冗談抜きで今年のベストフレーズ候補だ… >「エリートが地球の終わりを語る時、僕たちは月末に苦しんでいる」https://t.co/2FCLeZ0Wg7
— D忍者 (@DN_systems) 2018年12月4日
エリートを自認する者たちが社会の終わり、民主主義の終わり、地球の終わり…を声高にかつ気楽に、しかし自意識としては真剣に語るとき、一般大衆は―というわけだ。これはどう国民扱いのなか、比較的収入等々が低い位置に身を置かざるを得なかった人々が「勝ち組」に対してどう思うか、思ってきたか―という筋:
「メルケル、オバマ、民主党、マクロン、どいつもこいつも弱者の味方って顔をして、国内のキモいが助けなくてはいけないはずの同胞に対しては、冷淡で、尊大で、何より無能だった。〔/〕無能だけならまだしも貧民層をいたぶって全滅させようとした」https://t.co/ixuywygokn
— あんぐろふぁいる (@t_ngsn) 2018年12月23日
はっきりとした貧民層なら、社会的扶助の対象・救済対象としてクローズアップされる。「黄色いベスト」運動で出てきたのは、見捨てられてきた階層ではないか。扶助対象であるほどに明白な貧困層ではなく、まあ食ってはいけるがキッツイ層。中下層~下中層くらい。下下層はこの際、「明白な貧困層」と位置づけてみる。そうでなく、多少のしくじりで下下層に陥りかねない、下中~下上層を維持するのが精一杯のあたり。
例えば
残金105円ヘビーオタクのクリスマスの話を毎年思い出す。コミケにも行けない年の瀬、家のゴミトンネルに眠る箱の潰れたフギアや曲がったポスター、端の折れた古雑誌、ジャンクの人形を抱えヲタショップへ。査定待ちで嬌声と陽炎の昇る街角に座り人々の影が伸びては縮むのをじっと眺める弱き者の聖夜
— 裏庭映画保存会 (@uraniwamoviecom) 2018年12月24日
こんな場合、娯楽を購入できる限りにおいては下下層とまではいくまい、しかし季節的に下下層水準まで落ち込むことはあり、このような辛いことになりかねない層。
マクロンなら、「ほら、外にでてごらん。外にはたくさんの仕事があるよ」などと言うだろうか。ああ、確かに大都市には仕事があるだろう、しかしそこに出るまでの交通費もでないんだ、こっちは…!というような、田舎の層とか。
…「黄色いベスト」運動の際には、そんな地方の怨嗟ももれ出たようですが。
「就職氷河期に正社員になれなくて年収186万件以下の方が929万人いらっしゃいます。男性の66%は独身です。こういう光の当たらない方々の支援をして行く、能力を高めて行くことがこれからの日本にとって必要」
— クラバート (@krabat22) 2018年9月14日
ここに着目しただけでも石破さんの方を支持したいけど、何かトランプかサンダースみたいな
…とまあ、こんな男性たちも「社会的強者たる男性の一員!」として指弾される、そんな悲劇的な一部フェミニズム業界である。いやまあ、そりゃあ、田舎の女性より強いのかもしれませんがねえ、とか。しかし、その比較級的強者たる資格は、”嫁を養える給料”を貰ってこそ、というイヤゲな現実がある。この点、以下の引用画像が示唆的―
アスペルガー症候群の人生 pic.twitter.com/bX3oq6Elcj
— ドタ (@kotaniko98765) 2018年12月19日
引用画像のうち
「仕事もできない、
友達もできない、
彼女もいない。
人生に希望がもてない」
というのが既にして示唆的である。
「女性様は人生楽そうでいいなあ」というミソジニー発言とか想起してしまうレベル。
稼ぎの悪い男はそもそも(結婚対象としての)男ではない、しかし(高給の職について、本来能力的にはそのポストに就くべきであったが男女差別のために就けなかった)女性を抑圧する男性の一員として、社会的階層としての女性への資源譲り渡しへの協力を求められる。が、もはや低給に抑えられすぎて、ひりだすものもろくにありはしない―
関連:「「男社会の底辺」たる弱者男性は二重の排除におかれている(2018-10-13)」
見てないよりは遥かにましなんだけど
— (@ij84stgfkigrekt) 2018年9月14日
具体的な政策は「おじいちゃんおばあちゃんが生きている間に東京の家は民泊経営者に売り、田舎に引っ込んでカフェ・サロンなどを開いたりリモートワーク」ですよ
地方を足繁く回っている分、売る家も引っ込む田舎もない都市の貧困は却って知らないのかもと思わせる
―土地もないですし。
社会運動家たちの一部は、どうもこうした多数存在する哀れな、しかし基本的にはキモイおっさんどもを見ることがないらしく―なにしろキレーでピカピカした都会のキャンパスで高級な本をお読みあそばしているんだろう、という恨み言が出てくるレベルでお空の上で―
昔、かつての仲間が、イケハヤ氏の信者となり、僕としては目を覚まして欲しかったから、「この人達は何も生み出さないよ。人を煽ってるだけよ」と伝えたところ、「この人は社会と戦ってる素晴らしい人なんだ!!」と答えが返ってきて絶句した記憶がある。https://t.co/hVCBqY0zX5
— Mt@修行僧 (@Mt4_SS) 2018年9月14日
―こうした哀れな信者を次々生み出し、そして消費して行く。もちろん、消費される候補者は次々生まれてくる―
―が、残念なことに、若い世代は実数が減っているので、そうした商売はなかなかやり難くなっているものだろう。最近は、わりとばれるし:
全く理解できないのは、自分がリスクとって自ら反政府運動というならともかく、他人に暴力的な行動を取ってもらうことを願望しているという。こういうのは、「反社会的」学者であって、良識的な社会学者にもさぞ迷惑なことであろう。
— 斉藤 淳 (@junsaito0529) 2018年12月4日
―ともあれ、そんな高級な理論様と現実との間に挟まれてしまう人々もあり、こうした人々の辛い境遇を解き明かす物語が必要かもだ。
関連:「「二重の排除」に陥らされる人々の状況に思いを(2018-10-23)」
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