持った小説になった。これはある意味、中島の 『山月記』にも通じるトールテールの一種だ。