資本主義の歴史に残る年(2008)
1991年は、ソ連の崩壊があって、社会主義の歴史に終止符を打った年として記憶されていますが、2008年は、資本主義にとって、終止符ではありませんが、大きなエポック・メーキングな年として記憶されるのではないでしょうか。
もっと具体的に言えば、資本主義というより「金融資本主義」にとって、と言った方が良いのかも知れません。
というのは、世界の資本主義をリードして来たアメリカが、金兌換なきあとの価値基準のベースである証券の価値(信用)を毀損させ、金融資本主義の基礎を破壊したことから、資本主義が一時的に(?)成り立たなくなり、金融機関や一部巨大製造業までも国有化しなければならない状態になってしまったという『資本主義にあるまじき状態』を現出させてしまったからです。
考えてみれば、アメリカの自由化、規制緩和の方針は、産業に対して、国家が補助することは怪しからんという姿勢から始まり、国際会計基準の時価会計主義に至るまで、徹底して進められ、文化的背景の違う日本はいつもバッシングの対象になってきていました。
今のアメリカは、民間企業に政府が巨大な金を供給し、時価会計は適用をストップし、自らが進めてきた政策を逆転させなければならなくなったことによって、自ら世界に主導してきた政策が過ちだったことを自ら証明してしまったということでしょう。
資本主義は、もう少し違った方向を目指さなければならないのでは、と世界の資本主義国が考えるきっかけになったという意味で、2008年は、資本主義の歴史の上で、記念すべき年になったのではないでしょうか。
1991年は、ソ連の崩壊があって、社会主義の歴史に終止符を打った年として記憶されていますが、2008年は、資本主義にとって、終止符ではありませんが、大きなエポック・メーキングな年として記憶されるのではないでしょうか。
もっと具体的に言えば、資本主義というより「金融資本主義」にとって、と言った方が良いのかも知れません。
というのは、世界の資本主義をリードして来たアメリカが、金兌換なきあとの価値基準のベースである証券の価値(信用)を毀損させ、金融資本主義の基礎を破壊したことから、資本主義が一時的に(?)成り立たなくなり、金融機関や一部巨大製造業までも国有化しなければならない状態になってしまったという『資本主義にあるまじき状態』を現出させてしまったからです。
考えてみれば、アメリカの自由化、規制緩和の方針は、産業に対して、国家が補助することは怪しからんという姿勢から始まり、国際会計基準の時価会計主義に至るまで、徹底して進められ、文化的背景の違う日本はいつもバッシングの対象になってきていました。
今のアメリカは、民間企業に政府が巨大な金を供給し、時価会計は適用をストップし、自らが進めてきた政策を逆転させなければならなくなったことによって、自ら世界に主導してきた政策が過ちだったことを自ら証明してしまったということでしょう。
資本主義は、もう少し違った方向を目指さなければならないのでは、と世界の資本主義国が考えるきっかけになったという意味で、2008年は、資本主義の歴史の上で、記念すべき年になったのではないでしょうか。