昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第三部~ (三百九十九)

2023-11-28 05:00:29 | 物語り

 きょうは来客の予定もなく、決済すべき案件もない。
思案をめぐらさなければならないような取引先もいない。
出張の予定も、いまのところなんの予定もない。五平も今夜は休肝日にしたいという。
なにもかもが順調にすすみ、武蔵をどうしても百貨店へといざなおうとしている。
「そうだ! アイスも買って帰ろうか。
武士のおもちゃだけじゃ、へそを曲げかねんからな。
小夜子も外出がへって、気分も晴れんだろうし」

 忙しげに行き交う人のあいだをヒョイヒョイとかわしながら、口笛でも吹きかねないご機嫌の武蔵だった。
こんなに気分爽快な日というのは、年に数回ほどだ。
「博打商売だと評される武蔵の勘がさえわたり、今年は大あたり品を生み出した。
「こんなおもちゃが売れるんですかい?」と危惧する五平に対し、大丈夫、お坊ちゃんのご託宣だ! と強行した。
それが当たりにあたり、仕入れても仕入れても問屋からの催促がひききらないほどだった。

「好事魔多しだ。こういう絶頂期があぶないんだ」。朝礼の折に訓示したことばだ。
「お客さんにたいして、絶対に横柄な態度をとるなよ。
営業マンはもちろん、配達人もだ。それから事務方もな。
こういうことが、後々にひびくんだ。心しておけよ」
むろん、五平もまた戒めのことばを追加する。

 いつもは雑踏をきらう武蔵なのだが、きょうに限っては皆がみな、武士の誕生を祝ってくれていそうで、素直にうれしい。
「ありがとう、ありがとう」と、いちいち帽子を取って感謝の意をつたえたくなるほどだ。
1階受け付けで、「御手洗ですが、外商の森田くんを頼みます」と告げる。
武蔵のことは受付嬢も先刻承知で、名前を出すまえに森田をよびだしていた。
これもまた武蔵をあげあげの気分にさせた。
きょうは人生最良の日か、と思わせるほどだ。
違うちがう、最良の日は小夜子を娶った日だと思いなおすが、ほほは緩みっぱなしだ。

もみ手をしながら出てきた森田にたいし、赤ん坊用のおもちゃを見つくろってくれと指示した。
「つい先日にお買い求めいただいていますが……。いえ、さっそくにも」と、玩具売り場の主任をよびだした。
「5点ほどたのむよ」と告げると、自身は店内をぶらついた。
うず高く積み上げられたぬいぐるみや、化粧箱にはいった西洋人形類を見ていたとき、その惨劇は起こった。
大きなテディベアのかげから、突然に中年男が飛びだしてきた。
そういえば会社を出たときに見かけた気がする。

 普段ならば周囲に目をくばり、見かけぬ人物でもいれば警戒をおこたらない武蔵だった。
玩具売り場だということもあったかもしれないのだが、きょうの武蔵はたしかに普段とはちがっていた。
浮かれていた、気を許していた、好事魔多しをわすれていた。
このとき、相手になんらかのためらいがあれば、武蔵も防御態勢をとれていたかもしれない。
しかしその男は、武蔵と視線を合わせず、大きなテディベアを見上げながら武蔵へと向かってきた。

*ご報告

とんでもないことになっていました。
はじめから見直しているのですが、名前が途中で変わっていたり、場面設定が違っていたり、と間違いが散見されます。
整合性がとれるように訂正するとともに、加筆してより深く書き込んでいます。
11月21日現在、第一部:(178)まで修正し終わりました。
よろしければ、また(一)から読み直してください。

やせっぽちの愛 ]



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