旧東伯郡赤碕町(あかさきちょう)は鳥取県中央部に位置した町です。町域は日本海側に面しており、享保・寛政年間(1716~1789)に築港された菊港などが有名です。また「船上山」には、南北朝時代の初めに隠岐を脱出した後醍醐天皇の為に「行宮」が築かれた事から鎌倉幕府方との間で激しい戦いが繰り広げられました。山頂付近の蒲ヶ原には行宮碑があり、昭和7年(1932)に国の史跡に指定されました。「町の木:船上山五葉」「町の花:ナシ」を制定。
明治22年(1889)、町村制の施行により八橋郡赤崎村、以西村、安田村、勝田村・保永村が発足。
1896、郡制の施行により、河村郡・久米郡・八橋郡の区域をもって東伯郡が発足。
1898年、勝田村・保永村が合併して成美村が発足。
1900年、赤崎村が町制施行して東伯郡赤碕町となりました。
1954年、東伯郡成美村・安田村・以西村と合併し、改めて赤碕町が発足。
2004年、東伯郡東伯町と合併、琴浦町赤碕となりました。
マンホールには、菊港にある石像「波しぐれ三度笠」と「船上山と桜」、「町の花:梨」、「町の魚:アゴ(飛び魚)」、「赤碕灯台」が蓋一面にぎっちりと描かれています。(JR西日本・山陰本線赤碕駅前の道路に設置)
赤碕菊港の突堤にある「波しぐれ三度笠」
昭和29年(1954)1月1日制定の町章は「「赤」を三本の線で飛鳥の鳥の形に図案化し、日本海の波で纏め、それを表したもの、中央部の三角形は船上山を表したもの。」まいネット赤碕より
穏やかな「菊港」
撮影日:2012年4月日&2016年10月日
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