明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日に向けて(360)脱原発にむけていかに歩むのか(ママのタウンミーティングにて)

2011年12月21日 23時30分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111221 23:30)

12月15日に、「ママのタウン・ミーティング」という集いに招かれました。
中村和雄さんを招いて、放射能の問題、保育所のこと、教育の格差につい
て、医療費の小学校卒業までの無料化についてなど、明日の京都のことを
さまざまな角度から話し合う場でした。

朝10時からの会合でした。会場には小さいお子さんを抱いたママさんたち
がたくさんかけつけていました。二本松市から避難中のお母さんも参加。
そこで15分ほどお話をさせていただき、僕なりに脱原発にむけていかに
歩むのかをお話しました。

話の内容は、一つに現在進行している放射能汚染の状況をいかにみるか。
二つに、内部被曝が隠されてきた理由、三つに放射能との共存時代を
いきに生きるかです。この最後のところで、僕が中村和雄さんを、強く
信頼している理由も説明しました。

この内容をみなさんともシェアしたいと思い立ち、文字起こししました。
なお、ちょうど韓国ソウル大使館前の1000回目のデモが行われた翌日だっ
たので、「旧日本軍性奴隷問題Q&A」という冊子を持っていって、
資料としてお配りしました。以下、僕の発言です。

**************

脱原発にむけていかに歩むのか

今日は12月15日ですが、昨日14日は特別な日でした。そう言うと討ち入り
の日かと言われます。それはそれであるのですが、実は昨日12月14日に韓
国のソウル市の日本大使館の前で、旧日本軍の性奴隷被害にあったおばあ
さんたちが1000回目のデモを行いました。

このデモは500回目で、ギネスブックに世界で一番長く続いたデモとして
登録されていて、それが1000回にもなってしまいました。これに連帯して
世界の中の6カ国、30都市で連帯行動がありまして、実は私たちも京都市内
で街頭行動をしてきました。

今日はその資料も持ってきていますが、原発の話をするのに、なぜこの話
なのかと思われると思うのですけれども、おばあさんたちが、告発してい
るのは何かというと日本社会の暴力構造なのですね。とくに女性の地位が
非常によろしくない、そういう日本社会のあり方に対する告発です。

そしてその日本社会の暴力構造が今、私たちにもの凄い形で襲いかかって
きているのです。その根っこには私は同じものがあると思います。ではそ
の暴力がどのように私たちに襲い掛かっているのかというと、それは放射
能の問題です。

ただ放射能という物質が私たちに襲い掛かってきているのではありませ
ん。日本政府が、多くの人があんな危険な原発をやめてくれと何度も言っ
たのに、危険性を全部覆い隠して運転を強行して、あのような大事故を起
こしたわけですよね。

それだけではなくて、今、起こっているのは、膨大な放射能が出ているこ
とに対して、放射能は大して危なくないんだ、放射能は怖くないんだとい
うキャンペーンが行われて、避けられる被曝までもが避けられずに、被曝
がどんどん拡大していることです。

そういう暴力が私たちに降りかかってきていて、それをどうやって正すの
かが問われています。そういうときですから、こうしたソウル大使館の前
であげられたおばあさんたちの声も、私たちが思っていることと一つなの
だと思っていただきたいと思います。それで今日は資料を持ってきました。


それで放射線の影響の現状ですが、大変深刻なことが次々と起こってきて
います。政府はつい数日前も、福島県の方たちの被曝量は、思ったより少
なかったという発表を行いましたが、まったくウソです。とくに内部被曝
はいったんしてしまったら、ほとんど測ることができません。その内部被
曝がまったく無視されています。原発作業員の方の場合は外部被曝だけで
も、かなりなものになっています。

放射線の影響ではないかと当事者が胸を痛めている事態もいろいろと報告
されています。ただしそれらの一つ一つの福島の事故との因果関係ははっ
きりしません。放射線の害以外の可能性もあるので、デリケートな問題な
のですが、それでも、各地から若者も含めて突然死が起こっていることな
どが報道されています。数日前には、福島で除染作業に携わっていた方が、
除染作業中に亡くなられています。60歳の方ですが、除染活動が被曝を重
ねやすいことを考えるとショッキングです。

放射能で、何かガンにしかならないような言い方もされていますが、そう
うではなくて、放射線は身体のあらゆるところで悪さをします。心筋梗塞
や脳溢血なども起こってきます。また免疫機能がダメージを受けるので、
もともと抱えていた病いが悪化する場合もあります。なので突然死の場合
も放射線の影響が疑われます。

東京もかなりの被曝状態にあります。東京の町田市の市民団体が、子ども
たちの状況を調べてくれたのですが、それによると、例えば311のときに
5歳だった男の子が鼻血を出したと報告されています。どのような鼻血だっ
たのかというと、25分から30分、水道の蛇口を全開にしたような鼻血だっ
たそうです。

普通ではありえないような鼻血なのです。そうした例がたくさん報告され
ています。健康被害が各地からどんどん報告されています。大阪から参加
されたレスキュー隊の隊員の方も、体調が悪くなった末に、9月ごろに亡く
なられています。そういうことがどんどん起こっているのですが、政府は
一切、放射線の害であることを認めません。


放射線の話で、みなさんに一つだけ覚えて欲しい数字があります。0.6マイ
クロシーベルト毎時という数字です。なぜ覚えて欲しいのかというと、私
たちの国の法律では、ここからは放射線管理区域になるからです。この区
域では、してはならないこととして、飲み食い、寝ること、子どもを連れ
込むことがあげられます。

ところが福島市はどういう状態なのか。駅前で、1.0マイクロシーベルト毎
時ぐらいの値が出てくるのですね。さらに小学校の近くにいったら、5マイ
クロシーベルトという値が出ていました。その通学路の横にある電気製品
の量販店の駐車場では、6月には150マイクロシーベルト毎時という値がで
ました。

放射線管理区域は0.6マイクロシーベルト以上です。そんな恐ろしい値が出
ているのに、11月13日にとんでもないイベントが行われました。何かという
と東日本女子駅伝大会です。この駅伝は中学生と高校生と実業団でチームを
作ったのです。つまり放射線管理区域の100倍以上にもなるような値の出て
いるところもある放射線の値の高い地域で女子中学生、高校生、選手たちが
マラソンをさせられたのです。

そういうことを行っているのが、今の日本政府であり、福島県、福島市なの
です。だから本当に私たち市民の側が、この構造的暴力から身を守っていか
なければ、私たちや子どもたちの未来は本当に暗くなってしまうと思います。


それでは放射線の影響を何を手がかりにみていくかですが、私が紹介したい
のは肥田舜太郎さんと、矢ケ崎克馬さんのお二人です。ポイントだけいいま
すと、なぜいま、放射線が大して恐ろしくないのかといわれるかというと、
放射線が人間に対してどのように影響するのかということが調べられたのは、
広島・長崎での疫学的な調査なのです。

誰が行ったのかというと、アメリカ軍であり、その後継者たちです。アメリ
カ軍はなんのためにこれをやったのか。一つは原爆の威力を知るためです。
もう一つは原爆の非人道性を隠すためだったのです。なぜかというと、当時
からヨーロッパなどから、あれは遺伝的な影響のある非人道的な兵器ではな
いかという声があがっていたのですね。

なのでアメリカは調査をするといいながら、実は調査対象を初めから凄く切
り縮めてしまったのです。だから「被爆者」という言葉がありますが、実は
ものすごく多くの実際に被曝された方々がそこに含まれていないのです。そ
こで調査されて出されてきた放射線に対する考え方を、国際放射線防護委員
会(ICRP)という組織がまとめていて、これが国際的なスタンダードに
なっているのです。

実は日本のお医者さんたちも、ほとんどこの教育を受けています。なのでお
医者さんたちの中には、放射線はたくさんの量を浴びなければ大丈夫だとい
う、わりと安易な考え方をもたれている方もいます。そのためお子さんが
鼻血を出して病院に連れて行っても、気の病だといわれて返されてしまうこ
とが多いです。実際にはそうではないのです。データの多く、とくに内部
被曝の実態が隠されてしまったのです。


私がここで矢ケ崎克馬さんを紹介するのは、この方が、被爆者の原爆症認定
訴訟という裁判に関わられてこられたからです。原爆症認定訴訟というのも、
とても分かりにくい言葉なのですが、どういうことなのかというと、今、被
爆者の方は23万人ぐらいおられます。正確には「被爆者」という認定を受け
た方たちです。

その方たちが、次々とガンなどの病に襲われています。明らかに放射線の影
響です。ところがさきほども言いましたように、アメリカ軍が放射線の影響
を隠してしまったので、被爆者の方がガンなどにかかっても、放射線の影響
だとは認められてこなかったのですね。内部被曝が一切認められませんでし
た。低線量被曝の脅威が切り捨てられてしまったのです。

実際にガンにかかる方は大変多いのですけれども、そのガンなどの病が、放
射線によるものだと認められると、原爆症認定を受けられるのです。分かり
にくいですね。僕は被爆者の方はみな、こうした認定と補償を受けていると
思っていたのですが違うのです。

それでは被爆者の方のうち、原爆症認定をどれぐらいの方が受けておられる
のかというと、2003年の段階で、被爆者は27万人おられました。そのうちに、
原爆症認定を受けておられた方は2000人しかいなかったのです。1%以下です。

それで被爆者の方たちから、このままでは、死んでも死にきれない、今さら
補償をもらってもしかたがないけれども、死ぬ前に、自分は放射線のために
病気になったことを政府に認めさせたいという声が起こってきました。それ
で行われたのが、原爆症認定訴訟だったのです。

その裁判は、なんと19連勝しています。日本の裁判史上、ありえなかったこ
とです。どの裁判長が資料を読んでも、これはあまりにもひどい、国が責任
をとりなさいという判決を出したのです。実はその裁判の京都訴訟を行った
のが、中村さんと同じ弁護士事務所のお仲間たちなのですね。中村さんもそ
こでよくお話を聞かれているのですけれども、この方たちは、世界中の法律
家の中で、最もよく内部被曝の恐ろしさを知っている弁護士さんたちだと思
います。


これほどの被曝状態の中で、私たちはどのように生きていったら良いのか。
私は肥田舜太郎さんという94歳で、生涯で6000人の被爆者を診てこられた被
曝医師の方にインタビューしたのですけれども、その先生がおっしゃったの
は、一つは放射能の元を断たなければだめだということです。原発を止める
ことです。

もう一つ、腹を決め、開き直り、覚悟を決めて、その上で免疫力を最大に上
げて、病の発症と闘うんだ、前向きに対決するしかないよと、笑いながら
おっしゃいました。僕もそう思います。もう出てきてしまった放射能とは前
向きに対決していくことが大事だと思うのですが、そのためにはやはり行政
の力が本当に今、重要です。

それがどちらを向いているか。放射能に対して厳しい目を持っているか、そ
うではないのか。このことによって、私たちの生活や未来は左右されてしま
います。やはり個人、個人の力で市場で安全なものを買うことには限界があ
ります。疲れてもしまいます。

だから放射線に対して厳しい視点を持っている方にトップに立っていただく
必要があります。私はこれは京都市だけの問題ではないと思います。今、京
都市から脱原発の明確な声をあげることは、全国的にも位置があると思いま
す。全国の人々、子ども、赤ちゃんを救うために、そういう声を上げること
が大事だと思います。


同時に僕が中村さんのことを、この人は凄いのだと思うもう一つの理由があ
ります。一番最初に僕は、性奴隷の被害と向かい合っているおばあさんたち
のことを話しましたけれども、今、日本社会を誰が一番動かしているか、誰
が揺り動かしているのかというと、僕は小さなお子さんを抱えたお母さんた
ち、この会場にいるみなさんたちだと思うのです。

とくにその一番先頭にいるのは誰かと言うと、お子さんを抱えて勇気を持っ
て飛び出して、避難してきた方たちだと思うのですね。そうした女性たちの
声を中心にそれに共感した女性の声が高まっています。実は今日のこの集会
も、朝の10時からですよね。僕はこの10時からの講演会によく呼ばれるので
す。今までの人生でありませんでした。

今まで一番、政治に関わりにくかった方たちがどんどん出てきているのです
よね。それが今、日本の社会を変えつつあると僕は思うのです。そのときに
われわれ男性には、このことが理解できるかどうか、大変、問われているの
ですね。そう考えたとき、中村さんという方は、ご結婚されたときから、完
璧に、家事育児労働を分担して行ってこられたのです。

僕は完璧とはとてもいかないので、男性として彼の方が、ステージが上だな
と思っています。お母さんたちが切実に子どもを守りたいと思っている気持
ち、それが今の社会の中で一番尊く強いのだということを、しっかりと理解
してくれる方が先頭に立ってくれれば、われわれ日本の男性も、女性の頑張
りにもっと応えて、前に進んでいけるのではないかと思っています。

その意味で、中村さんと一緒に京都を変えて、そこから日本社会全体にアピ
ールをしていきたいと思います。そのために僕もできる限り努力をして、
みなさんと一緒に歩んでいきたいと思います。


















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明日に向けて(359)保安院・海に垂れ流した放射能を「ゼロ」扱い!?

2011年12月19日 23時30分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111219 23:30)

16日の冷温停止宣言の前になりますが、保安院がとんでもない開き直
りを公言しました。これまで福島第1原発からは、大量の放射能汚染水
が意図的に放出されたり、漏洩したりして、流れ込んでしまっています
が、保安院がなんとこれらを法的に「ゼロ」扱いしてきたことが、東京
新聞の取材で分かりました。

しかも保安院は、今後もこれと同じことを続けると述べています。一体
これでどこが冷温停止だといえるのでしょうか。いや、問題は冷温停止
かどうかではなく、海への汚染物の放出を、これまで勝手に「ゼロ」と
みなし、今後もそれを続けるというのは、あまりに犯罪的な行為に他な
らないという点にあります。

記事を少し紹介すると、原発には次のような規制があります。

「原子炉等規制法により、電力事業者は、原発ごとに海に出る放射性物
質の上限量を定めるよう決められている(総量規制)。福島第一の場合、
セシウムなどは年間二二〇〇億ベクレルで、年度が変わるとゼロから計
算される。」

つまり年間2200億ベクレルまでは海に出してもいいことになっている
わけで、これ自身が低線量被曝の源として、厳しく批判されなければ
ならないことですが、記事は4月2~4日にかけてあった漏洩や放出だ
けでも4700兆ベクレルで、上限値のなんと2万倍になっていることを指
摘しています。

この4700兆ベクレルという数値は東電が試算したものですが、そもそも
これら自身、かなり低く見積もられているという批判が各国の研究機関
から出ています。フランスの政府系の放射線防護原子力安全研究所(IR
SN)は、3月21日から7月半ばまでで、放射性セシウム137だけで、東電
の試算の20倍の2.71京ベクレルが放出されたと指摘しています。

あまりに数値が大きくなりすぎて、感覚が追いつかなくなりがちですが
それではいけません。こんなにとんでもない量の放射能で海を汚染しな
がら、「緊急事態」をたてに、それをゼロとみなす大変な居直りがなさ
れようとしているわけで、こんなことが許されるのなら、どんなに海を
汚そうがかまわないことになってしまいます。

しかも、今後もこの態度を続けると公言しています。まさに開いた口が
ふさがらないというか、そんなことを公言できる神経そのものが、私た
ちには理解ができませんが、実際に保安院は平気でそのようなことを口
にしています。私たちはこれ自身が、大変な危機であることを認識する
必要があります。

明日に向けて(358)で論じた冷温停止宣言の背後にある危機の2点目に
こうした汚染水問題があることを、細川弘明さんの指摘に基づきつつ
紹介しましたが、まさにどれほど汚染水を垂れ流そうと「ゼロ」扱いに
する=どれほど流してもいいことにするというとんでもないことが既定
方針化されつつあるのです。

しかも東京新聞がいち早く報じてくれたものの、こんなとんでもないこ
とが、大ニュースにならない。そのことがますます保安院の開き直り
体質を強めています。そしてこうしたことと渾然一体に、今なお、避け
るべきものが避けられずに被曝が進行しているのがこの国の現状です。

こんな「ゼロ」扱いなど絶対に認めることはできません。あまりの大嘘
や開き直りが続いていますが、けして慣れてしまわずに、批判の声をあ
げ続けましょう。今、問われているのは、私たち市民の側からの、絶え
ることのない持続的な批判とウォッチです。

**************

保安院 海への汚染水 ゼロ扱い 
東京新聞 2011年12月16日 07時06分

福島第一原発事故で、何度も放射性物質を含む汚染水が海に漏出したが、
経済産業省原子力安全・保安院は「緊急事態」を理由に、法的には流出
量は「ゼロ」と扱ってきたことが本紙の取材で分かった。今後、漏出や
意図的な放出があってもゼロ扱いするという。政府は十六日に「冷温停
止状態」を宣言する予定だが、重要な条件である放射性物質の放出抑制
をないがしろにするような姿勢は疑念を持たれる。

原子炉等規制法により、電力事業者は、原発ごとに海に出る放射性物質
の上限量を定めるよう決められている(総量規制)。福島第一の場合、
セシウムなどは年間二二〇〇億ベクレルで、年度が変わるとゼロから計
算される。

しかし、四月二日に2号機取水口近くで高濃度汚染水が漏出しているの
が見つかり、同四日には汚染水の保管場所を確保するため、東京電力は
建屋内のタンクに入っていた低濃度汚染水を意図的に海洋に放出した。

これら二件の漏出と放出だけで、原発外に出た放射性物質の総量は四七
〇〇兆ベクレル(東電の試算)に達し、既に上限値の二万倍を超える。

試算に対しては、国内外の研究機関から「過小評価」との異論も出ている。

今月四日には、処理済みの汚染水を蒸発濃縮させる装置から、二六〇億
ベクレルの放射性ストロンチウムを含む水が海に漏れ出した。

さらには、敷地内に設置した処理水タンクが来年前半にも満杯になる見込
み。この水にもストロンチウムが含まれている。東電はできるだけ浄化し
て海洋放出することを検討している。漁業団体の抗議を受け、当面は放出
を見送る方針だ。

保安院は本紙の取材に対し、事故への対応が最優先で、福島第一は損傷で
漏出を止められる状態にない「緊急事態」だった点を強調し、総量規制を
適用せず、四七〇〇兆ベクレルの漏出をゼロ扱いする理由を説明した。

「緊急事態」に伴う特例扱いは「事故収束まで」続くとも説明したが、具
体的な期間は「これからの議論」とあいまい。

今後、仮に放射性物質を含んだ処理水を放出したとしても、ゼロ扱いを続
けるという。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011121690070643.html

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明日に向けて(358)冷温停止宣言の背後にある福島第一原発の現実的危機

2011年12月18日 23時30分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111218 23:30)

12月16日に、野田首相により、福島第一原発の冷温停止宣言がなされました。
僕はこの宣言が、アメリカの意向を受けて、危機を隠し、危機感を解体するた
めに出されようとしていると指摘しましたが、宣言がなされて以降、同様の
指摘がさまざまな人々によってなされています。

注目すべきものとしては、国会に設置された「東京電力福島第1原発事故調査
委員会」の黒川清委員長(元日本学術会議会長)が、「納得いかない」と批判
したことです。黒川さんは、日本の医療制度の現状を憂いて、積極的な発言を
繰り返してきた方であり、僕が属していた同志社大学社会的共通資本研究セン
ターが主催した医療シンポでも発言していただいたことがあります。
http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20111218-878286.html

一方、冷温停止宣言が現実的な危機そのものから目をそらしてしまうことにな
ることが問題で、何がそこにある危機かをはっきりさせることだ大事だという
指摘もあちこちからあがりだしています。この点について、「明日に向けて」
のコメントに対して、京都精華大学の細川弘明さんが、次のような点が現実に
ある深刻なのではないかと指摘を行ってくださったので、僕なりに解釈しなが
らご紹介したいと思います。

細川さんが指摘してくださったのは以下の4点です。
1)いまの状態を仮に「冷温停止のような状態」と呼ぶにせよ、その状態をは
たして持続的に維持できるのか? ──設置した循環冷却系は1年以上もつのか?
2)「循環冷却」にもかかわらず増え続ける汚染水の処理が間に合うのか。
3)すでに200人Svというとんでもないレベル(ゴフマンのリスク評価を適用す
れば80人前後の増癌死、ICRPの係数ですら10人の増癌死)に達している作業者の
集団被曝量を、あと10年繰り返すことができるのか?
4)SFP(使用済み燃料プール)はどうなっているのか?

細川さんは同時に、ニューヨークタイムズにもこうした点を掘り下げた記事が
載ったことを紹介してくださいました。英語ページですがアドレスを記しておき
ます。
http://www.nytimes.com/2011/12/15/world/asia/japan-set-to-declare-control-over-damaged-nuclear-reactors.html?_r=1

このニューヨークタイムズや、細川さんからの指摘などを参考に問題をまとめて
みると、まず冷温停止状態が維持できるのかどうかという点では、再び大規模な
地震や津波がきたら、急ごしらえの冷却システムが崩壊して、振り出しに戻って
しまうことが最も大きな危機としてあげられます。

そもそも4号機などは繰り返し建屋自体の崩壊が懸念されてきており、応急措置
が繰り返されているものの、大地震は非常に大きな脅威です。これまで繰り返し
大きな余震にもさらされていることでも、ダメージが蓄積されていることが懸念
されます。その意味で福島原発はいつなんどき、危機的な状態に舞い戻るか分か
らない状態にあります。

またこれも細川さんの指摘にあったことですが、今の冷却システムは、応急措置
としてビニール配管などで作り上げてきたものであり、少なくとも金属配管に
直す必要があります。またそれとても、もともとの設計にないものですから、耐
震性など大きな不安が残ります。

2点目は汚染水の問題です。処理は間に合うのか・・・とても無理だというのが
現実だと思います。この間も繰り返し海への流出が起きています。しかも経産省
・保安員は、「緊急事態」を理由に、この間、法的には流出量は「ゼロ」と扱って
きたことがこの間、明らかになっています。

この点でも細川さんは、「現状ではタンク増設が間に合わず、海への放流が「既定
路線」として準備進められているようだ」という点も指摘してくださいました。
これは項をあらためて紹介したいと思いますが、こうした点からも、今後も、汚染
水の流出が続く可能性があり、深刻な海洋汚染がさらに広がる可能性が大です。

3点目は被曝労働の問題です。すでにゴフマンの指摘で80人、ICRP基準でも
10人がガンで亡くなるといわれるだけの被曝が発生しています。内部被曝の脅威に
ついては、ゴフマンよりも厳しく考えるべきだという指摘もあり、今はその当否に
は触れませんが、いずれにせよ、現時点でも被曝は深刻で、それが一体いつまで
続くのかという問題があります。

4点目は「原子炉の冷却」のみが語られていて、使用済み燃料プールのことが触れら
れていないけれども、ここでもきわめて危険な状態が続いています。

冷温停止宣言は、こうした危機から目をそらすものだと僕は思いますが、実はその
ことで、当事者自体が真っ先に目をそらしてしまう可能性があることもまた、危機
の実相ではないかともいえると思います。なぜならこれまでの「安全神話」も同じ
構造にあったからです。

安全と宣言し続けないと、原子力行政は進められなかった。しかしそのことで、実
に政府も東電も、深刻な事故がおこったときの対策を怠り、いつしか自縄自縛に
陥って、自らが安全宣言の虜になってきてしまいました。そのもとで、「想定」
を越えた危険性の指摘が常に退けられてきた。それと同じことは容易に発生します。
この構造がなんら反省されておらず、まだ誰一人、法的にも道義的にも責任を
とってないからです。

こうした危機を越えるために必要なのは、市民の側のウォッチです。
連携しあって努力を継続し、強化していきましょう!



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明日に向けて(357)ガザからの声に、耳をすませてください!

2011年12月16日 23時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111216 23:00)

すでにお知らせしましたが、朗読劇「ガザ 希望のメッセージが」本日と
明日17日に行われています。演じるのは「国境なき朗読者たち」。そのほ
とんど多くが友人たちです。明日の講演は午後2時と6時半から。京都の方、
お近くの方にぜひご覧いただきたいです。

今日は毎日新聞に載った、友人で、主演者の一人、片岡大輔さんに関する
記事を紹介したくて、この一文を書いています。片岡さんは、11月にパレ
スチナまで実際に行ってきました。ガザには入れませんでしたが、ヨルダ
ン川西側地区を歩き、人々と交流してきました。素晴らしいことだと思い
ます。住民のデモにも参加しました。

記事の中で片岡さんはこう語っています。「デモで一緒に歩いたあの少年
や、検問で涙を浮かべたあの学生とつながっていたい。彼らの思いを少し
でも伝えることができれば」・・・。

片岡さんは、この朗読劇に4回目の出演になります。回を重ねて、どんどん
演技が迫真のものになっていく過程を僕は見てきました。前回講演の時も
格段にパワーが増していました。しかしその後に彼は、パレスチナを見な
ければと旅たった。彼の中で増したパワーが彼を駆り立てたのだと思いま
す。そしてそこでつかんだものを今、前に押し出しています。そんな演技
を僕も明日、見にいきます。


パレスチナのことを思うこと、そこにある痛みを感じること、そしてその
中から未来を目指して生きる人々の尊厳に触れ、大切な何かを思うこと、
それは今の私たちにとってとても大切なことです。私たちの社会が放射能
被曝で、本当に深刻なダメージを受けているからこそです。

私たちは、今、パレスチナの痛みをより深いところでシェアできる。そし
てそこから、悲しみと怒りだけでなく、何か強いもの、したたかで、かつ
しなやかな何かを、生み出すことができるはずだと僕は思っています。だ
から今、みなさんとガザからの声に耳をすましたい。

可能な方は、京都市国際交流会館(左京区)にお越しください!

**********************

朗読劇:震災被災者への思い込めて 16、17日「ガザ 希望のメッセージ」 /京都

◇「国境なき朗読者たち」上演
約3年前にイスラエル軍の侵攻で1400人以上が殺されたパレスチナ自治
区ガザ地区の声を伝える朗読劇「ガザ 希望のメッセージ」が16、17日、
京都市国際交流会館(左京区)である。同館の東日本大震災チャリティー企
画として、府内や滋賀県の市民有志でつくる「国境なき朗読者たち」が上演。
収益金は被災地を支援するNGOに寄付する。【太田裕之】

朗読劇(90分)は、08年12月~09年1月の侵攻下で実態を伝えた現
地の大学教授の電子メール▽ガザの難民青年の手紙形式で1956年にパレ
スチナ人作家が発表した小説▽イラク戦争直前の03年に人権活動で現地入
りした米女子大生の手紙の三つを、岡真理・京都大大学院教授が組み合わせ
て09年に脚本化。これまで京都、神戸、広島で計5回上演された。

岡教授は「あのガザ侵攻から間もなく3年を迎えるが、忘却は次の虐殺を準
備する。東日本大震災でも、被災者の痛みや苦しみにどれだけ迫れるか、私
たちの想像力が問われている。ガザの人々の声を、東日本の被災者への思い
を込めて朗読したい」と話す。

上演は16日午後7時、17日午後2時と同6時半からの3回で開演の30
分前に開場。一般1800円(前売り1500円)、学生1500円(同
1200円)で。各回定員100人で要予約。申し込み・問い合わせは
津久井さん(080・5314・1539)。

◇「彼らの思い伝えたい」--主演の片岡さん
主演する大津市の飲食店店員、片岡大輔さん(32)は先月14~30日、
パレスチナ自治区を訪問した。イスラエルによる入植や、パレスチナ人の往来
を遮る分離壁建設に反対するデモに3回参加し、若者と交流。「彼らの思いを
具体的に想像できるようになった」と、練習に熱を込めている。

元々パレスチナに特別な関心があったわけではなかったが、友人の誘いで09
年に朗読劇に加わり、3回上演してきた。だが、今回の上演決定後、友人の1
人に「パレスチナのことを本当に理解しているのか」と問われて現地訪問を決
意。ガザ地区に入るのは極めて困難なため、ヨルダン川西岸を歩いた。

現地の人々は親しみやすかった。町を歩くと「お茶を飲んでいきなさい」と声
をかけてくる。家に招かれると「どこから来た? アラビア語は話せるか? 
結婚しているのか?」と質問攻め。「いい人が多い。悔しいくらいに」と、し
みじみ話す。

だが、楽しむための旅ではない。ベツレヘムとラマラの近郊のベイト・オマー
ルなど三つの地区で、住民らが国際NGOの支援も受けて毎週続けるデモに参
加した。いずれもイスラエル入植地が目の前にあり、パレスチナ人はイスラエ
ル軍兵士に監視され抑圧されていた。

デモは「もう占領は止めて」と訴え、入植地に続く道路に向かう。行く手には
武装したイスラエル兵士が立ちはだかり、放水や催涙弾を浴びせてきた。

デモには若者の姿が多く、子供たちも兵士の装甲車の到着を防ぐため岩を路上
に並べ投石する。リュックに詰まった爆竹を示し「これを鳴らしてやるんだ」
と笑顔で話した12歳の少年は、デモが始まるとものすごい形相で兵士とやり
合った。

人権活動家の女性は自宅から徒歩3分ほどの位置に入植地があった。パレスチ
ナ人の居住地側に大幅に食い込む形で分離壁が建設されていた。「止まれ」と
命じる兵士に、彼女は「パレスチナの土地。私たちには歩く権利がある」と叫
んだ。

ヘブロンでは19~22歳の大学生4人と知り合った。自宅に招かれてお茶を
ごちそうになり、町を案内された。「入植者は兵士の先導で町に入ってくるが、
我々は向こうに入れない」。あちこちの建物の上に兵士が立って人々を監視し
ていた。「あなたはエルサレムにも自由に行けるが、我々若いパレスチナの男
は誰も行けない。外に出られないんだ。ずっとこんな人生かも」

最後にモスクを案内してもらったが、身分証を携帯していなかった1人が最初
の検問で止められた。次の検問でもう1人が金属探知機に反応され、2人の兵
士にはさまれ10分あまり詰問された。靴まで脱いでようやく通行を認められ
た彼は、涙を仲間に悟られまいと懸命にこらえていた。

「外国人の自分は自由に歩けるのに、住民の彼らはどこに行くにもチェックさ
れる。そんなことの積み重ねが日常。彼らの悔しさを思い知った」

滞在中も、兵士が夜間に民家を急襲して若者を連行するニュースが流れていた。
朗読劇の舞台のガザ地区では、イスラエルによるもっと厳しい封鎖と抑圧が続
けられてきた。

「これまでの朗読では、人々の思いを抽象的に考えていたのかも知れない」。
片岡さんは、そう振り返る。「デモで一緒に歩いたあの少年や、検問で涙を浮
かべたあの学生とつながっていたい。彼らの思いを少しでも伝えることができ
れば」
http://mainichi.jp/area/kyoto/news/20111209ddlk26040559000c.html
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明日に向けて(356)福島原発の危機隠し・危機感解体のための冷温停止宣言

2011年12月16日 01時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111216 01:00)

今宵はもう一本、配信します。本日、16日に野田首相により福島第一原
発の冷温停止宣言がなされるそうです。同時に15日には「廃炉まで最長
40年」という経産省と東電の発表もなされました。明らかに両者は、
タイアップしたものとして打ち出されてきています。

ここで出された点の解析を行いたいと思いますが、その際、前提として
おさえておくべきことは、「冷温停止宣言」は、何の実態も伴わない意
味のない宣言でしかないということです。そもそもこの言葉は、原子炉
が健全なときに使われていたものであり、現状ではいかなる意味でも
「冷温停止」はありえません。

そればかりではない。この間、政府は冷温停止を「原子炉圧力容器下部
の温度が100度以下になった状態」と定義しなおしてきました。しかし
圧力容器はメルトダウンで壊れ、メルトスルーして、燃料は圧力容器か
ら漏れ落ち、原子炉格納容器の下部に落ちているわけです。

それからすると、原子炉圧力容器下部の温度が下がらない方がおかしいの
であって、それは何ら燃料の冷却を意味しない。だとするとせめて原子
炉格納容器の下部でも測ればとの意見が出てきそうですが、実はそんな
ところに温度計はないし、あっても溶けるなどして機能できるわけがない。

その意味では、原子炉が健全な状態にないばかりでなく、自らが設定し
た「圧力容器下部の温度が100度以下」という条件すら満たさない、でた
らめなものであることは明らかです。その点ではこの宣言はあまりに無
意味で不誠実です。

ではどうしてこんな宣言を出すのかと言えば、原子炉の危機の実態隠しに
他ならないと思います。とにかく現実に起こっていることを論点にしない。
人々の関心の対象にさせない。それで、誰にも分かるようなうそをあえて
繰り返し、あまりのくだらなさに、人々が論議する気もなくなるようにし
向けているのではないかと思えます。

またその上で、「冷温停止」を繰り返し、危機は去ったとこれまた繰り返
し語ることで、危機の収束ではなく、危機感の収束を目指すこと、このこと
にこの宣言の真の狙いはあると思われます。そのため宣言がくだらないから
といって、目をそらさずに、少しでも現実に起こっていることを、見抜く
ことが問われていると思います。そうした観点に沿って、今回の宣言を
見ていくと、そこでもある程度、見えてくることがあります。


ここであえてとりあげたいのは、12月3日付けの毎日新聞の記事です。15日
付けの各社の報道よりも、重要と思われるポイントが、ちりばめられている
からです。というのは、この記事によると、本日の宣言は、すでに12月3日
段階で決まっていたことで、それが実行に移されるに過ぎないことがわか
ります。その際、誰がこれを主導したのかというと、細野大臣であることが
書かれています。政府より細野大臣の意向が優先されています。

この間、指摘しているように、僕は細野大臣は、3月20日ごろに、アメリ
カが首相官邸に乗り込んできたときにつくられた、日米による事故収束
プロジェクトを担っており、その後、渡米して帰国した後に、原発担当
大臣になったことから、アメリカの意向を強く受けていると思っています。

このことを頭に入れて流れを整理してみると、日本政府が、当初、10月
中旬から来年1月中旬とした「冷温停止」の時期を、細野大臣が前倒しし
ようとしてきた。つまりアメリカの意向がここに強く働いたのだと思わ
れるわけですが、それはなぜでしょうか。

アメリカの側から、福島第一原発事故を考えたときに、もっとも重大な
事態は、アメリカ西海岸にまで、放射能が押し寄せてきたことです。しか
も汚染度も深刻で、日本の西半分よりも高い数値になっている。アメリカ
としてはこのことを自国民と住民に騒がれたくないのだと思います。

となると年内に「冷温停止宣言」がなされれば、事故収束イメージが強く
なり、来年から福島事故への関心をかなり下げることができる。という
よりほとんどないものにしてしまえる。そのことで、福島の事態を完全
に忘れさせることができる。いや忘れさせたいのではないでしょうか。

これはそもそも福島第一原発が、アメリカのGE社製の原子炉と、その
コピー群によって生じた事故であることも絡む問題だと思います。同型の
原子炉がアメリカで現役で動いているかどうか、確かめていませんが、い
ずれにせよアメリカの原子炉の信頼性も揺るがしたのが今回の事故であり
それらがアメリカ国内の、脱原発運動に結びつく前に、福島事故を収束
したことにしてしまいたい。そのため年内に宣言を押し込めたいのでは
ないか。

これに対して日本政府はどうか。すでに放射能漏れそのものは隠しようの
ないことですから、「年内達成」の必然性はそれほどなかったのではない
か。日本は年度制もありますから、それ以前の達成でも良かったのではな
いか。このズレが、細野大臣によって修正され、「前倒し」されたのでは
ないかと思えます。


しかしそこに若干の時期のずれはありますが、大きな方向性は日米で一致
している。まず冷温停止宣言を行う。そして同時に、その後のものすごく
長く事故収束工程をここで一気に出してしまう。もちろんそれが「廃炉ま
で最長40年…経産省・東電」という15日だされた発表です。

実際には、原子炉の中がどうなっているかはっきり分からないので、これ
も絵に描いた餅にすぎないのですが、これで何が狙われているのかという
と、「冷温停止」以降は、40年という長いステップに入ると人々に思わせ
ることです。本当は、ただ危機が収束せずに続いているだけなのですが、
それを一定の区切りがついて、これからは長い時間をかけて対処していく
のだと思わせるのです。

そのことで、どういうメリットが生じるのか。単純です。ステップが長く
なることで、日々の報告、あるいは短い期間の報告がいらなくなるのです。
具体的な設定としては次のようにうたわれています。「プール内の燃料を
回収する第1期(来年~2014年)▽格納容器修復などを実施する第2
期(15~21年)▽原子炉内の溶融燃料を取り出す第3期(22年~)」

こうなれば次のステップは2014年までにプール内の燃料を回収すればいい
ということで、あと3年、それ以外のことは触れずに済むわけです。もちろ
んその間に深刻な事態が起これば、触れざるを得ないでしょうが、そのとき
にも、危機の実相を隠し、情報を小出しにして、マスコミをコントロール
しようとする手法がとられるでしょう。

そのようにして、危機を収束させるのではなく、危機感を収束させる。その
ためにこそ「冷温停止宣言」はなされる。そして、その後の「プール内の
燃料を回収する第1期(来年~2014年)」段階への突入が宣言される。それで
国民・住民の危機感を解体してしまおうというのが、「冷温停止宣言」の
狙いだと思います。

その意味で、この宣言が、どれほどくだらないものであるかを批判するだけ
では僕は足りないと思います。そうではなく、これが危機隠し、危機感解体
のための積極的な政策であることを見抜き、収束ムードの創出に対して抗っ
ていかなければならないのです。

危機感が解体されるどどうなるか。第一に市民的な放射線防護が弱まって
しまいます。第二に、原発再稼動への抵抗力が弱まります。それが狙いなので
すから、この狙いをしっかりと暴き、今も事故がまったく収束してないこと、
深刻な被曝が拡大しつつあり、市民的対処が今こそ問われていることをきちん
とまわりに伝えていきましょう。「冷温停止宣言」を舐めてしまわず、市民的
動きを強化していきましょう!

******************

福島第1原発:「冷温停止」16日に宣言
毎日新聞 2011年12月3日 19時09分(最終更新 12月3日 22時18分)

政府は、東京電力福島第1原発事故の収束に向けた工程表で、原子炉内の
冷温停止状態を達成するとしていた「ステップ2」の終了を、16日に開
く原子力災害対策本部(本部長・野田佳彦首相)の会合で決定する方針を
固めた。政府は当初、冷温停止の達成時期を10月中旬から来年1月中旬
と設定。その後、細野豪志原発事故担当相が9月の国際原子力機関(IA
EA)年次総会で「年内達成」の前倒し目標を表明していた。

細野氏は3日、福島県いわき市で開かれた原発事故被害の「完全賠償」を
求める同原発周辺8町村の総決起大会で「何としても年内の冷温停止状態
を達成し『サイト内の事故は収束した』と説明できるよう、最後まで頑張
る」と述べ、事故収束への決意を示した。

冷温停止状態を認定するには▽原子炉圧力容器底部の温度がおおむね10
0度以下になる▽格納容器からの放射性物質の放出を管理・抑制する--
などの条件を満たすことが必要となる。1~3号機の原子炉は既に100
度未満の温度を維持しており、政府は放射性物質の低減状況なども検証し、
認定が可能と判断した。

政府はステップ2終了後、原発から半径20キロ圏内の警戒区域の段階的
解除など、避難区域の縮小に向けた検討を本格化させる。また、1~4号
機の廃炉を進める中長期の新工程表を年内に公表する方針だ。【笈田直樹】
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/nuclear/news/20111204k0000m040022000c.html

*********

福島第1原発:廃炉まで最長40年…経産省・東電
毎日新聞 2011年12月15日 20時34分(最終更新 12月15日 23時25分)

東京電力福島第1原発1~4号機の廃炉処理について、経済産業省と東電
が作成した廃炉工程表の全容が15日分かった。使用済み核燃料プールの
燃料や、原子炉内の溶融燃料の回収などを3段階に分けて実施し、廃炉終
了まで30~40年間を要するとの計画を盛り込んだ。政府と東電は16
日に原子炉の「冷温停止状態」を宣言後、今月下旬に廃炉工程表を発表す
る。

廃炉工程表は、プール内の燃料を回収する第1期(来年~2014年)▽
格納容器修復などを実施する第2期(15~21年)▽原子炉内の溶融燃
料を取り出す第3期(22年~)--と設定した。

第1期では、各号機の燃料を保管する共用プール(1~4号機の南側)か
ら燃料を順次取り出して保管先とし、2年後の14年に4号機プールから
順番に燃料を回収し、共用プールに移す。内閣府原子力委員会の専門部会
は、プール燃料の回収時期について「15年以降」と提言していたが、
細野豪志・原発事故担当相の指示を受けて、1年前倒しした。

第2期では、損傷した格納容器を修復したうえで、燃料から出る放射線を
遮蔽(しゃへい)するため、格納容器全体を水で満たす冠水(水棺)を実
施する。第3期では、遠隔操作クレーンで溶融燃料の取り出しを始め、終
了は最短でも30年後(42年)。燃料の回収が難航すれば最長で40年
後(52年)になるとした。1~4号機のプール内には3108本、1~
3号機の原子炉内には1496本の燃料が残っており、廃炉にはこれらを
すべて回収する必要がある。

廃炉工程表は1~4号機が対象。5、6号機や第2原発1~4号機も廃炉
になればさらに時間を要する恐れもある。【中西拓司】
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111216k0000m040037000c.html
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明日に向けて(355)経産省・保安院が、福島第一原発1号機の地震による崩壊を認めた・・・!?

2011年12月15日 23時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111215 23:00)

注目すべきニュースです。経産省・保安院が、福島第一原発1号機の事故
について、地震による破断の可能性を認める解析結果を公表しました。明
らかに「津波原因説」に固執する東電の発表と食い違うもので、より事故
の真相に近づいたものであると思われます。

なぜ今、保安院がこのことを認めるにいたったのか、今のところ、推測し
うるだけの情報がありません。何らかの要因で「隠し切れなくなった」と
いうことかもしれないし、何か他の意図があるのやもしれない。しかしそ
れでも「津波原因説」が崩れる一歩になる可能性を秘めていると思います。

ともあれこの点は、ウォッチを継続する必要ありです。分析を伴わない、
報道された内容だけの紹介になりますが、ともあれ以下に記事を貼り付け
ておきます。

*******************

福島1号機配管 地震で亀裂の可能性
東京新聞 2011年12月15日 朝刊

経済産業省原子力安全・保安院が、東京電力福島第一原発1号機の原子炉
系配管に事故時、地震の揺れによって〇・三平方センチの亀裂が入った可
能性のあることを示す解析結果をまとめていたことが分かった。東電は地
震による重要機器の損傷を否定し、事故原因を「想定外の津波」と主張し
ているが、保安院の解析は「津波原因説」に疑問を投げかけるものだ。
政府の事故調査・検証委員会が年内に発表する中間報告にも影響を与えそ
うだ。 

これまでの東電や保安院の説明によれば、三月十一日午後二時四十六分の
地震発生後、1号機では、非常時に原子炉を冷やす「非常用復水器(IC)
」が同五十二分に自動起動。運転員の判断で手動停止するまでの十一分間
で、原子炉内の圧力と水位が急降下した。この後、津波などで午後三時三
十七分に全交流電源が喪失し、緊急炉心冷却装置(ECCS)が使えなく
なったため、炉心溶融が起きたとされる。

一方、経産省所管の独立行政法人・原子力安全基盤機構が今月上旬にまと
めた「1号機IC作動時の原子炉挙動解析」は、IC作動時の原子炉内の
圧力と水位の実測値は、ICや冷却水が通る再循環系の配管に〇・三平方
センチの亀裂が入った場合のシミュレーション結果と「有意な差はない」
と結論付けた。圧力と水位の急降下は、〇・三平方センチの配管亀裂でも
説明できるという。〇・三平方センチの亀裂からは、一時間当たり七トン
もの水が漏えいする。

東電は二日に発表した社内事故調査委員会の中間報告で、「津波原因説」
を展開、地震による重要機器の損傷を重ねて否定している。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011121502000029.html
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明日に向けて(354)韓国日本大使館前で、おばあさんたちが1000回目の座り込みを行った!

2011年12月14日 23時30分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111214 23:30)

本日、韓国ソウル市の日本大使館前で、旧日本軍性奴隷問題被害者のおばあ
さんたちが、1000回目の水曜デモ=大使館前での座り込みを行いました。現
場には、おばあさんを支援する諸人士、若者ら数千人が集まり、ドラマ「冬
のソナタ」に出演した韓流俳優の権海孝(クォン・ヘヒョ)さん(46)の
司会で集会が始まりました。

ソウル連合ニュースはハルモニ(おばあさん)たちの声をこう伝えています。

「被害女性のキム・ボクドンさんは「李明博(イ・ミョンバク)大統領も日本
政府に対し、謝罪と賠償を求めてほしい。日本大使はこの老いぼれが死ぬ前
に1日も早く謝罪せよ」と話した。

同じく被害者のキル・ウォンオクさんは「日本人が謝罪していないのに、
1000回だからといって何が変わるのか。二度と私のような被害を受ける人が
出ないようにしてほしい」と語った。」


このおばあさんたちの行動にあわせて、日本、カナダ、台湾、アメリカなど、
6カ国1地域30都市以上で、連帯行動が行われました。とくに東京では、日本
在住の被害女性、宋神道(ソシンド)さんも含む1300人が外務省を包囲、人
間の鎖を作って、政府に真摯な謝罪と補償をただちに行うことを求めました。

一方、大阪でも北区扇町公園に集まった参加者500人あまりが、キャンドルを
ともして1000の字を描くなどの行動を行いました。この他、名古屋でも50人が
行動、仙台でも学習集会が行われたようです。僕自身も京都での街頭行動に
参加。約25人と行動を共にしました。東京、大阪と、ソウル大使館前の様子が
朝日新聞の二つの記事から写真で観れますので、ぜひご覧ください。


水曜行動は1991年8月14日に、キムハクスンさん(1997年死去)が、初めての
名乗りをあげ、記者会見を行ったことを契機に、92年1月8日に当時の宮沢
喜一日本首相の訪韓を控えて初めて実施。以降、阪神大震災と、今年の311の
ときに追慕集会に代えたことをのぞき、休まずに行われてきました。2002
年3月13日の500回目の集会で「単一テーマの最長期集会」としてギネス
ブックに記録されて以降、記録更新を続けて、今日にいたっています。

このため世界中の人権問題に携わる人々の共感を呼んでいますが、それは反対
に、日本政府が、1000回も足を運んでいるおばあさんたちに、どれほど冷淡な
仕打ちをしてきたのかということを象徴するものでもあります。ソウルの現場
で司会を務めたクォン・ヘヒョさんが、「今日は喜ぶべきか、悲しむべきか分
からない。慰安婦にされたハルモニ(おばあさん)の願いは、一日も早く訴え
がかない、集会をしなくて済むことだ。そのために今後も力をあわせよう」と
述べたそうですが、まったくその通りだと思います。

同時に、この間、繰り返し述べてきたように、おばあさんたちが、勇気を持っ
て名乗りをあげ、怒りをもって批判してきたのは、日本社会の暴力構造であり、
それを正すことは、私たち日本に住む国民・住民の利益にも大きくつながるこ
とです。おばさんたちは、誰もが繰り返し「もう私のような犠牲者を出さない
で」と語ってきた。自らの尊厳を取り戻すと同時に、若い世代の尊厳を守る
ために声を振り絞ってきたのです。

だから、多くの方にぜひ私たち自身の問題として、おばあさんたちの声に耳を
傾けて欲しいのです。おばあさんたちの尊厳を守り、回復させることは私たち
の人権を守ることにつながります。


今、日本政府は、繰り返し深刻な危険性が指摘されてきた原子力政策の強行を
続けた上に、どんでもない事故を起こし、膨大な放射能を私たちに浴びせかけ
続けています。しかも、放射能漏れを隠し、放射能の危険性を隠し、がれきの
拡散などで、被曝をさらに拡大させようとしています。まさに日本社会の暴力
性が私たちに牙を向いて襲い掛かってきています。

これは私たちの社会が、かつての暴力構造をきちんと正して来れなかったことと
一体になった問題です。「人の足を踏むものは、自らの足を踏まれても、声を
上げることができない」・・・。だから今、私たちは、放射能被曝から逃がれ
ることに必死になるだけでなく、事故の勃発から含めて、避けられた被曝を生み
出したこの社会のあり方そのものを問い直していく必要があります。そうでなけ
れば、子どもたち、未来世代に平和を送ることができないからです。


今日は、1000回目の水曜デモを報じた記事をたくさん貼り付けました。どうか
お読みください。また朝日新聞に載った宋神道さんの写真や、毎日新聞に
載った、日本大使館前に建てられた平和の碑の写真などもごらんください。

すべての人の尊厳が守られる温かな社会をめざして、歩みを続けましょう。

********************

元慰安婦集会1000回 東京など各地で連帯集会
朝日新聞 2011年12月14日21時23分

元日本軍慰安婦らが日本政府の謝罪と賠償を求め、ソウルの日本大使館前で
毎週続けてきた集会が14日に通算1千回を迎えたのに合わせ、日本、カナ
ダ、台湾など6カ国1地域の30都市以上で同日、連帯集会が開かれた。

ソウルで1千回目が開かれた14日正午ごろ、東京・霞が関では約1300
人が集まり、外務省を取り囲む「人間の鎖」がつながった。全国の市民グル
ープから成る「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動2010」などが参加を
呼びかけた。

元慰安婦への個人補償問題が日韓間で再燃するなか、元慰安婦の少女時代を
題材にした記念碑を、韓国の市民団体がソウルの日本大使館そばに建て、日
本政府が韓国政府に憂慮を伝えるなど、両国間の溝は埋まっていない。
http://www.asahi.com/international/update/1214/OSK201112140129.html

*****

ソウルの日本大使館前、1000回目の元慰安婦集会
朝日新聞 2011年12月14日20時36分

日本軍元慰安婦らが「日本政府の謝罪と賠償」を訴えてソウルの日本大使館
前で続けてきた集会が14日、千回目を数えた。厳寒のもと、5人の元慰安
婦を囲んで若者を中心に数千人が集まり、大使館前の車道は通行止めになった。

司会を務めたのはドラマ「冬のソナタ」にも出演した韓流俳優の権海孝(クォ
ン・ヘヒョ)さん(46)。「今日は喜ぶべきか、悲しむべきか分からない。
慰安婦にされたハルモニ(おばあさん)の願いは、一日も早く訴えがかない、
集会をしなくて済むことだ。そのために今後も力をあわせよう」と訴えた。

集会には韓国の与野党国会議員らも参加し、「ハルモニが生きている間の解決
を」などと訴えた。支援団体によると、同日、米ニューヨークや東京など世界
各地で慰安婦問題の解決を求める集会が開かれた。(ソウル=中野晃)
http://www.asahi.com/international/update/1214/TKY201112140642.html

******

ソウルで千回目の水曜抗議集会 慰安婦像も設置
【ソウル聯合ニュース】12月14日(水)16時4分配信

旧日本軍による慰安婦強制動員問題の解決を求め、市民団体「韓国挺身隊問
題対策協議会」が毎週水曜日にソウル・日本大使館前で行っている「水曜集
会」が14日で1000回を迎えた。

1000回目の水曜集会には被害女性や関係者500人余りが参加。政界からも、
与党ハンナラ党の鄭夢準(チョン・モンジュン)元代表、韓明淑(ハン・
ミョンスク)元首相、最大野党民主党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)最高委
員、統合進歩党の李正姫(イ・ジョンヒ)代表らが参加した。

被害女性のキム・ボクドンさんは「李明博(イ・ミョンバク)大統領も日本
政府に対し、謝罪と賠償を求めてほしい。日本大使はこの老いぼれが死ぬ前
に1日も早く謝罪せよ」と話した。

同じく被害者のキル・ウォンオクさんは「日本人が謝罪していないのに、
1000回だからといって何が変わるのか。二度と私のような被害を受ける人が
出ないようにしてほしい」と語った。

一方、この日の集会では日本政府が建立中止を求めていた「平和の碑」が日
本大使館の向かいに設置された。同碑は従軍慰安婦を象徴する少女の像で、
高さ130センチ。日本政府は外交ルートを通じて設置の中止を求めて来たが、
韓国政府は「関与するのは難しい」との姿勢を崩さなかった。

現場にはNHK、フジテレビ、ロイター通信、AP通信、EPA通信など多くの外国
メディアが取材に訪れ、水曜集会と慰安婦問題に対する国際社会の関心の高
さをうかがわせた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111214-00000028-yonh-kr

******

韓国:元慰安婦支援団体、日本大使館前に少女像 デモ1000回機に 韓国政府は黙認
毎日新聞 2011年12月14日 東京夕刊

【ソウル西脇真一】旧日本軍のいわゆる元従軍慰安婦を支援する韓国の市民
団体「韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議会」が14日、ソウルの日本大
使館前に、元慰安婦の少女時代を示すブロンズ像「平和の碑」を設置し、除
幕式を行った。日本政府は公館の尊厳を傷つけ、日韓関係に悪影響を及ぼし
かねないとして韓国政府に中止を求めたが、韓国政府は関与できる問題では
ないとして黙認した。

支援団体がソウルの日本大使館前で毎週水曜日に開いてきた「水曜デモ」の
集会が14日、通算1000回目を迎えるのを記念して設置。水曜デモは
92年1月から始まり、日本政府に公式謝罪や法的賠償などを求めている。

「平和の碑」はブロンズ製で高さ約120センチ。支援団体は慰安婦問題の
象徴と説明している。大使館と道路を挟んだ歩道に設置され、少女像は大使
館を見つめる姿勢を取っている。隣に設置されたいすに座って記念撮影でき
るようになっている。

除幕式には支援団体関係者や元慰安婦らが参加し、日本政府の謝罪を求めた。
近く訪日が予定される李明博(イミョンバク)大統領にも首脳会談で慰安婦
問題を取り上げるよう訴える予定。

外交関係に関するウィーン条約は、加盟国が自国内にある外国公館の威厳侵
害を防ぐ措置を取るよう定めている。しかし、韓国外交通商省報道官は13
日、定例記者会見で「(韓国政府として)計画変更を求めることのできる問
題ではない。碑が品位維持に反するものなのか疑問だ」と述べ、慰安婦問題
は「日本政府が大局的な見地で解決しなければならない事柄だ」と語った。

韓国憲法裁判所は今年8月、元慰安婦の賠償請求権について、韓国政府が解
決に向けた具体的な努力をしないのは「違憲だ」と判断した。日本政府は
1965年の日韓基本条約に伴う協定で請求権問題は解決済みとの立場だ。
協定は両国間の紛争を解決できない場合は第三国の人物などを加えた仲裁委
員会を設置することを規定しており、韓国政府は仲裁委への付託も検討して
いる。
http://mainichi.jp/select/world/news/20111214dde007030007000c.html

******

慰安婦集会、きょうで1000回目…「平和の碑」除幕も
中央日報(韓国)2011年12月14日08時53分

日本軍慰安婦被害者のキム・ヨジさんが13日にソウル市内の療養病院で老
衰により死亡した。87歳だった。キムさんは17歳の時に中国に慰安婦と
して連れて行かれた。1946年に帰国した後は故郷の全州(チョンジュ)
で家族と一緒に暮らし、2009年から日本軍慰安婦被害者施設で余生を
送った。4日には日本軍慰安婦被害者で最高齢94歳のパク・ソウンさんが
中国で死去した。

これで現在韓国政府に登録された234人の慰安婦のうち生存者は63人に
減った。今年だけで16人の慰安婦が死去した。生存している慰安婦の平均
年齢は86歳だ。

日本軍慰安婦が1人2人と世を去る中で、日本政府の公式謝罪と被害補償を
要求する「水曜集会」が14日で1000回を迎える。毎週水曜日にソウル
の日本大使館前で開かれる水曜集会は19年11カ月で1000回を記録す
ることになった。

水曜集会は91年8月14日にキム・ハクスンさん(97年死去)の記者会
見が契機になった。キムさんは慰安婦だったことを公式に証言した初めての
被害者だ。以後女性・人権団体を中心にした韓国挺身隊問題対策協議会が
92年1月8日に当時の宮沢喜一日本首相の訪韓を控え初めての水曜集会を
開催した。水曜集会は95年1月の阪神大震災と今年3月の東日本大震災の
時に追慕集会に代えたのを除き休まず続いた。2002年3月13日の500
回目の集会で「単一テーマの最長期集会」としてギネスブックに記録された。

カン・イルチュルさん(84)は、「日本政府は謝罪どころか独島(トクト、
日本名・竹島)問題で歴史をわい曲している。死ぬ前に日本の謝罪を聞かな
ければならない」と話した。

1000回目の水曜集会では日本大使館の前に少女の姿をかたどった「平和
の碑」が除幕される予定だ。北朝鮮の日本軍慰安婦関連団体の「朝鮮日本軍
慰安婦および強制連行被害者問題対策委員会民族和解協議会」も13日に挺
身隊対策協議会に書信を送った。書信で「日本軍慰安婦問題解決のため
1000回水曜集会に参加している協議会と慰安婦被害者をはじめとするす
べての関係者に強固な連帯性を送る」と明らかにした。

いまや水曜集会は世界人権運動の象徴となった。14日に東京、ニューヨーク、
台北など世界各地で日本軍慰安婦被害者を記念する行事が開かれる。日本軍
慰安婦被害者イ・オクソンさん(85)とイ・ヨンソンさん(83)はこの
日、ニューヨークでホロコースト被害者家族と会い1000回集会を賛える計
画だ。これに先立ちイ・ヨンスさんは2007年に米下院で日本軍慰安婦の
被害惨状を証言した。慰安婦施設「ナムヌの家」のアン・シングォン所長は、
「世界各地で開かれる平和の場になるだろう」と話した。

挺身隊対策協議会のユン・ミヒャン代表は、「総選挙がある来年に政治家らに
協調を求め韓国政府の活動を強化するようにする。国際連帯も持続して慰安婦
問題を解決したい」と話した。 .
http://japanese.joins.com/article/442/146442.html?servcode=A00§code=A10


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明日に向けて(353)伊達市で除染作業中の男性(60歳)が亡くなった・・・。

2011年12月13日 02時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111213 02:00)

ついに福島県伊達市で除染作業中の男性(60)が亡くなるという、と
ても痛ましい事件がおこってしまいました。伊達市霊山下小国の集
会場の近くのトラックの中で心肺停止状態で亡くなられていたそう
です。亡くなられた方のご冥福を、心から祈ります。

この伊達市霊山下小国地区は、年間の被ばく線量が、20ミリシーベ
ルトを上回ると予測されるため、「特定避難勧奨地点」にあたると
ころです。今回の除染の試みは、この特定避難勧奨地点の解除を目
的にすすめられてきた作業の一環で、11月13日に、細野大臣自らが
参加して行われたパフォーマンスを受け継ぐものです。

僕はこのときも、同日に福島市で行われた東日本女子駅伝への批判
と同時に、軽装で除染にのぞんだ細野大臣のパフォーマンスや、除
染へのボランティアの募集の危険性を批判して記事を書きましたが、
今回の事態は、これに続くものであることをおさえておく必要があ
ります。監督者としての細野大臣の責任は極めて重大です。

明日に向けて(323)危険な除染作業にボランティアを募るのは間違っている
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/9f26257e8badf109b9bce79ecaac52b5

今回の実行主体は、日本原子力研究開発機構でした。亡くなられた
のは、そのもとで除染に従事していた建設会社の社員の方でしたが、
原子力機構はただちに、「被曝との関係はない」と声明しています。
しかしまだ何も調べてはいない段階のはず。にもかかわらず、関係
はないといいきる点に、絶対に関係を認めない、可能性を検討しよ
うともしないという強い意図が感じられます。

まず調べるべきことは、亡くなった方が、これまでこうした除染
活動に関わってきたか否かで、僕は原子力機構によって指定された
業者なのだから、会社が除染に関わってきた可能性は高いと思いま
す。それをこの方が担ったかどうかは調べればすぐに分かるはずの
ことで、その点をすぐに公表すべきです。

またこの方が居住されている地域も線量が高い可能性があり、そう
すると311以降に度重なる被曝を受けていて、その上に、この間の
除染での被曝が重なった可能性があります。伊達市は飯舘村のすぐ
隣であり、飯舘村ではプルトニウムが見つかっていますから、同じ
ものや、ストロンウムなどもここにはある可能性が高くある。放射
性テルルや銀など、他の核種もたくさんある可能性があります。

にもかかわらず、全体として除染は非常に軽装で行われており、
被曝対策がほとんどなされてないといってもいい状態なので、被曝
を重ねた可能性が高い。そもそも、除染が除去すべき危険物質があ
るところにいって、それをどける作業であるという認識が非常に
弱いので、被曝のかなりの積み重ねが考えられるのです。

これにもともと抱えていた病気やさまざまなストレスが複合した
可能性がある。放射線は、免疫力の弱っている人に、より被害を
与えます。ダメージは常に複合的な要因によって形成されてくる。
とくに内部被曝による局所への密集したダメージは、今、抱えて
いる疾病を急速に悪化させる可能性があります。実際にチェルノ
ブイリでは、早い時期から心臓の病が多く起こっています。
政府と日本原子力研究開発機構はこうしたことをきちんと見据え
て調べ、明らかにすべきです。

ともあれ、除染活動の場で死者が出てしまった現実を、私たちは
深刻に受け止める必要があります。今後も同様のことが出てくる
可能性が懸念されます。因果関係を認めない限り、除染活動によ
る被曝の深刻さが反省されず、被曝が重ねられる可能背が高いか
らです。

やはり今、目の前にある危機の実相は、私たち市民の手でなけれ
ば、明らかすることができないようです・・・。
除染活動と、今回の死去に関するする情報解析を続けます。

******

除染の作業員死亡=「被ばく無関係」モデル地区で-福島
時事通信 2011年12月12日20時32分

政府の原子力災害現地対策本部は12日、福島県伊達市で日本原子
力研究開発機構が実施中の除染モデル事業に従事していた建設会社
の男性作業員(60)が死亡したと発表した。原子力機構は死因を
明らかにしていないが、被ばくとの関係はないとしている。国など
の除染事業で作業員が亡くなったのは初めて。

男性は12日午後1時ごろ、同市霊山町下小国のモデル地区で、休
憩中のトラック内で心肺停止状態で見つかり、約1時間後に病院で
死亡が確認された。この日は午前10時から正午まで、マスクを着
けて側溝の土砂を撤去していた。重労働ではなかったという。

下小国地区は6月末、放射線量が局地的に高いとして特定避難勧奨
地点に指定された。原子力機構は一部地域をモデル事業の対象とし、
同日から除染作業を始めていた。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011121200846

******

除染作業:伊達市で60歳男性が死亡
毎日新聞 2011年12月12日 19時57分(最終更新 12月12日 20時37分)

12日午後1時ごろ、福島県伊達市霊山町下小国で、除染活動をして
いた男性(60)が車の中で倒れているのを別の作業員が見つけ、
119番した。男性は救急搬送されたが、約1時間後に死亡が確認さ
れた。政府の原子力災害現地対策本部が発表した。

対策本部は死因を調査中だが、現地の状況から放射線の影響は考えに
くいとしている。

対策本部によると、男性はこの日、下小国の集会所付近で午前中から
除染活動をしていた。昼休み後に行方が分からなくなり、周辺を捜し
ていた別の作業員が車内にいる男性を見つけた。(共同)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111213k0000m040053000c.html
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明日に向けて(352)玄海原発で放射線値上昇・・・。

2011年12月12日 10時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111212 10:00)

玄海原発3号機において、放射線値が上昇していることが報道されています。
詳細は明らかではありません。何が起こっているのか分析しきれませんが、
大きな危険性が隠されている可能性もあります。厳重注意が必要です。近く
の方は、ぜひそれぞれで放射線値などを計測してください。情報を発信し
合い、分析を進めたいと思います。

情報を整理します。玄海原発3号機は昨年12月より、定期点検中ですが、9
日午前、1.8トンの一次冷却水が漏れ出す重大事故が発生させました。運転
によるストレスはかかっていない状態でした。にもかかわらず、原子炉中枢
を流れる一次冷却水が大量に漏れ出てしまっています。循環ポンプ系からと
報じられていますが、何か構造的なトラブルが発生していると思われます。

こうした事故が起きた場合、まずは危険が生じたことしか分からず、原因が
究明できていないのですから、すぐに関係機関に連絡することが必要です。
しかし今回もまた九電は、即座にこの事故を知らせず、同日深夜まで事故を
隠していました。九電は「法令に報告義務が書かれていない」ことを盾に、
連絡をしなかったことを弁明しています。

しかし、こうした体質こそが、福島第一原発事故後の情報隠蔽、その結果と
しての避けられたはずの膨大な被曝の発生を生み出した元凶です。この重大
な点を各電力会社はまったく捉え返していない。だから同じことが繰り返さ
れる可能性も極めて高い。とくに九電はやらせメール問題でも告発を受けて
いる最中なのに何も反省しない。このことこそが危機の実態だと言えます。

そもそも玄海原発3号機は、国内ではじめてプルサーマル運転が行われた原発
です。おそらくそれもあって、事故を隠そうとしたのでしょうが、そうした
体質が危機への対処も遅らせます。これに対して私たち市民の側が、のウォ
ッチを強め、情報を共有化しあう中で、危機の兆候をつかみとっていくこと
が大事です。私たちの安全は私たち自身の手でしか守れません。。

同時に、こんな隠蔽ばかりを続ける九電に、これ以上、危険な玄海原発の運
転を任せておくことはできません。もしここで深刻な事故が起こったら、西
日本も壊滅的な被害を受け、日本国内には、避難できる先、新鮮な野菜や食
べ物を作って被災地に供給できる地域がほとんどなくなってしまいます。そ
うならないために玄海原発を止める必要があります。努力を重ねましょう!

**************

玄海原発で放射線値上昇 九電、水漏れとは「関連ない」
2011年12月11日 19時55分

佐賀県は11日、九州電力玄海原発3号機(同県玄海町)の放水口で、9日
午後3時に放射線測定値が473cpm(cpmは1分当たりの放射線測定
値)に上昇し、通常の変動範囲(433~472cpm)を若干上回ったと
発表した。

玄海3号機では9日午前10時50分ごろ、浄化用ポンプから1次冷却水が
約1・8トン漏れるトラブルが発生したが、九電は「関連はない」としてお
り、今後原因を調べる。

県によると、測定値が上昇したのは、2次冷却水を冷やすための海水の放水
口。発電所内で低レベル放射性廃棄物を処理した水を捨てることもあるが、
9日は処理水の放出はなかった。
http://www.47news.jp/CN/201112/CN2011121101001640.html

*****

佐賀・玄海原発:3号機で冷却水漏れ 建屋内に1.8トン 九州電力、公表せず
毎日新聞 2011年12月10日 東京夕刊

九州電力は9日深夜、定期検査中の玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)3号機
で、1次冷却水の浄化やホウ素濃度調整をするポンプから1次冷却水1・8
トンが漏れたことを明らかにした。九電は当初ポンプの温度上昇のみを同日午
後3時半以降に佐賀、長崎両県や報道各社に伝えたが、1次冷却水漏れは公表
しなかった。

九電によると、9日午前10時48分、3号機の充填(じゅうてん)ポンプ3
台のうち稼働中だった1台で、通常は30~40度の温度が80度以上に上昇
して警報が鳴った。このため、休止していた他のポンプに切り替えた。1次冷
却水はコバルトなどの放射性物質を含んだ汚染水で、原子炉補助建屋内のピッ
トと呼ばれる回収ますに出たが、回収。外部への影響はないという。

3号機は昨年12月11日に定期検査入り。原子炉内には燃料が装着されてお
り、冷温停止状態を保つために冷却水を循環させていた。九電は高温になった
原因は、冷却水不足や1次冷却水の不良などの可能性があるとみて調べている。

九電は、温度上昇の警報が鳴った約4時間半後の9日午後3時半以降に佐賀、
長崎両県、同6時ごろに報道各社にポンプの異常のみを知らせた。汚染水漏れ
については、報道機関の問い合わせに、事実関係を認めていた。九電によると、
汚染水漏れが設備内にとどまっているケースでは法規上、公表する必要はない
という。九電は「1次冷却水の漏れは原子炉補助建屋内にとどまっており、広
報する必要はないと判断した」と説明した。

経済産業省原子力安全・保安院も、今回のポンプの異常や冷却水漏れは、法令
による報告義務の対象にあたらないとしている。ただし、九電からは、警報が
鳴ってすぐにポンプを停止し、冷却水が外部に漏れていないことや、モニタリ
ングデータに問題がないとの報告があり、原因を調査することを確認したとい
う。【中山裕司、竹花周】
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20111209dde041040035000c.html
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明日に向けて(351)12.8と東南アジア全面侵攻・・・真珠湾奇襲が始まりでない(根本敬上智大学教授)

2011年12月10日 00時00分00秒 | 明日に向けて(301)~(400)
守田です。(20111210 00:00)

昨夜、12月8日に踏まえて、真珠湾攻撃による「太平洋戦争」の開戦について
触れましたが、すぐにある友人から、マレーシア・コタバル上陸のことも書いて!
というメールが来ました。実は日本軍は真珠湾攻撃の65分前に、マレー半島上陸
戦を慣行しているのです。

友人は、この点について、「しんぶん赤旗」に載った、根本敬上智大学教授の
論文も紹介してくれました。ネットより探して転載させていただくことにしまし
たが、今日はこの論文のタイトルを、そのまま「明日に向けて」の表題にも使わ
せていただいています。

この中で根本さんは、12月8日が、日米開戦だけではなく、東南アジア全面侵攻の
開始の日でもあったのであり、その点で「太平洋戦争開戦」というよりも、「アジ
ア太平洋戦争開戦」と言うべきだと述べています。その通りだと思います。

ちなみに日本軍は、真珠湾とマレー半島を襲っただけではありませんでした。や
はり12月8日に、台湾より航空隊を発信させてフィリピンを空襲。空軍基地を破壊
して制空権を確保した上で、12月10日にルソン島に先遣隊が上陸。さらに22日に
本体である陸軍第16師団が上陸しています。この16師団は京都・滋賀を中心に編
成された部隊です。


ところで日本軍は、なぜアメリカとの全面戦争に踏み込むと同時に、東南アジア
への侵略戦争を強化したのでしょうか。これまでの歴史では、東南アジア方面で
石油を確保することが戦略的狙いであったと論じられています。確かにアメリカに
禁輸措置をとられている中で、石油欲しさに南進していったということはある。

しかし戦争状態で、本当に石油を安定的に東南アジアから供給できると思ってい
たのでしょうか?この点について、NHKスペシャルが、きわめて示唆的な番組
を流していました。今、いつの番組でなんとういうタイトルだったか、調べきる
ことができませんでしたが、番組は、当時の陸海軍、および政府中枢の回顧録や
関係者のインタビューなどによって構成され、歴史の秘話を見事に描きだして
いました。

では何が秘話だったのか。実は当時の日本政府中枢、そして陸海軍の中に、アメ
リカと全面戦争をして勝てると思っていたものは、一人もいなかったという驚く
べき事実です。ではなぜ戦争をしたのか。「引っ込みがつかなかったから」
・・・これが真実だったのです。

どういう意味でしょうか。アメリカは当時、日本に対して厳しい要求をつきつけ
ていました。その中でも日本政府がもっとも飲み込めなかったのが、中国大陸か
らの撤退要求でした。なぜか。数十万の戦死者を出していたので、何の成果もな
しにひいたときの、国民の怒りを恐れたのです。ここはものすごく重要です。
あの軍国主義日本の中枢の人々は、国民の怒りを恐れていたのです。

実はそれで政府中枢も、陸軍も、海軍も、それぞれ独自に戦争回避の方策をとろ
としていた。陸海軍はどうしたのか。水面工作で、陸軍は海軍に中国からの撤退
を言わせようとし、海軍は陸軍にそれを言わせようとしていた。それぞれに手を
打ち合って、相互にすくみあっていた。

これに対して近衛内閣は、独自にアメリカ政府に接近し、電撃的に首脳会談を
行って、和平交渉を成立させてしまうことを狙った。ところがアメリカ政府側が
日本政府と陸海軍の意志一致がなされてないことを察知し、直前にこれを反故に
してしまいます。事実は、日本政府も陸海軍も戦争回避で利害が一致していて、
ただ体面上、徹底抗戦だとか、神州不滅だとか叫んでいたのですが、アメリカは
そうした日本の「談合的体質」など当時はまったく理解できなかったので、政府
が軍を説得できていないと読んでしまったのです。

かくして12月8日、日本政府の中枢も、陸海軍の首脳も、「絶対に勝てない」と
思っていたアメリカとの全面戦争に踏み込んでいきます。このとき同時にアジア
全域に踏み込み、少しでも多くの資源を略奪しようとしていった。「絶対に勝て
ない」という自らの認識に封印を施し、超大国アメリカに対抗するためになり
ふりかまわぬ略奪に走ったのです。

なんとおろかなこと。

ただ、誰も止められなかったから、いやより正確に言えば、誰も止めようとは
しなかったから、・・・身体を張って「祖国」を守ろうとする人士など、社会の
中枢には誰もいなかったからこそ、日本は、「絶対にアメリカには勝てない」と
いう、「合理的」な判断すらあったのに、全面戦争に踏み込んだのです。

そして「国民」を戦争に駆り立て、アジア全域で暴れまわっていった。誰も「祖
国」を守ろうとしなかったばかりか、解放を呼号したはずの「大東亜」を蹂躙し、
たくさんの国の人々を戦争の惨禍に巻き込み、挙句の果ては、アメリカに諸都市
を空襲され、原爆まで落とされてしまいました。それが「引っ込みがつかない」
がために突入した「アジア・太平洋戦争」の結末でした。

いやそれだけではありません。そうしてアジアで略奪と虐殺を繰り返したがゆえ
に、戦争末期になると、政府と軍の中枢の人々は、やがては敗北するアメリカに
それを暴かれ、処刑されることを恐れ、戦争が終わるや否や、原爆被害を克明に
調査。ただちに英語に翻訳して、アメリカ軍に差出し、自らの処分を免れようと
したのです。ちなみにその後に、アメリカ軍が組織した、原爆傷害調査委員会
(ABCC)には、中国大陸で人体実験を繰り返した731部隊の医師たちが、アメ
リカによって配置されています。中国人を人体実験した悪魔のような医師たちが、
広島・長崎で、アメリカのための「被爆者調査」を行ったのです。


このようにみたときに、12月8日からのアジアへの全面侵略、そして日米開戦と
私たちは大きく一つの歴史の糸でつながっていることがみえてきます。今もおそ
らく日本政府中枢は、今、起こっている被曝が本当にとんでもないものであり、
もっと抜本的な対処をしなければおいつけない事態であることに気がついている
でしょう。しかしそれが明らかになったときの国民・住民の怒りを恐れ、とにか
くそれを封印し、できることのない数々のことを、「建前」的に遂行している
のだと思います。

・・・もうこのような歴史が続くのはごめんです。

私たちは、もう本当に、いい加減に政府にだまされることから目覚めるべきです。
そして日本がかつてアジア各国に本当にひどいことをしてきたことを振り返ら
なければいけない。それは第一には道義の問題です。しかし二つ目には、この点
に目覚めないと、私たちもまた、自由になれず、幸せになれず、人間的に豊かに
なれないのです。

人の足を踏みつけているものは、他者に足を踏まれても声をあげることができない。

アジアの立場から近代史を見直し、「日中戦争」と「アジア・太平洋戦争」を見直し
ましょう。そして原爆と原発のつながりに自覚的になり、放射線の害がひどく小さ
く見積もられてきた歴史を捉えなおしていきましょう。そこから私たちの自由な
歩みが開けていくのだと僕は思います。この点を、70年目の12月8日に際しての
コメントの付け足しとしておきます。

*********************

12.8と東南アジア全面侵攻・・・真珠湾奇襲が始まりでない(根本敬上智大学教授)
しんぶん赤旗2011年12月7日 

大学生の多くは12月8日の真珠湾奇襲で「太平洋戦争」が始まったと思っている。
多くの日本人もそうであろう。しかし、事実は違う。日本の海軍機動部隊による
真珠湾奇襲の約65分前に、陸軍を中心とした部隊がマレー半島のコタバルに上陸
し「アジア・太平洋戦争」は始まっている。これはこぼれ話的な細かい事実など
ではない。この戦争の特質を一番よく表している重要な史実なのである。それは
二つの点で説明できる。

≪深くつながる作戦≫

第一に、マレー半島への上陸のほうが真珠湾奇襲より先だったことは、この戦争
が日本による東南アジアへの全面侵攻と占領を目的としたものだったことを象徴
している。まずはイギリスの東南アジアにおける拠点シンガポールを陥落させる
ことが軍事的に重視されたので、マレー半島に上陸し南下作戦を展開したのであ
る。その際、大きな戦力をもつアメリカ太平洋艦隊が早々にやってきて日本軍の
侵攻作戦を邪魔したら困るので、事前に鹿児島湾などで飛行士の訓練を十分に積
んだうえで、、オアフ島の真珠湾を奇襲したのである。この二つの作戦は相互に
深くつながっており、どちらがより重要かといえば、作戦上(軍事上)は真珠湾
奇襲かもしれないが、歴史上はコタバル上陸の方だと言わざるを得ない。

第二に、アメリカへの宣戦布告が真珠湾奇襲に間に合わなかったことが「だまし
討ち」だったとして議論されることがあるが、たとえ遅れてしまったとはいえ、
宣戦布告をしようとした事実が存在する(「日米交渉打ち切り」というあいまい
な表現を用いたが)。しかし、マレー半島上陸の方は「なんの断りもなく」おこ
なわれ、あたかも「植民地だから勝手に侵略してよい」と日本側が思っていたか
のごとくである。ここには東南アジアに対する蔑視があったと言え、まさに戦争
が「東南アジアへの侵略」だったことをよく表している。

こうした事実からわかるように、この戦争を「太平洋戦争」と呼ぶのは極めて一
面的である。「太平洋戦争」と呼んでしまったら最後、「日米の戦争だった」と
いう記憶が独り歩きし、その結果、アメリカの「物量に負けた」「レーダーに負
けた」「合理主義に負けた」といった解釈だけが重要視されるされることになる。
しかし、戦争は東南アジアへの全面侵攻と占領が目的で行われたのだから、正確
には「アジア・太平洋戦争」と呼ぶべきである。もちろんその際に中国での戦争
も継続していたことを忘れてはならない。

≪民衆に負けた史実≫

このことに気付くとき、私たちは12月8日を「真珠湾奇襲の日」としてだけではな
く、「東南アジアへの全面侵攻開始の日」として正しく記憶することができよう。
それによって、日本がアメリカの「物量」や「レーダー」や「合理主義」に負け
ただけでなく、東南アジアの民衆の日本軍に対する反感とナショナリズムにも負
けたのだという史実を認識することができる。最近、ビルマ(ミャンマー)の民
主化進展が話題になっているが、同国で民主化運動を指導するアウン・サン・
スーチーは「ビルマ独立の父」アウン・サン(1915~47)の娘である。アウン・
サンがビルマ国民に尊敬される理由は、彼が英国に象徴される帝国主義と戦い、
かつ日本軍に象徴されるファシズムとも戦ったからである。娘のアウン・サン・
スー・チーが生まれた1945年6月、父アウン・サンは日本軍に対する武装蜂起を
指導していた。戦争はまさに「アジア・太平洋戦争」だったのである。

引用は「よしみの議会だより」より
http://blog.goo.ne.jp/yufukuakita/e/79633876f19a81c5b43574256125bd21
http://blog.goo.ne.jp/yufukuakita/e/07523608262e819f28c7967c3860a6eb
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