田中雄二の「映画の王様」

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『モリコーネ 映画が恋した音楽家』

2022-11-20 22:57:16 | 新作映画を見てみた

『モリコーネ 映画が恋した音楽家』(2022.11.20.オンライン試写)

 ジュゼッペ・トルナトーレ監督が、師であり友でもある映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネに迫ったドキュメンタリー。これは大傑作だった。

 ちなみに『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)以降、『みんな元気』(90)『明日を夢見て』(95)『海の上のピアニスト』(98)『マレーナ』(00)『シチリア!シチリア!』(09)『鑑定士と顔のない依頼人』(13)と、トルナトーレの映画の音楽はモリコーネが担当している。

 1961年のデビュー以来、生涯500作品以上もの映画やテレビの音楽を手掛けたモリコーネ。この映画は、彼へのインタビューというよりも“独白”を中心に、関係者の証言、作曲した映画の名場面、ワールドコンサートツアーの演奏などを織り込みながら、作曲の秘密を解き明かす一方で、パワフルでチャーミングな人間性にも迫っている。

 この映画の素晴らしさは、もちろん、モリコーネの音楽自体に寄るところが一番だが、全編にトルナトーレのモリコーネへの素直な愛があふれ、編集のテンポも要素の選択もよく、その生い立ちから、仕事ぶり、悩みや屈折までを明らかにしていき、とても見応えがあった。157分という長尺ながら、全く飽きさせない。やるじゃないかトルナトーレ。

 「映画音楽の作曲は好きではなかった。屈辱だった。正当な音楽や作曲から見れば邪道」と卑下し、やめたいというモリコーネを、映画(監督)の方が求めて、離さない。だから仕事が途切れない。やめられないという堂々めぐりを見ていると、やはり、彼は映画音楽の作曲者として天から選ばれた人だったのだと思わずにはいられない。
 
 また、監督たちとのエピソードを聞いていると、ひょっとしたら、モリコーネの方が監督よりも映画を理解しているのではないかと思わされるところがあるのが面白い。

 特に、セルジオ・レオーネ作品におけるモリコーネの音楽は、レオーネの思わせぶりで冗漫な演出を補って余りあるものがあり、名画だと錯覚させる効果を発揮したと思う。とはいえ、この映画を見て泣けてしまうのは、やはり『ウエスタン』(68)であり、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)のところなのだけれど…。

 ベルナルド・ベルトルッチやオリバー・ストーン、タビアーニ兄弟といった監督たちが、モリコーネが作曲した自分の映画の音楽を、尊敬と礼を込めて楽しそうに口ずさむ様子が、何だかほほ笑ましく見えた。

 主な名場面は、『荒野の用心棒』(64)『夕陽のガンマン』(65)『続・夕陽のガンマン』(66)『ウエスタン』『シシリアン』(69)『殺人捜査』(70)『1900年』(76)『天国の日々』(78)『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』『ミッション』(86)『アンタッチャブル』(87)『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)『海の上のピアニスト』(98)『ヘイトフル・エイト』(15) …。

 『夕陽のギャングたち』(71)『カジュアリティーズ』 (89)が出てこなかったのが、ちょっと残念だった。

 主な証言者は、トルナトーレ、クリント・イーストウッド、ベルトルッチ、クエンティン・タランティーノ、ウォン・カーウァイ、ストーン、ローランド・ジョフィ、タビアーニ兄弟、ダリオ・アルジェント、リナ・ウェルトミュラー、リリアーナ・カバーニ、ジョン・ウィリアムズ、ハンス・ジマー、クインシー・ジョーンズ、ブルース・スプリングスティーン、ジョーン・バエズ、パット・メセニー…。


映画音楽のマエストロ、エンニオ・モリコーネ
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/aa6422ca297b34c07f37a8ed8daf9da4 

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『明日を夢見て』

2022-11-20 19:27:56 | 映画いろいろ

『明日を夢見て』(95)(1995.12.25.ヘラルド試写室)

 1953年シチリア。ある田舎の村にやってきたジョー(セルジオ・カステリット)は、自ら映画プロデューサーを名乗り、中央広場にテントを張り、カメラを構え、俳優の新人オーディションを行うと大々的に宣伝を行う。

 オーディションに参加するには 1500リラが必要だという。村中大騒ぎになり、人々は「夢」を求めてオーディションに参加し始める。だが、実はジョーは詐欺師だった。

 言わずと知れた、あの『ニュー・シネマ・パラダイス』(88)を撮ったジュゼッペ・トルナトーレの新作。今回も、彼の映画(フィルムというべきか)への偏愛に満ちた、ノスタルジックでイタリア色の濃厚な映画に仕上がっていた。そして音楽は、またも見事なエンニオ・モリコーネだった。

 ただ、トルナトーレは、自分よりも4つほど年上なだけだから、『ニュー・シネマ・パラダイス』もこの映画も、生まれていない時代の話なのだが、そこに実に巧みに創作とシチリアの風景を盛り込んで、不思議なうその世界を作り上げている。

 そして、前作の『みんな元気』(90)が、小津安二郎の『東京物語』(53)的だったのに続いて、この映画はフェデリコ・フェリーニの『道』(54)の影響がうかがえる。

 その意味では、まだ先人のものまねの域を出ていないとも言えるが、かつてピーター・ボグダノビッチが示したような、映画好きの気持ちがストレートに伝わってくる映画だという見方もできなくはない。

 ただ、一つ心配なのが、トルナトーレの今後についてである。彼にもやがては基になった映画を感じさせない、“独自の映画”を撮る時がやってくると思うが、その時、あまりにも過去の映画にとらわれ過ぎた結果、その反作用として、ボグダノビッチのように萎えてしまわないかということである。

 そこを見事に乗り切れば、その時こそ、監督ジュゼッペ・トルナトーレの名が過去の映画から解放され、独自のものとして認知されるはずだ。そういう映画も見てみたい。

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