もうだいぶまえになる。
名古屋自由が丘にある大好きなお店のオーナーさんから
「陶芸家・中野和馬さんのうつわが割れてしまって困ってる」って聞いて、
わたし金継ぎして直しますよと安請け合いして預かって早2年以上3年近く経つ。
(どんなずぼらよ、じぶんであきれる・・・)
先日ようやくようや~く仕上げてMさんにお返しすることができた。
これでココロおきなく新年が迎えられる。
Mさん、ごめんなさい。ほんと遅くなりました。
どうも待っておられたようで、ほんとうに申し訳ないです。
作品、写真撮っておけばよかった。と返してから気がついた。
皿が二枚と湯のみふたつ。
わたしがうつわを預かってしばらくしてからのことだろうか。
中野さんは2009年秋に急逝された。43歳だったときく。
これはキム・ホノさんの鉢です。
修理のお礼にともらいました。
3月11日、震災があって、わたしはそのときも焼き物は休業中だったのだけれど
焼きものを続けていいのだろうか、こんな中途半端な作り手が
ってもやもやと雲の中にいるきもちがずーっと続いてて。
中野さんのうつわを触って直しているうちに、生きてるあいだは土に触っていようって思った。
なんで焼き物がやりたかったのか。そこから思いだしてみる。
わたしはキムさんの焼き物にあこがれて粘土に触りはじめた。
やっぱりここにもどりたい。
仕事場を作って、注文も展示の予定もないのに、もそもそほしいものを作っていた
それを思いだしたりした。