昨日、安楽寺(東区牛田本町)の大イチョウを訪ねてみました。
原爆のとき、お寺を守ったと言われている被爆大イチョウです。
紅(黄)葉した葉は既にかなり散っていましたが、まだまだきれいで、威風堂々たる立ち姿でした。
被爆当時、樹齢約350年だったそうです。爆心地から2,160m、幹には傷痕が残っていました。
現樹齢430 年余の巨樹、原爆にも耐えたパワーを頂きました。
お寺の歴史は古く、天文2年(1553年)に建てられ一度焼失、1778年に再建されたそうです。
その本堂も1945年(昭和20年)8月6日、原爆で被爆し、本堂や山門は骨組みだけが残ったそうです。
本堂の骨組みが残ったのは大イチョウが守ったから、といわれています。
傾いた骨組みを起こして修復されたのが今の本堂だそうです。
太い枝が山門を突き抜けています。
山門は平成になって再建されたそうです。
その際、枝が屋根を突き抜けたような形にするなどして、
お寺を守った大イチョウは丁重に扱われたそうです。
大きくて、横位置で全体を写せたのはこの地点からだけでした。
原爆のとき、お寺を守ったと言われている被爆大イチョウです。
紅(黄)葉した葉は既にかなり散っていましたが、まだまだきれいで、威風堂々たる立ち姿でした。
被爆当時、樹齢約350年だったそうです。爆心地から2,160m、幹には傷痕が残っていました。
現樹齢430 年余の巨樹、原爆にも耐えたパワーを頂きました。
お寺の歴史は古く、天文2年(1553年)に建てられ一度焼失、1778年に再建されたそうです。
その本堂も1945年(昭和20年)8月6日、原爆で被爆し、本堂や山門は骨組みだけが残ったそうです。
本堂の骨組みが残ったのは大イチョウが守ったから、といわれています。
傾いた骨組みを起こして修復されたのが今の本堂だそうです。
太い枝が山門を突き抜けています。
山門は平成になって再建されたそうです。
その際、枝が屋根を突き抜けたような形にするなどして、
お寺を守った大イチョウは丁重に扱われたそうです。
大きくて、横位置で全体を写せたのはこの地点からだけでした。
幹だけを残して焼けただれた大イチョウは、翌年には芽吹き、市民に大きな勇気を与えたそうです。
それから76年、威風堂々とした立ち姿を見せており、今なお人々を勇気づけているようです。
それから76年、威風堂々とした立ち姿を見せており、今なお人々を勇気づけているようです。
広島の復興の礎ともなったといえる大イチョウ、
いつまでも生き残っていってもらいたいものです。
20枚の写真をスライドショーにしてみました。