昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (壱)法事:後

2024-02-28 08:00:11 | 物語り

「本日は、わたくしめの愛娘、妙子の法事でございます」
 キョロキョロと辺りを見回し、坂田かね三十三回忌法要の文字を見つけられると、満足そうに頷かれるのです。
「三回忌、三回忌ですぞ。かくもにぎにぎしくお集まりいただいて、わたくし感極まる思いでございます」
 そこまでおっしゃられると、目頭をおさえられ声をひそめられました。

「ご老人! たえこさんとか、言われましたか? ここは、坂田かねの法要の場ですが。
なにか思い違いをなされているのではありませんかな?」
 大叔父の善三さんが、声を上げられました。
みな一斉に、善三さんに視線を注ぎます。そして、大きく頷かれます。

 これでご老人が勘違いに気付かれることだろうと思いましたのですが、「だまらっしゃい!」と、一喝でございます。
「わしの話を聞けぬと言う不らちな輩は、即刻この場を立ち去りませい! 
わしと妙子とのそれは哀しいかなしい話を聞けぬと言うならば、出て行け! このバチ当たりめが」
 いったん口を閉じられて、じろりと一同を見まわします。
眼光するどく、睨みすえられます。さすがの善三さんも、その迫力に黙られてしまいました。
「ほれ、注いでくれ。まったく、気が利かぬ男じゃの」

 やおら膳の上から杯を手にされまして、松夫さんに向かって差し出します。
戸惑われつつも、なにかあってはと思われたのでしょう、松夫さんが酒を注がれました。
「うん。これは良い酒ですな。けっこう、けっこう。
酒は、惜しんではいけません。酒は、口をなめらかにしますでな。
じつはですな、わたくしですな。眠れんのですよ、いや眠りたくないのです。
どうしてか? そう、それが大問題ですじゃ」

 勿体ぶった話しぶりで、中々に本題に入られません。みなさん方も、少々いら立ってまいりました。
話があるならばその話を早く済ませて出て行ってくれと、そう考えておいでです。
しかしそれを口にすることはできません。
とに角、ご老人が早く話し始めるのをひたすらに待っているのでございます。
そして、三杯目の杯を空にされたところで、ようやく口を開かれたのです。

「それは、夢なのです。皆さん、夢は見られますかな? 
見られますわな、誰しも。しかし、しかし……」
突然に、急に大粒の涙をこぼされました。
と、ざわざわとざわつく中、すくっとご老人が立ち上がります。

「わたくしのような者のために泣いてくださる必要はない。
いや、話を聞き終えたなら、思う存分に泣いていただきたい。
夢です、夢を見るのです」
 そしてご老人がおっしゃられる、おぞましい夢の話を語り始められたのです。



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