都市としての会津若松市の起源は、至徳元年(1384)の『蘆名直盛(あしな なおもり)』による黒川城(若松城)築城に遡ります。以降、城下町「黒川」は、蘆名氏の領国支配の拠点として、また当時奥州最大の都市として発展を遂げていきました。天正17年(1589)、伊達氏が蘆名氏を滅ぼし、黒川を新たな本拠地としましたが、翌天正18年、『豊臣秀吉』の奥州仕置により黒川には『蒲生氏郷』が入封。氏郷は出身地の滋賀県日野町にある「馬見岡綿向神社(蒲生氏の氏神)」の参道周辺にある「若松の杜」に因んで、「黒川」を「若松」へと改めました。氏郷の死後、『上杉景勝』が入封しますが、関ヶ原の戦いで『徳川家康』に敵対して敗れ、米沢へ移封。その後、蒲生秀行、加藤嘉明などの領主を経て、寛永20年(1643)に徳川秀忠の子保科正之が入封。会津松平家の祖となり、以後若松は会津藩の城下町として発展してきました。
かつて「幻の村」と呼ばれていた大戸町芦牧地区には、千数百年前の開湯と伝えられる「芦ノ牧温泉」があり、「芦名氏ゆかりの湯」として、東山温泉と共に観光客に人気のスポットです。
昭和2年(1927)4月26日制定の市章は「明治戊辰の戦役でその名を馳せた会津藩の旗印や、白虎隊士など会津藩士の肩章として使われていた「會」の字をデザイン化したもので、会津若松市の歴史と伝統の重みを表すとともに、市民の調和を象徴しています。」公式HPより
会津若松市千石町に本社を置く「若松ガス」小型蓋。
会津若松をこよなく愛する『会津侍若松っつん』。2014年6月、定例記者会見で市長が公認宣言をした事で、会津若松市PRの公認キャラクターにスピード就任したエリートキャラクター。大好きな会津若松について熱く語っていると、いつの間にか等身大の人間に変身してしまう体質。見られて燃えるタイプ、形から入るタイプ、ほめられて伸びるタイプ😅。本人曰く、ゆるキャラではなく、渋キャラなのだ😠。
会津若松市観光PRキャラクターは、市のシンボル「鶴ヶ城」がモチーフの『お城ボくん』。アニメ監督・漫画家・作家・タツノコプロ顧問などで活躍された『笹川 浩氏』が生みの親です。
某局の大河ドラマ「八重の桜」を応援すべく誕生した起き上がり小法師、ハンサムウーマンの『こぼちゃん』。ピンクの衣装を羽織って八重に扮したこぼちゃんは、頭には八重桜の冠を乗せています。
会津若松市花春町にある「御薬園」のPRキャラクター、御種人参の妖精『おたねちゃん』。頭の上にはいつも、人参🥕の赤い実が鈴なりです。
撮影日:2015年6月29日
一般的にはコアなファンにしか受けないので(笑)
今度ぜひ、札幌の規格タイプマンホールも紹介してください
こんばんは!
今回のマンホールは
なんだか魅力的ですね。
色んなデザインのされたものもいいけど
こうした無骨なデザインも素敵ですね!
それでもクーラーが不要になったのが嬉しいです。
山武市の新しいマンホールの仔細記事、有難うございました。
最近、急激に増えたガンダムコラボのマンホール。
昔からのご当地マンホールファンには
実のところ「???」なのですが
それでマンホールへの興味が増してくれるなら
それもありなのかと思います。
この冬には山武市のマンホールカード配布も予定されているようですね😊
涼しくなったかと思えば、また夏日です。衣替えをしたのに、夏物が必要になり、困りっています。
千葉県のマンホール事情について、ご報告しましたので、ご確認いただけましたら幸いです。
本日も一日、「ねこ庭」の手入れに汗を流しました。