明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(853)【速報】大飯原発3、4号機に運転差し止め命令が(福井地裁)・・・画期的!

2014年05月21日 18時00分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140521 18:00)

凄いニュースが飛び込んできました!
福井地裁で、大飯原発3、4号機に対する運転差し止め命令が出されました!画期的です!

僕は直接にこの裁判に関わっていないので、さしあたって朝日新聞の記事を読む限りの分析ですが、最大の争点は「耐震設計など安全対策の基準となる基準地震動を超える大きさの地震が起きる可能性があるか」だったとのこと。
裁判所が当然にも「可能性がある」と判断したのでしょう。

もう一つ重要な点があります。
この裁判では樋口裁判長の訴訟指揮により「①外部電源が喪失した場合などでも過酷事故を防ぐために原子炉を冷却できるか②使用済み核燃料プールの損傷による放射能漏れの可能性③活断層や地滑りで地盤にずれが生じる可能性」の3点も争点となっていたということです。
これは非常に重要な点です。なぜなら何度も指摘してきたことですが、原子力規制庁が2012年10月31日に打ち出した「原子力災害対策指針」では、「原子炉の五重の防壁が破られた場合」を想定しています。つまり過酷事故後が起こりうることを認めて、そのときの対策を施すとなっているのです。
これに対してこの裁判では過酷事故を防げるかどうかをきちんと俎上にのせ、過酷事故が防げないので運転を認めないとなっているのだと思います。これまで絶対に過酷事故は起こらないと約束してきた国が、なし崩し的に「過酷事故対策」を再稼働の要件としだしたことに対して、きわめてまっとうな観点で対応していると思えます。

さらに「原子力災害対策指針」では、過酷事故を想定はしているものの、あくまでも「原子炉の五重の防壁が破られた場合」となっている。つまり防壁などない燃料プールのことが除外されているのです。
これは福島事故の経験から、原子炉が壊れるか否かということとは別に、その外にある燃料プールが常に危険を伴っていることが明らかになったことに対し、おそらくは意図的に無視し、論点化を避けようとしたものだと僕は思っていますが、裁判ではこの点もきちんと俎上にあがりました。
詳しい分析は、弁護団や、訴訟を担ってきた方たちの説明を待ちたいと思いますが、僕はこのように、国の「過酷事故はあり得ない」から「過酷事故対策をした」というなし崩し的な態度変更を認めず、きちんと実際の事故の危険性を判断の対象に挙げたがゆえに、まっとうな判決が出たのだと思います。

なお、原子力規制庁が打ち出した「原子力災害対策基本指針」のあやまりについては以下の記事をご参照ください。

明日に向けて(621)過酷事故を前提とした「原子力災害対策指針(原子力規制委員会)」を批判する!(1)
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/1d2110ce6b55ad6624460c1ff2055b4b

この判決は何よりも、訴訟を担ってきた方たちが紡ぎ出してくださった素晴らしい成果ですが、僕はそれを後押ししたものこそ、全国の再稼働反対の声、たゆみない運動だと思います。
実際、東京の首相官邸前行動をはじめ、各地で金曜日の電力本社前行動が100回目を迎えつつあります。
例えばその一つ、関西電力姫路支店前で行われてきた「関金行動@姫路支店前」は7月11日で100回目だそうです。

この日の行動を呼びかけるチラシにはこう書いてあります。
「こんなこと続けたくはないけれど原発全基廃炉になるまで頑張らにゃ!とりあえず雨にもマケズ雪にもマケズ夏の暑さにもマケズ頑張ってきた。
記念にぱ~っといつもより派手にアピールしたい!そう考えています。みなさまのご参加お待ちしております。数は力だ!黙ってちゃあかん!」
(脱原発ニュースNo.39 脱原発はりまアクション 5.17発行 なお同行動は毎回金曜日の17:30から)

各地で同じような思いで、多くの方が奮闘してきたのではないでしょうか。
「今日は少ないな。あ、今日は少し増えたな」と一喜一憂もしながらも、淡々と、街頭に立ち続けてきた。
その連なりが弁護団を後押しし、裁判所のまっとうな訴訟指揮のもとでの正義の判決を出すことにつながったのだと思います。

私たちが確信すべきことは、私たちには力があるということです!
だとするならば、さらにこの力を発揮しましょう。

全国で互いに声をかけあい、エールを交換し合って、歩みを強めていきましょう。
まさに「原発全基廃炉になるまで頑張らにゃ!」です。
「数は力だ!黙ってちゃあかん!」・・・さあ、また何度でも再稼働反対を叫んで行動しましょう!!

*****

大飯原発の運転差し止め命じる 福井地裁が判決
2014年5月21日午後3時15分
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/50555.html

安全性が保証されないまま関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を再稼働させたとして、福井県などの住民189人が関電に運転差し止めを求めた訴訟の判決言い渡しが21日、福井地裁であり、樋口英明裁判長は関電側に運転差し止めを命じた。

全国の原発訴訟で住民側が勝訴したのは、高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)の設置許可を無効とした2003年1月の名古屋高裁金沢支部判決と、北陸電力志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた06年3月の金沢地裁判決(いずれも上級審で住民側の敗訴が確定)に続き3例目。
大飯3、4号機は昨年9月に定期検査のため運転を停止。関電は再稼働に向け原子力規制委員会に審査を申請し、新規制基準に基づく審査が続いている。

審理では、関電が想定した「基準地震動」(耐震設計の目安となる地震の揺れ)より大きい地震が発生する可能性や、外部電源が喪失するなど過酷事故に至ったときに放射能漏れが生じないかなどが争点となった。
大飯原発3、4号機をめぐっては、近畿の住民らが再稼働させないよう求めた仮処分の申し立てで、大阪高裁が9日、「原子力規制委員会の結論より前に、裁判所が稼働を差し止める判断を出すのは相当ではない」などとして却下していた。

脱原発弁護団全国連絡会(事務局・東京)などによると2011年3月の東京電力福島第1原発事故後、全国で住民側が提訴した原発の運転差し止め訴訟は少なくとも16件あり、福井訴訟が事故後初めての判決となった。

*****

大飯原発3・4号機の再稼働差し止め命じる 福井地裁
朝日新聞 2014年5月21日15時16分
http://digital.asahi.com/articles/ASG5P521XG5PPTIL014.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_ASG5P521XG5PPTIL014
 
 
関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)をめぐり、住民らが関西電力に運転の差し止めを求めた訴訟の判決が21日、福井地裁であった。樋口英明裁判長は250キロ圏内に住む住民らは差し止めを求めることができると判断し、運転差し止めを命じる判決を言い渡した。
2011年3月の東京電力福島第一原発の事故後、原発の運転差し止めを求めた訴訟の判決は初めて。大飯原発は13年9月に定期検査のため運転を停止し、新規制基準に基づく原子力規制委員会の再稼働審査を受けている。
差し止めを命じたこの判決が確定しない限り、再稼働審査に適合すれば大飯原発の運転は可能だが、司法判断を無視して再稼働させることには世論の大きな反発が予想される。このため、全国の原発で再稼働に向けた動きが進む中、福井地裁の判決が注目されていた。

差し止めを求めたのは福井県の住民や、原発事故に伴う福島県からの避難者ら計189人。
訴訟の最大の争点は、耐震設計など安全対策の基準となる基準地震動を超える大きさの地震が起きる可能性があるかだった。
住民側は05年以降、原発が基準地震動を超える揺れに襲われた例が、福島第一原発事故を含めて5例あることを指摘。「関電の想定は過小だ」と主張した。
一方、関電側は訴訟で大飯原発の基準地震動を700ガルと説明。さらに原発周辺の三つの活断層が連動して想定を上回る759ガルの地震が起きたとしても、「安全上重要な施設の機能は維持される」などと反論した。

訴訟では樋口裁判長の訴訟指揮により、①外部電源が喪失した場合などでも過酷事故を防ぐために原子炉を冷却できるか②使用済み核燃料プールの損傷による放射能漏れの可能性③活断層や地滑りで地盤にずれが生じる可能性、の3点も争点となり、住民側が危険性を指摘した一方、関電側は「福島第一原発事故後を踏まえた安全対策をしている」などと反論していた。
原発訴訟をめぐって過去に住民側が勝訴したのは、高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の設置許可を無効とした名古屋高裁金沢支部判決(03年)と、志賀原発(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた金沢地裁判決(06年)の2例。ただ、いずれも上級審で住民側の敗訴が確定している。(太田航)

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明日に向けて(852)除染するほど「住めない」と思う・・・荒木田さんの除染についての問いを考察する!(2)

2014年05月21日 08時30分00秒 | 明日に向けて(801)~(900)

守田です。(20140521 08:30)

『美味しんぼ』応援記事の第4回目です。

スピリッツ最新号が出て、さまざまな人士の見解と編集部の見解が出されるとともに「美味しんぼ」の休載が発表されました。
休載は予定されていたものであるとのこと。「圧力に屈したのでは?」という見方も多くありますが、スピリッツを読み継いできた知人によると、『美味しんぼ』はこれまでも一区切りのあとに休載になることがあったそうです。
これらの見解の検討は今後にゆずり、今回は「明日に向けて(846)」を引き継いで、除染についての荒木田さんの勇気ある発言への考察の続きを掲載したいと思います。

まず荒木田さんが『美味しんぼ』の中で主張したことを再度、押さえておきたいと思います。

***

「私は除染作業を何度もしました。その度に、のどが痛くなるなど具合が悪くなり、終わると寝込む。」
「しかも除染をしても汚染は取れない。みんなで子供の通学路の除染をして、これで子供たちを呼び戻せるぞ、などと盛り上がっても、そのあとに測ったら毎時12マイクロシーベルトだったこともある。汚染物質が山などから流れ込んで来て、すぐに数値が戻るんです。」
「除染作業をしてみて初めてわかったんです。除染作業がこんなに危ないということを。そして、福島はもう住めない、安全には暮らせないということも。」

***

この除染に関する荒木田さんの提言は実に重要です。ここには極めて重要なことがポンポンと幾つも提起されています。
第一に除染は非常に危険な被曝労働であることです。そもそも放射能があっては安全に暮らすことができないから行うのが除染です。つまり危険物質に自ら近づいていくのです。
今でも除染はさまざまな形で行われていると思うので、何度もこの点は強調しておく必要があります。除染にたずさわる方はぜひ自分を守ることに高い意識を持って欲しいと思います。

ただしどれほど高い防護意識を持ってもかなり難しいです。放射能が見えないし、感じられないからです。これは僕自身が荒木田さんたちと一緒に除染活動に関わった実感です。
除染に関われば自分自身が放射性物質を被るわけですが、その場合、本当にやっかいなのは自分のどこが汚染されていて、どこが汚染されていないか、判別できなくなってしまうことです。
僕自身、除染に向かう時には、自分の中で「これは作業時に着るもの、汚染されたものはこのバックにつめる。その後はこれに着替える」などなど、考察を重ねていったのですが、現場ではそうそう頭の中で考えたようにはいかない。

現実の除染作業は、汚染が溜まっている土を除去したり、草木を刈ったりする重労働です。現場ではどうしてもその労働自身に意識をとられやすい。その分、放射線防護が手薄になります。また現場では行って見て初めて分かることもたくさんあります。

僕の場合、携わってみてはじめてまず現場にどうやっていくのかから問題であることが分かりました。例えば履いていく靴はどうするのか。誰でも長靴など想像すると思います。ではどこで履き替えれば良いのか。現実にはこのこと一つとってもなかなかに難しい。除染するところまでそれまでの靴で行ってしまえば、その靴が汚染されてしまいます。
なのであらかじめ長靴を履いて現場に近づく。そこまでは良いとして帰りはどうするのか。長靴は汚染されています。その汚染とどこで切れれば良いのか。現場で履き替えれば、もとの靴が汚染されてしまう。しかし履き替えなければ履き替えるところまで汚染を運ぶことになる。
「洗い流せばいい」と思われるかと思います。しかし必ずしも現場の直近に水道があるとは限りません。頭の中で考えることと現場の食い違いはさまざまに生じます。

もっとやっかいなのはそもそも現場までどう行けばいいのかです。例えば車で行くとする。そうしたら車が汚染されます。作業が終わった後、長靴で車に乗ったら、そのことでも車の中が汚染されてしまう。だからといって除染のための用具を抱えて歩いていくわけにもいかない。
衣服も同じです。僕は3000円ぐらいの上下のカッパを買っていきましたが、終わってからどこで脱ぐのか。そのまま車に乗り込めば、車の中が汚染されてしまいます。
しかし現場で着替えれば、着替えた洋服が汚染されてしまう可能性が極めて高い。そうなるともう自宅にまで汚染物質を持ち帰ってしまうことになる。こうしたことが非常に厄介なのです。

実際に放射能の除去作業に携わって思ったことは、完璧を期すならば、汚染から切れるためにはクリーンルームが必須だということです。原発労働では必ず設けられているところです。
そこで汚染と切れる。そうして汚染がないことを線量計で確認してから外に出る。しかし街中の除染ではこうした作業者が「汚染から切れる」場を作ることなどほとんど無理なのです。
するとどうなるのか。作業者は汚染から完全に自らを切り離すことができず、汚染物質を運んでしまいます。そのことで汚染を広げる結果も作り出してしまいます。

着ているものだってそうです。僕は数回の参加だったので、カッパをそのつど捨てました。しかしこれが毎日のことだったらそうはいかない。コストが大変です。
そうなれば、捨てるなんてことはしないで洗って使うようになる。しかし洗ってどこまで落ちるのでしょうか。またどこで洗うのでしょうか。自宅に持ち帰って洗えばそこが汚染されるのです。
いやカッパを捨てるにしてもどこに捨てればいいのでしょう。現実には普通に家庭ごみに出す以外に選択肢はなく、僕も申し訳ないけれどもそうしたのですが、それは焼却場で燃やされて、放射能をまき散らすことになってしまう。

現実にはこうした僕の考察は無視されてしまいます。なぜってここまで考えたらとても除染活動なんてできないからです。だから「そんな少しの汚染を気にしても仕方がない」と必ずなります。
「衣服についたものだって?そんなの微量だから心配ない・・・」となってしまうのです。本当に必ずです。そう考えないと一切が成り立たないからです。
「家に持ち帰るだって?そんなことに神経質になる必要はない・・・」ともなります。そうして除染をすればするだけ、自分が汚染されてしまうようになります。

それやこれや、現実の町の中の除染活動で、自分が放射能汚染を免れるのはとても難しい。だからこそ、いろいろな形で放射性物質を吸引してしまい、あとから症状に見舞われてしまうのです。
とくにやられやすいのは粘膜で、口内炎ができたり、下痢をしたりといった症状が出やすいです。
もちろん人によって大きな差がある。僕は自分自身がかなり用心していて、うがい、手洗いなども徹底化したため、それほどの症状が出ませでした。その代りと言うか、除染ではないからとあまり用心しないで参加した放射線計測のあとに激しい下痢になったことがあります。茨城県でのことです。

こうしたことを書くと「そんな微量な放射能に神経質になるのはおかしい」とかいう声が出てくるでしょう。
しかし待ってほしい。その「微量な放射能」を原発労働ではもっと厳しく管理してきたのです。あらゆる放射性物質を扱う施設でもそうです。
おそらく今、もっとも放射能管理がずさんなのが、除染の現場でしょう。なぜって専門的な対処の設備もないところで、専門的な知識もない人たちが携わっているからです。

しかも核心問題として第二に言いたいのは、そうまでして除染をしても、効果がなかなかあらわれないということです。線量を下げても、またもとに戻ってしまうことが多いことです。
なぜか。その地域が広範に汚染されてしまっていて、周囲にたくさんの放射性物質があるからです。だからある任意のところの放射性物質をどけてもまた後から舞い戻ってきてしまう。これが広域汚染された地域での除染の難しさです。

またそもそも除染は、放射性物質をある地点からある地点に移動させることです。「移染」と呼んだ方が正確です。高圧洗浄で壁を洗い流したら、その流れた水に沿って放射性物質が移動していきます。ある地点を除染することは他の地点を汚染することにもなるのです。だからと言って水をすべて回収するのは至難の業。結局、ある部分を除染しても放射性物質を周辺に拡散させるだけで、総体としての除染はなかなか進まない。

もちろんこうした例も一律ではありません。学校の校庭のものすごく汚染された土などを取り払うことで、部分的に線量を下げることに成功する場合もある。その学校に子どもたちがいる限りは、やった方がいいことです。でもその場合でも後からまた放射線値がだんだんと上がっていくことが多い。ということはその場にいれば飛んでくる放射能を吸引してしまうことにもなります。

大事なことは、これらのことはこれまで社会的にも何度も確認されてきているということです。またこの困難さが業者の行う除染のずさんさにもつながっていて、何度も社会問題化されてきています。
何も荒木田さんが初めて言い出したのではありません。いや多くの業者は荒木田さんの言うことなど実感として知っていると思います。
ところがそれでもお金が出るので黙っています。黙って請け負って、しかしやっても意味がないことも知っているから作業がおざなりになる。その挙句に何度も摘発されてもいるのです。

一例としてこうしたことが連続的に報道された2013年1月のことをあげてみましょう。毎日新聞の1月5日の報道をご紹介したいと思います。

***

除染作業員証言:枝葉「その辺に」 洗浄「流しっぱなし」
毎日新聞 2013年01月05日 15時04分

東京電力福島第1原発事故を受けた国の直轄除染で集めた枝葉や汚染水を川などに捨てる不適切処理が明らかになり、環境省が実態調査に乗り出した問題で、現場の男性作業員が毎日新聞の取材に応じた。
作業員は「そもそも仮置き場が足りない。『置くところがないから仕方ないべ』と捨てることが日常茶飯事になっている」などと証言した。

作業員は昨年秋から福島県川内村などで除染作業に従事し、放射線のモニタリングなどを担当。元請けは大手ゼネコンで、工区ごとに下請けがあり、さらに2次、3次下請けとして中小の事業主や地元業者で作る組合などが入っているという。
作業員によると、集めた枝葉は本来なら「フレキシブルコンテナバッグ」と呼ばれるブルーの袋などに入れて仮置きする。「でも仮置き場の場所がなくなっていて、枝葉を袋に回収しないでその辺に捨てることもある。日常茶飯事です。早い話が『もう置くところがないから仕方ないべ』となる」と話す。

洗浄後の汚染水も本来は回収する必要がある。作業員によると、建物などを水で洗浄する場合は通常、下にブルーシートを敷いて汚染した水を受け、ポンプでくみ取りタンクに入れ、浄化装置で処理する。しかし、「回収するのは環境省が管轄し、なおかつ環境省が見に来るモデル地区だけ。普段はそんなことやっていない。(汚染水は)流しっぱなし」という。
さらに「『今ここでマスコミなんかが見に来たら大変なことになるね』といつも同僚と話している。以前、国の要人が来た時には、いいところだけをきちんと見せたが、普段はずさんもずさん。道路縁の刈った草などは片付けもせず、そのままにして帰ることもある」と打ち明ける。
こうしたことから、除染後に空間線量を測っても、除染前とあまり変わらないケースも多いという。

「実際、大した効果は出ていない。僕たちから言わせたら税金の無駄遣い。でも国は『予算がないからやめる』というわけにもいかない。大手(元請け)にしてみれば、こんなにおいしい(もうけ)話はない。作業をすればするほどお金が入ってくる」と作業員は指摘する。
その上で「(明らかになった)ここで何とかしないと、大変なことになる。税金なんかいくらあっても足りないですよ」と訴えた。【袴田貴行】

*****

あくまでもこうした記事は一例でしかないことを強調しておきたいと思います。
なおかつ記事は重要なことを書いていない。こうしたことの背景にあるのは除染そのものの困難性、不可能性なのです。ここではあるべき除染があるかのような建前で記事が書かれている。
誰も建前そのもの、大前提そのものに踏み込もうとしない。そうして「もっときちんと除染をやれ」と指摘するばかりです。
しかし現場はそんなことは無理だということが分かっている。やってみれば分かるのです。だから範囲が広くなればなるほどまともにやってられなくなってしまうのでしょう。それが繰り返されてきた現実です。

こうしたことのすべてを踏まえて、荒木田さんは「除染作業をしてみて初めてわかったんです。除染作業がこんなに危ないということを。そして、福島はもう住めない、安全には暮らせないということも」と真実を口にした。
本当は大手ゼネコンなど、莫大な金を手にしている業者が明らかにするべきことです。除染を請け負った側が、真剣な現場レポートを出さなければいけないのです。マスコミもそれをこそ取材すべきなのです。
しかしそんなことをしたら儲けが減るだけだから業者からそんな声はまったくでてこない。マスコミもそこまで突っ込んで取材すると、「除染は不可能」と書かざるを得ず、荒木田さんのようにバッシングされるのでなかなかそこまで突っ込まない。
そうして荒木田さんのように、すべて自分の持ち出しで負担しつつ、本気になって除染に取り組んだ者からのみ、本当の声が出てくるのです。・・・絞り出すように。

続く

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