わずか9ヶ月で消えた歌人・公田耕一を訪ねた『ホームレス歌人のいた冬』
「2008年の暮れ、朝日新聞の『歌壇』欄に、彗星のごとく現れ、読者の注目を集めながら約9ヶ月で消息を絶った『ホームレス歌人』がいた。歌壇欄や投書欄には共感や応援の投書が相次いで載り、記事や『天声人語』、さらにはテレビでも報じられたことから、広く知られた『ホームレス歌人・公田耕一』とは、いったいどんな人物だったのか……。その正体と突然に消えた後の消息を求めて、横浜寿町のドヤ街に入り込んだ著者の、地を這うような探索が始まる」。
これだけ暑さが厳しいと、畑仕事もままならず、本を読んで過ごすこととなる。「晴耕雨読」ならぬ、「晴読雨後耕」となる。
そんな暮らしの中で、上記はフリージャーナリスト三山喬著『ホームレス歌人のいた冬』(東海教育研究所刊)のページ裏に書かれた一文の抜粋だが、本の内容が理解できると思うので紹介した。
この本はとても興味深く、久しぶりにぐいぐい引き込まれて一気に読んだ。まさに推理小説を読んでいる感覚で引き込まれ、その一方では現実社会と向かい合っているだけに深く考えさせられもした。まさに好著である。
「公田耕一現象」、「貧しさ、孤独、老い、ままならぬ運命、生きていく支え……。そういったテーマを、身近なこととして感じる心を、それだけ多くの人が自らのうちに抱えていたのである。おそらく、その状況はいまも変わっていない。そして私も、そのひとりである」と著者は書いているが、私も確実にその一人である。
番町の蕎麦の名店「露庵」が消えたと思ったら、「天神町はむら」で蘇っていた
我が家の鈴虫たちが、昨日から美しい声で鳴き出してくれた。厳しい猛暑が続いているが、季節は秋に向かっていることを教えてくれている。もう少しだけ、暑さに耐えて頑張っていこう。
さて、私は蕎麦がそんなに好きというほどではない。ただ最近は、田中屋さんの「茶そば」には、はまっているのだが。
そんな私でも、番町にあった蕎麦の名店「露庵」には、何度か行って楽しませてもらったことがある。ところが、いつか行ったらお店は消えていた。少しだけ寂しい思いをしていた。
すると今月号の雑誌「月刊プラザ 8月号」に、「日本料理天神町はむらで 露庵のそばに舌鼓」という見出しに目が止まった。記事には、「店主が惚れこ込んだ露庵のそばが、天神町はむらで蘇りました」と書かれていた。そしてランチメニューとして、「蕎麦切膳」の写真が掲載されていた。
そんな写真を見せられると、もう我慢ができない。そのそばが食べたくて、「天神町はむら」へ昨日行った。 「天神町はむら」の静かな雰囲気の中で、かつ冷房のよく効いたお部屋で、親しい友との語らいも含めて、そばづくしの「蕎麦切り膳」をしっかりと楽しませてもらった。とても美味しかった。