『新・男はつらいよ』(70)(1989.6.13.)
『続・男はつらいよ』(69)(2009.8.14.)
寅さんの故郷である葛飾・柴又の隣の金町に引っ越してきた記念と、先日訪れた「JAZZ IN BLUE」という店が、この映画のロケに使われたことを確かめるために再見。
この映画は、男はつらいよ版の「瞼の母」で、寅(渥美清)と母親のお菊(ミヤコ蝶々)との掛け合いが楽しめる。特にラストシーンが絶品。『こち亀』もそうだが、遠くから眺めていた景色が身近なものになると映画やドラマを見る目が変わることを発見した。
佐藤オリエが演じたマドンナの夏子が本当にきれいでかわいくて魅力的。その父で、寅が中退した葛飾商業時代の恩師、坪内散歩先生(東野英治郎)の無骨さもいい。
中でも散歩先生が寅に言う「お前なんかより少し頭がいいばっかりに、お前なんかの何倍もの悪いことをするやつがうじゃうじゃいることだ。こいつは許せん。実に許せんバカモノどもだ」というセリフがしみる。寅はこの映画の時は38歳という設定だったことを今回発見した。
寅が山崎努の医者に向かって吐く「おっ、てめぇさしずめインテリだな」も意味不明の名セリフ。そして名セリフの白眉は、一度はけんか別れした寅とお菊が一緒にいるのを目撃した夏子が亡き父に語り掛ける、ラストシーンのこの一言。
「お父さん、寅ちゃんは、お母さんに会っていたのよ。そうなのよ、やっぱりそうだったのよ。お父さん。お父さんがどんな顔をするか見てみたいわ。でも…もう、そのお父さんはいないのね…」。『男はつらいよ』シリーズはまさに名セリフの宝庫だ。
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シリーズ第50作となる『男はつらいよ お帰り 寅さん』が完成したようだ。渥美清不在の中、一体どんな映画になったのかという不安はあるが、寅さんの復活はうれしくもある。というわけで、過去の作品を、見た当時のメモで振り返ってみる。あの頃の自分はこんなことを考えていたのか…。
『男はつらいよ』(69)(2009.9.18.かつしかシンフォニーヒルズ)
地元、葛飾で『男はつらいよ』の第1作を見る。最初に劇場で見たのはもう30年以上も前になる。その後も、テレビやビデオなどで何度も見ているから、中身は細部まで分かっている。にもかかわらず、この面白さはどうだ。まさに笑いと涙が一緒になって押し寄せる喜びに何度も浸ることができた。
元気な渥美清と森川信(ばかだねー、さくらまくら)、さすがの志村喬(諏訪ふ一郎)と笠智衆(バター)、初々しいてかわいくて美しい倍賞千恵子と好青年の前田吟(さくらに告白するシーンは最高)、津坂匡章時代の秋野太作、そのほか脇の脇の源公の佐藤蛾次郎から工員の石井愃一に至るまで一人一人が輝いている。そしてマドンナの光本幸子は子ども心にも妙に色っぽく映ったものだ。
最初はシリーズ化など考えていなかったのだから、「男はつらいよ」の要素がこの一作に凝縮されている。およそ1時間半なのに濃厚でテンポがいい。見終わった後、満足感でいっぱいになる。だらだらとただ長いだけでテンポが悪い最近の映画とは比べるべくもない。
山本直純の音楽がいまさらながらいい。「スイカの名産地」(基はアメリカ民謡)、「喧嘩辰」(作詞、有近朱実、作曲、関野幾生)など既存の曲の使い方も抜群。「殺したいほど惚れてはいたが、指も触れずに別れたぜ。浪花節だと笑っておくれ、野暮な情けに生きるより、俺は仁義に生きていく」の「喧嘩辰」のオリジナル歌手は北島三郎だったらしい。
【後記】この日のトークゲストは光本幸子さんだった。この後ほどなくして亡くなったので、今から思えば貴重な時間となった。
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