(九)
小夜子には分からない。
ホテル内の洒落たレストランでの食事、落ち着いた雰囲気のバーでの飲酒。
成金とはいえ上流階級のそれらに慣れきってしまった小夜子だ。
と言うよりは、極貧生活から一気に上流生活へジャンプしてしまった小夜子だ。
庶民の生活をまるで知らない小夜子だ。
知りたくもないし、知るつもりもない。
しかし嬉々とした表情を見せる武蔵、初めて見る屈託のない笑顔の武蔵に、小夜子もまた嬉しくなってくる。
ワイシャツの袖を捲り上げて、ふーふーと熱い中華そばをかけ込んでいる。
「中華そばってのはな上品に食べたんじゃ、ちっとも美味くないぞ。
こうやって、ずーずーと吸い込むんだ。
このスープが飛び散るくらいに勢い良くだ。
食べてみろ、癖になるぞ。」
一本二本を口に入れていたのでは、美味しいとは感じない。
不満げな表情を見せている小夜子に、武蔵の指南が飛んだ。
周りを見ても、皆が皆、ずーずーと音を立てている。
いかにも美味そうに食べる武蔵、額に汗を噴出しながら食べる武蔵。
憎らしささえ、感じてくる。
「どうした? 食べさせてやろうか、小夜子。」
と、小夜子の隣に移ってくる。
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